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中 第十六幕 更ける夜

 いつのまにか夜の帷が衣擦れの音も立てず辺りを覆っていた。


 ミシュパートは忙しなく幾つもの蝋燭の灯りで満たされた部屋を歩き回りその顔に刻まれた皺を深めて苛立っていた。


 ジャハンナとかいう女は教皇勅書を見せて自分を従わせたが、あれから全く動く様子を見せない。


 告解室ではオルラント夫妻への"尋問"が今も行われているが、彼らから異端者に関する有益な情報は未だに得られていない。


 しかし、ミシュパートは半ば確信していた。


 彼らの娘、アリア=オルラントは生きている……と。


 二人とも別室で互いに疑い合うよう誘導して尋問しているが、決して口を割らない。


 これは共通する守るものがあるからこそだ。


 異端審問官付きの尋問官の責苦は半端なものではない、理由もなく耐えられるものでは断じてないと言い切れる。


 そして、齎されたレインフォルトの活動再開の報……


 アリアが生きているならレインフォルトが関与したのはほぼ間違いない。


 そういった技術を持つ異端者は徹底的に狩り尽くした。


 下火になったとはいえ異端者狩りが未だ続く教区内にそのような輩がいるわけもない。


 それでもこんな偶然があるものか……とも考えたが、これも聖アリエラの導きなのだろうとミシュパートは感謝していた。


 あの日鳴いていたカラス供もレインフォルトが昔から使い魔として使っていたカラスが原因なら説明がつくというものだ。


 何より近くにレインフォルトは居る、そう異端審問官の勘が告げている。


 今すぐ探索の手を広げるべきだと主張したが、ジャハンナは動こうとしない。


 教皇勅書に書かれていた内容としてはジャハンナの指揮下に入りレインフォルトを生かして捕えよというものだった。


 教皇勅書に反することは自らが異端となることを意味する。


 ミシュパートはあの得体の知れない女、ジャハンナとの会話を思い起こし黙考する。


「……しかし、レインフォルトがそのような存在となっていようとは……道理で"代替わり"しても技術と知識が落ちなかったはずだ……」


 ミシュパートは独りごちて窓の外に目を向ける。


 月明かりが窓から差し込んでいる


「レインフォルト……最初に相見えたのはこんな月明かりの晩だったか……」


 瞑目したミシュパートの瞼の裏に茶色い粗末なローブを纏い眼鏡をかけた神経質そうな青年の姿が浮かぶ。


「若き日よりの因縁……か……この老体でどこまでやれるか……我が異端審問官としての最後を飾るに相応しい相手だ……」


 老いた異端審問官は開いた月影を映す鋭い眼差しはそのままに口の片端を上げた。





 薄暗い部屋、燭台に灯る幾つかの灯火があるだけで、部屋は薄暗く沈んでいる


 ジャハンナは逞しい上半身を晒してベッドに横たわっている御者の身体に蝋燭の灯りを頼りに触診を施しつつ状態を(つぶ)さに観察していた。


 その体には幾つもの傷跡と縫い後が走っていた。


 それを見つめる黒に紅が混ざった特徴的な瞳が蝋燭の灯火に揺れる。


 黒い服の袖から伸びる細く白い腕と美しく繊細な指で行われる触診はどこか(つや)を感じさせる。


 御者は微動だにせずただされるに任せている。


「やっぱりまだ万全には程遠いわね……トラードでの戦闘活動限界の超過、続いてヴァロワレアン邸での立て続けの戦闘でのダメージはあなたが自身思うより深刻よ……今回の志願といい、死にたがりのような行動は止めなさい……服を着てもいいわ」


 御者は無言で体を起こし服を着直して傍の机の上に佇む鞘に収まった剣を手に取る。


「あなたはまだ戦える状態じゃない……だから、戦わせないわ」


 ジャハンナは瞼を伏せ憂いの眼差しで御者を宥めるように言葉をかける。


「……しかし、どうやってあの堅物の狂信者を抑えたものかしら……あのウィルヘルムでさえ危険視するだけあるといったところね……噂通りの狂犬……あの調子だと勢い余って対象を殺しかねないわ……」


 先程まで皺だらけの顔にさらに皺を増やして顔を赤くし唾を飛ばして異端者レインフォルトを追うため捜査を始めるべきだと主張していた老人のことを思い出して溜息をつく。


「異端審問官と言ったら聞こえはいいけど、結局は人を追い詰め捕らえて死に追いやること……そんなことにあそこまで情熱を傾けられるものなのかしらね……権力を持った男……いえ、人間というのは何でこうもロクでもないのかしら……」


 呟きを漏らすジャハンナを無視して立ち上がる御者を見上げてジャハンナは苦笑を浮かべ


「いつまでその悪趣味な包帯を顔に巻いてるつもりかしら?私としてはそろそろあなたの顔が見たいのだけど……」


 御者はやはり無言でジャハンナに背を向け歩き始め扉の向こうに姿を消す。


 ジャハンナは寂しげにその背を見送った。




 夜も更けた荒涼とした平原の中を馬車は進んでいた。


 レインフォルトは月明かりを頼りに馬車を進めていたが、見つけた岩場に寄せて馬車を停める。


 追手はかかっていないようだった。


 レインフォルトは私の意識がはっきりしている間に体を長い時間動かすのがかなり負担になっているようだった。


 アリアは泣き疲れて眠っている。


「身体をお返しします……引き返してアリアの両親を助けになど行かぬようお願いしますよ……」


 レインフォルトの言葉と共に漸く身体の感覚が戻ると同時に溜まった疲労感がのしかかってくる。


 どうにか抗おうとするも、私の意識は薄れていった。


 

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