1 黒い果実の呪い
激しい雨の夜。
落雷に遭った馬車が崖から転落し、お姫様はたった一人で黒い森に放り出された。
従者も靴も無くしたお姫様は、裸足で何日も森の中を彷徨った。
「寒い、怖い。お腹がすいた……」
弱りきった泥だらけの手で、胸にある首飾りに触れる。王家に伝わる護身のお守りだが、飢えは癒してくれない。
真っ暗な森の奥深くを進むと、僅かに青い灯りが見えた。
「誰か……違う。人じゃない。樹だわ」
発光する奇妙な樹には、黒い実が爛々と成り、まるで息吹くように揺れていた。
お姫様は吸い寄せられるように近づくと、黒い実を一つ、もぎ取った。これはきっと不吉な果実に違いない。だけど……。
ごくり。飢えた喉が鳴る。
お姫様は堪えきれずに噛り付き、貪るようにその実を食べてしまった。死に至る毒だと身体が悟った時、胸の首飾りが砕け散り、お姫様は意識を失って崩れ落ちた。
護身の首飾りが身代わりとなって死は免れたものの、お姫様の美しい金色の髪は呪いに染まってしまった。
呪われた者はもう、お城に帰ることを許されない。
しばらくすると、町では噂が広まった。
呪われたお姫様は悪い魔法使いに囚われて、雲より高い塔に閉じ込められたと。扉も階段も無い難攻不落の魔法の塔には、絶世の美女が助けを待っている……騎士や勇者が我こそはと塔によじ登ったが、誰ひとり、攻略できる者はいなかったという。
それから二年が経ち、人々が噂を忘れた頃、お姫様は……。