[Data04:進一とそよ②]
※こちらは本編第十五話までの間に起きた、迫田進一とそよの物語になります。
俺はこの寺で世話になるまでの記憶が曖昧だ。
両親の記憶は薄っすらと覚えている。俺の実家も元々寺で、この寺はその遠縁に当たる寺だ。両親は気付くと俺を残し、どこかへ消えてしまっていた。
俺は物心ついた時からこの寺で育った。寺の名前は『風幸寺』。
義務教育だけ受けさせてもらった俺は、定時制の高校に通いながら日中は寺の手伝いをしていた。
定時制の学校の為、制服はなかったが、俺は通学の際には今も中学の時の学ランを来て登校している。学ランは俺なりの、気持ちを勉学に切り替える為のキーアイテムのようなものだ。
今は学校も夏休みになり、俺は朝早くから寺の手伝いに性を出す。
だが、普段と違うことが一点だけあった。
そして、その一点というものがとてつもなく厄介なものだった。
「進一さん!朝の境内の掃き掃除終わりました!」
『ダイタニア』から来たという精霊の『そよ』が寺に住み着いてしまったのだ。
廊下の雑巾がけをしていた俺に、でかい声でそよが声を掛けてくる。
「進一さん!今日の朝御飯は何が良いと思いますか?」
「知るか」
俺は素っ気なく返す。
「うーん、やっぱりお味噌汁の具と言えばお豆腐ですかねぇ…私お豆腐好きなんですよー」
「お前の好みなぞ知らねえよ!」
俺はつい怒鳴ってしまった。
「え?なんで怒ってるんですか?」
そよはキョトンとしている。
「……なんでもない」
そよがこの寺に住むようになってから一週間が経っていた。
が、どうにも俺はこいつとは反りが合わない。
「じゃあ俺は朝食の準備をするから、お前も手伝ってくれ」
「はーい!」
俺は台所に向かい、そよは本堂に向かった。食卓を綺麗に拭くためだろう。
朝食と言ってもここは寺だ。基本簡単で質素なものしか出ない。
俺は手慣れた手付きで朝食を作り終えると、そよを呼んだ。
「出来たぞ。運んでくれ」
「今行きまーす!」
そう言うとそよは食器を運び始めた。
俺は住職や兄弟子たちに朝食の準備が出来たことを伝えて回る。
ここでは一番末弟の俺が朝食準備など、朝の仕事の担当だった。
皆が集まり、住職の爺の合図で皆食べ始める。
「うん、今日も良い味だのう進一」
爺に褒められる。爺はいつも俺を誉めてくれる。
「…どうも」
俺が少しだけ頭を下げると、爺が言った。
「ところで進一。学校も夏休みだし、暫く旅に出るなり好きに過ごしたらいい。お前は普段から文句一つ言わず寺の手伝いをやってくれてるからの」
突然この爺は何を言い出すかと思えば…
「…旅?」
俺は聴き間違えたのではないのかと言わんばかりに、不機嫌に聴き返す。
「ああ、お前はここから出たことがないだろ?」
「まあ…」
「外の世界を知ることも大事だ。それに、お前にも友達の一人や二人欲しいだろうしな」
「はぁ…」
「お前はもっと自分の世界を広げた方が良い」
「そういうもんですかね……」
「そうだとも!」
俺は正直乗り気ではなかった。しかし、他にやりたいこともない。
強いて言えば、強くなる為に俺より強いこのそよと修行をする時間は欲しいと思っていた。
「分かりましたよ。行ってみます」
俺は残りの朝飯をかき込み返事をした。
「おお、そうか。では早速準備せねばな。そよ殿も一緒に付いて行き、進一の良き相談相手となってくれんかの?」
と、また爺が余計な事を口走る。
「はい!私に任せてください!」
そよは元気よく答えた。
「ちょッ!待ってくれ。こいつは関係ないでしょう!?」
俺は流石の急展開に突っ込む。
「何故だ?」
爺は平然と訊いてきやがる。
「だってこいつ女ですよ!?連れていったら色々厄介じゃないですか?」
俺は食い下がる。
「大丈夫じゃ。そよ殿は進一と一緒でも問題ないと言っておる。のう?」
「本当かよ!?」
俺は半信半疑ながらも、俺はそよの方を向き、即刻確認してみる。
「はい!私は全然構いませんよ!」
そよは満面の笑みで答える。
「……」
多分こいつは何も考えていないだけだ。
「ほれ、本人がこう言っておるんだ。さっさと旅支度をせんかい!」
「……」
何だこの展開は…食い扶持が増えたことによるこの寺のただの人数減らしなんじゃないのか?
俺は爺の突然の提案が腑に落ちず、不満げに席を立とうとする。
「それとな、困ったことがあったら新宿の『BREEZE』というゲーム会社に居る風待進次郎という男を訪ねろ。きっとお前たちの力になってくれる」
去り際に爺が気になることをいった。
「新宿の、風待…?誰だ……?」
俺はその名前に聞き覚えがなかった。
「ほれ!お前がスマホで好んで遊んでるゲームがあったろ?そのゲームを作った張本人だ」
爺がそう付け加える。
『ダイタニア』の制作者?何故爺がそんなことを知っている?どういう関係なんだ?
流石に俺は気になり、爺に訊ねようとした。
「その風待ってのは…」
「おっと!もうこんな時間かい!さあ、朝飯の片付けは任せたぞ。盆の用意で儂は忙しいんだ。必要な物はそのスマホにチャージしてある金を使って買ってくれ」
そう言うと爺は俺たちを残していってしまった。
残された俺は釈然としない気持ちで、その場で暫し言葉を失っていた。
「…チャージしてある金っつったって……」
俺はおもむろにスマホを操作して、いつも小遣いとして渡されている電子マネーを確認した。
「……………」
ん?なんかいつもより桁が多くないか?
俺は再度そのチャージされた金額を目で追い直す。
一、十、百、千、万…数字はまだ続いた。
「…五千万円……!」
何かの間違いか。ダイタニアも最近バグってるしな…これだから電子は信用ならん。
五千円の間違いだろう。爺め、もうろくするにはまだ早いからな!
そう思い、俺はそのままスマホの画面を閉じた。
その金額の振込名義人の名前を確認することなく。
振込名義人の名前にはこうあった。
風待進次郎、と――
朝食を食べ終えた俺とそよは台所で洗い物をしていた。そよが横から声を掛けてくる。
「今朝のお味噌汁、お豆腐でしたね!」
そよが嬉しそうな顔をする。
「……」
俺は無言のまま食器を洗っていく。
「なんか、とっても嬉しかったです。これが、嬉しいって気持ち……」
そよが笑顔で意味深なことを言う。
「どういうことだ?」
「ああいえ、何でもありませんよ。それより、早く終わらせちゃいましょ」
「ああ」
俺は皿を拭き、そよが棚に戻していく。
食器を片付け終えると、そよが声をかけてきた。
「進一さん、では出発の準備をしましょう。まずは着替えと荷造りですね!」
「ああ、そうだな」
俺たちは自室に戻り、俺から先に作務衣から私服に着替えると、リュックを背負い、部屋の外に待たせていたそよを呼びに行く。
「おい。着替え終わったぞ。次はお前が着が…」
俺は部屋の扉を開けると、目の前には廊下で着替えをしていた下着姿のそよがいた。
「うおぁッ!!」
俺は慌てて後ろを振り向く。
「どうしましたか?」
そよはキョトンとしている。
「……お前、まさか廊下で着替えていたのか?」
俺が少しだけ頬を赤らめて言うと、
「はい。何か問題でもありましたか?」
そよは悪びれる様子もなく言った。
下着姿だというのにそれを隠そうともしない。
「いや、問題しかないだろう……」
俺は少し動揺しながら答える。
「どうしてです?」
そよは相変わらず不思議そうに訊いてくる。
「……いや、いい。取り敢えずお前も準備しろ」
俺は諦めて言った。
「分かりました!」
そよは元気よく返事をすると、その場で着替えを続けようとする。
「待てッ!ここで脱ぐつもりか!?」
俺は思わず突っ込む。
「え?そうですけど」
そよは当然のように言い放つ。
「いやダメだろ!部屋の中で着替えて来い」
「はーい」
そよはそう返事をすると、俺の部屋に入り、すぐに出てきた。
「これでいいですか?」
そよは先ほどとは違い、普通の私服を着ている。
さっき見たこいつの緩やかな身体の曲線と肌色が脳裏に蘇り、その姿が何故だか艶めかしく見えてしまう。
「あ、あぁ」
俺はその姿から直ぐに目を逸らし答えた。
「では行きますよ!」
そよは笑顔で言うと、俺の手を引いて寺の入り口まで連れていった。
「お、おいッ!?」
俺は相変わらずこいつのペースに翻弄されっぱなしだ。
どうしても合わない。
「あ!」
そよが声を上げて突然止まり、引っ張られてた俺はそのままの勢いでそよにぶつかりそうになる。
柔らかそうなそよの体が俺の顔に近付いてきたが、既で何とか気合と根性でかわす。
「出かける前に一つだけお願いがあります!」
そよが突然思い出したように切り出す。
「…何だ?」
俺は疲れた顔で、またどんな面倒臭い事を言ってくるのかと少しだけ身構える。
そよは珍しく真剣な顔で俺を見つめて
「私のこと、『そよ』って呼んでください!」
と、そんな事を言ってきた。
何事かと思えば、何だそんな事か。
「は?そんなの、いつも呼んでいるだろう?」
俺は戸惑いながら答える。
「いやいや進一さん!私に『そよ』って名前を付けてくれてから一度も私のこと名前で呼んでくれてないんですよ!?『お前』とか『こいつ』とかばかりで。気付いてなかったんですか!?」
そよが呆れ気味に言う。
……そうだったか?少し思い返してみる。
「……確かに。言われてみるとそうだったかもしれないな…」
俺は素直に認めた。
「ほら~!だから私のこと『そよ』って呼んでください!私も『進一君』って呼びますから!」
そよが捲し立てるように提案してくる。
……ん?
「おい…百歩譲って名前で呼んでやらんこともない。だが今、どさくさに紛れて俺のことを君付けで呼ばなかったか?」
俺はジト目で指摘する。
「あ、バレました?『進一君』の方が可愛らしい感じがして親しみやすいと思いまして!」
そよが屈託のない笑みで返す。
「……」
俺は無言で抵抗する。
そよは俺に詰め寄ると、俺の両肩を掴み
「いいじゃないですか~!減るものでもないでしょう?それにほら!私の方が身長高いですし、きっと私の方がお姉さんですよ!君付けでも問題なし!ね?」
と、言って体を屈めて俺の顔を見上げてくる。
「……」
「ね?ね?」
そよが顔を近づけてくる。
「……」
「ね?ね?」
そよは顔をさらに寄せてくる。
「…分かった。好きに呼べ……」
俺は折れた。
「わーい!ありがとうございます!」
そよが無邪気に喜ぶ。
「ただし、俺の背がお前より低い内だけだからな!」
俺は釘を刺す。
「了解です!では改めて、これからよろしくお願いします。進一君っ!」
そよが優しく微笑む。
「…ふん、勝手にしろ」
こうして、俺とそよの退屈だけはしないだろう武者修行の旅が始まった。
――その二人の後ろ姿を、爺こと迫田源信が見送る。
進一よ…お前の考えていることは昔から今一つ解らんことが多かった。
お前は人とは違う思考と思想を持ち、周りと衝突することも少なくなかった。
だが、そんなお前でも間違ったことをする様なことは一度たりとてなかった。
結果がお前について来るというか、お前は最初からその結果が判っているかと思うようなことが何度も在った。
だから、今回もお前の言う通りにする。
十日程前に預かった子に何か変化があった時、お前は自分の名を教え世間に放てと言った。
それがいずれこの世界を救うことになるかも知れないと…
今この世に何が起こっているのか儂には判らん。だが、何かしらのただならぬ妖気の様な気配を感じる時がある。
あの子らがその事にどう関わっているのか、どうせまたお前にしか理解の及ばないことなのだろう。
間違っても、子供たちが不幸になるような世の中にはしてくれるな。
その為には儂たち大人が精々気張らんとな。
お前から預かった生活費の五千万、そっくりそのままあいつの小遣いにくれてやったわい!振り込む額も三つ四つ桁が多いわ馬鹿者!
久方振りにガキの頃のお前を思い出して、少々気前がよくなっちまったみたいだ。
お前もその内落ち着いたら嫁さんでも見付けて偶には顔見せに帰って来い。
「この馬鹿息子が…」
源信が見つめる先にはもう二人の姿は無かった。
そこには真っ青に晴れ渡る夏の空があり、吹いてきた爽やかな微風が身に沁みた。
【次回予告】
[そよ]
やっぱり続きましたよ!そよでーす!いぇーい!
[進一]
おい、俺との特訓はどうした?
俺はいち早く相川まひるを倒せるまでにならねばならないと言うのに…
[そよ]
特訓だけが強さに繋がるわけじゃないですよ?
また次回がありますよ!
次回!『超次元電神ダイタニア Data Files』!
Data05「進一とそよ③」
私のムラマサ、格好いいよね!ね?ね!?