ガラじゃないだろう
遠征は予想通り長引いた。
同盟国からの救援要請に始まり、寄港先での海賊騒ぎ、中立都市の参戦、難攻不落と言われる城塞の攻城戦、想定外の難敵、怪物騒動……と、戦争は制圧地や植民都市での越冬を挟みながら何年も続いた。
それは細部こそ違えど概ね原作どおりで、まるで大いなる何者かが、原作どおりに進むように、我々を導いているかのようだった。
うろ覚えながら原作の展開を知っている俺ですら「それは実現不可能だ!」と思ったことが実行され、「とはいえそうはならないだろう」と思った無理が、なぜか通って次の展開に続くのは、いっそ痛快だった。
「なあに、やっと終わったと、こうやってみんなで安心して宴会をしていると、きっとまたどこかの使者が、死にそうな顔で駆け込んでくるんだぜ」
「やめろ!そういうことを言うな。お前の勘は当たるんだから」
「おや、あの土煙はなんだ?」
「あああ〜っ」
「こりゃ、またひと騒動ありそうだな」
俺は、運命に愛され翻弄される主人公のすぐ隣で、当事者として冒険譚のような人生を楽しんだ。
雪を頂いた山を越え、幻の湖を臨み、草原を横断して、北の大地、西海の果てまで。
気心のしれた男所帯である遠征軍は、バカばっかりで、気の合うやつも合わないやつも、一緒くたに死にそうな目にあって、何度も窮地を乗り越えて、そうして生き残って、酒を酌み交わした。
こうやってずっと一緒にいられたらいいのに。
そう思ったのに、西海の果てで北の大地は尽きて、俺達の遠征は終局を迎えようとしていた。
「帰ろう」
このまま進めば、道を違えることになる。
今なら皆で一緒に帰ることもできるはずだ。里心がついた兵も多い。引きどきだ。帰還命令は出ていないがかまうものか。
「上の意向など気にするな。皆、帰りたがっている」
俺の言葉に、我が英雄殿は頷かなかった。
「すまんな。いつもお前に言わせてしまって」
「俺はガサツで気遣いがない男だからな。思ったことはなんでもズケズケ言わせてもらっているだけだ」
リーダーが口に出してはいけないこと、下っ端が上官には言えないこと、そんなアレコレを無神経に発言して、ガス抜きと上下の意思疎通につなげるのは、悪童副長ポジションの俺の役目だ。何も考えずに言いたいことが言えるキャラってのはストレスがなくていい。
「……違うだろう」
彼は俺をじっと見た。その珍しい色合いの青い目で見られると、自分の内側まで覗かれてしまうようで、俺は目をそらした。
「お前はいつも…………気遣いができていないのは俺だ。俺はお前にいつも助けられている」
やめろ。あんたは強くてクールで、鈍感な朴念仁でいてくれ。
俺に感謝したり……外側じゃない本当の俺に気づいたりしないでくれ!
「感謝とかやめてくれ。ガラじゃないだろう。死ぬ前みたいじゃないか」
「それは……お前の勘か?」
ハッとして振り返った俺の顔を見て、彼は「おいおい」と眉を上げた。
「そんなに深刻に青ざめないでくれ。心配になるだろう」
「……お前はまだまだ死なんよ」
「だと、ありがたい」
くしゃりと笑った彼の笑顔が、あまりにもいつもの英雄然とした顔と違っていて、俺はわけもなく苦しくなった。
彼を傷つけ、彼の信頼を失って、裏切り者として厭われ、刃を向けられることに、今更、怖気づいた。
ずっとそのために、世界の中での自分の役割を果たすために生きてきたのにだ。
手を差し伸べたかった相手を見捨て、側にいたかった相手に背を向けて、ここまで来たのに。
俺は自分の弱さと浅ましさに苦悩した。