中 第二幕 馬車
私の耳に馬の蹄の音が聞こえてくる。
音の出所に目を向けると、荷台が幌に覆われている一頭立ての簡素な馬車がゆっくりとこちらに向かってきていた。
馬車は本当にゆっくりと進んでいる……
いや、あまりにも遅すぎる。
私は少し迷う。
今まで庶民階級の人間とほとんど話したことがないからだ。
『少し代わっていただきますよ』
(…………わかった……)
レインフォルトの言葉に諦めと共に応えると共に私の体の自由が入れ替わる
「すみません」
声をかけられた御者台に座る中年の男は困惑の表情を浮かべつつ馬車を停める。
「……この格好が気になるのもわかりますけど、話せば長くなるので……それより随分とゆっくり進んでおられますね、よほど大切なものを運んでいるようですが?」
レインフォルトは出来る限り私の喋り方に寄せて話しかけているようだった。
「は、はぁ……その……実は娘が病にかかってしまいまして……地元の医者では手に負えないと……だから大枚をはたいて馬車を買って娘を連れて帝都に向かっているのです」
男は戸惑いながらも話し始める。
それを聞いたレインフォルトの表情が変わった気がした。
「なるほど……私はこう見えて少し医術を齧っています、よかったら娘さんを診せていただけませんか?、お金についてはいただかないことをお約束します」
私の口がスラスラと言葉を吐き出していく。
私に合わせた口調はもうやめている。
一人の医師がそこにいた。
「は……はぁ、それなら……どうぞ」
御者台の上の男はやはり戸惑いの色を隠せずにいるものの、レインフォルトの饒舌さに押されて頷く。
すぐさまレインフォルトは馬車の後ろに回り込み、荷台に乗り込む。
薄く安っぽい薄い布越しに陽光の差す仄暗い荷台の中に苦しげに息をして臥せる少女とその母親と思われる女性の姿があった。
「話は聞いておられましたね?、失礼しますよ」
レインフォルトは少し口調を鋭くして断りを入れて女性と場所を替わり少女の様子を覗き込むようにして見る。
少女は苦しげにしている。
「……あの……アリアは助かりますか?」
女性が心配そうに聞いてくる。
「これからいくつか彼女に質問をしながら触診をします、彼女が助かるかどうかはそれ次第です……彼女が答えるのが困難なら……お母様……でしょうか?、貴女に答えていただきます、よろしいですね?」
女性が頷くのを確認してレインフォルトは光の玉を宙に生み出し荷台の中を照らし出す。
「私の言葉がわかりますか?……どこが一番苦しいのか教えてください」
「お腹が……痛い……」
レインフォルトの呼びかけに少女は力なく答える。
レインフォルトはその間にも少女の額に手を置くと、結構な熱が出ているのが掌から私にも伝わってくる。
「お腹のどこが痛みますか?」
「右……下のへん……」
少女の言葉にレインフォルトは目を細め少女の母親に目を向け
「……すみません、どのような経過でこうなったかご説明をいただけますか?」
「最初はただ気持ちが悪いとか調子が悪そうだったのですが、だんだんと悪化してお腹が痛いと言い出して熱まで出て……今はもう腹痛で立ち上がることもままなりません……娘は……アリアは助かりますか!?」
母親の答えにレインフォルトは目を閉じ
「……少し外に出ましょう、話はそれからです」
レインフォルトはそう告げて荷台から降りていく。
馬車から少し離れた場所でアリアの両親は私と向かい合って心配そうな視線を送ってくる。
「残念ながら娘さんを帝都に連れて行っても助からないでしょう……」
レインフォルトは私の口を通してそう告げた。