25話THE MESSIAH WILL COME AGAIN
病院に着替えなどを持って行くと弘子は目を覚ましていた。
「弘子さんごめんなさい・・・・」香が泣きながらベッドに近づいた。
「私こそどうかしていたの・・・・何であんなことしたのか分からない・・・・」
弘子もまた涙を流していた。高木はずっと弘子の手を握り締め、彼女の頭を撫でていた。
高木の創作意欲を取り戻してやりたい、そう思った弘子の行動が結果的に今回の事態の
発端であった。彼女は彼女なりに、自分の中で納得していたはずであった。しかし
人間の感情というものは、そんな簡単に支配できるものではなかった。彼女のとった行為は
自分への報復だったに違いなかった。高木が弘子を愛しているのは痛いほど分かる。
この二人は今後もやっていけるだろう。私はその時そう思った。
それに引き換え私たち2人はどうだ?こんな不安定な状態でこの先もやって行けるのか?
香を愛する気持ちに変わりは無い。香もそうだろう。だが、一度味わってしまった甘美な
世界を放棄できるのか?それよりも益々エスカレートして行きはしないだろうか?
エスカレートして行ったその先にあるものは・・・・・・・
病院を9時ごろ出た2人は中軽井沢にあるレストランで遅い夕食を摂る事にした。
「明日はここに泊まってあさっての朝帰ろう。彼の作品は結局完成させられなかったね?」
私がそう言うと、香は首を振りながら言った。
「結局、絵なんてどっちでも良かったのかもしれない。私は自分から進んで高木さんの
モデルになる事によって、快楽を得たかっただけのような気がする」
「何よりも・・・そう望んだのは僕なんだ。こうなる事はきっと分かっていたんだ
それでも美しく淫靡になってゆく香を見ていたかった。それを望んでいた・・・」
「私たち、これからどうなるのかしら?」香が言おうとする事は理解できた。
「僕に言えるのは、どんな事が起こっても君を放さないという事だよ・・・・」
その日の夜は結局一睡もせずに二人は愛し合った。
昼の出来事を思い出しては香を抱き、果ててはまた思い出す。
二人とも現実の世界には存在していないような感覚であった。
翌日は2時ごろまでベッドでまどろんでいて、遅い昼食を摂ったのは3時過ぎであった。
それから病院に見舞いに行き、明日の朝帰ることを告げた。
高木も絵への執着は無いようであった。それよりも目の前に居る弘子の事が
よほど大切だったのだろう。
自宅に戻ってからの二人の生活は一見以前となんら変わり無いように見えた。
私自身香に対して高木との事を聞いたことも無ければ、香も何も話さなかった。
9月に入り香の職場も少し慌ただしさが無くなり、休日も取れるようになってきていた。
そんな日は2人で近場の温泉に出かけたり、ショッピングをしたりしていた。
ジャズクラブにも何度か行ったが、高木らとは一度も会うことは無かった。
10月に入って二度目にクオータに行ったのはお気に入りのバンドfunky-dogの出演日
だった。その日もメンバーが私たちのテーブルで、演奏が終わってからも話していた。
「ところでさー、カンちゃん知ってる?・・・ほら、画家の高木さん。亡くなった
らしいよ・・・」ベースのマサさんの言葉に二人は絶句した。
「それがさ、僕の友人に画商がいてね。そいつからの情報なんだけど・・・どうも
高木さん、自殺したんじゃないかって。そういえば最近見ないから変だとは思ったんだよね」
香が震えているのが伝わってきた。私自身もその後どうやって高木の家に着いたのか
記憶が無かった。高木の家は真っ暗だった。人の居る気配は無い。
「こっちには戻ってこなかったのか?何だってそんなこと!」
「私のせいだわ・・・・私が悪いんだ・・・」香が崩れ落ちた。
暫らくして門燈の明かりが燈り中から弘子が出てきた。
顔はやつれ、髪の毛も乱れており足取りはフラフラとしていた。
「弘子さん、何があったの?」香の言葉にやっと気づいたように言った。
「よく来て下さいました。高木もきっと喜ぶと思います。・・・・どうぞ入って」
家の中に入ると空気が重かった。ずっと窓を開けていないためか湿気を帯びた匂いが
した。そこには高木の遺影と蝋燭があるだけだった。部屋の照明をつけるとテーブルや
棚は、ほこりが溜まっていた。
「あの人・・・あの日からずっと優しかったわ。毎日私とずっと一緒で・・・
あれから、絵は一度も描かなかったけど、私はすごく幸せだった。でもそれはきっと
こうする事を決めていたから。前から言ってたのよ。絵が描けないくらいなら
死んだほうがましだって・・・・だからわたし・・・香さんを呼んだのに」
そう言いながらしゃくり上げる様に泣いていた。もう涙は枯れ果てているのか
頬を僅かに濡らすだけであった。高木は9月に入ってまたノイローゼ気味に
なっていたらしい。そして9月24日早朝にアトリエで首を吊ったのである。
弘子が発見したのはその日の昼前だったらしい。遺書は見当たらなかったという。
弘子とは籍が入っていないため、近く身内の者が財産など、弁護士を頼んで分けるらしい。
ただ、弘子は一切の権利を放棄していた。
高木の家を訪れて以来、私は自分の身体にある変化が起こっていることを感じていた。
それは高木と同じ症状であった。一度病院にも出向いたが精神的なショックによる
ものであるから、時間をかけて治しましょうという事だった。
それでも香との仲は何も変わらず。生活も幸せな日々が続いていた。
そんなある日郵便受けに目を疑うような封筒が入っているのを発見した。
それは高木からの手紙であった・・・・・・
THE MESSIAH WILL COME AGAIN(メシアが再び)
ROY BUCHANAN
http://www.youtube.com/watch?v=deeBQZ8Aklc&feature=related
最愛のギタリストロイ・ブキャナンに捧ぐ