15話Spain
「それじゃあ、4人の出会いに!」持参したラトゥールで乾杯し、オードブルをつまんだ。
「美味しい・・・」香がびっくりしたように私の顔を見て言った。
91年は他の年に比べてもかなり評価が高い。もちろんヴィンテージの類では無いので
値段もそこそこである。今日多分開けるだろうとの思いから選んでみたが、香の喜ぶ
顔を見てその甲斐があったと思っていた。
ワインを飲みながら暫くお互いの事などを紹介し合ったりした。
高木の彼女は池田弘子といい、24歳だという。ファッションモデルもやっているそうで
以前は女性向け雑誌の専属モデルもしていたらしかった。高木は確か50前である。
そのバイタリティに感服する思いがした。
「弘子、メインを頼めるかな」高木がそう言うと池田弘子は静かに席を立ち、ダイニングに
向かった。
「あの、私も何かお手伝いします」香はそう言うと後をついて行った。
私が感心しながら見ていると高木が話しかけてきた。
「香さんすばらしい女性ですね。いつお知り合いになられたんですか?神田さんも
隅に置けない人だ」
「いや、実はまだ一月も経ってないんですよ」私がそう言うと、高木はそれは見ればすぐに
分かると言った。私がいつも香りを見ていると言うのだ。自分では意識してないが
多分そうなのであろう。
そうこうするうちに、女性陣が楽しそうに笑いながらメインディッシュを運んできた。
旨そうな肉料理だ。
一通り食事を済ませコーヒーを飲んでいると、高木が面白い事を言い出した。
香りの絵を描いてみようと言い出したのだ。簡単なデッサン画なら30分も
掛からないということだった。
「こんなチャンスはめったに無い、描いてもらいなさい」私がそう言うと香は頷いた。
最初は4人でアトリエに入ったが、気が散るようなので私と池田弘子だけがリビングに
戻った。
「高木は神田さんの事をすごく誉めてました。私の絵の事が理解できる数少ない
人間だと・・・・・・・・高木は、アノ事言ってました?」
池田弘子は妖艶とも思える表情で話しかけてきた。
「大体の事はお聞きしました・・・・が、僕には少し難しすぎる」
「アトリエにある新作はまだ下色を塗っただけ・・・・ひょっとすると彼は貴方に
私を抱かせたいんじゃないかしら?」そう言うとアトリエの方をチラッと見た。
「??・・・貴女はそれでもいいと思うの?」私の問いに少し考えるように自分の指を
見つめながら弘子が言った。
「私が最初に言ったの。あの店で貴方に会った時そう感じたの。この人なら
彼を奮い立たす事が出来るって」
まさかそんな事を高木が考えていたなど、まったく想像していなかった。
その話を聞き、私はすっかり困惑してしまった。ここへは来ないほうが良かったのかも
しれない。香と付き合っていなかったとしても、そんな話はきっと断っただろう。
「彼、もう一年近く絵を描いてないわ。新作もあの状態からまったく進んでないの
香さんを描くって言ってたけど・・・・描けるのかしら?」
「弘子さん、どうして僕なんだ?もっと素敵な男性は居るだろう若くて逞しい・・」
私がそう言うと理由を説明しだした。以前にも弘子のボーイフレンドと絡み合って
居るところを描こうとしたが、高木の筆は進まなかったという。
高木のことを理解している神田晋一郎だから抱かれてみたい。それが理由らしい。
それにしても30分をとうに過ぎている。そろそろ戻ってくるのではと様子を伺っていたが一向にドアの開く音がしない。少し苛立ちにも似た感情を抱いていると弘子が言った。
「神田さん、やきもちを焼いているんでしょ?あのソファーに座って高木に何もかも
見られているような気持ちになってる香さんに・・・」
図星であった。これだけの美女を跪かせる高木の絵筆の魔力が怖いと感じていた。
そろそろ1時間になろうとした頃ドアの開く音がし、香と高木が戻ってきた。
「いやーすいません・・久しぶりに人物画を描いたのですっかり勘が鈍っていて」
そう言って今描いたばかりの香りのデッサンを見せてくれた。
私は一瞬言葉を失った。これが色もつけずに描いた絵なのか?と思うほど美しかった。
そう思って香を見ると、先ほどより美しさが増しているではないか・・・
これが、この男の魔力なのか?
私はただ、香がこの男の魔力にとり憑かれていない事を祈るだけだった。
Spain
Chick Corea
http://www.youtube.com/watch?v=KOFs40ekTV0&feature=fvw