[Data07:進一とそよ④]
※こちらは本編第十五話までの間に起きた、迫田進一とそよの物語になります。
今、俺とそよは風待進次郎のいるという新宿を目指し、電車に揺られていた。
「なぁ、そよ」
「なぁに?進一くん?」
「お前、本当にあの風待進次郎と知り合いじゃないのか?」
俺はふとした疑問を投げかける。
「うん。会ったことないと思うよ」
そよはそう答え、微笑みながら首を傾げる。
「そうか……」
風待進次郎。
俺も『ダイタニア』の開発者ということくらいしか知らない人物。
爺は何かあったら訪ねろと言っていたが、一体何者なんだ…?
まあ、今どうこう考えても仕方がないので、俺は先日の《マケンオー》のことを思い返してみる。
あれは強い!
ケンオーに乗っている時とは比べ物にならない程のパワーを感じた。
だが、一人では扱えない。
俺とそよ、二人揃って成し得る力だ。
それに、合体した時のMP消費が尋常ではない。
合体解除後、暫くは俺自身が動けなくなる程だった。
つまり、まだ無敵では無いのだ。
だが、それを差し引いてもあの力は魅力的だ。
マケンオーの力を我が物とするためにも、俺自身が強くならなければならない。
その為にはそよにばかり頼っていてはダメだ。
マケンオーを操れるようになるにはまずケンオーのみで強くならねば。
「…そよ」
俺はそよに話しかける。
「なぁに?進一くん?」
「俺はもっと強くなりたいんだ。だから、お前にも協力してもらいたい」
「もちろんだよ。私だって進一くんの願いが成就することを願ってるんだから」
「ありがとう」
俺は素直に感謝の言葉を述べる。
「じゃあ、早速だが、お前の電神、暫く喚ぶの禁止な」
「ええッ!?どうして?」
そよは不思議そうな表情を浮かべる。
「ムラマサ、というかお前は強すぎる。だから、お前に頼っただけの合体はしたくない」
「そんなぁ……!」
そよは困ったような顔をして俺を見て言う。
「いいや、これは必要なことだ。これから俺とお前は二人で強くなる必要がある」
だが俺は再度キッパリと言い放った。
「うーん……わかりました。私は進一くんと一緒にいられるだけで嬉しいよ!」
そよは笑顔で答える。
「あ、ああ……」
俺は少し照れながら横を向き返事をした。
そんな話しをしてる内に、乗り換えの駅に着き俺たちはホームに降りる。
時刻は八時を過ぎたところだ。
「急ぐ旅でもない。少し降りて遅くなったが朝飯にするか?」
俺はそよに尋ねる。
「そうだね。進一くんは何食べたいのかな?」
「俺は好き嫌い無いからな。お前が食べたいものでいい」
「そっかぁ。じゃあ、牛丼屋さんにしよう!」
「そんな所でいいのか?もっとこう、若い女子が好きそうな所とかでもいいんだぞ?俺にはよく分からんが」
「うん。大丈夫!私は進一くんと一緒ならどこでも楽しいからっ!」
そう言ってそよは俺の腕に抱きついてくる。
「ちょ、おまっ!こんな人が多いところでッ!!」
「いいじゃないですか!減るもんじゃないし!私の方がお姉さんなんだから!」
「そういう問題じゃなくてッ!ほら、周りの目線が痛いだろッ!!」
俺は慌ててそよを振りほどく。
「もう!進一くんは恥ずかしがり屋さんですよねぇ。でもそこが可愛いんですけど♪」
そよは嬉しそうに俺を見つめてくる。
「まったく…!そんなノリ、どこで覚えてきたんだ」
俺は日に日にコミュニケーションが過剰になるそよに呆れる。
俺とそよは近くにあった牛丼屋で朝飯を済ませ、公園で食後の休憩をとっていた。
俺は用を足し、公衆トイレからそよの下に戻ると、何やらそよの周りに見知らぬ男が二人ほどいた。
「君、かわいいねえ。モデルとか芸能人だったりする?良かったら俺たちとお茶しない?」
「いえ、結構です。人を待っているので」
どうやらナンパされているようだ。
それにしても、あいつは断る時までニコニコして。愛想が良すぎるぞ。
俺はそっと近づき声をかける。
「おい、そよ。待たせたな。行くぞ」
「あっ、進一くん!ごめんなさい、私行きますね」
俺とそよは男たちから離れようとする。
「ちょっと待ってよ!彼氏いんのかよ?こいつより俺らと遊ぼうぜ」
男の一人が俺たちに絡んできた。
「悪いが他を当たってくれ」
俺は男たちを睨みつけ、毅然として言い放つ。
「生意気なガキだな。釣り合わない彼女連れちゃって!意気がんなよ?」
ただの人間相手にスキルは効果がない。
少し前の俺なら後先考えず殴り掛かっていたかも知れない。
だが今はこいつが傍にいる。もしこいつの身に何かあったら…
俺は一歩そよの前に出て身構える。
「ああん?やんの?」
男は凄んでみせるが、俺は臆することなく続ける。
「やらない。俺は無駄な争いはしたくない…」
そう、相川まひるにも約束したんだ。
次会うまで無意味な争いはしないと。
「けっ、カッコつけてんじゃねえよ。まあいいや、行こうぜ」
「おう」
二人は白けたのか、立ち去って行った。
「進一くん、助けてくれてありがとう!」
そよが俺の手を取り嬉しげに礼を言う。
「別に、大したことじゃない」
「ううん。私、嬉しかったです!」
そよは満面の笑みを浮かべる。
「お前は強いから、俺の助け船なぞいらんとも思ったが、つい出しゃばった」
俺は素直に自分の気持ちを伝える。
「そんなことないですよ!進一くんカッコよかった!」
そよは興奮気味に話す。
「〜〜〜ッ」
俺はバツが悪そうにそっぽを向く。
「お前も、あれだ!あんな奴らにヘラヘラしてないでキッパリ断われ」
俺は照れ隠しにそよに説教する。
「ふぅーん。じゃあ、進一くんは私が他の男の人とイチャイチャしてたらヤダ?」
そよが俺の顔を覗き込むように言う。
「そういうことじゃなくてだな。お前はただでさえ美人で目立つんだ。もっと自分を……!」
「へぇ〜。進一くん、私のこと綺麗だって思ってくれてるんだ?」
「うっ……!」
しまった。勢いに任せて口走ってしまった。
そよはその瞳を輝かせて俺の言葉を待っているようだった。
「べ、別に、これは一般論というか、客観的事実を述べただけで……」
俺は必死に誤魔化そうとする。
「進一くん、顔真っ赤ですよ?」
そよはニッコリと笑って俺を見る。
「う、うるさい!」
俺は思わずそよから目を逸らす。
「照れてる進一くん、可愛い♪」
そよが嬉しそうに俺の頬を突つく。
「やめろ!この話は終わりだ!ほら、行くぞ!!」
俺は強引に話を打ち切り、駅へと足を向ける。
その時だった。
突如俺たちの体が光に包まれ、ふわっと空中に浮いたような感覚に囚われた。
俺たちは声を発する間もなく、その場から消えた。
次に目を開いた時には、さっきまでとは明らかに違う場所にいた。
人通りも比べ物にならないくらい多く、建ち並ぶビル群もさっきの駅にはなかった景色だ。
「ここは……一体?」
俺が呟くと同時に、そよが俺の服の袖を掴む。
「進一くん、私たち、違う場所に飛ばされて来たのかも…」
「ああ、そのようだな」
周りを見渡すと、そこは人混みに溢れかえり、行き交う人々の服装はアニメかゲームか知らないが、キャラクターが描かれたシャツを着ている人が多く見受けられた。
「まさか!」
俺は見聞きした知識で、ここがかの有名なカルチャー文化の聖地ではないかと思い至った。
「まさか!新一くん!」
そよも気付いたのか、珍しく真顔になり俺に視線を向けてくる。
「…ああ、そのまさかかもな…」
俺もこの状況に気圧されながら呟く。
そしてそよが真剣な声で言った。
「…ここが、コミケ……!」
「いや秋葉原じゃねーかなッ!?」
そよは物珍しがり、手当たり次第に道端の店を物色している。
俺も驚いてはいるが、隣に俺より驚いている奴がいると思うと少し冷静になれた。
「おい、そよ!あんまり離れるなよ!迷子になるぞ!」
俺はそよに呼びかける。
「はーい!あ!進一くん、ここ寄ってもいい?」
と言いながら、そよの姿は既に店の中だ。
「ん?」
よく見たら、店ではなくゲーセンか。
何か惹かれるものでもあったのか?
仕方なく俺もそよの後を追うようにゲーセンに入った。
「おい、そよ。どこだ?」
俺の呼ぶ声が聞こえたのか、そよがゲームの筐体から姿を現した。
「あ!進一くん!見て見てっ!」
そよが俺に何かを差し出し、見せてくる。
「プリントシールじゃねえかッ!!」
俺は今日何度目かのツッコミを入れた。
「えへへ。これやってみたかったんだ!進一くんも一緒に撮ろ?」
そよは屈託のない笑顔で俺に言う。
「はぁ……わかったよ」
俺はため息をつきながらも承諾した。
「やったあ!」
そよは嬉しそうにはしゃぎ、俺の腕を引っ張る。
「おい、引っ付くなって」
「いいじゃないですか〜。せっかくだし、これ初めてなんです〜」
「……ったく。俺だってやったことねーよ…」
仕方ない。
俺は諦めてそよとプリ機に入る。
「どれにします?」
「なんでもいいだろ」
「あっ!これなんかどうですか?私これがやりたいです!」
そよは俺の返事も聞かずに勝手に決めてしまう。
「はぁ。好きにしろ」
俺はもう投げやりだ。
筐体から撮影開始の音声ガイドが流れ、撮影が始まる。
『はい!チーズ!』
パシャ!
「あーん!進一くん笑ってないよー?」
「無理言うなよ…写真は苦手だ」
「むぅ。まだ何回か撮れますから、次は笑顔でお願いしますね?」
その後何度かトライしたが、結局上手く笑うことが出来ず、そよは不満げだった。
「うぅ〜。進一くん、次のシャッターで最後です!」
「はいよ」
俺たちは再び筐体に向かう。
「今度は進一くん、真っ直ぐ前向いてて下さい。私がポーズ取ります!」
「おう」
俺が素直に従うと、そよは俺の隣に立ち、ピースサインをする。
『はい!チーズ!』
シャッターが降りる直前、そよが動いた。
横から俺の首に両手を回し、俺の頬に自分の唇を当てて来た。
パシャ!
「はい!進一くんお疲れ様でしたー!」
「お…おま……!」
俺はそよの唇が触れたであろう場所に手をやり、言葉を失う。
そよはそんな俺を見て、悪戯っぽく笑っていた。
「ふふふ。びっくりしました?」
「お前……!なんてことを……!」
「ほらほら、早く出ましょう?次の方待ってるみたいですよ?」
「………」
俺はそよに促され、足取り怪しく筐体から出た。
そして筐体からさっき撮った写真が印刷され出てくる。
それを手に取り見つめるそよ。
その満面の笑顔を見たら、怒る気も失せてしまった。
「楽しかったですね?」
「ああ、そうだな……」
「ありがとう進一くん。これ、さっきの。半分こです」
そう言ってそよが半分にしたプリントシールを渡してきた。
「いいよ。お前が持ってろよ」
「ううん、二人で持ってたいんです…」
「……そういう事なら、貰っておく」
俺は受け取ったプリントシールをそそくさと財布の中にしまった。
「はい♪」
そよは嬉しそうに微笑み、再び歩き出す。
「それにしても、秋葉原か。新宿までは電車一本で行けるみたいだな。かなり距離を短縮出来たぜ」
俺はスマホを見ながら呟く。
でも何故、俺たちは秋葉原まで転移させられたんだ?プレイヤーを転移させるスキルなんて《瞬間転移》くらいしかないだろ?だが今回は術者と接触していない。不特定多数で飛ばされた…
俺は考え込むように顎に手を当てる。
「まさか……誰かが意図的に……?」
その時、そよが俺の袖を引く。
「ねぇ、進一くん!ここ行ってもいい?」
と言ってそよが指差す先には『メイド喫茶オリンポス』と書かれた看板があった。
「…ダメだ」
俺は即座に断る。
「えぇー!ダメですかぁ!?」
そよは抗議の声を上げる。
「ここは若い女が入るような店じゃない。きっと客はおっさんばっかりだぞ」
地球の知識が浅いそよには出来るだけ変な知識は与えたくない。そう思いながら俺は自分の中の偏見でピシャリと断る。
「むぅ……わかりました。じゃあ次行きましょう!」
そよは渋々といった感じで了承する。
「次はどこ行くんだ?」
「えーと、次は……」
俺たちは初めて来た秋葉原の物珍しさに、気付くと観光気分で色んな店を覗いていた。
「進一くん!あれ!あそこ!車がお肉焼いてます!」
そよは何か珍しいものを見つけたのか、興奮気味に俺の腕を引っ張る。
「おいおい、あんまり引っ張るなって……」
俺は引っ張られるままについていくと、そこにはキッチンカーのケバブ屋があった。
「おじさん!これ何ですか?」
「コレはネ、トルコ料理だヨ。美味しいヨ〜」
「へぇー。いい匂い〜…」
そよは興味津々だ。
確かにいい匂いはするが……
「そよ、食べてみたいか?」
「あ!えへへへ、はい…」
そよは少し恥ずかしそうに笑って答える。
「お前、ホントに肉好きだよな。おじさん、二つくれ。なるべく野菜多目で頼む」
「ハイまいど!ありがトネー!」
俺はそよの分と合わせて二つ注文した。
「わぁ!ありがとうございます!」
「いい。俺も食べてみたかったしな。それより、ここで食べるよりどっか座れる場所探さないか?立ち食いもなんだしな」
「はい!」
そよが笑顔でいつものように元気よく返事をする。
「お待たセー。かわいいカップルだからレモネード、サービスネ!」
おじさんは気前よく飲み物まで二つよこしてくれた。
“カップル”というワードが引っ掛かったが、折角の好意だ。ありがたく頂いておこう。
「あ、ありがとぅ…」
俺は何だか顔が少し熱くなるのを感じながら、おじさんからそれらを受け取った。
俺たちは万世橋を渡り、十数年前に綺麗にリノベされたマーチエキュートのベンチに座ってケバブを食べ始める。
「ん、美味いな」
「本当ですね!」
そよは両手でケバブを持ち、小動物のように頬張りながら答えた。
「食べるもの新しいものばかりで、その度に新しい発見があって…美味しくて、嬉しいです!」
「そっか……そりゃ良かったよ。ほら口元汚れてるぞ」
俺はポケットティッシュを取り出し、そよに渡す。
「あっ!すみません……」
そよは慌てて口を拭き、そしてニコッと笑う。
「進一くん!私、こんな楽しいの初めてです!」
「そ、そうか……それはよかった」
「はい!進一くんと一緒に遊べて、本当に幸せです!」
屈託のない笑顔。
そよのその笑顔を見て、俺の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「そ、そうか……」
「はい!あの、進一くん……」
「どうした?」
「これからも、ずっと一緒に居てくれますか?」
そのそよの質問にどう答えるのが正解だったのだろう。
今思い返すと、あの時の俺は一々照れてばかりいて、もっと他に言うべき事があったんじゃないかと思う。
だが、そんな事を考える余裕なんてないくらい、俺はそよの魅力に動揺していたんだろう。
「お前が、ダイタニアに戻るその時までは、一緒にいてやらんこともない…」
どうしても照れと反抗期の不安定な精神が邪魔をして素直に言えない。
本当は「ずっと一緒にいたい」と言いたかったんじゃないのか?
その時の俺はそこまで言えなかった。
ただ、そよは満面の笑みを浮かべていた。
「はいっ!約束ですよ!」
そよは右手の小指を俺に差し出してきた。
「なんだ?」
「指切りって言って、この国の風習なんですよね?こうしてお互いに指を絡め合って……ゆびきりげんまん嘘ついたらはりせんぼん飲ーますっ!指切った!」
「……」
俺は離れていくそよの小さな指を名残惜しそうに見送った。
「進一くん!絶対忘れちゃダメですからね?指切りゲンマン♪指切っちゃった〜♪」
そよは楽しそうに再びケバブを食べだす。
「あぁ、善処する…」
俺は苦笑いしながらそう答えると、残ったケバブを口に放り込んだ。
――インターバル――
お家でデジタル端末をお使いの場合、姿勢を正して、画面から30cm以上離しましょう。
30分画面をみたら一回は、20秒以上遠くを見て、目を休めましょう。
目が乾かないように、よくパチパチとまばたきをしましょう。
休日は、明るい屋外でからだを動かしましょう。
寝る一時間前からは画面を見ないようにしましょう。
あなたのお家のデジタルルールは?
[日本眼科医会]
「それにしても、この辺りも昔から比べると随分綺麗になったな」
俺はマーチエキュートの景観を眺めながら呟く。
「そうなんですか?」
「あぁ。昔は電気街通りには怪しい店も多かったし、この辺も寂れた通りだったんだ」
「へぇー、そうなんですね!でも、私は今の秋葉原好きですよ!賑やかで、活気に溢れていて…進一くんはここにはよく来るんですか?」
そよがレモネードを飲みながら聞いてくる。
「あ、いや。来るのは初めてだ」
俺は一瞬言葉に詰まる。
「そっか!じゃあ今日は初めての秋葉原デートなんですね!」
「…お前、デートって意味知ってるのか?」
「えへへ、勿論!好きな人と遊びに行くこと!ですよね?」
「ま、間違ってはいないが……」
「えへへ、そうでしょう?」
「はいはい。そうだな」
俺はそよのお惚けに軽くあしらう。
「でも進一くん、初めて来た所なのに色々知っててスゴイです」
「いやまあ…………ん?」
そうそよに言われて、俺は何者とも知れない違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
そよが不思議そうに俺の顔を覗き込んできたが、俺は自身の記憶を辿ることに専念していた。
俺はさっき、この辺は昔から比べると綺麗になった、と言ったのか?
万世橋周辺がマーチエキュートとして再開発されたのはもう十年以上前だったはず。
来たこともない俺が覚えているわけがない。
それに、秋葉原が今のカルチャー都市として賑わう前の電気街をどうして俺が知っている…?
前から思っていたが、俺の記憶には実際の出来事と記憶の時系列が合わない事がある。
「…進一くん?」
誰かの不安気な声が聴こえ、ハッと我に返る。
「進一くん?大丈夫ッ!?」
そよが俺の顔の前で心配そうな表情で手を振っていた。
「あ、あぁ……悪い」
「ううん。進一くん、急に喋らなくなっちゃったからビックリしちゃって。具合悪くなったとかじゃないよね?」
そよは不安げに俺を見つめてくる。
「いや、違う。少し考え事をしていただけだ。済まない」
俺は頭を振り、思考をクリアにする。
「そう……ならいいんですけど……」
そよはまだ少し納得いかない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
「そよ、今ので昼飯は足りたか?」
俺はケバブを食べ終えていたそよに尋ねる。
「はい!見た目以上にボリューム満点でしたのでお腹一杯です!きっとおじさんがサービスしてくれたんですね!美味しかったです。ご馳走様でした!」
そよは元の明るい表情に戻り、手を合わせご馳走様をする。それに併せ俺も手を合わせる。
「そうか。お前は痩せてるからな。もっと食べてもいいくらいだ。朝と昼は肉だったから夜は野菜多目にしよう」
俺は誰に言うでもなく今夜の夕飯を思案する。
「進一くんはもっとふっくらしてる女の子が好き?」
そよが首を傾げる。
「は?」
「もっと食べたら、おっぱいも大きくなるのかな?進一くんもおっぱい大きい子が好きなんだよね?」
「な、何を言ってるんだ……?」
俺は狼惑する。
「だって私が本屋さんで見た雑誌に、男の子はみんなおっぱいが大きい子が好きって書いてあったから…」
そよはしゅんとする。
「……そんな事ないぞ」
俺はそよに背を向け、そよに見えないように右手の人差し指で頬を掻いた。
「ホント?」
「ああ、少なくとも俺はお前の身体は綺麗だと思うし、無理に食べろとも言ってない。お前らしい、お前のままでいればいい…」
俺は顔から火が出そうな程の恥ずかしさからか、その語尾が震えている。
「進一くん……」
そよは目を潤ませ、感極まったような声で俺の名前を呼ぶ。
「だからと言って、俺以外の男にそういう事は聞くなよ?あと、人前で、その、おっぱぃ…とか端ないから言うんじゃない」
俺は照れ隠しに冗談交じりにそう付け加えた。
「はいっ!分かりました!」
そよは嬉しそうに微笑む。
「進一くんは優しいね」
「…そんなことない」
「ううんっ!言い方はぶっきらぼうだけど、いつも私を思って言ってくれてるんだって伝わるよ。いつもありがとう!」
「そうか。うん。まあ、どういたしまして、だ」
俺は素直に喜べず、苦笑いする。
夏の青空に白い雲のツートンカラーが目に眩しく、空を仰いだ俺は目を細めた。
この夏は何だか今までの夏より暑くなりそうだ。
そう見上げていた空に突如無数の光点が出現した。
「ッ!?そよっ!!」
俺は背中で庇うようにそよの前に出る。
「進一くん!あれって!」
「…ああ……」
俺とそよの予感は的中し、その光点から魔法陣が描かれていく。
「召喚紋だ…!」
あちこちに描かれた召喚紋から次々に電神が召喚されてくる。
上空の様子を観ていた俺は
「進一くんッ!?ケンオーがッ!」
驚いたそよの声でその方向を向く。
俺の目の前にも召喚紋が現れ、ケンオーがその姿を顕現させていく。
「…強制召喚だと!?一体どうしたってんだ!?」
見る見る内にケンオーが目の前に現れた。
周りを見ると他にも電神が召喚され、そのプレイヤーらしき人物たちも慌てふためいている姿が見て取れた。
「そよ!ムラマサは!?」
そよに訊くとそよは真剣な面持ちで
「ムラマサは喚ばれてないよ!召喚紋も出てません!」
と答える。
「そうか……そよ、ちょっと狭いがケンオーに二人で乗るぞ。状況を把握する」
「うん!分かったよ、進一くん!」
俺はケンオーに乗り込み、そよは急いでコクピットシートにしがみつく。
そして俺とそよを乗せたケンオーは、秋葉原の上空へと飛び出した。
「進一くんッ!これってッ!」
そよはシートに抱きつきながら秋葉原の街の様子を眺めた。
眼下には無数の電神が街に溢れかえっていた。
「……何だってんだこりゃ…」
俺はこの異様な光景を目の当たりにし、一つ溢した。
「進一くん!前ッ!!」
その時そよが叫んだ。
前方から飛んできた光線を俺は咄嵯に身を捻ってかわす。
「……っと!危ねぇな!どこのどいつだ!」
俺は後方へ飛び退き、攻撃してきた電神の姿を目視する。気が付けばケンオーは数え切れないほどの電神の群れに囲まれていた。
「クソっ!」
俺は毒づき、そよの方を見る。
「そよ、大丈夫か?」
「はい。でも、このままじゃマズいよね?」
「ああ。だが良い特訓にはなりそうだ…そよ!いつもの様に服を戦闘服に変形させておけ!体をシートに固定しろ!」
「はい!」
そう言うとそよは私服を量子変換させて耐ショック性のある戦闘服へと瞬時に着替えた。
俺は操縦桿を握り直す。
「行くぜ、そよ!気合い入れろよ!」
「はい!頑張ります!」
俺はペダルを踏み込み、一気に加速する。
俺はケンオーを電神の群に向かって突進させた。
「オラァ!邪魔だぁ!!退けぇー!!」
ビームやらミサイルやらが雨のように降り注ぐ中を俺は掻いくぐる様にして突き進む。
「そよ、大丈夫か!?」
「うんっ!ありがとう進一くんっ!大丈夫だよ!」
「よし!《ケンオートルネード》だ!!」
俺はケンオーの両腕から刃を出し、腕を大きく広げ全身を回転させる。
ケンオーは竜巻となり近くにいた電神を次々に粉々に粉砕していった。
「まだまだだ!もっと来い!全部倒してやる!」
ケンオーは迫り来る電神を次々と蹴散らしていく。
しかし、俺の背後から別の電神が襲ってくる。
「……ちぃッ!」
俺はケンオーの右腕でその電神を受け止めた。
「進一くんッ!」
「心配ない!こんなもん大したことない!」
俺はそのまま電神を押し返そうと力を込める。
「ぬぅおおぉおッ!」
俺の掛け声と共にケンオーは電神を弾き飛ばした。
「やったぁ!進一くんッ!」
そよが歓喜の声を上げる。
俺は確かな手応えを感じた。
そよとの特訓の成果が確実に出ている!
ケンオーのパワーが以前より増してきている。
このままここら一帯の電神を掃討すれば俺のプレイヤーレベルも…!
どのくらい経験値が入っているか、俺は左手首に固定してあったスマホで『ダイタニア』のステータス画面を確認する。
「………ッ!?」
俺は目を疑う。経験値は一つも入っていなかったのだ。
『ダイタニア』の仕様を思い出す。
そう言えば、プレイヤーが操る電神を倒してもPK扱いとなり経験値は入らないことを思い出した。
PKをやろうと思えば出来てしまう『ダイタニア』において、PKでの経験値取得が無いといった仕様は至極当然のことだった。
(…まあ、良い腕試しにはなったか。ケンオーのパワーも上がっているし、そよとの特訓の成果も確認出来たしな)
そう言って俺は振り向き、そよに言う。
「そよ!この辺り一帯の電神を掃討したら一旦離脱する。もう少しだけしがみついていろ」
「はいっ!分かりました!」
俺はまたケンオーを旋回させ、残りの電神たちに向き直る。
その時、下に見える秋葉原のメインストリート一直線に火球の花が咲いた。
その火球一つ一つが電神が破壊され出来たものだった。
「ッ!今度は何だ!?」
「わぁ…花火みたいです」
戸惑う俺をよそにそよは呑気にそんな感想を述べた。
俺はその火球を作った張本人に視線を向け、目を凝らす。
「ッ!!」
あの四足の電神は!
「相川まひるッ!」
「えっ?」
俺はその名を口にした。
間違いない、あの特徴的な電神を忘れるものか!俺はあいつに一度負けている。
「相川まひるさんって、進一くんが一度戦って負けたって言う、あの?」
そよが少し遠慮がちに訊いてくる。
「そうだ。リベンジして次こそ勝ちたい!今の目標の一つだ」
俺はそう答えた。
「…進一くんの目標……そっか…」
「ん?どうした?」
「いえ、何でも、ありません…」
そよは何かを誤魔化すように言った。
その時、ケンオーの目の前にまた電神が襲い掛かる。
俺は咄嵯に右手のブレードで切り伏せる。
「相川まひるも何者かと戦闘中のようだな…ここを速く片付けて相川まひるの所へ向かうぞ!あいつの戦闘も観ておきたい!」
「はい、進一くん…」
そよの返事に元気がないことに気付かず、俺はケンオーを加速させた。
「……ふぅ……これで終わりだな?」
俺は秋葉原のメインストリート上空で暴れていた電神の群れを倒し終えると、そう呟いた。
俺の足元では電神たちが残骸となって転がっている。苦戦もしたが、何とか殲滅できた。
そよに頼らず、俺一人でもやれたじゃないか…
「進一くん!スゴイね!あんなにいた電神を一人で倒しちゃうなんて!」
「ああ、まあ、あれくらいは余裕だ…俺だって強くなってるんだ。いつまでもお前の強さに甘えてられないからな」
俺は肩で息をしながら、そう言ってケンオーの両腕のブレードを腕に収納する。
「進一くん、まひるさんの所に行くんだよね?」
そよが心配そうな声で聞いてくる。
「ああ。相川まひるには借りがあるからな。早く返さないと気が済まない」
俺は相川まひるが戦っているだろう方角を見据えて言いながら、ケンオーのブーストを吹かした。
「…まひるさんって、どんな女性?」
突然、そよはそんなことを訊いてきた。
「は?なんだ急に……どういう意味だ?」
「いや、その……まひるさんとはどういう関係なのかなって、思って…」
「関係も何も、前にも話さなかったか?俺と相川まひるは『ダイタニア』においてのライバルだ。前回は俺の完敗だったがな…」
「ライバル……ですか」
「それがどうかしたのか?」
「いいえ!別に!」
そよはどこか不機嫌そうに答えた。
「変な奴だな……さあ、行くぜ!」
俺はそう言ってブーストを全開にする。
「はい!進一くん!」
ケンオーを加速させ、俺は相川まひるの元へ急行する。
俺は上空からケンオーのモニターで相川まひると対峙する電神の姿を確認する。
「あの電神は……何だ!?負けているのか!相川まひるッ!?」
俺は驚きの声を上げる。
相川まひるの電神は紅い騎士のようなフォルムをした電神だった。
あの時ケンオーをぶった斬った奴だ。
そして、その電神は左腕を失い、全身傷だらけの状態になっていた。
「くッ!」
俺は相川まひるの電神を助けるため、ケンオーを急降下させる。
「間に合えよッ!!」
相川まひるの電神は相手の電神に頭部を掴まれ、今にもとどめを刺されかねない状況だ。
「そよ!遠距離攻撃頼むッ!!」
俺は長距離の遠距離攻撃スキルを習得していない。だが、風の精霊であるそよなら!
「はい!任せて下さい!」
そう言ってそよは両手を前方にかざし、風を集める。
「撃てぇッ!!」
「《暴風光線》!!」
両腕を前方にかざしたケンオーの手から無数の緑色のレーザー光線が発射される。
そのレーザー光線が電神の胴体に爆音と共に着弾する。
電神はバランスを崩し、そのまま倒れ込む。
「大丈夫かッ!?相川まひる!!」
俺は相川まひるの電神を抱え起こし、上空へと退避する。
俺は抱え上げた相川まひるの電神を見て絶句する。
「クソッ……!…見事にやられたな……」
俺は悔しい気持ちを吐き出すように言った。
「俺以外の奴に負けることは許さんぞ、相川まひるッ!」
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※本編第十五話冒頭に続きます。
【次回予告】
[そよ]
地球って、三次元ってスゴいですね!
食べ物を美味しく感じられ、好きな人に触れられ、
何だか嬉しさに溢れてますッ!
[進一]
折角のリベンジの機会だと言うのに、なんてザマだ相川まひるッ!?
[そよ]
…進一くんがまひるさんの名前を呼ぶ度、何だか胸の奥がモヤモヤするの……
次回!『超次元電神ダイタニア Data Files』!
Data08「進一とそよ⑤」
イヤな感情……私、悪い子なのかな……?