[Data24:第四.五話「海の記憶」]
※こちらは本編第四話中にあった、まひると四精霊たちの一場面になります。
突如襲い掛かってきた相手、ザコタを退けたまひるは自室にて考えていた。
(…あたしが、ゲームの中の電神を喚んで、ザコタ君と戦った……)
先程まで現実かゲームの中か曖昧な感覚でアウマフを操縦していた自分の手をまひるはじっと見つめる。
(あの時、あたしの振り下ろした剣がザコタ君に直撃しちゃってたら……ザコタ君が放ったロケットパンチがあたしに当たってたら……どうなっていたんだろう…)
アドレナリンの分泌から解放された脳が冷静な思考をまひるに呼び戻す。まひるは一つ身震いし、背筋が寒くなるのを感じた。
(あれは、現実なんだ……そして、この子たちも…)
まひるは部屋で各々くつろいでいる四精霊に伏し目がちな視線を送る。
自分を地の精霊と言った美女で最年長に見えるアースは姿見の前でまひるから借りたワンピースを着て右に左に嬉しそうに体をひねっている。
可愛いウィンドと格好いい美人のファイアは二人でお菓子を囲み部屋にあった漫画を楽しげに読んでいる。
ふとマリンを見ると真剣な面持ちでパソコンとにらめっこしていた。
「マリン、どうしたの?」
まひるが不思議に思い声をかけた。それに気付きマリンがまひるに顔を崩し振り向き答える。
「いやねまひる、先程教えてもらったこのパソコンで観られるインターネットという情報の海が大変興味深くてね」
マリンは顔をこちらに向けながら手先はブラインドタッチでキーボードに何やら打ち込んでいる。
「え!? もうブラインドタッチ出来るの? すごいなあ。あたしだって出来るようになるまで結構かかったのに。何か面白い記事でもあった?」
まひるは驚きと感心の入り混じった声でマリンに尋ねた。
「そうだね。ダイタニアの理なら僕ら精霊は皆知っているんだけど、地球の理を知ることは新しいことばかりで純粋に楽しいんだ」
マリンは細くした眼の奥の瞳をキラキラさせてまひるに笑顔を向けた。
(うわぁ、マリン可愛いなあ。きっと勉強すること自体が好きなのね)
まひるはマリンの屈託のない笑顔に自分も笑顔で返した。
「ネットに書かれていることには嘘や悪意も混ざってることがあるから取捨選択が必要なんだけど、そういうのはどう判断してるの?」
まひるがマリンに念を押した。
「うん。ダイタニアの時のまひるの行動と照らし合わせて、自分の頭で考えて五感で確認しながら判断しているよ」
マリンは自信満々に答えた。
「え!? あたしの行動だって全て正しいってわけじゃないと思うけど?」
まひるが少し慌てて答えた。マリンはその姿に「ふふ」と小さく笑って言う。
「そうかも知れない。けどねまひる、あなたが純粋に綺麗な心の持ち主だったから僕たちが今この地球に顕現出来ているんだよ。僕たちにとってあなたの存在は何者より確かなもので、優先されるべき絶対の対象で大切なものなんだ」
そんなことを大真面目に細く優しい瞳で言うマリンにまひるは少し照れて頬をかいて視線は明後日の方向に向いてしまう。
「あはは、そんな大層な存在じゃないよ。あ、そうだ! ウィキペディアとかなら比較的正しい地球の知識が載ってるかも」
まひるは自分から話の論点を逸らすように話題を振った。
「ああ、やっぱり。このウィキペディアという項目は詳細に記事がまとめられていると思ったんだ。脚注や派生事項もあって覚えやすいね」
まひるの言葉を受けマリンは合点がいったようで再び顔を机上のノートパソコンに戻した。その言葉に少し違和感を覚えたまひるがマリンに訊き返した。
「え? 覚えたの? 記事を?」
「うん。一度読めば新しい知識として記憶出来るんだ。もちろん、その際先程も言ったように取捨選択はしているつもりだよ」
マリンはそう言いながらも物凄い勢いでキーボードとマウスを操り次々と記事を読み漁っていく。パソコンの画面には下から上へと常人には目視で追えない速さで文字列が流れていく。
「え? それ、読んでるの? 新しい知識として記憶?」
まひるがポカンとした顔でマリンとパソコンを交互に指差す。
「うん。僕だけじゃなくてアースもウィンドもファイアも出来ると思うよ。元々僕たち精霊に個々の能力の差はないからね。もし差が出るとしたらこのヒトの体になってからの行動次第じゃないかな?」
そんな人間離れしたことを平然と笑顔で言ってのけるマリンをまひるは羨ましそうな瞳で見つめていた。
(チート……存在がチート……でも可愛いからオーケー!)
「みんなにもインターネットの有用性は教えるつもりだよ。でもまずは僕がみんなに教えられるくらい知識を身に着けないとね。だからまひる、パソコンを偶に使わせてもらえると嬉しいな」
目が線になる満面の笑顔を向けてくるマリンにまひるは「うん、どんどん使っちゃって」と苦笑しながら了承した。
それからというもの、マリンは時間を見つけてはインターネットで調べ、自分だけでは判断が難しい事柄についてはまひるによく質問をしてきた。
「ねえまひる? 今の僕たちはヒトの姿をしてはいるけど、実質的な性質はやっぱり精霊というか、ゲーム内のキャラクターに近いみたいなんだ。物質を粒子に換えて収納や取り出しが出来るし、それってまひるがやってたゲーム、『ダイタニア』の“インベントリ”や“ツールボックス”に似ているよね?」
マリンの今回の質問はゲームの内容に例えて分かり易いように説明してくれて実際まひるも受け答えがしやすかった。
「そうね。マリンの話と用途を聴くとその表現はまちがってないと思うよ?」
まひるのその言葉にマリンは少し声のトーンを落とし続ける。
「…うん。それは僕たちがゲームの中から出てきた存在だからそういう“仕様”なのかも知れないけど、この地球の理の外にある。そのことを考えると果たして今の僕たちはダイタニアに居るのか地球に居るのか、判らなくなることがあるんだ…」
珍しくマリンが視線を合わせず考え込んでいる姿にまひるも真面目に答えてあげなくてはと、こんがらがりそうになる思考を巡らす。
「う〜ん……つまり、ダイタニアと地球の境界みたいなものが曖昧になってる現状で、マリンたち精霊は三次元化はしたけど、実質的なところは二次元のようで、自分の存在がハッキリしないことが…不安、なのかな?」
まひるのその言葉にマリンがハッとする。
「僕が、曖昧な自分の存在を不安に感じている……? そうだね、その表現は的を射ているかも知れない。何か、自分の精霊だったという存在を含め、現状の移り変わりをこのまま見過ごしてはいけない、そんな胸騒ぎがするんだ」
マリンは真剣な顔つきのまま、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
「でもさ? ただ現実とゲームがごちゃ混ぜになっているから落ち着かなくなってるだけかもよ? あたしだってまだ全然混乱してるし!」
そんなマリンの心配を吹き飛ばそうとまひるは努めて明るく答えた。
だがこの胸騒ぎに近いものを感じるのは何もマリンだけではなく、当のまひるも同じような不安を胸の奥に抱えていた。
それから、マリンが《オムライス》に見立て現状の世界の構築を想像し説明してくれたり、地球上では精霊の活動に必要な魔力の供給が不十分で段々と精霊の活動能力が減衰していっていることが判明するが、それはもう少し先のことである。
マリンが顔を上げリビングに視線を向ける。そこではテレビゲームに熱中しているウィンドとファイアが賑やかに騒いでいて、その隣ではアースがおとなしく雑誌の“美味しい夏の献立特集”に目を通していた。
その光景を見たマリンの口ははっきりと弧を描き、再びまひるに優しい笑顔を向けた。
「今はこの光景を護りたい自分がいるんだ。まひる? これからも力を貸してください」
まひるも笑顔でその光景からマリンに向き直りその瞳を見つめながら
「うん。あたしに出来ることならなんでもしたい。これからもよろしくね、マリン!」
そう言ってまひるはマリンの手を優しく握った。マリンもまひるを見つめながらゆっくりとその手を握り返した。
窓のレースカーテンの隙間から射し込む光が二人を照らし、二人の笑顔はよりいっそう輝きを増していた。




