身勝手ですまん
こうして俺の悪役転生は大失敗に終わった。
「しかも死にそこねた」
「バカね!人が看病してる最中に何言ってるのよ!」
「あ痛」
めいっぱい頭をはたかれて、俺は粗末な寝台の上で顔をしかめた。
「お前も、なんでこんなところにいるんだよ」
元絶世の美姫は腕組みしてふんぞり返った。すっかり育って美少女から美女になったけれど、キツい性格はそのままらしい。
たおやかな不憫健気美女はどこいった?いや、不憫にならないように手を打ったのに、なんでここに……。
「いちゃ悪い?」
「悪いわ!せっかく人が報奨金はたいて用意した安全な田舎家抜け出して来やがって」
「あんなところで飼い殺しにされてたまるもんですか!……って、アレあんたの自費なの?」
「ドサクサで用意するのに公費なんか請求できるか!」
「だからって、なんで自費なのよ?!定期の仕送りとか来てたけど、アレどうなってたの??!」
「遠征軍には本妻に内緒で現地妻に給金を送る奴もいるから、そういう決済手段の裏技は整ってるんだよ」
よく部下の相談にのって面倒をみていたから、自分の分も紛れ込ませた。
「現地妻…………サイッテー」
「イタタタタ。こら、怪我人!俺、怪我人だから!」
「殺してやる。残りの報奨金は本国の妻に全額送って死んで詫びろ!」
「待ってくれ!誤解だ」
「なに?遺言なら聞くわよ」
「居ないから。本妻なんて、国にも他所にも、居ないから」
「ははーん、各地に“現地妻”がいるだけなのね」
「バカ、俺が申請した扶養妻子はお前だけだよ」
彼女は疑わし気な眼差しで俺を見下ろした。
「どっち?」
「ああん?」
「妻か、子か、どっち?」
ああもう。可愛いヤツだな。
俺はニヤリと笑った。
「妻……じゃねぇな」
まだ抱いてない。
流石にそうは口にしなかったのに、彼女はうつむいてしまった。
「お前、なにしにこんなところまで来たんだよ」
俺は優しく彼女の頭を撫でてやった。
原作では彼女は過酷な運命にボロボロにされた末に主人公への復讐のためにこの北辺までやってくる。だが、この世界では俺は彼女が酷い目にあわないように、こっそり隠れ家に匿った。それでも国を滅ぼされた恨みは強かったのだろうか。それとも、それほど彼への思いが強かったのか。
「悪いな。お前の目当ての英雄殿はもう行っちまったよ。……お前も俺なんかにかまってないで、さっさと行け」
自分が幸せになることを考えて生きろよ。
そう言おうと思ったら、思いっきりビンタされた。
「このバカぁーーーっ!!」
なんだ?このご褒美。
相変わらず芸風がベタだな。
混乱する俺の胸に、彼女はすがりついた。
嬉しいけど、そこ傷の直上!
痛い!痛いから!!
なんとかなだめすかして話を聞き出すと、なんと彼女は俺が目当てでここまで来たらしい。
「え?俺?なんで?」
「なんで自分じゃないと思ったのか、むしろこっちが聞きたいわよ」
むくれ方がかわいい。
えー、何だこれ。ニヤニヤが止まらんぞ。
「まったくもう。散々苦労して来てみれば、変な変装して悪巧みしたり、勝手に妙なことたくらんで死にかけたり。戦バカは戦バカらしく真っ当に戦争してなさいよ」
んんん?言われようが酷いのはさておき、色々ツッコミどころが多くないか?
「変装って……?」
「してたでしょ。港の酒場で、なんか顔隠してこっち風の外套被って」
なんてこった。密談に向かう途中を見られてたのか。
彼女は、色々苦労してなんとか船で北まで来たところで、軍の居所がわからず困っていたところを、例のイレギュラー野郎に助けられたらしい。あの野郎、半端に原作の仕事再現しやがって。タイミングがチゲぇだろうが!
くっそう、今回はうまいこと遠ざけたと思ってたのに、とことん俺の思い通りに動かん奴だな。
二人で軍に戻る途中で、俺を見かけたのだと言うが……。
「……顔を見てないならわからないじゃないか」
「バカなの?わかるわよ。声とか背格好とか立ち振舞で」
「数年前に一回会っただけの奴がなに言ってやがる」
誤魔化し通そうとする俺を、彼女は鼻で笑った。
「乙女の初恋の記憶力を舐めんじゃないわよ」
「は?」
二、三度瞬きしてから凝視した俺を見て、彼女はプイと横を向いた。……耳が赤い。
「え、なんだ、お前」
「なによ!」
俺は寝台に横たわったまま、彼女の腕を掴んで引き寄せた。
「まさか俺に抱かれに来たのか?」
また平手で打たれるかと思ったら、「悪かったわね!」の言葉と同時に、頭突きみたいなキスをされた。
痛えよ。ヘタか。
しょうがないから、すぐに逃げようとするのを押さえつけて、正しい風情あるキスの仕方を、ちゃんとできるようになるまで、しっかり教えてやった。
おかげで、治りかけの傷が開いて、俺はまたしばらく起き上がれなくなった。
くそう。
結局、俺は遠征軍の総指揮官代理として、本隊を率いて祖国に戻った。
俺の裏切りは露見せず、我が英雄殿は。限りなく戦死扱いだが死体が見つからないから一応行方不明ということになった。
ほぼ原作どおり。
俺を切った挙げ句、応急手当だけして放置していったクソ野郎も黙って同行したようだが、とことんイレギュラーな奴のことなんか知らん!
世界のつじつま合わせは、主人公に関しては健在だった。
行きは何年もかかったのに、帰りは船団で運ばれてあっという間だった。
俺の傷は幸い化膿せず、大きな後遺症も残らなかったが、俺は軍を辞めた。
アイツの下だからノビノビやれたが、うるさいジジイの下に配属されたり、俺がトップをやらさせられたりしたら、とてもやっていける自信はない。
俺は自他ともに認める戦バカだが、これでも一応転生者だ。軍を辞めても、金になる事業の1つや2つは思いつけるだろう。
例えば保養施設なんてどうだろうか?実家が医者だから専属医師は用意できる。この世界にはまだない大病院なんてものを作ると管理が大変だが、小金持ち向けの保養所なら、難病や疫病は背負わなくていい。景色のいいところに小洒落た建物を用意して、そこそこうまい飯とエンタメを提供すれば、客はつくだろう。いい感じの温泉があれば、湯治場にして温泉旅館でもいいな。
酒と女と賭け事という俺の得意分野を程よく添えてカジノ風もありだ。カジノのドンなんていい具合に悪役じゃなかろうか?
「なに、悪い顔でニヤニヤしてるのよ」
「世界一美人の嫁をこれからどうやって幸せにするか考えていたんだ」
「バカなの?」
私はもう幸せよと言って、可愛い妻は俺をかがませて頬にキスしてくれた。
"裏切り者"というこの世界での役割を全然こなせなかったのに、ろくな責も負わず、主人公をよそに、こんなに良い思いをして勝手に幸せになってしまっていいんだろうか?
ふとそんな思いもよぎったが、嫁が可愛くてどうでも良くなった。
すまんな、主人公。やっぱり俺、お前にそこまで執着ねぇわ。
俺は惚れた女のために、身勝手に生きる。
お前はお前で自力で幸せになってくれ。
後に……
俺の温泉宿にお忍びでやってきた主人公ご夫妻に、俺はひっくり返るほど驚いて、なんだかんだで彼の妻と意気投合して、彼を大いに困惑させるのだが、それはまた別のお話。
人生ってなにがあるかわかんなくて、おもしれえな。
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次に読むなら、代表作がオススメですw
追伸;
番外編短編集「青い鷹……」に本作の登場人物が出る話があります。(17話、19話など)そちらもよろしければどうぞ。