3 魔法使いの瞳
ミラベル姫とチッチは、目を疑った。
窓の外に、見知らぬ少年がホウキに乗って浮かんでいたのだ。
風に吹かれておぼつかない飛行をしながら、満面の笑みでこちらに手を差し伸べていた。
「お姫様! 助けに来ました!」
「きゃーっ!?」
ミラベル姫が驚きのあまり悲鳴を上げると、少年は慌てて弁解した。
「驚かないで! 僕は駆け出しの魔法使いです! あなたが悪い魔法使いに囚われていると噂を聞いて、下界から飛んできたのです!」
ミラベル姫とチッチは絶句した。
こんな高さを飛ぶとは、なんて命知らずだろうか。
我に返ったミラベル姫は、もう一度叫んだ。
「逃げてーー!!」
ホウキに乗った少年はその意味がわからなかったが、ミラベル姫の警告の声と同時に、姫の呪われた左右の髪が猛然と、窓の外へ牙を向いた。
「うわー!?」
髪は少年の身体を貫こうと空中を追いかけ回し、その勢いはミラベル姫が髪を押さえようとも、止まらない。少年はとうとうホウキから放り出されて、天空から下界へ落下していった。
「ああ! なんてこと!!」
ミラベル姫は泣き顔で窓辺に駆け寄り、下界を見下ろした。
すると数メートル下に、少年が這いつくばっていた。
空に浮かぶ絨毯が、少年と、出かけたはずのカミーユを乗せていた。カミーユは呆れて少年を見下ろしている。
「まったく……無謀な事を」
ミラベル姫は安堵で腰が抜けて窓枠にすがり、チッチを震える手で抱き寄せた。さっきまで獣のような襲撃をかけていた左右の髪も、カミーユを前に大人しく、姫のもとに戻った。
少年は恐怖と衝撃で怯えながら、カミーユを見上げた。
「わ、悪い魔法使いめ! ひ、姫様を攫ったのは、お前だな!?」
腰が引けながらの正義漢に、カミーユは無表情で答えた。
「私は王に依頼されて姫を護っている魔法使いだ。姫の髪は黒い森の魔女が作った呪いの果実によって、人間の命を取り込む怪物となった。その呪いを解くために、私は彼方此方で方法を探している」
「じゃ、じゃあ、何故、お前はあの髪に襲われないんだ!?」
「呪われた髪は賢く、自分よりも弱い者しか襲わないのだ。駆け出しの少年よ」
少年はグッと唇を噛んで、下を向いた。
カミーユは上を向いて、ミラベル姫の顔を見た。
ミラベル姫はふと、カミーユの瞳の違和感に気づいた。
「あれ? カミーユの瞳の色が……」
片目だけ青色のオッドアイのはずが、両目とも銀色だった。
するとミラベル姫が抱いていた青い鳥のチッチが手からすり抜けて、カミーユの元へ飛んでいった。チッチはカミーユの頭上で消えて、カミーユの片目に青色が戻っていた。
「え……ええ!?」
ミラベル姫が困惑している間に、カミーユは絨毯を下降させて、少年を下界に帰しに行った。
チッチが、カミーユの青い目で……
チッチはカミーユ!?
ミラベル姫の顔は爆発しそうに真っ赤になった。
これまで唯一の友達として、どれだけチッチにカミーユへの恋心を打ち明けた事か。
それだけじゃない。沢山キスをしたし、みっともない姿や、失敗したケーキも見せたし……素の自分を曝け出していた。
カミーユが下界から窓辺に戻ると、ミラベル姫は悶絶しながら、地面を転がりまくっていた。
「ミラベル姫。お怪我は?」
「な、無いけども……! うあぁ~っ」
カミーユは平然と部屋に入り、ミラベル姫の元に跪くと、丁寧に怪我の有無を確認している。
「カミーユ、ひどいわ! 私を騙していたのね?」
「私の片目はもうひとつの意識として、自分から切り離すことができる。万全に塔を見守るためだ。今日も鳥の目から事態を把握して、出先から戻ってきた」
「だ、だからって、チッチは友達だと思ってたのに!」
「ミラベル姫が孤独にならないよう、会話ができる友が必要だと思って」
カミーユの無表情なオッドアイには、チッチへの親しみと、カミーユへの恋心が入り混じって、ミラベル姫は混乱するようにのぼせ上がっていた。
そんな中、室内に焦げ臭い煙が充満した。
「あーっ! ケーキ!!」
釜戸に入れたままだったケーキは狼煙を上げて、真っ黒に焦げていた。
「ああ~……」
ミラベル姫は落胆と恥の上塗りに開き直って、黒焦げのケーキを手に、カミーユの前に立った。
「あなたが、私に余計な情が湧かないようにずっと素気なく接していたのはわかっていたわ」
「すまない。立場上こうするしか……」
カミーユの言葉を遮って、ミラベル姫は続ける。
「今日が何の日か、知ってる!?」
「勿論。姫の誕生日だ」
「私、16歳になったの。だから、今日あなたにプロポーズする予定だったのよ。プレゼントのケーキは……焦げちゃったけど」
カミーユは驚いて目を見開いている。
「私、本当は呪いなんて解けなくていいの。ここでずっと、カミーユと一緒に暮らしたい。それが私の望みよ」
精一杯の勇気を出した赤面の告白と裏腹に、髪は両サイドから腕のようにカミーユを掴み、力強く、ミラベル姫の元に抱きとめていた。
急激に近づいた距離にパニックになる姫の、両手の上にある焦げたケーキをカミーユはひと欠片取って、口に含んだ。
「ふふ……焦げた瓦礫のようだ」
美麗な苦笑いに見惚れている姫の目前で、カミーユが翳した右手から、手品のようにネックレスが現れた。そしてそっと、ミラベル姫の首もとに手を差し入れた。
直近のオッドアイに姫はドキドキと鼓動が跳ねて、焦げたケーキを支えているのが精一杯だった。
「ミラベル姫。誕生日おめでとう」
カミーユはミラベル姫の首にネックレスを付けて、自身の片目と同じ色の青い宝石に指で触れた。
「壊れてしまった王家の首飾りの代わりに。悪い虫を避けるおまじないだ」
カミーユが優しく微笑んだのを見たミラベル姫は、チッチの愛らしさと重なったように感じた。
カミーユがグラつくケーキを片手で取り上げるのと、ミラベル姫の髪がカミーユをさらに引き寄せるのは同時だった。完全に密着した甘い抱擁の中で、カミーユの意外に逞しい胸や優しい温度に眩暈を感じながら、ミラベル姫はずっと企んでいた告白を口にした。
「カミーユ。あなたが好き……」
雲の上の天空の塔には下界の者が誰も知らない、魔法使いとお姫様の甘い甘い愛のお伽噺があった。
おしまい
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