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中 第二十三幕 間諜

 酒場からその足で薬師の許を訪れた私とカルロスはとある家の一室で1人の女性と対面していた。


 彼女がマスターの言う薬師で落ち着いた雰囲気の40代後半に差し掛かる女性だ。


 年齢が若ければ引く手数多だったであろう美人だ。


 彼女は落ち着いた所作で手紙に目を通して微笑む。


 エレノアには手紙の内容がわかるようだったが、私にはマスターの字は汚くて読めなかった。


 しかし、地図は分かりやすく書かれていた。


 だからこそここに辿り着けたのだが。


「……レインフォルト様、お久しぶりです……トビーの娘のエレノアです、覚えておられますか?」


 薬師エレノアは私を見て感極まった声音で話しかけてくる。


『レインフォルト、あなたの知り合い……よね?』


 念での問いかけにレインフォルトは代わるよう頼んできたので私は素直に身体をあけ渡す。


「お久しぶりですね……無論覚えていますよ……元気そうでなによりです、手術をした甲斐がありました……しかし物分かりが良すぎますね……あの時私は男性として存在していたはずですが……」


 訝しむレインフォルトにエレノアは微笑み


「意訳ではありますけど、あなたは術を極め肉体という頸木から解放され、自らを霊なる存在に昇華した至賢の存在……と父から聞いております、霊なる存在が現世に影響を与えるなら依代が必要でしょう……そのお身体も依代と理解しています」


 エレノアの言葉にレインフォルトは苦笑を浮かべる。


「……買い被られたものですね……まぁ、トビーはかつて私を半ば崇拝していましたからね……」

 

 レインフォルトは懐かしげに目を細める


「救われた後、貴方のお力になるため薬師として修行をし、多くの薬を今日のために蒐集してきました……」


 エレノアは徐ろに机を移動させてしゃがみ込み部屋の床に隠された扉を開ける。


 するとそこから梯子が現れると共に独特な薬剤の臭いが漂い鼻腔を掠める。


「どうかお役立て下さい」


「……臭いだけでわかりますね……かなり希少な薬剤も多数ある……処理も的確なようだ……エレノアさん、貴女のこれまでの研鑽と努力に敬意と感謝を」


 レインフォルトの言葉にエレノアは涙ぐむ。


『クレア、彼女を同行者として勧誘してよろしいですか?これ程の薬師なら調薬を任せたい』


 レインフォルトの念に私は肯定の意を示す。


 その後、エレノアはレインフォルトの勧誘を光栄だと快く引き受けてくれた。


 今は彼に救われ感謝し崇拝にも近い憧れを口にする人が目の前にいる……


 しかし、この男は13年ほど前に町一つの住人と多数の聖兵団員を殺戮している……


 私は知れば知るほどに自分の中にいるレインフォルトという存在がわからなくなっていた。




 身体の主導権を戻して新たなメンバー2人を連れて馬車へと戻ると、出迎えたアリアはかなりの驚きの反応を見せた。


 特にカルロスの存在はアリアにとって異質に映ったらしく明らかに戸惑っている。


 カルロスは苦笑しつつアリアに持っていた菓子を手渡すが、アリアとカルロスの間には微妙な空気が漂っている。


「……ハーストは元気にしてますか?」


 ふと脳裏に浮かんだ同僚についての問いに、しゃがみ込んでアリアへのゴマスリをしているカルロスは動きを止める。


「ハーストは君らと同行してあの日に死んだのではないのか?」


 カルロスは立ち上がり真剣な表情で私に向き直り問うてくる。


「……彼はあの任務には参加してなかったと思いますが……」


 私の言葉にカルロスは怪訝な顔を見せる。


「あの事件の日からハーストは姿を消している……それに、聖兵団の調査結果だから鵜呑みにはしていないが、教会が発表したあの事件での殉教者一覧にハーストの名が載っていたぞ……」


 カルロスの言葉に私は眉を顰める


「……でも、あの日ハーストらしき人を私は見てません……鎧と兜を着込んでいても大柄だったから聖騎士団の中でも目立ちますし……何よりいたら私に話しかけてきているはずです」


 クレアの言葉にカルロスは目を細め


「……実は……奴には教皇派の間諜スパイである疑いがかかっていた……いろいろ疑う理由はあったが、奴が入団してから何度も不自然にアルフレッドの悪事が露見する事態になりかけてな……」


 カルロスの言葉に私は目を見開く。


「得体が知れない奴だったのは確かだ……あまりに遠い地域だから調査が難航していたが、辺境の下流貴族であるバートランド家は理由はわからないが取り潰され、四男はとうに亡くなっていたか、そもそもいなかったのか……バートランド家の資料は念入りに消されていたようで情報が得られなかった……」


 少しの間静寂が流れる。


「……つまり、ハースト=バートランドという人間は存在しない可能性がある」


 私の胸の奥にその言葉は小さな棘のように刺さり、私はその感覚をしばらく拭うことができたなかった。

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