23話Black magic woman
池田弘子の上気した表情は、明らかに今エクスタシーを感じているのだろう事を感じ
取れるものであった。信じられなかった。他人の目の前でこのような状態に陥るなどと
いうことがあるのかと。しかも直接的な身体への刺激ではなく脳内で自己完結するような
自慰行為なのである。
「香も同じような感覚を受けてるとしたら・・・・君は嫉妬したりしないのか?」
私が最も知りたい部分である。あの日以来・・・初めて香が絵を描いてもらった時から
ずっと嫉妬が心を支配していた。普通それは自分に無いものを他人が所有している時に
感ずるものであるが、高木が香の心を奪っていくのではないか?という不安からであった。
だが、香の愛情が益々強くなってゆくのを感じた時、その嫉妬心は私の快楽へ変わって
いった。それは直接香と触れ合う事によって生まれた感情である。弘子が同じように
感ずる事ができるのであろうか?
「嫉妬?そんなもの感じていないわ。むしろ高木と同じ気持ちになっているの・・・・
貴方に理解できるかしら?高木が何故彼女を描きたいのか。それは貴方に愛されているから
なのよ。私も同じような感覚を彼と共有しているの」弘子はそういいながら氷の解けた
グラスに唇を近づけた。その時扉を開ける音がして香が部屋に入ってきた。
「おつかれ」私のかけた言葉に小さく微笑んだその顔には、先ほど弘子が見せた表情と
同じものが感じられた。
その夜の香はいつに無く激しく私を求めてきた。そのあふれる愛情で気が遠くなるような
感覚を体験することができた。
「弘子さんが言ってたが、君も絵を描かれながらエクスタシーを感じているのか?」
「だったら嫌いになる?」耳元でささやく香を今度は私が激しく求めていた。
翌日は昼食の後から香と高木はアトリエに入っていた。天気も良かったので私と弘子は
散歩がてらセゾン現代美術館に足を運ぶ事にした。Tシャツにジーンズというラフな
服装にもかかわらず一緒に歩く弘子はまさにモデルであった。すれ違うカップルも
思わず振り返るその均整の取れたスタイルは、一緒に歩くのを躊躇わせるほど
完璧だった。172cmの私には及ばないものの167~8cmはあるだろうか。
少しウエーブをかけた肩にかかる髪はナチュラルブラウンに染めてあった。
「君はどうして高木と一緒に居るんだい?いくらでも声を掛けられるだろう」
「そうね、でも私に声をかけてくる男は貪欲そうな成金趣味ばかり。愛人にでも
したいんじゃないかしら?」そう言って声を上げて笑った。
「多分君が美しすぎるのが原因だろう。同世代の子が声をかけるのを躊躇するのは
分かる気がする」
「あら?神田さんに褒めていただけるなんて・・・私には興味が無いのかと思ってたわ」
そう言うと私の腕に腕を絡めてきた。まあ腕くらいならいいか・・・そんな軽い気持ち
だった。
現代美術館は彫刻なども展示されていて結構楽しめた。敷地内には数々の
オブジェが飾られ都会の美術館とは趣が違っていた。どの作品の前に立っても
弘子は様になっていた。まるで始めからそこに居たかのように溶け込んでいる。
彼女を高木が手放さない理由はこの美しさではないかとその時思った。
「神田さん、また歌が歌いたくなってきたの。帰って一緒に遊ばない?」
私も先ほどからオブジェを見ながらハミングをしている弘子の歌を聴きたいと
思っていたところだった。別荘に戻りリビングルームに入ると私は一瞬自分の耳を
疑った。香の喘ぐ声が聞こえたのである。全身から力が抜けると共に冷や汗が噴出して
来るのがわかった。身体はまるで金縛りにあったように硬直し次に何をするべきかも
分からなくなっいた。しかし弘子は違っていた。彼女はその声を聞くやアトリエに
向かって歩き出した。そして鍵のかかっていない扉を思いっきり開け中に入っていった。
少しの時間・・・・私にとっては何時間にも感じたが、弘子がふらふらと現れた。
「出て行って。・・・・・・あの女を連れて出て行って!」そう言うと、その場に
崩れるようにしゃがみ込んだ。その言葉で正気を取り戻し急いでアトリエに向かった。
そこには全裸の香と下半身をむき出しにした高木が放心状態で立っていた。
black magic woman
santana
http://www.youtube.com/watch?v=ah-yrleNFb0&feature=fvw