蒼海に帰す
「ねえ、葵」
なあに、と私が問いかける。
「これからもずーっと、百年先、千年先まで一緒にいてくれる」
わからない、けど。
そうであったらいいな、という思いを込めて、うんと答えた。
「皆居なくなったって、ふたりでずーっと」
うん、ずーっと。約束だからね。
そう言って、小指を絡める。
笑い声が二人分、蒼穹に響いた。
ひらひらと、水色の刺繍で縁取られた深い蒼のプリーツスカートをはためかせ、二人海沿いを歩いた。
前を行く遙の、風に弄ばれる長い黒髪は、日に透けて紫紺を散らしている。
今日は、特別な日。だけど嬉しいことじゃない。
私の、大人になる私たちの、最後の弔い。
"夏"の葬式だ。
大人になった私たちは、いつかすべてを忘れ逝く。
この海風も、暑い中分け合ったラムネも、目の前に靡く黒髪も、全部、全部。
だから、綺麗なガラス瓶に封じ込めて、今もなおさざめく海へ送り出す。
誰かに届くことなんて、億が一にもあり得ないけれど、それでも弔いとして波に呑ませるのだ。
それは、贖罪にも近い行為であろう。
ぴた、と視界に映る背中が動きを止めた。
そのまま上の空の私の傍へ腰かける。
それを見習って、私も遥の隣に腰を下ろした。
「準備はどう」
「ばっちり」
ほら、と彼女の目と鼻の先まで自分の瓶を近づける。
きらり、と光るその中には、自分の思い出が沢山詰まっている。
昔、髪が遙ほどの長さだった頃、母親に強請って買ってもらった、シーグラスをあしらった髪留めや、学校で貰った、貝殻を模った小型のオルゴール。そのほか色々なものを放り込んだ。
一番上には、自分の想いを綴った手紙。
誰にも見せられないようなことを語った、秘密の紙切れ。
全部、全部海の泡にして消し去ってしまうために持ってきた。
大人になるために必要ないもの。
我儘心、執着心、それからそれから、友人への仄かな恋慕。
それら全てを捨てるために、ここまでやってきたのだ。
これから、といってもあと二年はあるのだけれど、私たちは大人になっていく。
曖昧な時期から、確かに一歩を踏み出して。
皆様どうも初めまして、泡沫と申します。
これからゆるゆると活動させて頂きますので何卒よろしくお願いします。
感想等頂けますと幸いです。