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Distant eyes  作者: 山田サンタ(hideaway)
28/29

28話Gymnopédie No.1

 手紙の消印は金沢中央であった。

便箋には少ない文字が綴られていた。


 晋一郎さん、ごめんなさい。何も言わずに家を出たこと許して下さい。

私の中では想像もしていなかった事実を知り、自分のした事への後悔と

晋一郎さんへの詫びる気持ちで、そこに帰ることができませんでした。

そして一度は死を決意し福井県へ行きました。でも、お腹の子供が

許してくれませんでした。悲しいですね、自分の意思とは関係なく

子供は元気に育ってるんですもの。

あなたのことを愛してます。でも今、貴方と一緒に居る事は出来ない。

子供はひとりで育てるつもりです。貴方がその気になれば私を見つける事は

簡単でしょう?でもお願いだから捜さないでください。

バカな女だったと忘れて下さい。

子供が大きくなった頃、きっと会えると思います。

それまでどうか捜さないでください。


                                   上田香

                                         

全身から力が抜けてゆくのを感じていた。

まず香が生きていてくれた事への感謝と、捜さないで欲しいと書いた香の思い。

自分がどう行動すればよいのか、まったく分からなかった。

熱っぽい身体をやっとの思いでソファーまで運んだ。

疲れきっていた・・・・

私は夢を見ていた。

香が断崖にいた。私は叫んでいた。しかし声は香には

届いていなかった。近づこうとしても身体は動かなかった・・・・・

2時間ぐらい眠っていたであろうか、寒気を感じて目が覚めた。

体温を測ってみると39度程あった。ベッドに横になりながらその広さを感じていた。

香と一緒に住む前はそんなことを感じた事は無かったが、こうやって一人でいると

無駄に広く寒々しい。

翌日も熱はひいていなかった。簡単な食事を済ませソファに座ってテレビをつけると

相変わらず芸能人の大麻所持を報道していた。そのままボーっと画面を眺めていた。

その時携帯電話が鳴る音がした。池田弘子だった。電話に出ると今、近くまで来ているので

よりたいと言うことだった。

10分ほどしてエントランスでチャイムが鳴った。モニターには弘子が映っていた。

オートロックを解除すると暫らくして玄関のチャイムが鳴った。

「やあ、いらっしゃい。どうぞ入って・・・」そう言ってリビングに案内しようとして

私は床に倒れてしまった。記憶はそこまでである。

何時間経ったのだろうか、私は寝室のベッドで目が覚めた。頭には氷枕が敷いてあった。

「神田さん、凄い熱じゃないの・・・香さんはどうしたの?仕事?・・・こんな病人

を一人にして行くなんて・・・」

「すいませんでした。昨日からちょっと調子悪くて・・・・香は旅行に行ってるんですよ」

「そうだったの、リビングの高木が描いた絵見たわ・・・きれいね。ちょっとヤキモチ

焼けちゃうわ。私ねフランスに留学しようと思うの。それで今日はお別れに来たのよ。

高木が少しお金を残していてくれたの。随分後になって手紙が届いたわ・・・・

カードと暗証番号だけ。メッセージは無しよ。どう思う?神田さん」

そう言って笑い出した。確かに高木らしい。しかし、いい所があると感心していた。

「いくら入ってったの?下世話だけど気になってね」私がそう言うと、弘子は指を

3本立てた。「300万?」私が言うと首を横に振った。

「3000万入っていたわ」少し驚いた。高木はちゃんと弘子の将来も考えて

いたのだった。

「ねえ、ご飯食べたの?作ったげる・・」そう言うと弘子は寝室を出て行った。

私は高木のことを考えていた。彼は癌に侵されていた。そして最後の瞬間に

愛する人に巡り合い、自分の子孫を残した。香はその子供を自分一人で育てると言った。

それは私の子としてではなく高木の子供として育てる、という事なのだろうか?

高木の絵を私は理解したつもりでいた。しかし本当にそうだったのか?

最後に描いた香の肖像画からはあふれるほどの優しさと、愛が感じられた。

それは高木が言うような嫉妬などではなかった。

そう考えていると涙があふれてきた。とめどなく流れる涙を止めることが出来なかった。

「お待ちどうさま・・・」そう言って弘子が入ってきた。

「どうしたの?どこか痛いの?」泣いていたため目が充血していたのであろう。

「泣いてた・・・・・の?香さんと何かあったんじゃない?」そう言って

サイドテーブルに食事を置いてくれた。中華風のおかゆだった。

「ありがとう。ご馳走になるよ」今日も食事らしい食事をしていなかったせいか

少し腹が減っていた。弘子の粥は美味かった。

「神田さん、香と喧嘩したんでしょ。なんとなく分かるわ。それで出て行っちゃったんだ」

何も知らずに弘子は楽しそうに笑った。

「さっきね、料理していて気がついたの。香さん居ないんじゃないかって・・・」

「香は金沢に居るらしい・・少し時間が必要なんだ。僕たちには・・・」

「らしい・・・・って、居場所もわかんないって事?どうして・・・あんなに仲良かった

のに・・・」私はあえて説明はしなかった。二人の間に沈黙だけが続いた。

弘子はもう遅いから帰ると言って部屋を出た。私が玄関まで送っていくと不意に

キスをしてきた。振りほどく気力もなかった。

「元気出してよ。きっと帰ってくるわ。そうでなかったら私が神田さんの事もらっちゃう」

そう言って舌を出しドアを開け出て行った。

少し冷たい空気が入ってきた・・・・・・

香への想いからまた涙が出てきた。




Gymnopédie No.1

   Erik Satie

   http://www.youtube.com/watch?v=S-Xm7s9eGxU


いよいよクライマックスへ

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