[Data02:進一とそよ①]
※こちらは本編第十五話までの間に起きた、迫田進一の物語になります。
負けた。それも女に…!
『ダイタニア』を始めて以来、電神戦で初めて敗北を喫した。
俺は《ケンオー》の操縦者になってからまだ日も浅い。だがそんな事関係ないくらい、今日の相手、『相川まひる』は格段に俺より強く、電神の扱いにも長けていた。
悔しい……だがそれ以上に腹立たしい。
俺は何でこんなにイラついているんだ?
それは今日戦った相手が女で、しかも女のくせに俺を圧倒したからだ。
屈辱だぜ…!
俺は苛立ちを隠そうともせずに、帰路の途中でとある寺社の境内に人影を見付ける。
「おい、ちょっと待て」
「……?」
俺は目の前にいる女に声をかける。女は不思議そうに首を傾げた。
その黒髪は光が当たると少し碧色の輝きを見せ、短くまとめられている。長身で細身の所謂モデル体型。目尻が下がった大きな瞳は小動物のような愛らしさがあった。
「お前、さっきから何をやっているんだ?」
その女は鐘撞堂の周りで挙動不審に飛び回っている。
「いや、この鐘って勝手に撞いていいのかなと思いまして」
今度は下から鐘の中を覗き見ている。
「好きに撞けばいいだろう?そんな事に誰の断わりもいらん」
「そうなんですか……じゃあ遠慮なく」
女は縄に手を伸ばし、思い切り鐘を撞いた。
―――ゴーーーン…と低くデカい音が木霊する。
思ったより音がデカかったのか、女は両手で耳を押さえながら俺に向き直り、笑顔で
「おめでとうございます迫田進一さん!あなたはサニー(仮)の第一発見者になりました!つきましては運営より細やかな報酬が届いてます!」
「…………」
俺は沈黙した。そして思った。
ああこいつ……馬鹿なんだな……
俺が黙ってる間も女はニコニコしながら俺の顔を見ている。
俺は溜息をつくと口を開いた。
「じゃあ、あんたが運営の人間か?その報酬ってのは?」
「はい!報酬は私です」
……ん?
「えっと……すまん、今なんて言った?」
「だから私が報酬です」
聞き間違いではなかったらしい。
そういえばこいつは馬鹿だったな…
俺は思わず頭を抱えた。
「あのなぁ……そういう冗談は笑えないぞ」
「冗談じゃないですよ。私はこのゲームの人間です。プレイヤーである迫田進一さんの願いを叶えるためにやってきました。進一さんの願いは『強くなる』ことですよね?」
どうやらマジっぽい。俺は半信半疑のまま彼女に尋ねる。
「それで、お前は一体何が出来るんだ?」
「何でも出来ますよ。例えば……こういう事も」
女はそう言うなり俺の顔の前に手をかざし、何か呟いたように見えた。次の瞬間には俺の手の中に銀色に輝く剣があった。
「うおッ!?」
「はい。これでもうあなたは剣に困りませんよ」
俺は手の中の剣を見る。確かに凄い剣だ。しかし何でいきなりこんな物が……
「この能力は《召喚転移》という能力です。私の所有物を近くに喚び出し、移動させる事が出来ます」
女の説明を聞いている内に段々状況を理解してきた。つまりこの女は俺の様にスキルが実際に使えるのか。
「お前、プレイヤーなのか?」
「?いいえ」
即答された。
「じゃあ何だよ?NPCか?」
「いいえ。風の精霊ですが?」
……精霊だと?ますます訳がわからん……
「ちなみに今の私は実体化してますけど、今までは目には見えないただの風だったんです」
「……そうか……」
俺はとりあえず納得する事にした。よくわからんが、この女は精霊とかいう存在で、俺の望みを叶えに来たと言うのだ。
そう言えば相川まひるの周りにもこんなのが四人くらい居たような気がする。
「……わかった。じゃあお前、名前はあるのか?」
「?名前、ですか……そう言えばまだなかったですね!」
女はポンと両手を合わせた。
「では進一さんは私のご主人なので、名前を付けて下さい!」
「はっ?」
俺は思わず声を上げた。
「いやいやちょっと待て。何で俺がお前の名付け親になるんだ?普通ここは自分で付けるもんだろうが!」
「いえ、実は私、生まれたばかりで何も知らないんですよね。だから誰かに名前を貰わないと、これから先不便だなーと思ってたんです。でも進一さんなら安心して任せられます!お願いします!」
女は俺に深々と頭を下げる。
その時、一陣の微風が境内を吹き抜け、心地よく俺の体を包んで行った。
俺は溜息をつきながら
「……仕方ねえな。お前の名前は『そよ』だ」
「そよ……いい名ですね!気に入りました!」
女は嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあさっそくやりましょう!進一さん!」
「やるって何を?」
「決まってるじゃないですか!電神戦ですよ電神戦!」
「いや待て。電神戦ってのは電神に乗って戦うんだろ?電神もなしにどうやって電神戦をしろってんだよ?」
「それは、こうするんです」
そよは右手を空に掲げ、また何かを呟いた。これは、電神召喚の詠唱!?
「この大地の自由は私と君のものだよ…来て来て来て来て来て来て…!」
こいつの詠唱、考えるのが面倒で適当に文字数埋めただけの俺の詠唱と同じじゃねえか!
いや、それより問題はこいつ本当に電神を召喚出来るのか!?
「来て…魔剣…《ムラマサ》!!」
そよの声と共に、境内に描かれた召喚紋に光の粒子が集まり、その電神が姿を現し始める。
そしてその光が弾け飛ぶと同時に、そこに立っていたのは、俺の知っている電神とはかけ離れた姿だった。
「なんだこりゃあッ!?」
「これが私の電神……《ムラマサ》です!」
「いや、これ電神なのか!?農耕機とかの方が近くないか?」
その《ムラマサ》と呼ばれた電神には腕が無く、胴体に脚だけ二本生えたダチョウの様な姿をしていた。
「まあまあ細かい事は気にしないで下さい。さあ、行きますよ!進一さん!」
そよは《ムラマサ》に乗り込むと、操縦席らしき場所に座った。
「おい、操縦方法わかるのか?」
「大丈夫ですよ!進一さんも早く電神出して下さいよー。模擬戦するんですから」
「あ、ああ……」
俺はそよのペースに流されるまま《ケンオー》を召喚した。
胴体から腕が二本生えたデザインのケンオーが顕現する。
「ぷ!進一さんの電神だってムラマサのこと悪く言えないデザインじゃないですか!やだもー」
ケンオーを見るなりそよが吹き出したので、俺は無言でそよを睨みつけた。
「まあ良いでしょう。さあ始めましょうか!」
「ああ。ところでルールはどうなってるんだ?どちらかが戦闘不能になったら負けか?」
「そうですね。厳密に言うとHPが無くなったり、電神が消滅したら負けです。それと、降参もありです」
「なるほどな。了解した」
俺はケンオーを動かし、ムラマサに向けて構えさせた。
「では、いざ尋常に勝負です!」
「行くぞ!」
俺はケンオーを走らせ、ムラマサに肉薄すると、そのまま殴りかかった。
だがムラマサはその攻撃を難なくかわし、逆にカウンターで蹴りを放ってきた。
「ぐッ!」
俺は咄嵯に防御したが、衝撃で後方に飛ばされた。
「なかなかやりますね進一さん!だけどまだまだです!」
ムラマサは追撃してくる。
俺はムラマサの突進を避け、今度はこちらの番だと言わんばかりにパンチを繰り出した。
しかしムラマサは俺の攻撃を避けるどころか、拳を脚で掴み取った。
「何だと!?」
「隙あり!」
「しまッ……!」
俺は背後から迫るムラマサの踵落としの一撃を食らい、前のめりに倒れた。
ムラマサはそのまま俺を踏みつけようと足を上げるが、俺は素早く上空へと回避し、ムラマサから距離を取った。
「あらら。その子飛べるんですね?いいなー」
そよが俺を見上げ何か言っている。
「やるじゃねえか」
俺はムラマサの動きを見て感心する。ムラマサは確かに強いが、それでも俺の操るケンオーよりは動きが遅い。
「次は俺の番だぜ!」
俺はムラマサに向かって走り出し、再び攻撃を試みた。
しかしムラマサは俺が近づく前に飛び上がり、空中で回転しながら俺に襲い掛かってきた。
俺はそれをブーストで避けようとしたが、その瞬間、ムラマサの背中から一本の太刀が飛び出し、ケンオーの肩を貫いた。ムラマサはその太刀を胴体に固定し横一文字に構える。
「ぐっ!」
「どうしました?もう終わりにしますか?」
ムラマサは着地した後、俺の方を向いて言った。
「まだだ!」
俺はムラマサの脇を通り抜けながら、腕のブレードでムラマサの脚部を斬りつけようとした。だがムラマサは俺の狙いを見抜き、その場でジャンプして俺の斬撃をかわした。
「逃すかよ!」
俺はムラマサを追いかけるようにブーストをかけた。
「残念ながら逃げませんよ!」
ムラマサはそう言って胴体の太刀を引き抜くと、それを投げつけてきた。
「うおッ!?」
俺は投げつけられた太刀をなんとか避ける事に成功した。
「危ねえだろうが!」
「ふふん。今のも避けれるなら大したものですね」
そよは余裕の笑みを浮かべている。
投げた太刀がブーメランのように戻ってきて、ムラマサはまたそれを胴体に装着した。
「さて、じゃあそろそろ決着をつけましょうか!」
「望むところだ!」
俺はケンオーにブーストをかけ、ムラマサとの距離を詰めようとするが、ムラマサは俺が接近する前に、俺に背を向けた状態で小刻みにブーストを吹かし、高速で移動し始めた。
「なに!?」
「電神戦での基本戦術の一つ、《ダッシュキャンセル移動》ですよ!」
ムラマサはあっという間に俺から離れて行った。
「くそ!待てこの野郎!」
俺はムラマサの後を追った。
ムラマサは俺を振り切るつもりなのか、加速を続けている。
「舐めるなよ!こっちだってブーストがあるんだよ!」
俺もブーストをかける。
「よし!追いついたぜ!」
ムラマサのすぐ後ろまで迫っている。このままタックルを決めれば……そう思った時、ムラマサは突然反転し、太刀を構えた。
「しまった!罠か!」
「進一さん、素直過ぎます!」
そよはニヤケ顔でムラマサをそのまま俺に体当たりさせてきた。
「ぐッ!」
俺はその衝撃でバランスを崩す。
ムラマサはその隙を狙って、俺に刀を突き立てて来た。
「やられるかよ!」
俺は体勢を立て直すと同時にムラマサ目掛けて
「《ケンオーナックル》!!」
俺はケンオーの拳を至近距離で射出した。
「《ムラマサブレード》!」
ムラマサも剣で応戦する。
二つの技はぶつかり合い、周囲に衝撃波が走った。
「うおおぉッ!」
「やああぁッ!」
お互いの拳と刃がぶつかる中、ムラマサの太刀がケンオーの拳ごと腕を切断する。
「まだまだァ!」
俺はもう一つの拳をムラマサにぶつけようとしたが、ムラマサはその攻撃も回避した。
「流石ですね進一さん!でも、そろそろ終わらせますよ!」
ムラマサは俺から距離を取ると、全身を発光させ始めた。
「まさか……《最終攻撃》か!」
「ご名答!これが私の電神、《ムラマサ》の真の力ですよ!」
太刀の刀身が紅く怪しく光を帯びていく。
「行きます!必殺!《求血妖刀祟斬》!!」
ムラマサの太刀が無数の赤い光刃を放つ。
それはどこか彼岸花を連想させた。
「まずい……!」
俺は咄嵯に回避行動を取った。だがムラマサの攻撃の方が早く、無数の紅い刃によって俺はケンオーの両腕を斬り落とされてしまった。
「ぐあッ!」
ケンオーは消滅し、俺は地面に倒れ込む。
「勝負あったようですね!」
そよは勝ち誇った顔で言った。
「くッ……」
「今日の特訓はここまで!ありがとうございました!」
電神から降りてきたそよはそう言うと深く頭を下げた。
「お、おう…」
俺は立ち上がり、服についた土を払った後、俺も礼をした。
「お前、まだまだ本気出していなかっただろう?」
俺は少し不満げに言った。
「え?そんなことないですよー。ちゃんと全力で戦いましたって」
「そうか?なんか最初の時より段々と動きが鈍くなった気がしたが」
「それは多分、進一さんが私の動きに慣れたからじゃないですかね?」
そよはそう言いながら俺の隣に腰掛けた。
「慣れた、か」
「はい。慣れたんです」
「なるほどな。そういうことにしておいてやる」
俺は一先ず納得したふりをしてベンチから立ち上がった。
手加減されたというのに、不思議と怒りはない。
こいつといると何故か心の中の靄が少し晴れていくような気持ちにさせられる…
「じゃあそろそろ帰るか」
「ですね」
そうは言ったが、そよが帰る気配がない。
「どうした?帰らないのか?」
「進一さんこそ、帰らないの?」
相変わらずヘラヘラした顔をしている。
「俺はこの寺で世話になっている。ここが俺の寝蔵だ」
「じゃあ私もここがいいです」
「は?」
「だから、ここで暮らしたいなって。ダメですか?」
「いや、ダメだろ。普通に考えて」
「なんで?」
「いや、なんでも何も…確かに俺はここで世話になっているが、あくまで一時的なものだ。それに、ここには俺の他にも住んでいる奴がいる。ここにいるのはみんな事情があってこの寺に身を寄せているんだ。そこにいきなり部外者が住み着いたら迷惑だろ?」
「私は部外者ではないです!それにこっちの世界では行くところありません…」
「いや、まあ、そりゃそうだけど」
「だったらいいでしょ!ね!?」
そよは目を輝かせながら俺の顔を見つめてくる。
「うっ……!」
「お願いします!」
そよは手を合わせて懇願してくる。
「わ、分かった。住職に聞いてみてやる…」
「やったー!」
そよは飛び跳ねて喜んでいる。
俺が当たり障りの無いように相談すると、住職はあっさりOKしてくれた。というか、むしろ歓迎していた。
そよの部屋が直ぐには用意出来ないからと、何故か俺と同室にされてしまった。
「おい、どういうことだこれは」
俺はそよを問い詰めた。
「何がですか?」
「何故俺と同じ部屋なんだ」
「だって、私の部屋ないって言ってました」
「それはそうだが、俺だって男だ、変な気を起こすかもしれないぞ」
「変な気って何ですか?」
そよは不思議そうな顔をする。
「…お前、わざと言ってないよな?」
「はい?なんのことです?」
こいつは本当に分かっていないようだ。
「……もういい。とにかく、何か間違いが起きても知らんからな!」
「大丈夫ですよ。進一さんは間違ったことが嫌いな人ですから」
そんな話しをしている内に、どちらからともなく眠りに落ちていった。
翌朝、目が覚めると隣には布団で眠るそよの姿があった。
「……ん?」
俺は一瞬、自分の状況を理解することが出来なかった。昨日、俺は確か、こいつに頼まれて……
「どうして俺はこいつと一緒に寝ていたんだ……?」
俺は必死で記憶を呼び起こす。そして、ようやく思い出した。
「…そうか。昨日からこいつはこの寺に住むようになったんだったな……」
俺はそよの顔を再び見た。するとそよは目を擦りながら起きた。
「ふぁ〜、おはようございます〜」
「ああ…」
そよはまだ眠たそうにしている。
「あれぇ〜……」
そよは俺の顔を見て首を傾げた。
「どうかしたか?」
「進一さん顔真っ赤ですけど?体調悪くないですかぁ?」
そう言われて初めて気付いた。俺の顔が熱いことに。
「……い、いや、なんでもない」
俺は慌てて否定し、そよから顔を逸らした。
「そうですか……なら良いですけどぉ」
そよは心配そうにしながら起き上がった。
「朝ごはん食べに行きましょう」
「あ、ああ…」
こうして、俺とそよの少しズレた同居生活が始まった。
【次回予告】
[そよ]
あ!初めまして、そよでーす!ブイブイ!
[進一]
おい、この話しは短編だからな、
次回予告なぞしたところで次があるかも分からんぞ!?
[そよ]
本編では私たちの仲ももう少し進んでるし
きっと続きありますよ!
次回!『超次元電神ダイタニア Data Files』!
Data04「進一とそよ②」
わーい!一度コレやってみたかったんだー!