21話MEDITERRANIAN SUNDANCE
翌日、四人で旧軽井沢のレストランにランチを食べに行く事にした。
香は初めて見る軽井沢の雰囲気に興奮気味で、雑貨店やみやげ物屋などを興味ありげに
眺めていた。
高木に案内されたレストランは、メイン通りから一本入った道沿いのフレンチだった。
高級フレンチではなく、肩肘はらずに楽しめる気軽なビストロという感じである。
アミューズに出た砂肝のコンフィやメインの羊肉のローストは結構旨かった。
「それじゃあ食事が終わったら別行動にしましょう。私たちは適当に帰りますから
ゆっくり軽井沢を楽しんでください。夕食は7時頃からでいいですか?」
高木がそう言ったので香と一緒に街をぶらつく事にした。
旧軽井沢銀座を歩いていると銀製品のアクセサリーを作ってる店があった。
手作りで色々作ってくれるという事だったので香のブレスレットを注文した。
「ねえ、お揃いで作らない?二人の名前を入れてもらって」
携帯電話を持つようになってから腕時計もはめなかったが、折角なので記念に作る事にした。
夕方には出来るということだったので、観光スポットなどを観て廻った。
香が夕食の手伝いをしたいといったので、ワインやオードブルなどを買って少し早めに
帰る事にした。途中の店で揃いで部屋着も買ったので戻るとすぐそれに着替えた。
「あら、二人ともお揃いで、似合ってるじゃない?・・・あら、ブレスレットまで?」
弘子が楽しそうに話しかけてきた。昨日よりずっと明るくなっているのを見て少し
安心していた。今夜は弘子お手製の肉料理とパエリアを作るようだ。香も野菜を切ったり
仲良く手伝っている。案外この二人は気が合うのかもしれない。
高木はアトリエに篭って何か作業をしているらしかった。
少し暇になったので自宅から持ってきたギターを弾いていた。
バンドは辞めたとはいえ趣味としてのギターは時々弾いていた。主にジャズだが
海辺に遊びに行ったときなどはボサノバを好んで弾いた。この日は夕食にパエリアが
出るといっていたのでスパニッシュ系のフレーズを演奏していると、弘子がキッチンから
顔を出した。
「知ってますその曲・・・・・えっとメディテラニアン・サンダンスでしたっけ?」
「へー、こんな曲知ってるんだ?意外だね。」
「私、少しだけ音楽の世界を目指した事があったの。ボーカルだけど・・・・」
「それなら後で歌ってみない?伴奏するよ。ジャンルは何?」
「ボサノバが好きだけど・・・・少し恥ずかしいな。ずっと歌ってなかったから」
私は少しほっとしていた。美しい娘だがどこか翳りを感じさせる弘子がそんな
過去を持っており、青春を謳歌していた頃があったのだ。初めて会った時から
どこか周りを寄せ付けない雰囲気があり、この軽井沢に来た時もまるで病気にでも
かかっているのでは?と思ったほどだった。しかしこの2日間で顔色はもとより
香と話している間もよく笑い声を耳にするようになっていた。
思えば高木が香に興味を持っているのだから、この別荘の中で浮いた存在に
なりかねなかった。普通の神経なら持たないはずである。
せめて香がモデルになっている間は、音楽によって気を紛らわす事ができれば・・・
私は単純にそう考えていた。それが後で大変な事件になるなど、その時はまったく
予想もしていなかった。
MEDITERRANIAN SUNDANCE
AL DImeola . Paco De Lucia
http://www.youtube.com/watch?v=nm7VIwMEmPQ