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超次元電神ダイタニア[Data Files]  作者: マガミユウ
20/29

[Data17:進一と陽子【九】]

 俺が送ったメッセージには既読も付くし、ちゃんとメッセージが返ってくる。


【中々会えなくてごめんね。学校には届け出したんだけど、おばあちゃんが転んで脚挫いちゃって…身の回りのお手伝いで少し学校行けなくなっちゃって。また戻った時は連絡するね?】


 メッセージのやりとりは変わりなく続けていて、昨日届いたメッセージがこれである。


 そろそろ一月も半ばを過ぎようとしている頃だった。


「…………………」

 俺はそんな冬の空を一人見つめては会えない陽子さんに思いを馳せていた。


挿絵(By みてみん)


 そんな時、俺は大学の校内で見知った姿を見掛けた。俺はその人物に訊かなければならないことがある!俺は直ぐ様腰を上げ、その人物の下へと駆け寄る。


「ミッチー先輩ッ!」

「えっ!?迫田君?どうしたのそんなに慌てて…久し振りぃ」

 俺に声を掛けられた瞬間、先輩は間違いなく驚いた。そして、今の俺を見る顔も少し辛そうな表情をしていた。


「ご無沙汰してます。先輩、話があります。陽子さんのことで」

 俺は単刀直入に言った。ミッチー先輩が俺の顔を見つめる。俺は真っ直ぐ先輩の目を見据えた。先輩は少し考えてから言う。


「…分かった。じゃあ、ちょっと場所変えよっか?部室でいい?」

 俺は頷いて答えた。そしてそのまま大胆科学愛想会の部室まで移動すると、向かい合う形で座った。


「……それで?話って何かな?」

 そう訊いてくるミッチー先輩の顔はやはり辛そうだった。俺は先輩に訊きたいことをいくつか思い浮かべた……が、やはり最初に訊かなければならないことを口にするのだった。


「……先輩は陽子さんがどこにいるか知っていますか?」

「……!」

 ミッチー先輩は一瞬驚いた顔をした。しかし、直ぐにいつもの笑顔に戻り言う。


「陽子?ああ!北海道のおばあちゃんが脚挫いちゃったから、その介護で大学休むって聞いてるけど?」


「北海道?北海道に居るんですか?」

 俺は思わず聞き返した。そんな俺にミッチー先輩は頷きながら言う。


「そうじゃない?陽子がどうかしたの?」

 先輩は不思議そうな顔をして言った。

 俺は自分のスマホを先輩に見えるように渡した。

 そこには俺と陽子さんのメッセージのやりとりの履歴が表示されていた。



【中々会えなくてごめんね。学校には届け出したんだけど、おばあちゃんが転んで脚挫いちゃって…身の回りのお手伝いで少し学校行けなくなっちゃって。また戻った時は連絡するね?】


【陽子さんのお祖母さんちって、あの北海道の?】


【そうそう!北海道のおばあちゃんちに今居るんだ!】



 何気無いやりとりが表示されている。

 ミッチー先輩もそれを見て「ほらね」と言っている。


 俺は顔を下げたまま、

「…陽子さんのお祖母さんちは、長野と東京ですよ?」

「ッ!!」

 ミッチー先輩の表情が固まる。

「済みません、騙すようなことして…俺も、形振り構っていられなくて…」

 俺は顔を上げてそう言った。そして続けて言う。


「このメッセージを送っていたのは、ミッチー先輩ですね?」

 ミッチー先輩は暫く黙ったままだったが、やがて観念したかのように話し始めた。


「……おばあちゃんち知ってたか…はは、あたしダッサ……」

 先輩は自嘲気味に笑う。そして、その顔から笑顔を消し、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「そうだよ……あたしが送ってた」

 俺は先輩を見つめ返しながら言う。

「何でこんなことをしたんですか?陽子さんは今どこで何をしているんです?」

 ミッチー先輩は少し沈黙した後、言った。


「…これ以上は、今は言えないかな…」

 そしてミッチー先輩はまた口をつぐむ。その目には涙が溜まっていた。


 その時、先輩の携帯の着信音が鳴る。この音は…やはり、陽子さんの着信音と同じだった。


「はい、三橋です。はい、はい!えッ!?」

 先輩の表情が驚愕の色に変わったのが俺にも見て取れた。

「はい…はい………これから、向かいます……」

 先輩が消え入りそうな声で話していると、俺の方に視線を向けて


「あの、迫田君も、連れてっていいですか……」

 そう言って先輩は電話を切った。

 先輩の顔は心ここにあらずといった感じで、俺はただ事ならざる雰囲気を感じ先輩に声を掛ける。


「先輩ッ!陽子さんに何か!何かあったんですかッ!?」

 ミッチー先輩の瞳からは涙が止め処無く溢れてきていた。


「あ…う……うぁ、うわあああぁあああああーーーッ!!!」

 先輩はその場に泣き崩れてしまった。


「うわああーーー!!よう、こお!ようこおぉお………ッ!!」

「先輩ッ!!」

 俺はそんな先輩の下に駆け付け声を掛ける。


「ようこが、陽子が死んじゃったよおおぉおーーー!!!うわああああーーーッ!!!」



「え?」


 陽子さんが死んだ……?

 一体、何を言っているんだ!?

 俺は頭が真っ白になる。

 陽子さんが死んだ?そんな馬鹿な!?


  俺は先輩の両肩を掴み、泣きじゃくる先輩に言う。

「何言ってるんです先輩!?陽子さんは今どこにいるんです!?」

 先輩は泣き止まない。


「せ、せんぱい…?下手な冗談言ってると、俺、怒りますよ?」

 先輩は尚も泣き続けた。


「先輩ッ!!」

 俺は先輩の両肩を揺すった。そして、改めて言う。

「陽子さんが!陽子さんがどうしたっていうんですッ!?」

 先輩は俺の目を見た。その瞳には未だに涙が溜まっているが、強い意志を感じる瞳で俺に言った。


「うぅッ……病院……一緒に行こう?……きっと、待ってる……」

「……………」



 俺は三橋先輩と一緒に電車に乗り、いつか実験の時に陽子さんが運び込まれた病院まで来ていた。ここまでの道中、二人の間に一言の会話もなかった。


 三橋先輩は広い病棟の廊下を迷うことなく歩いて行く。

(ここは……緩和ケア病棟……ホスピス?)


 三橋先輩はある部屋の前で止まった。そして、扉横のネームプレートを見る。そこに書かれていた名前を見て俺は驚愕した。


『浅岡陽子様』


 それは間違いなく陽子さんの名前だった。

 三橋先輩が病室のドアをノックする。

「…三橋です。それと、迫田君も……」


「ああ、入ってくれ…」

 中から浅岡教授らしき声が聞こえた。

 俺は三橋先輩の後に続き、その病室の扉をくぐった。


 白い部屋に白いシーツ、白いベッドの上で横たわるその人物の顔には、白い布が掛けられていた。


「ッ…………」

 脚が震える。

 動悸が激しい。

 頭が痛くて熱い。

 全身の血の気が引く。


「よく来てくれた……一時間程前にね、眠るように逝ったよ…」

 教授の視線はその白いベッドに向けられている。


「私たちは先に、済ませたから…ッ、今度は、君たちが、送ってあげて欲しい……ッ」

 教授が懸命に涙を堪えながら俺たちに話し掛けてくれてるのが、わかった。

 そう言うと、教授と陽子さんのお母さんは泣きながら病室の外に出て行った。



「……陽子…………」

 そう小さな声で呟きながら、三橋先輩はベッドの方へ近付いて行く。


 俺は震える足を無理矢理前へ進め、先輩の後を追うようにベッドに近付いた。


「……う……あああぁ……」


 三橋先輩は声にならない声を上げながら、膝から崩れ落ちた。

 俺はそんな先輩の隣に立ち、黙ってベッドに横たわる人を見つめていた。


「………………………………」


 何でだ?

 どうして俺は、こんな病室で、ベッドの誰かを見下ろしてるんだ?

 俺はまとまらない思考の下、思考を止めたらいけないということだけは解っていた。


 三橋先輩がその人の顔に掛かった布に手を伸ばす。

「…陽子?迫田君、来てくれたよ?約束破るけど、いいよね?もう一度、その顔を見せてあげて……」


 そして先輩は、その人に掛けられた布をゆっくりと取り除いた。


「ッ!!!!」


「ああ……ようこ?ようこ?……ううぅッ!うわあぁあーーーッ!!」

 先輩が再び泣き崩れたような気がした。

 俺はその時、三橋先輩の横に居たはずなのに、何も見えなかった。まるで俺以外の全ての物や人が白く染まったような世界だった。

 ただ、そんな白い世界の中、俺の目の前に横たわるのは……



 陽子さんだった……



 俺は膝を折りその場に崩れ落ちる。

 ああ、これは夢だ。こんな夢見てる場合じゃない。俺は陽子さんに会わなければならないのに――


「陽子さんにぃ……ッ!」

 俺は自分の頬を強く叩いた。

 ぼやけてた頭と眼の焦点が合う。


「…あれ…?痛い、ぞ?夢だろ?早く起きろよ、俺……ッ!」

 もう一度自分の顔を殴ろうとした俺の腕に、三橋先輩が飛び付き静止させようとする。


「やめなさいよッ!!」

「こんな夢、覚めないと!早く陽子さんを迎えに行かないと!!」

 俺は三橋先輩の制止を振り解こうとしながら声を上げていた。


「やめなさいッ!これは現実よッ!」

「違うッ!!これは夢だッ!!」

 俺は尚も腕を振り払おうともがいた。

 そんな俺の頬に強烈な平手打ちが炸裂する。


「やめて!陽子の前よ!」

 三橋先輩は未だ拭えぬ涙に濡れた瞳をキッと吊り上げて言った。

 俺はその一言で正気に戻った。

「あ……」


 そうだ。陽子さんは今目の前で横になっているじゃないか……


「…ちゃんと、話すから……お願いだからやめてよぉ……」

 そう言うと三橋先輩はまた涙を流した。



 俺はベッドの脇で三橋先輩と隣り合って椅子に座り、横になる陽子さんを見つめていた。

 ゆっくりと三橋先輩が話し始める。


「…陽子ね、癌だったんだ」

 俺は黙って三橋先輩の言葉を聞く。


「前に実験で倒れてこの病院に運ばれたことあったでしょ?あの時、精密検査して分かったんだって…後になって教えてくれたんだ…」

 先輩は優しい口調で話しを続ける。


「その時には既にステージ4で、半年も生きられないだろうって医者から言われたって…」


「じゃあ…陽子さんは、病気の事を知ったから、俺と付き合って…」

 俺は三橋先輩の言葉を素直に受け止められず、つい口が滑ってしまった。


「この子がそんな子じゃないことは、君が一番解ってるはずよね?陽子を貶めるような軽はずみな発言はあたしが許さない…!」

 最もだ。俺たちは本気でお互いを愛していた。


「済みません…」

 俺は素直に謝った。


「陽子はね?弱っていく自分の姿を君に見せたくないって、自らホスピスに入ることを決めたの…君に見せる最後の顔が泣き顔だとカッコ付かないって、笑いながら話してたわ…」

 俺は陽子さんの優しい笑顔を思い出していた。あの笑顔の裏では、一人で苦しんでいたのかもしれない……そう思うと、胸が締め付けられるようだった。


「陽子は君の前では最後まで笑顔で居たいって、心配させたくないって、あたしにもそう頼んで来たの……だからあたしは……」

 三橋先輩はそこまで言うと顔を伏せた。


「…ありがとうございます」

 俺はそう言った後、三橋先輩に深々と頭を下げた。

 そんな俺に無言で頭を横に振ると、三橋先輩は言った。


「陽子ね?大学でも、君に会えるのを、いつも楽しみにしてたよ?あたしといてもいつも君の話ばっかりで。親友として、妬けちゃうよね…」


 俺は無言で陽子さんの手を握る。

「さっきは、ごめん……なさい……」

 そうして、俺はそこに居る陽子さんに初めて向かい合った。

挿絵(By みてみん)

 陽子さんの顔はいつもより、この部屋のように白く、いつものように、綺麗だった。


 握った手が冷たい。俺の中にどうしても信じたくない実感が湧いてきてしまう。

 駄目だ。湧くんじゃない!



「陽子さん……」

 陽子さんの枕元には、俺がクリスマスにプレゼントした小さな手鏡が添えられていた。



「陽子さん…」

 瞼を閉じるとこんなにまつ毛、長かったんだね?君はよく俺のまつ毛が長いのを羨ましがってたけど、自分だって十分長いじゃないか……



「陽子さんッ」

 今年の夏には大胆な水着を着て、俺を困らせてくれるんだよな?寝てないでさ、そろそろ起き――



『それでね?私はそんな楽しそうな進一くんの笑い声を聴きながら、幸せそうに寝ちゃうの』


 ふいにあの時の陽子さんの声が蘇る。



『その時は起こさないでね?きっと幸せな夢をみてると思うから』



挿絵(By みてみん)

「陽子さんッ!!」

 そして、俺はようやく、涙を流した。

 一粒流したあとはもう止まらなかった。

 産まれたばかりの赤ん坊の様に大声で泣いた。


「うわあぁあぁあーーーッ!!!」

「陽子ぉおおーーッ!うあああぁあーーッ!」


 俺たちはただひたすら、陽子さんの亡骸の前で泣いた。

 静かな病室に慟哭が響き渡った。



「陽子ぉ……」

 三橋先輩は泣きながらも俺同様、ベッドの横に膝をつき、陽子さんの冷たくなった手を両手で握ってくれていた。


 暫くして、病室のドアがノックされ、教授と陽子さんのお母さんが入ってきた。


「三橋君、迫田君…私たちからも改めて礼を言わせて欲しい。陽子と目一杯仲良くしてくれて、ありがとう……」

 そして教授とお母さんが俺たちに頭を下げた。


 お二人は陽子さんに目を向ける。お母さんは直ぐにまた声を殺して泣き始めていた。


「陽子はね、親の私が言うのも何だが、とても素直ないい子でね。手の掛からない子だった……」

 教授が話し始める。


「まだね、私も妻も、陽子を失ったという実感が湧かないんだ…きっと、私も家に帰ったらまた大声で泣くのだろう……だけど、この子は、最後まで笑顔でね……」

 教授の声に嗚咽が混じる。


「辛かったろうに…怖かったろうに…!この子は、私たちの前では一言も泣き言を言わなかったんだ…!我が子ながら、尊敬するよ」


 お母さんは陽子さんの手を握り、泣きながらも教授の言葉に頷いた。


「この子の安らかな顔を見るとね……あぁ、この子は最後まで幸せだったのだと思えてね……本当にありがとう……」


 俺は泣きながらも頭を下げることしか出来なかった。

 隣にいた三橋先輩が立ち上がり


「私も…私たちも!そんな陽子さんを尊敬しています。友人として、人として…」

 そこで三橋先輩が俺をチラッと見て


「そして、女性として…!」

 と言った。俺は涙に濡れた顔を三橋先輩に向けた。


「だから、陽子さんには言葉では言い尽くせない程の優しさと、勇気を貰いました。生涯の親友です!」

 三橋先輩は涙を流しながらも笑顔を見せて言った。


 そんな先輩を見て、教授もお母さんも涙を拭っていた。

 そして、ひとしきり泣いて落ち着いた頃を見計らって、俺たちは病室をあとにしたのだった。



 病院を出た俺たちは並んで歩いていた。互いに一言も口を利かずに……

 暫くして三橋先輩が


「会長とドクにはあたしが連絡しておくね?次会うのはお葬式の時になると思う…」

「はい……」

「じゃあ、ここでいいよ。時間は掛かると思うけど、お互い、乗り越えて行こうね!」

 三橋先輩はそう言うと、駅の方へ歩き出した。


 俺は黙って先輩の後ろ姿を見つめていた。

 やっぱり、ミッチー先輩も先輩なんだ…

 自分だって辛いはずなのに、俺みたいな後輩にもちゃんと道を示してくれる…

 そんなことを思いながら、俺は何とか家に帰った。



 帰ると、両親が俺を出迎えてくれた。

「ただいま……親父、母さん」

 俺はなるべく両親には心配を掛けないように明るく振る舞った。


「その……」

 そんな俺を見て親父は黙って俺に近寄って来た。

 そして、何も言わずに俺を抱きしめた。


「…何も言うな…お前の顔を見れば解る。陽子ちゃんからな、そろそろだということは聞かされていた…」

 親父が、震えている。


「ごめん……俺、何も知らなくて……」

 俺がそう呟くと、親父は俺を抱く手に力を込めた。

 母さんも俺に抱きついてきて


「陽子ちゃんがね、どうしても進一には伝えないでって…でも、その後はいっぱいお話ししてあげて下さいって…!」

 そう言って母さんも泣いた。


「俺、陽子さんともっと話したかった……もっと一緒に居たかった……」

 俺も溢れる涙を止めることが出来なかった。

 暫くの間、俺たち家族は互いに抱き合っていた。



 もう泣かないと決めていたはずなのに、俺は次の日も学校を休み、一日中泣き続けた。そして、その翌日も。そのまた翌日も…


 陽子さんの葬儀の日時が決まったと、ミッチー先輩から連絡が入った。

「今度の日曜日、十時からよ。最近大学には行ってないみたいだけど、参列してあげてね」

「…はい」

 俺は小さく頷いた。


 何もかも、やることなすこと、虚しく感じてしまう。

 もう涙すら出ないほど悲しいはずなのに、何か別の感情が湧いてこないのだ。

 そんな俺でも流石に葬儀には参列する覚悟があった。



 過ぎゆく時のままに、その日を迎えた。

 日曜日にしては朝から冷たい風が吹いていた。まるで心まで凍てつくような寒さだ。

 俺は喪服を身にまとい母屋から出ると、本堂の方から人の声が聞こえる。

 この声は、経か?


 本堂に近付くと、そこで経を唱える親父の姿があった。親父は俺に気付くことなく一所懸命に経を唱え続けている。俺はその姿を見て久し振りに胸の奥が熱くなった。


「親父……」


 そこへ母さんがやってきて

「お父さんね、宗派は違えど、せめてもの供養にって、朝からずっとああやって、ね…」

 母さんが涙ぐみながらそう言った。


「母さん、俺……」

 俺は母さんに向き直り、二人に感謝の言葉を伝えようとしたが、上手く言葉が出て来なかった。


「…進一、いってらっしゃい。気を付けてね」

 母さんは笑顔でそう言って俺を送り出してくれた。


「…行ってきます」

 俺はそれだけ言って両親に背を向け、一人、葬儀場に向かった。


 俺が着いた時には既に殆どの参列者が集まっていた。

 陽子さんの友達が殆どだったが、それでも皆一様に暗い顔をしている。中には泣いている人も大勢見受けられた。


 そうか……陽子さんはここに居る人全てに愛されていたんだなぁ……そんな彼女の素晴らしさを、俺は改めて実感した。


「おい!ザコタ!」

 そんな時、俺は背後から知った声に呼ばれた。

 振り向くと、そこには部活メンバーの三人の先輩が揃って居た。


 コニシキ、ドク先輩、ミッチー先輩…

 皆当たり前の様に喪服を着ていた。

 コニシキはいつも生やしていた無精髭は剃っていたし、ドク先輩なんて就活だからって以前髪を短くした時より短くないか?ミッチー先輩、今日は二つ結びじゃないのか。よく陽子さんが先輩の髪型を可愛い可愛い言ってたっけ。俺は断然陽子さんの方が可愛いって思ってたけどね。あはは…みんなおっかしいの!


「あはは…みん…ッ!!ぐッ!ぅ…」

 俺は三人に声を掛けようと口を開こうとしたんだ。しっかり三人の顔を見てさ。それなのに、何で、今頃になってまた…!


「う、あぁ、あああ……ッ」

 何でまた、涙が止まらないんだ、ちくしょう…

「うああぁ、ああッ!!」


 俺はそんな自分が情けなくて恥ずかしくて、先輩方に申し訳なくて、そのどうしようもない気持ちをぶつける様に涙を零した。


 そんな俺を三人が囲むように抱きしめてくれる。


「…もう散々泣いたと思うが、辛いときは泣いていいんだ……きっと浅岡も、今日は大目に見てくれる」

 コニシキもその目に涙を浮かべながら優しい口調で俺に言った。


「…浅岡は幸せ者だ。こんなにも真剣に愛してくれた男がいたんだからな…俺はお前の頑張りを間近で見てきたが、お前たちは本物だったぜ……」

 ドク先輩も目を潤ませ、俺の頭に手を置きながら言ってくれた。


「君はよくやった!陽子がずっと笑顔でいられたのは君がいてくれたからだよ?その事を、陽子と同じくらい誇りに思ってね」

 そう言ってミッチー先輩は俺を抱き締めながら泣いていた。


 ああ……

 なんて気持ちの良い先輩たちなんだろう……

 俺は改めてこの人たちの後輩であることに誇りを感じていた。


「あとね、陽子のご両親から受け取ったんだけど、あたしより、君が持ってた方がいい気がして、ね。はい」

 ミッチー先輩は小さなノートを俺に差し出してきたので、俺はそれを静かに受け取った。



 式は滞りなく進み、陽子さんの告別式は粛々と行われた。


 俺は教授から是非献花して欲しいと言われ、花を手に陽子さんの棺の前にまで来た。


「…………………」

 棺の中では、まだ陽子さんが笑顔でそこに横たわっているように見えた。


 俺は震える手で花を手向け、目を閉じて祈った。

 先輩方やご両親の手前、泣くまいとしていたが、その祈りの最中は涙が溢れ出てしまった。


 ああ、そうか……これで本当のお別れなんだ。陽子さんの肉体はこの世から消える。でも、陽子さんの精神は、陽子さんがくれた優しさは、陽子さんが向けてくれた笑顔は、ずっと俺の中に残っていくのだ。


 そう思うと、俺は目を開け再び彼女の顔を見る。安らかな顔だった。


「陽子さん…君からはずっと貰ってばかりだったね?一生分の優しさと、愛と、笑顔と……」

 俺は陽子さんを見つめながら呟く。


「俺、絶対に、誰も悲しまない世界、創るから…ッ!だから、陽子さん、今はおやすみ……沢山の愛を、ありがとう……ッ」


 俺は最後にそう言うと、振り向き言った。

「ありがとうございましたッ!」

 そして、もう涙を堪えることもせず、ご両親や先輩たちに一礼し、告別式を後にしたのだった。



 俺はもう迷わない。

 必ずSANY(サニー)を使えるものにしてみせる。

 そして、君に見せられなかった仮想空間とSANYの融合した理想的な電脳世界を実現させてみせる!

 その為にも、今出来ることだけやっていても駄目だ。今出来ないことも視野に入れて行動しなくては……!

 俺はもう一度、あの場所へ行くと決意した。

――――achievement[記憶の欠片]

※進一が陽子の日記を受け取った。

《陽子の日記》を入手しました。


[Data19:陽子の日記]がUnlockされました。

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