悪役上等
フィクション世界に転生した。
しかも悪役転生だ。
実はいい人なのに世界の強制力で悪役ムーブをやらざるを得ない話も、強制力なしなのに主人公のためにあえて悪役をまっとうする話もどれも皆大好きだったので、悪役転生上等!ではあるのだが……。
困った。
この話のヒーローにも自キャラにもそこまで思い入れがない。
ストーリーは好きだったので、振られたこの裏切り者のロールを完遂したいのは山々だが、いかんせん、“英雄への思い入れ過剰で敬愛がいつしか憎しみに”という感情の要素が自分の中にはまったくない。
いや、だってさ。
男相手だし。
仕事できるなぁと思えば尊敬するし、身体能力や知能が高ければスゲェなと感心はする。
でも、なんというかフィクションじゃなくて、転生先の人生で知り合っちゃうと、憧れのヒーローというより、普通に“職場の人”という感じでとらえてしまうんだよな。
“愛”とか“憎”とかで相手を殺したくなるような、そんなに強い感情をいだきにくいと言うか、元々の自分の性格にそういうドロドロした濃い要素が足りないというか。
どうすっかなぁ~。
いっそ世界の強制力で悪役ムーブをやらざるを得ない系の設定だったら、それはそれで楽しそうなのだが、特にそういうこともない。
覚えているシーンで、別の行動をしても、なんの問題もなかった。
実は、重要な会談でヒーローがシリアスなことを言う大事なシーンで、くしゃみを我慢できなくて盛大にハァックショーン!とやらかしてペコペコ謝りまくったのだが、座の空気が台無しになっただけだった。
あれは恥ずかしかった。
悪役がいい人になって、みんなでハッピーになるっていう話に持っていくのもありではある。けれど、偽悪大好きマンとしては、せっかく好きなストーリーの悪役に転生したのにそれは、原作レイプというか、もったいないというか、罪悪感があるというか……小市民なのか悪党なのか自分でもよくわからない葛藤だな、コレ。
迷った末に、原作とか転生とかいうのが、すべて自分の妄想だと切り捨てて、自分が自分らしく普通に節度ある態度で職務をまっとうした場合にどうなるかをシミュレートしてみた。
たぶん、シナリオ上のヒーローの転機になる重要な展開が一話分、丸々なくなる。下手をすると、その後の第6部が飛ぶ。そうすると、ヒーローが自分の出生の秘密を知ることもなくなるし、その後の展開が総崩れになって、この世界の歴史が変わってしまう。
おお!なんか自分が世界のカギを握っているみたいでカッコいいな。バタフライエフェクトの蝶になった気分だ。蝶というよりトンボかカブトムシだが。
前世で名も無いモブ人生しかおくらなかった自分にせっかく回ってきた良い役だ。
この世界に自分が存在する意義を知っているというのは、ある意味ヒーローなのではないだろうか。
いいだろう。歴史に殉じる覚悟をしてやろうじゃねーか。
この世界での俺は軍人だ。
西洋の昔っぽい世界なので、銃ではなく、剣や槍を振り回す。武器や鎧の形はそんなにこったものではないが、まぁ、前世のゲームで色々やった感じのヤツである。
もちろん回復魔法も復活もないガチ戦闘なので命のやり取りだが、この世界で生まれ育った身なので、そのあたりの倫理観は現地ナイズされた。戦争は殺るか殺られるか、降伏するか。そういうものだ。
幸い転生先の身体は優良物件だったので、前世の知識による健康管理と身体トレーニングで、大いに自慢できる程の体格と身体能力になった。マジでゲームの技ができたりするレベルなので、つい大技やコンボ技の再現に熱中してしまった。
そうこうしているうちに戦績が上がって、気がつけば俺は若手の出世頭になっていた。軍内は男社会の野蛮めな体育会系のノリで楽しかったし、周囲には一目置かれるし、原作通り顔は良いので女にはモテるしで言うことなしだ。
戦略だの戦術だのなんだのはさっぱりわからなかったが、そういうのは偉いジジイに任せて暴れて来れば良かったので楽だった。ヒーローが登場したら、その部下になって言う通りにすれば良いだけなので問題はない。なにせ原作ではヒーローは戦の天才という設定だったし、俺は脳筋寄りのキャラだった。
前世知識と言っても、前世では歴史物にもシミュレーションゲームにも興味がなかったので、何もわからない。フォーメーションというのはスポーツ用語だと思って生きていた。
原作知識の方も、戦術が語られる部分は面倒だから流し読みしていたので、さっぱり覚えていない。そもそも前世知識と言っても、こちとら生まれて二十年以上。そんなに全部覚えていられるわけがない。印象的だったシーンや大まかな筋をぼんやりと覚えている程度だ。
それでも戦闘中にふと、こういうの見たことがあるぞ!と気づいたりして危機を切り抜けられたことは度々あったので、勘のいい男という評判は得た。
原作のヒーローの実物に初めて対面したときは、拍子抜けした。原作では最初から隊長で英雄だったが、現実では相手が下っ端のときに出会ってしまったのだ。
なんだか身体の出来上がりきっていない若造にしか見えない。正規軍の新兵ですらなく、異国からの流民上がりで市民権もない補助兵の使いっ走りで、正直、尊敬の念も愛着も微塵も感じなかった。
そのうち相手はあっという間に成り上がって、部隊を率いる身分になったが、最初は半端者の寄せ集めからなる少人数の独立遊軍の隊長だった。
その頃には俺は正規軍の大隊長に出世(異例の大出世だぜい!)していたので、まだこちらの方が立場は上だった。
正規軍の内部では、彼を軽く見下す向きもあったが、自分は先を知っているので、貶す奴らには同調しなかった。
「アイツは、ただ者じゃないぜ。俺の勘がそう言っている」
ハードボイルドな口調で言ってみせると、なんかそれっぽくキマるワイルドイケメンキャラ万歳。
そうこうしていると、相手はガンガン手柄を立てて、たちまち軍の団長になった。
……うん。知ってた。知ってた。
ストーリーが原作範囲内になると、思い当たるシーンも展開も多くなる。そうなると「俺の勘がそう言っているのさ」で全部通るキャラ設定は便利すぎた。
俺も順調に優秀な戦績を重ねて、原作どおりの良いポジションに収まった。
奴の見た目も、原作での描写通りになってきた。いわゆる綺麗な英雄体型だ。
だが、やはり第一印象の“細っこい若いの”のインパクトが強くて、偉大な英雄ではなく、ついつい面倒を見てやらなきゃいけない後輩っぽく感じてしまう。
長い遠征で、軍で一緒に過ごす時間が増えてくると、フィクションのキャラではなく、戦友としての付き合いも増えてくるので、よけいに英雄崇拝気分はなくなった。どちらかというと、周囲から英雄扱いされて、何でもかんでも任されて背負い込まされている相手が不憫に見えてしまう。
なにせ前世感覚では大卒の新人ぐらいの外国人が、いきなりアウェイの子会社の社長か、難しいプロジェクト抱えた新規支店の支店長をやらされている感じなのだ。
いや、それは大変だろうよ。
同国人以外の下につくのが嫌な古参の正規兵の不満を、間に入って適当にさばいてやったり、賢すぎる英雄のプランを、バカ向けにわかりやすく噛み砕いて要約してやるのが自分の役割になった。
「要するにお前が行けと言ったら、突撃すれば良いんだな!」
兵隊なんぞ。それで動ける。
超過勤務という概念のないブラックな世界で、夜まで黙々と働く真面目な英雄殿を適度に休ませるために、酒を持って押しかけることもよくやった。
「そうやって何でも抱え込むと戦じゃなくて過労で死ぬぞ」
苦笑する英雄殿はいいヤツだが、やはり前世のフィクションのヒーロー的なキャラ付けから何らかの影響を受けているのだろうか?前世の価値観では正しくて男らしくて格好良いと思えたその言動は、この世界の荒っぽい軍のトップとしては、いささか清廉で上品すぎて青臭い感じがした。
しょうがねぇな。
そこの隙間は埋めてやるか。
気性が向いていない弱兵や、行軍についていけない負傷兵、逆に気性が荒くて戦闘向きだが、規律はなくて、反抗的な奴ら。
試験があるわけでもなく頭数だけで徴兵されて戦場に来る、戦力もモチベーションもモラルもバラバラな兵士をまとめてガンガン締め上げて、規律と最低限の戦法と生き残り方を叩き込む。
その一方で、適当に略奪を見逃してやったり、酒や女を用意してやったりして、ガス抜きもする。
ちょい悪モテ系ワイルドキャラだからできる立ち回りをエンジョイしつつ、生真面目な英雄殿をサポートする人生は、それなりに楽しかった。