[Data32:「風は気づいてる」]
※こちらは、まひる一行が《箱庭》に向かう旅路での一場面になります。
私は、生き返った――
正確に言うと、生命の定義が精霊には無いから、人間の言う“死”とは違うのかも知れないけど。
私を、消滅に追いやった、かつての敵――シルフィさん。
まだ会ったばかりで、彼女のことはよく知らないけれど、不思議と彼女に対して怒りの気持ちや恨めしさなどは湧いてこなかった。
逝った姉妹たちのことを思うと、胸が張り裂けそうになる……
だけど、その気持ちの先が彼女に直結しない。それほど、今の彼女はあの時とは別人だった。
シルフィさんとダイタニアの運航を交代してから、私、ウィンドこと相川風子はコクピットの後ろのスペースでまったりしていた。
割りと広い床に腰を下ろし、今の状況を浅く考えてみる。
まひるちゃんとシルフィさんは操縦席で偶に会話をしながらダイタニアの制御に集中している。
風待さんは私とは反対のスペースでうつらうつらと舟を漕いでいた。
流石に寝不足でしょ……。
昨夜だって、私たちが就寝した後、かなり遅くまで火を焚き、夜営をしてくれていたのを知っている。
風の精霊たちが教えてくれたよ。
「風待さん、少し横になって休んだら?」
私の声かけに彼はすぐに気付かず、自分が呼ばれたことを一拍置いてから気付き、こちらに顔を向けた。
「あ? ああ、ウィンド君か……。済まない、少し寝ちまってたか」
「だーかーらー、少し横になって休んでくださいよー? 昨日あんまり寝てないんでしょ?」
私たちのやりとりが耳に入ったのか、シルフィさんが風待さんに声を掛ける。
「これからまだやる事が控えています。休める時に休んでおかないと、いざという時、役に立ちませんよ?」
相変わらず風待さんに対する物言いが少しキツいシルフィさん。
私は苦笑しながら風待さんに休息を促す。
「ね? シルフィさんもああ言ってるし、交代で仮眠といこうよ?」
彼は少し考えると、素直に私の申し出に従った。
「それじゃ、少し休ませてもらうよ。何かあったらすぐに起こしてくれ」
風待さんが横になると、柔らかい風が私の頬をくすぐった。
ん?
私が振り向いた先には、横になった風待さんを見て、心底安堵したような顔を見せてるシルフィさんがいた。
彼女はまたすぐに前を向き、ダイタニアへの魔力供給に専念する。
だが、彼女が纏う風の精霊たちはまだどことなく嬉しそうに彼女の周りを漂っていた。
行けども荒野、見るのも荒野……
流石の私も飽きてきた。
だって、景色が変わらないんだもん。
どこまでも続く荒野は、私たちに「進んでる」という実感さえも与えてはくれない。
「あー……シルフィさん? その《箱庭》までは後どのくらい? もうそろそろ夕方になるけど……」
私は前の彼女に声をかけた。
「もうそろそろだと思います。地形もモデリングが減り始め、平坦になってきています。地表テクスチャが欠け始めたら直ぐです」
何だかよく分からない言葉が返ってきた。万理りんだったらこういう話、好きそうだよねえ……。
私はまた大気中の風の精霊の流れを感じ、その方向を見る。
すると、シルフィさんが心配するように、熟睡している風待さんを見ていた。
彼女がその様子を確認すると、また風の精霊たちは嬉しそうに彼女の周りを流れ始める。
(最近精霊と契約したって言ってたけど、精霊の私からすると感情ダダ漏れなのと変わんないんだよねぇ……)
私はチラと寝ている風待さんを見る。シルフィさん、実は心配性なのかな?
確かに疲れてそうだけどさ。
そう、疲れてると言えば――
「まひるちゃーん! 疲れてない? まひるちゃんも少し休んで、風待さんとお昼寝でもしたらー?」
「「えッ!?」」
あれ? まひるちゃんだけでなく、シルフィさんも一緒に驚いた。
「あ、あはは……。ありがとウィンド。もう少ししたらお夕飯にして少し休もうか? シルフィもそろそろ疲れたでしょ?」
「いいえ……と、言いたいところですが、流石にこのダイタニア、歩くだけでもかなり魔力を持っていかれます。休憩には賛成ですね」
そんなことを言いながらも、シルフィさんは、まひるちゃんと風待さんの顔をチラチラと交互に見ている。
周りの精霊たちも、少し困惑気味?
暗くなる前に、私たちはダイタニアを停め、少し早めの夕飯にありついた。
まひるちゃんがもう完全に私たちの専属シェフなの、嬉しいけど、なんか笑える。
「すっかり寝ちまった! お陰でよく休めたよ。相川さんも少し仮眠とっておくといい。もう直ぐ《箱庭》ってんなら尚更、ね」
寝起きややテンション高め風待さんが《勇者飯》を美味しそうに食べながら、そんなことを言う。
「そうですね。シルフィも疲れたでしょ。食べたら少し一緒に休もっか?」
シルフィさんは満足気に食べていた夕餉の箸を止め、真面目な顔でまひるちゃんを見据えて言う。
「食べて直ぐ休むのは、体に悪いのでは?」
「あはは、まあ、そうね。でも、こんな時だし。そうだ! シルフィ、食後のデザートは?」
「夜に甘いものを摂るのは、美容に悪いのでは!?」
シルフィさんの真面目ボケで場の雰囲気が更に和む。まひるちゃんも風待さんも大笑いしている。
シルフィさんだけが現状をよく把握していないようだ。
ん?
風待さんが動くたび、
彼女の周りの精霊が、わずかにざわつく。
あれ?
警戒、ではない。戦いの気配でもない。ただ、一定じゃない。
シルフィさんはふいに箸を止めた。
「……食事中に、集中を欠くのは良くありませんね」
独り言みたいにそう言って、彼女は少しだけ姿勢を正した。
風が、一度だけ強くなって、すぐに収まる。
今の、必要だったのかな?
私は分からない。
けれど、精霊たちは少し戸惑った顔で、彼女の周りを回っている。
それを見て、胸の奥がほんの少し引っかかった。不思議だけど、悪くない。
笑ってる風待さんを見るシルフィさんの顔、夕日に照らされてるからなのか、とても綺麗に見える。
まひるちゃんの“かわいい”とはまた違う、落ち着いた可愛さ……
「……」
シルフィさんは何かを呟きかけて、結局、言わなかった。
その理由を、風はもう気づいてる。
けれど、私はまだ、それを言葉にしてはいけない気がした。
また彼女から流れてきた柔らかい風に私は訊く。
「ねえ、誰かが笑うだけで、こんなにキミたちが揺れることってあるんだ?」
その子は知ったか顔で、何も言わずに、また自分の主人のもとにそよそよと流れていった。




