16話SUNNY
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帰りのタクシーの中で香はグッタリとしていた。それがワインのせいで無い事は
私にもわかっている。
「高木さんって凄く不思議な人・・・・・」香は何か思い出すように遠くを眺めていた。
その夜は中々寝付けなかった。池田浩子の艶かしい唇や指先がずっと頭から離れない。
2時頃まで眠れずリビングに行きビールを飲んでいると香が起きてきた。
「どうしたの? 眠れない?」冷蔵庫から缶ビールを出し私の隣に座った。
「今日は何だか凄く疲れたわ・・・・あのソファーに座っているとあの人に裸に
されているような気がしてきて・・・・」そう言いながら私にもたれ掛ってきた。
「すばらしい絵だった。それに・・・描いてもらった後の君が美しくなっているのには
正直驚いたよ」香は少し戸惑ったような表情をしている。
「私ね・・・絵を描いてもらいながら濡れていたの。自分でも何故そうなったのか
分からないけど、あの人が私の中に入ってきているような錯覚に囚われていたの」
あの時感じていた不安な気持ちは多分これだったのだろう。
香の表情の変化はエクスタシーを感じた後の穏やかな表情だったのかもしれない。
あの場所で高木が体験している嫉妬のような興奮を、実は私が体感させられていたのかも
しれないとあらためて気づかされた。
私はその時、自分の身体が制御できないほど熱くなってくるのを感じた。
香を征服したい。独占し自分だけのために心を開かせたい・・・・
その夜は自分でも信じられないほど欲情していた。
翌日、昼過ぎまで眠ってしまいベッドルームを出ると朝食の用意と手紙が置いて
あった。
**予約してあるので美容室に行ってきます。帰りにスーパーに行くので迎えに来てね**
そう書いてある。
だるい身体を引きずる様にソファーに倒れこみ、テレビのスイッチを入れた。
報道番組が女性タレントの覚せい剤使用について特集を組んでいるようだ。
何気なく画面を見ながら短い眠りに落ちていた。
夢を見た。場所はあのアトリエだ。
私は弘子を抱いており高木がそれを見ている。
場面が変わり私はアトリエの階段に立っていた。高木が女を抱いている。
上になって激しく動く女の背中が見える。白い透き通るような背中が美しい。
その背中に触れたくなり近づいてゆく、と・・・・・女の顔は香だった。
背中にびっしょり汗をかき目が覚めた。そのままフラフラとバスルームに行き
冷水を頭からかぶった。
その後暫らく高木の名前は二人の間に出なかった。むしろ意識して出さないように
していたのかもしれない。香もそれは感じていただろう。
「あなた最近変よ、壊れちゃうんじゃないかってくらい激しいんだもの・・・
私は幸せだけど」一度だけこう言った事があった。
自分でも信じられないほど毎晩欲情して眠れないのである。
その日私は、香の誕生日のプランを立てるため旅行代理店にパンフレットを
貰いに来ていた。近くの大型ショッピングセンターの中にあり、商社時代から
よく顔を出している。
「あれ?清水さんじゃないですか。お久しぶりです渡辺です。今度この店に
配属されました」商社時代よく会社に来てもらっていた新人営業マンだったが、胸の
ネームには店長と書かれていた。
「ナベちゃん、偉くなったんだね。店長さんなんだ」恐縮しながら頭を掻く仕草は
変わっていないようである。この店は香の会社とは違うグループのようで
扱ってるものも違っていた。
「清水さん、奥さんお元気ですか?」彼は添乗員として国内観光に何度か着いて来た
ことがあり、その時から裕子を知っていた。
「実は離婚してね、君が最後に来たのは・・・12年前かな?ベネズエラの旅券
頼んだのは?あの後ナベちゃん転勤か何かで・・・」懐かしい思い出話をしていると
あっという間に時間が過ぎていた。彼の話を聞くと、社内不倫が発覚し5年間転勤させられていたという。こういう事を平気で言うところが気に入り、社内の旅券はすべて彼に
頼んでいた。この際と思い、彼に1泊2日の国内プランを紹介してもらう事にした。
出来れば近場でのんびりと過ごせ、香のバースデイもサプライズしてくれるような
そんなプランを探していた。彼が勧めたのは長野県の白樺湖にあるペンションだった。
バスツアーに便乗するプランで片道約2時間半だという。朝は少し早いがそれに決める
事にした。手続きをしていていると彼が言った。
「あれ?・・・神田さんになったんですか?」彼は結婚している時の私しか知らないので
別れた妻の苗字が清水であったこと。自分には兄弟が居り家の名前を継ぐ必要もなかった
ことなどを説明した。
その日帰ってからも、この旅行の件は香を驚かすため秘密にしておいた。
SUNNY
BOBBY HEBB
http://www.youtube.com/watch?v=N9EzFCkb8CU