エピソード20
「では、クロエ嬢行こうか?」
「···はい。」
「···クロエっ!!」
「···!?」
アイルの口から飛び出た
懐かしい名の呼び方に、思わず息を呑んだが
すぐ除名のことを思い出して納得した。
『そうか···私はもう
義姉でもクロエ・ジェラートでもないんだわ···』
「···はい。アイル···様?」
ならば···、と添えられた敬称に
アイルの方がクロエより動揺していた。
「···公爵家にもこの国にもお前は不要な人間だ。
しかし、元公爵家の人間に
みすぼらしい姿で他国へ行かれては
公爵家の名に傷がつく。
···これは元義弟としての施しだ
ハーツの言うとおり、旅支度にでも充てろ。」
目の前には、押し付けるよう差し出された袋。
中身が何かわからないほど鈍くはない。
『こんなに沢山のお金···』
ハーツは何処とは明言しなかったが
恐らくガイル帝国に連れて行ってくれるのだろう。
旅支度と旅費、当座の生活費について
クロエは密かに悩んでいたのだ。
貴族令嬢として育ち、学園生活を終えたばかり。
公爵令嬢として得た個人資産も動かせない。
すぐ働き口を見つけても、生活基盤である
衣食住すらままならないであろう。
だから、母の遺品を相続しようとしたのだ。
もちろん母の残してくれた大切なもの。
できれば手放したくはないが
いざとなれば換金もやむなしと思っていた。
「アイル···様、本当にありがとうございます。
大切に···大切に使わせていただきます。」
ハーツとアイルのやり取りを手本に
言葉からは見えない本心を探し
自身にとびきりの愛情を注いでくれた義弟ならば
きっと間違いないはずと、素直に感謝した。
『私のこれからを心配してくれたのよね···アイル?』
「私がレディーに出させると思った?
あぁ、そういうことか···
本当に君は独占欲の塊だね?
ある意味、尊敬に値するよ!」
「ふんっ!
さっさとその女を連れて立ち去れ
この場には相応しくない!」
「はいはい。
こんな何が起こるかわからない危ない場所は
さっさと退散しますね!
アイル···気を抜かないようにね?」
来た時と同じよう、ハーツにエスコートされ
未だ騒然としている会場を後にする。
扉をくぐれば、絶望にうずくまっていた広場。
つい先刻のことなのに、酷く昔に感じる。
時間にすれば数刻の間に起こった出来事。
しかし、心には数年では癒されないほどの
負担がかかったのだから当然だ。
ハーツに手を引かれるまま広場を抜けると
主人を待つ馬車がずらりと並んでいる。
その中で、一際洗練された美しさを放つ馬車から
1人の男性が飛び出してきた。
「ハーツ様っ!!
あ、ジェラート公爵令嬢とご一緒でしたか!
大変失礼いたしました!
少しよろしいでしょうか?」
クロエから距離を取って話し合う2人。
遠目でもハーツの侍従は慌てふためいていた。
留学生は基本、学園寮へ入る。
付き添えるのは使用人ただ1人のため
なんでもこなせる万能な人間が選ばれる。
ハーツの侍従であるルイズも
次期宰相候補と呼び声高い優秀な令息。
慌てる様子から、余程のことなのは想像に硬い。
『《迷いの愛し子》のこと?
それとも···私の婚約破棄や貴族社会からの追放に
ハーツ様が関わってしまったこと?』
「おまたせ、クロエ嬢!
さぁ、お手をどうぞ?」
クロエの心配など、全く気にした様子もなく
ハーツは嬉々とエスコートを申し出る。
支えられ入った馬車は、公爵家の物より数段優れていた。
『ガイル帝国の技術力は、すでにアース国を凌駕している···』
《迷いの愛し子》から得た知識の恩恵により
長きに渡り、一強であったアース国。
しかし、近年は革新と言えるほどの変化がなく
他国との格差がなくなるどころか
あらゆる面で衰退の一途をたどっていたのだ。
数年から数百年に1度、現れるか現れないかの
《迷いの愛し子》頼みでは無理もないことで
ロベルトもそのことに危機感を持っていた。
国力の衰えに、一抹の不安がよぎり
自分にはもう関係ないことと払拭を試みるが
生まれてからずっと過ごしてきた国
同じ時を共有した人々を思うと
とても拭い去れるものではなかった···
クロエは不安な気持ちのまま
馬車の窓から遠く小さくなっていく学び舎に
心の中で別れを告げた。
パーティーがやっと終わりましたー!
でも結局この人たち
パーティー全然楽しめなかったですね!
せめてクロエとハーツ
ついでにアイルが出て行ってから
ナオコ様ウェーイ!な感じていいんで
楽しんで欲しいですね!