悪役のプライド
俺が裏切らなければ、彼は自分自身の真実にたどり着けず、王になることもできない。
そうでなければ、彼はきっと一生、ただの将としていいように使い潰されるだけだろう。我が国の上層部は流民上がりの彼を厚遇することはないに違いない。
俺が、彼をこの国から、彼を縛るくびきから、開放してやらねばならないのだ。
それが俺がこの世界に生まれた理由だ。
そう思っていたのに。
ある晩、彼は焚き火の炎を見つめながら、自分が"予言"を聞いたことがあると打ち明けた。自分は伝承の島に単身渡って、その地の王になると告げられたと。
なぜそれを……俺がお前にもたらすはずの運命を、お前が先に知っているのだ。それを自ら語るということは、いつか俺達を捨てて行くという宣言だとわかって言っているのか。
「信じているのか?!」
「いや……ただ予言通りの島の噂を聞いたから不安になっただけだ」
彼はそう言って酒の席の戯言として流した。
だが俺は、お前などいらないと世界に切り捨てられた気がして、頭を殴られた気分だった。
思えばこれまでも、大筋は変わらないながらも、細部は全然、原作どおりでないことは度々あった。その度に、なぜか必要物資が届いたり、急に開発されたトンデモ新発明品がたまたま使えたり、知らん相手から支援の使者が来たり、何やら強引なつじつま合わせ的なご都合展開が力技で起きて、なんとなく本筋っぽい話におさまってきた。
今回も、俺がこのまま動かなければ、きっとこの世界は俺の知らない方法で、俺抜きで、英雄伝説を完遂させようとするだろう。
それはイヤだ!!
俺の人生の最大の見せ場を、なかったことにはさせない。
悪役には悪役のプライドがあることを見せてやる。
俺はこれまで周到に用意してきた布石を利用して、ずっと練ってきたプランを実行し始めた。
裏工作の実行は容易かった。
俺はこれまで、無節操で考えなしの脳筋バカとしての絶大な信用を積み重ねてきた。
夜半に抜け出しても、女をあさりに行くていなら黙認されたし、うっかり口を滑らせた風を装えば、偽情報も嘘だとは思われなかった。
らしくない難しい言葉遣いをすれば、顔を隠してちょっと声音を使ってやるだけで、裏取引の相手は俺を別人だと思ってくれた。
俺は必死で思い出した原作知識と、元先進文明国情報化社会育ちの知恵と、これまで英雄の隣で見聞きしてきた戦略&策謀ノウハウを駆使して、万全の裏切り計画を進めた。
もちろん、バレるようなヘマはしない。
何食わぬ顔でいつも通りに振る舞うことなんて楽なものだ。俺がどういうキャラかは、俺が一番良く知っている。これまで構築してきたイメージどおりに振る舞えば、周囲の誰一人疑ったりしなかった。
計画がつつがなく進行するように、俺はイレギュラーはできるだけ矯正した。
もっとも大きなイレギュラーである男は、早々に偽の要件を作って隊を離脱させた。
コイツは本来、原作では主人公に同行しないはずの敵キャラクターだ。コイツの国との戦争で勝利した後、原作どおりきっちり地下牢にぶち込んでおいてきたはずなのに、なぜか独立愚連外人部隊の隊長ポジでうちの軍に配属されてきた。
本当ならコイツが放浪中に不幸な姫を助けるはずなのに、何をやってるんだ!と叫びたかった。
この男は本当に、俺にとってはイレギュラーの象徴で、これまでも何度か追い出そうとしたけれど、どうにも上手く行かず、ここまでズルズルと一緒に来てしまっていた。が、とにかくこの強すぎる男がいると、主人公が窮地に立たないので、今回は念入りに遠ざけた。
計画はこうだ。
まずは、主人公を偽情報で釣りだして少数で孤立させ、敵兵に襲わせる。
それとは別に、事前に予備品の試作と称して作らせた軍旗を密かに敵軍に渡しておき、それを掲げた偽装軍を出してもらう。
窮地で焦った主人公が、それを見て味方軍だと誤認して合流したところで、本物の本隊を率いる俺が「アイツは敵軍に寝返った」呼ばわりして攻めかかる。
どうせ相手は強すぎて倒せないが、いつもの愛馬でない普通の軍馬に乗せておけば、馬は脅せる。崖っぷちに追い詰めて、俺が捨て身の一太刀で馬ごと海に落とせば、ほぼ死亡確定の行方不明扱いにできる。
実は、原作はもっとシンプルだ。直情バカの“俺”は、敵軍の情報に“単身”偵察に出た主人公を追い、襲う。
アホやろ!
一騎打ちシーンはカッコよかったけど、それは、アホやろ!!
長く軍で暮らしてわかったが、軍の総指揮官は単身偵察に出たりしない!たとえ出たとしても、次席上長が追うなんて許されない。その前に絶対に昔からの護衛部隊が後ろからこっそりついていく。
アイツが隊長になる前からの付き合いの最古参の弓兵は非常識な腕だから、そんな雑な出来心展開でアイツに襲いかかったら、剣が相手に届く前に、俺の喉笛に矢が貫通する。
つい情に流されて、知ってる窮地で助けすぎたせいで、原作ではとうにいないはずの古参の生存率が高すぎるんだよ!厄介だな。俺の自業自得だけどさ!
もちろん、彼らが邪魔をできないよう丁寧に当日の配置と任務をいじった。
ついでに言うと、敵軍が近くにいるときに、トップ二人が揉めて共倒れで行方不明とか、残った兵はたまったもんじゃない。きっちり敵軍は殲滅できて、残った奴らがちゃんと生きて帰れるプランにしないと、上官失格である。そこはきちんと詰めた。
……裏切り者が何を言っとるかという話ではあるわけだが、そこは悪の美学で、上長の義務だ。
というわけで、俺は丹念に準備して、慎重に行動し、確実にプランを実行した。
だが、アイツは騙されなかった。
偽の軍旗を掲げた偽装軍にアイツの姿はなかった。
まさか偽装軍に合流する前に敵兵にやられたのかと、すべてを放り出して、アイツを罠にはめた地点まで単騎で駆けつけてみれば、そこには敵兵の死体だけがあった。
ホッとして顔を上げた先の丘の上に……アイツがいた。
青い目が、俺を見下していた。
「なぜかとは聞かないんだな」
「お前が裏切るだなんて信じたくなかった」
「でも信じた」
予言……か。
そうだ。コイツは俺が裏切ることを知っていたのだ。
知っていて俺に裏切らせた。
迷う俺に予言の話をして疑心を抱かせさえしたのかもしれない。
ああ、お前は俺にはめられてやむなく行くのではなく、予言に従って自ら王になりに行くんだな。俺達全員を捨てて、俺の一世一代の裏切りを軽く受け流して。
結局、お前にとって俺はただの利用できる男の一人だったのか。あんな風に俺の内側まで見透かすような目をしたくせに、お前は俺の思いに興味も関心もなかったんだ。
知っているか?
俺は気づいていたぞ。
俺達がどれだけお前に命を預けても、お前の心はいつもどこか他の場所にあった。
皆でバカ騒ぎをしていても、お前は一歩引いていて。そして時折、ふっと遠くに視線を彷徨わせるんだ。まるで帰りたくても帰れないどこかを想うみたいに。
だから俺は……それがお前の叶わぬ望郷だと思ったからこそ俺は、お前を縛るすべてのしがらみからお前を開放して、お前を本当の"故郷"に返してやりたいと思っていたんだ。
俺達がお前の枷で重荷になっていると思ったから。
だが、そうじゃなかった。
お前はなんとも思っちゃいなかったんだ。
俺は吠えた。
「先に裏切ったのはお前だ!」
俺の大剣は、彼に届きもしなかった。
彼は剣も抜かず、ただ立ってこちらを見ていただけだった。
その青い目が俺を蔑んでいるのか、哀れんでいるのか、それともなんの感情も抱いていないのか、それすらもわからないままに。俺は、彼の隣にひかえていた男に剣ごと切られた。
ソイツは俺にとってのイレギュラーの象徴……本来は敵だったはずの男、そしてあの姫を助けるはずだった男だった。
お前、ホントに…こんなところで…………何をやってるん…だ?
俺の悪役人生の最後に脳裏をよぎったのは、全然しまらない一言と、二度と会えなかった女の安否だった。
ここまでは既知。
ここからは未知?吉?
次回、最終回
明るい未来へ。レディ・ゴー!