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やっちまった

違和感を覚えたのはいつからだったろうか。

時折、「あれ?原作ってこんな話だったかな?」と思うことがあった。そりゃあフィクションと現実は違うだろうと思いつつ、自分の無意識なミスがこの世界の歴史を変えていたらどうしようかと不安にもなった。

しかし、なにぶんストーリーがうろ覚えなので、間違っているのか自信がないし、正そうにも正解がわからない。

大筋はあってるからヨシ!と心の中で自分に言い聞かせて、不安を押し込めた。





「いや、それは流石に違うだろう」


致命的な違和感を前に、思わず本音が口から出てしまった。


「なによ。失礼な男ね」


目の前にいるクソ生意気なガキは、ただいま滞在中のこの国のお姫様で、絶世の美姫と名高い……原作のゲストヒロインだ。コミカル回の登場で、ヒーローに言い寄って、あえなく振られるツンデレ美少女ラブコメオチ担当。


好きだったんだよな。


作者には冷遇されていたのに男性読者中心に人気が出て、後に奇跡の再登場を果たす成り上がりキャラだ。


ソイツが今、“俺”を口説きに来た。


嘘だろう?ヒーローに一目惚れして、この国にうちの軍が滞在中、ずっとまとわりつくはずじゃなかったのか?!

なんで?どうして“俺”?

英雄殿は?


「野蛮でカッコ悪いからヤダ」


おおう??!


「アナタのがずっと素敵だわ」


なんですと?!!!


突然の下剋上モテ期に当惑する。

いやいや。いやいやいや?

誰だ。コイツをツインテにした女官は。

しかも色設定が絶妙過ぎるだろう。俺の人生持ち越し性癖を突くな。


姫は薄いベールを被っていて、顔はよく見えないが、俺は知っている。コイツはテンプレ美少女だ。

原作小説で、気が強い小娘だけど美姫という程度の描写しかないのをいいことに、コミカライズのときに絵師が自分の煩悩を突っ込んだキャラなのだ。同病相憐れむ……じゃなくて同好の士としては推さざるを得ないあざとさだった。

正直言うと、数年後の再登場時の美女っぷりの方が好きだが、クソガキ小娘時代も不憫健気美女時代も2way両方ドストライクだった。


「この私が声をかけてあげたのよ。もっと喜びなさいよ」


おお!


「もう、なによ。あなたも私をバカにする気?」


うおお!


ヤバい。リアル路線だったここの異世界に、突然、ベッタベタのアニメ声のツンデレキャラが降臨している。なんだ?この目の覚めるような画風と芸風の活断層。

俺は彼女から目が離せなくなった。


「どうせ噂ほどじゃないって、ガッカリしたんでしょ」


いえ、期待以上、想像以上です。ちょっと斜め上すぎて戸惑っているだけです。


「知らないわよ。勝手に“絶世の美女”だなんて大げさな噂を流されて、勝手に過剰に期待されて、それで会った途端に、一方的に期待外れだって烙印を押されるなんて、たまったもんじゃないわ!」


かわいいヤツだな、おい。

俺は口の端が持ち上がるのを抑えられなくて、思わずニヤリとしてしまった。


「怒んなよ」

「なによ。説教?」

「ちげーよ」


俺はひねくれた意地っ張りが大好きだ。


「お前、俺を口説きに来たんだろ?だったらもっと気合を入れて口説けよ」

「えっ?」

「召使いを使って、わざわざ俺一人を別室に呼び出して、供もつれずにこっそり来て……挙げ句、早々に癇癪起こしてんじゃねえって言ってんだ。ガキかオメエは」

「こ、子供じゃないわ!」

「ふぅん」


俺は座っていた籐椅子から立ち上がった。

上背のある俺に気圧されたのか、彼女は一歩後ずさりかけて、ぐっと拳を握って一歩前に出てきた。重ねていうが、俺は意地っ張りが大好きだ。


「おおかた、うちの英雄殿を色仕掛けで落とすのに失敗したから、俺のところに来たんだろう」

「……違うわ」


俺がもう一歩近づいて彼女に手を伸ばしても、彼女は下がらなかった。引っ込みのつかなくなった意地っ張りって、どうしてこうもかわいいんだろう。


「ちゃんとツラ見せて、言ってみろ」

「あ……」


俺は彼女の顔の前に垂らされていたベールを後ろに払った。

あー、アーモンド型の猫目。

前世基準でも現世基準でも十分に美少女!

神様、ありがとう。


俺は彼女のなめらかな頬につぅ…と指を走らせ、小さなおとがいを人差し指で軽く押し上げて上を向かせた。


「俺は、うちの英雄殿のかわりにはならねえぞ。役職上は二番手だが、指揮権はあいつにお任せだからな。おまけに手が早くて女癖が悪いことで有名だから、お前が俺を落としても、俺が罰せられて終わりだ。うちの軍は手に入らん。そっちの丸損だぞ」

「そんなつもりじゃ……」

「泣いて戻って無理でしたって言えよ」


うちの国は絶賛拡大中の軍事国家だからな。俺達を誑し込んでいいように取り込もうって発想もわからんではない。

でもこんな歳の姫さんにそれをやらすのかよ。さすがは隣国を潰して子持ちの美人王妃を無理やり娶った鬼畜王。やることが外道だ。


覆いかぶさるように身をかがめて、顔を寄せてささやく。


「義理とはいえ父親なんだ。子供が泣いて嫌がれば、実りのない無理な色仕掛けを強要はしないかもしれないぞ」

「バカにしないで。そんなんじゃないって言ってるでしょう!」

「じゃあ、政争のコマとして女の身を消費されることへの反抗か、あてつけか」


綺麗な目を正面から覗き込みながら問いかければ、彼女は俺を強く睨みつけた。

いい目だなぁ。


「子供扱いしないで」

「子供じゃないってんなら、ここには何をしにきたんだ?」


彼女の口元が小さく震えた。


「あ……あなたが……私、あなたを……」

「どうした、口説くならもっとしっかりやれ。上手くできたらキスしてやるぜ」


彼女がなにか言おうと息を吸ったところで、俺は噛みつくみたいに乱暴に口付けた。

もういいよ。口説かれたことにしてやる。

我ながら高い授業料を取り過ぎだとは思うが、これに凝りて、二度とこんなマネはすんなよ。




俺はクタッとしてしまった彼女をしゃんと立たせて、ベールを元通りかけてやった。


「ここまでだ。黙っててやるからバレないうちにさっさと帰れ」


彼女はなにか言いかけて、だが黙って俺の頬を一発引っぱたいただけで、駆け去った。

俺はそんなどこまでもかわいい彼女の後ろ姿を見送った後…………盛大に反省した。




やっちまった。


一応、友好国の新国王の即位式に来た使節団に随行している軍人が、そこの国のお姫様に手を付けてどうするんだよ。下手をしなくても外交問題一直線だよ。


しかも、実年齢差と相手の絶対年齢がアウトときている。

いやまぁ、この世界、平均婚姻年齢が低いし、特にこの国は俺の今の生国よりもさらに低いようなので、現地基準ではOKらしいが、そういう問題ではない。


俺は首を洗って、沙汰を待った。


が……どういうわけか、その後、なんの呼び出しも処罰もなく、そのまま俺達はその国を出立した。

結局、あのあと姫は姿を見せなかった。


そうか。もう二度と彼女に会う機会はないのか。


そう思ったら、もう少し優しくしてやるべきだったかと後悔した。少なくとも俺は原作知識のお陰で彼女の裏事情と屈折した心理を理解していたし、なにより十分以上に歳上な大人だった。

どうせ原作から外れた展開だったんだ。あんな風に傷つけずに、もっと親切にしてやれば良かった。




ほどなく、野心家の新王は、うちの国との友好関係を破棄し、周辺の他の小国と組んで、大国になりつつあるうちの国を潰そうとしてきた。

もちろん、英雄殿の率いる我が軍は負けなかった。


原作どおり新王は伐たれ、彼女の国は滅びた。

そう……そこは変わらなかった。



原作どおりであれば、彼女はこの後、生き延びはするが、美姫の名声が災いして、かなり酷い運命をたどる。その逆境を生き抜いて、なんとかメイン登場人物の一人に助けられた彼女は、自分をこんな境遇に落とした英雄を恨んで、復讐を誓う。

英雄を追って北の果てまで旅をした彼女は、ついに再会を果たすのだが、その時には英雄は記憶を失っており、ただの旅人として彼女に礼を言うのだ。

国を、身分を、尊厳を、そして憎んだ仇さえも。すべてを失った彼女は、昔、心から愛した男を窮地から救い、ただの親切な女として黙って彼を見送り……彼を殺すために用意した毒をあおって死ぬ。


いや、好きな話だったよ!

俺、破滅型の悪役、大好きだからね!!

でも……でもな!


フィクションじゃないじゃん。




俺は戦後処理でてんやわんやの司令部で、姫をどうするのかと、尋ねてみた。


「なんだ。欲しいのか?」

「さすが女泣かせ。見境ねぇなぁ」

「馬鹿野郎!そんなんじゃねぇよ」


ただ、傾国の美姫なんてのは、害しても手に入れても人手にわたらせても災の種だから、身元を隠してどこか田舎の片隅ででもひっそり暮らさせる方がいいんじゃないかと提案したら、驚かれた。


「お前が征服先の王族の処遇を進言?!」

「しかもわりと筋が通っているっぽく聞こえるだと??!」

「うるせー。勘だ。勘!」


それ以上、原作から外れる事をするのが怖くて、俺はそのまま「忘れてくれ」と言い残して司令部を出た。

その後、はっきりした態度を取ることもできなくて、彼女のことは、俺の中でモヤモヤと割り切れないままになった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここって、ツンデレちゃんはすでに悪役君が好きってことでいいのかな。 だとしたらやらかしすぎてるよなぁ…。
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