[Data22:第九.五話「名前のさずけかた」]
※こちらは本編第九話中にあった、まひると四精霊たちの一場面になります。
突然みんなが、護衛の為明日の仕事に付いてきたいと言ってきた。
通信手段としてブレスレットや小物に変形して四精霊たちは付いてくると言っている。
あたしの身を案じてくれるのはありがたいのだが、正直なところ普段通りに出社したいところだった。
「付いてくるのは、まあ、別にいいけど、仕事は夕方までなのよ?飽きずに大人しくしてられる?」
あたしの言葉にウィンドが我一番に手を挙げる。
「はいはーい!大丈夫!ウィンド、まひるお姉ちゃんの会社行きたーい!」
その爛漫な笑顔にあたしは小さなため息を付いた。
「ふぅ、分かった。付いてきてもいいから」
「やったぁ!」
ウィンドは全身で喜んでいる。その姿を見てあたしも笑顔になる。
「でーも!大人しくしてるのよ!?休み前にやっちゃいたい仕事があるの」
「うん、分かってるってばぁ!ウィンド、ちゃんといい子にしてられるもん!」
「じゃあ一緒に行きましょ。明日はよろしくね、ウィンド!」
あたしとウィンドは顔を合わせるとお互いにウインクをした。
アース、マリン、ファイアを前にして、あたしの部屋ではそのような会話が繰り広げられていた。
「そんなことで、明日はウィンドと一緒に行こうと思うんだけど、みんなはいいかな?」
あたしは改めてみんなに確認をした。
「うん、僕はその次でも構わないよ」
「えー!?次は俺も行きたいぞ?」
「まあまあ、ここはジャンケンといこう」
マリン、ファイア、アースが各々に好き勝手なことを口にする。結局みんな付いて来たいのね?あはは…
「あのさ、もし僕たちの姿が他のプレイヤーやヒトに見付かった場合、アースやファイアって名前だと余計に悪目立ちすると思うんだけど。まひる?もし良ければ僕たちに地球での新しい名前をくれませんか?」
と、マリンが至極真面目な顔であたしに言った。
「新しい名前って……あなたたちに?うーん、そうねえ」
あたしは少しだけ考えて口を開いた。
「じゃあ、ウィンドは『風子』!」
何故だか場の空気が一瞬、氷のように冷たく固まったような気がした。
「…ウィンドが風の精霊だから、風子?」
ウィンドが何故か恐る恐るあたしに訊いてきた。
「いくらあたしが単純でもそんな安直な付け方しないわよ〜!」
((((え、ええ〜〜〜……?))))
あたしは四精霊を前に得意気に話し始める。
「風子ってのはね、ウィンドの見たまんま!子供は風の子って言ってね、いつも元気に飛び回っていて欲しいなって願いを込めたんだよ?」
あたしがそう言うと、何故かみんなの顔がパアッと明るくほぐれた気がした。
「風は常に一つの所には留まらず、変化してその先に向かうよね?だからウィンドのこれからの未来は常に新しい希望に満ちてて欲しいなって思うんだ!」
あたしが得意げに胸を張りそう言っていると、みんなは何故だか拍手をして大いに感動してくれた。
「まひるお姉ちゃん!ありがとう!」
「わあ。そう聞くと、風子、いい名前だね!」
「結構深くて、疑ってゴメンな…」
「確かに、ウィンドらしい素敵な名前です」
大はしゃぎする四精霊にあたしは少し困惑顔で応える。
(な、なに?あたし何か変な事言ったかな?)
ウィンドはその名前が気に入ってくれたようで満面の笑みだ。
「じゃあ次ッ!まひる様ッ!俺!俺はッ!?」
ファイアが身を乗り出してあたしに名前をねだる。
「ファイアは……ちょっと待って…『ほむら』、かな…」
「え、ほんとにちょっとしか待ってないぞ!?」
ファイアは困惑している。
「えーと、ファイアって日本語にすると炎って意味なのね?」
((((…それは知ってる……!))))
「炎を意味する言葉、文字も色々あって、ファイアに一番似合ってるのは『焔』って字だと思ったの」
一同があたしの話に段々と興味を持つのがその瞳の色から伝わる。
「焔って字は、なんか、兎に角格好いいの。正にファイアみたいにね!」
あたしがそういうとファイアは「えへへ、そうか?」と頭をかいて頬を紅くした。
「格好いいファイアは確かに好きよ?でもね、ファイアは女の子なんだからもう少し女の子らしい可愛らしさやお淑やかさもあってもいいと思うんだ」
あたしは笑顔でファイアたちに話していく。
みんなそれぞれ思うところがあるようで、頷いたり考え込んだりしている。
「『焔』って漢字より平仮名で『ほむら』って書いた方が可愛らしくて柔らかい感じするでしょ?ほら、あたしの名前も平仮名で『まひる』って書くじゃない?」
あたしがそこまで言ったところでファイアが食い気味に
「まひる様と同じッ!?」
と驚きの声を上げた。
「そ。それにね、『炎』の精霊だからってわけじゃないけど、炎みたいに情熱的に燃え盛り、輝いて生きて欲しいなって想いを込めてみたわ。どうかな?」
あたしがそう言うと、ファイアは暫くあたしを見つめていたかと思うと突然あたしに抱きついてきた。
「まひる様〜っ!嬉しいよ……俺、まひる様と契約して良かったよ〜っ!」
「わわっ!」
ファイアが泣き出したのを見てあたしはあたふたし、他の子たちは笑顔で見つめている。
「アース、次、僕いいかな?」
マリンがそわそわした様子でアースと何やら話している。
「ふふっ、どうぞ」
アースは大人の余裕でマリンに名付けの順番を譲ったようだ。マリンがパタパタとあたしの前まで仔犬のように小走りにやって来た。
「まひる?よろしくね?」
マリンが普段余り見せることのない満面の笑みをしている…正直可愛い。
目が線になり、もうニッコニコだ。
さすがのあたしも名付けることにそろそろ緊張感が湧いてきている。
だって期待の眼差しが眩し過ぎるんだもんッ!
「マリンは……『まり』!」
割と直ぐにその名前が浮かんだ。
「マリンと余り変わらないね?それで?どういう意味があるの!?」
マリンがグイグイと詰めてくる。
「そうね、『まり』には色んな素敵な字が思い浮かぶわ。マリンなら真実を追い求める『真理』、可愛らしい雰囲気の『茉莉』、どれも似合うと思うけど…」
あたしはそのまま続ける。
「あたしが一番マリンらしいと思うのは、万物の理と書いて『万理』……かな!」
「万理?」
マリンはきょとんとしている。
「そう!『万理』って字はね、博識ながらも常に新しい知識を追い求めるマリンにピッタリだなって!精霊ってよく“万物の理を知ってる”とか言うじゃない?知的好奇心旺盛なマリン?いかがかしら?」
あたしの言葉にマリンはどうやら深く考え込んでいる様子でその名を何度か呟いている。
「まり…万物の理を識ると書いて…万理……」
その長考にもしや気に入らなかったのではとあたしは不安になりマリンに聞き返した。
「あ!気に入らなかった!?」
するとマリンは真っ直ぐあたしに振り向いて目を見て言った。
「違うんだまひる!とっても!とっても素敵な名前だなって、噛み締めていたんだ……ありがとう、まひる」
マリンは今までにない満面の笑みであたしの手を握ってきた。
「マリン……良かったぁ、気に入ってくれて」
あたしは内心ホッとした。そして、何故か少し涙が出た。
「さあ、まひる様?あとは俺たちのリーダー、アースだけだぜ?とびっきりの名前を頼むよ!」
ファイアが何やら張り切っている気がする……お願いだからこれ以上プレッシャーをかけないで!
「う、うん!」
あたしは三人の声援に背中を押され、アースの前まで行く。すると、アースは突然正座を仕出して三つ指を着き頭を下げた。
「宜しくお願いします」
「えっ!?」
「またお名前を賜わることができることに心からの感謝を」
そう言ってまた頭を下げた。あたしは突然のことにどうしていいのか分からず、とりあえずは正座をする。そしてアースに苦笑しながらこう言った。
「えーと……アース?取り敢えず頭を上げて?あたしまで緊張しちゃうからさ」
するとアースはゆっくりと顔を上げあたしを見て微笑んだ。
あたしは相変わらず美人さんなアースの眩しい笑顔に思わず赤面し、咳払いを一つして話し始める。
「こほん。あー…アース?どうして自分の名前が、『グランド』とか『ソイル』じゃないか考えたことある?」
あたしの質問にアースはキョトンとし「?いいえ」と答える。
「それはね、女の子キャラにとってとても重要なことなんだけど…」
あたしの言葉にゴクリとアースが息を呑む。
「可愛くないのよ、グランドやソイルじゃ…!あたし、精霊って言うと何故か美少女のイメージしか湧かなかったの。初めて『ダイタニア』で精霊と契約する時、きっとこの子は美人さんで地を司る精霊だから色々スケールが大きいんだろうな…って想像したのね?」
あたしのその言葉にアースは少し頬を染め、視線を落とす。
「それで、実際に初めてアースと会って、あたしの想像は正しかったって思ったの!」
あたしの言葉にアースが顔を上げてこちらを見た。あたしは続ける。
「だってね、こんな真面目で仲間思いで、みんなのお姉さんみたいな素敵な女性だったんだもん!一目で嬉しくなっちゃった!」
アースの美しい瞳がキラキラと潤んでいる。
「アース、あなたの地球での名前は『球子』。あなたは玉のように綺麗で、みんなの中心となれる存在、つまり円心。あなたを中心にみんなが動くけど、あなたもまたみんなによって自転させられ成長していく。そんな、まさに地球のような素敵な女性であって欲しいな!」
「球……子……」
アースが美しい瞳に涙を溜めながら復唱する。
「だから、アース!あなたはこれから、地球を愛し愛される女の子になってね!」
あたしはそう言ってアースの涙を拭った。
「……はい、私の名は『球子』。ありがとうございます……まひる殿……!」
その整った顔に涙が美しく一筋の線を引く。
アースは突然あたしを抱きしめた。
「わっ!あ、アース!?」
「ありがとう……ございます……!」
あたしは驚きながらも、何故か涙が溢れてきて止まらなくなった。
(誰かに名前を授けるって、何だかとても、尊いことなんだ……きっと、生まれて来て、家族から初めてもらうプレゼントなんだろうな…)
そんなことを思うと熱いものが胸の奥から込み上げてきて、余計に涙が止められなくなった。
そんなあたしたちをファイアたちは優しく見守ってくれていた。
(あたし……このゲームやってて良かったな。みんなに出会えて良かった。もっと、みんなと一緒にいたいな……)
『ダイタニア』の異変から始まり、出会ってまだ日の浅いあたしたちは、この日を境に少しずつ変化していくことになる。
お互いに姉妹になり、家族と言えるような絆が生まれるまでに、それ程時間は要さなかった。