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5 アジット

第1部「マントラ・ウォーズ ~超常のレジスタンス~ 能力覚醒編」

第2部「マントラ・ウォーズ 伝説の剣を手に入れろ編」

も是非お読みください。

 今から28年前のある日


 よしっ!この社の地下室に『毘羯羅麒麟』を仕舞っておくか……

 俺には無用の長物だ。

 アジットは戦士の墓の社の地下室に『毘羯羅麒麟』を隠した。

 誰がマントラの修行なんてやるかっ!くだらないっ!

 ラーマの麒麟も近衛兵団も知ったこっちゃない。

 自分の人生だ。俺は俺のやりたいことをする。


 アジットは、清々した気持ちで英雄の丘を出ると、夜の街へと繰り出した。

 夜のとばりが降りた繁華街の店先には、ほのかに灯がともっていて、客を手招きしているようだった。

 その灯に誘われて、光に集まる羽虫のように、多くの人々が集っていた。


「いらっしゃい。空いている席にどうぞ。」

 店内に入ると、カウンターの中にいたマスターらしき男性がぶっきらぼうに挨拶した。


 アジットは、無精ひげの生えた頬を人差し指でさすりながら店内を見回すと、空いていた窓際のテーブル席についた。

 10席くらいあるテーブル席は半分程が客で埋まっていて、カウンターには3人の客が距離を等間隔に空けて座っていた。


「何になさいますか?」

 ウェイトレスの若い女性が微笑みながら尋ねてきた。

 健康的な褐色の肌が彼女の快活さを物語っていた。


「そうだなあ、ビールを1杯たのむよ。」

 アジットは周りの客が手にしている飲み物を確認しながら注文した。


「はい、ビールですね。他には何か?」


「それと、君を一つ。」

 アジットは冗談ぽく彼女の顔の辺りを指さした。


「そのようなメニューはありません。」

 ウェイトレスは表情一つ変えずに返答した。

「それに、私は物ではありません。

 ビールでいいですね?」


「あ、いや。それと、チーズ。」


「チーズですね。お待ちください。」

 ウェイトレスは、注文を取り終えると、無表情のままで足早に厨房の中に消えて行った。


「怒らせちまったなぁ……」

 アジットは軽はずみな言動を反省した。


「ちっ!」

 カウンターの左端に座っていた30がらみの男性客が、チラッとアジットの方を振り向くと、アジットに聞こえるように舌打ちした。


 アジットはそれに気付いたが、特に気を止めなかった。


 程なくして、ウェイトレスがビールとチーズの盛り合わせを運んできた。

「お待たせ致しました。」


「ありがとう。

 さっきは変なこと言ってゴメン。かわいい子に受けたくて……」


「いいわ。気にしていないから。

 ごゆっくり、どうぞ。」

 ウェイトレスは、機嫌が直ったようで、笑顔で対応すると、他のテーブルの給仕に向かった。


 アジットは、ウェイトレスの後ろ姿を眺めながら、乾いた喉にビールを流し込んだ。

「ふーーっ。うまいっ!」


 アジットがチーズをつまんでいると、酔っ払いの男がアジットのテーブルに近づいてきた。

「おい、兄ちゃん。あまり見ない顔だな。」


「……始めて来たから。」

 アジットがその男の顔を見上げると、カウンターの左端に座っていた男だった。

 ウザったいなぁ……

 早く自分の席に戻れよ。


 アジットは関わりたくなかったが、その酔っぱらっている男には戻る気配がなかった。

「なんか知らねぇが、お前のこと気に食わねぇな。」


「ああ、そうかい。気に食わないなら、とっととカウンターの自分の席に戻ったらどうだ?

 俺も大人しくここで飲んでいる。

 あんたの邪魔をするつもりは無いよ。」


「お前が店の中にいるだけで邪魔なんだよ。

 バーニだって嫌がっていたろ?馴れ馴れしく話しかけるなっ!」


「バーニ?」


「あのウェイトレスだよ。」


「……そうか。あの女の子、バーニって言うのか。

 あんた気があるんだな。それで、俺に突っかかってきたのか?」


「うるせぇんだよっ!」

 酔っぱらっている男は、酔いの勢いに任せて、アジットに殴りかかって来た。


「おっと。」

 アジットは、酔っぱらってフラついている男のよたった拳を、身をよじってかわした。


 かわされた酔っ払いは、勢い余って、足がもつれて派手にすっ転んだ。


 アジットは、イスから立ち上がると、酔っ払いの方に振り向いて言った。

「おいっ!

 俺の言ったことが図星だからって、暴力はよくないぞ。初対面の人間に。」


「て、てめぇ……なめやがって。」

 酔っ払いは、近くのテーブルに手を掛けて、フラフラと起き上がると、そのテーブルの上にあった空のジョッキを手に取った。


「そのジョッキ、もう空だよ。」

 アジットは、とぼけながらも、念動力を使う準備をした。


「おちょくってるのかっ!」

 酔っ払いは、怒りと共に、手にしたジョッキをアジットにめがけて思い切り投げつけた。


 アジットは酔っ払いの行動を予期していたように、ジョッキの方に右手の手のひらを向けた。

 すると、酔っ払いが全力で投げたはずのジョッキが、まるで蝶が花蜜を探して飛んでいるぐらいのスピードで空中を移動して、アジットの右手の中にスっと収まった。


 その光景を見ていた店主や他の客たちは、見たことの無いジョッキの不思議な飛び方に自分の目を疑った。


「なっ……ど、どういうことだ?」

 酔っ払いは、自分が投げたジョッキを手にして笑みを浮かべているアジットに、得も言われぬ恐怖を感じた。酔いはどこかに吹き飛んでいた。


「なぁ、ジョッキはビールを飲むためにあるんだ。

 初対面の人に投げ付けるためのものじゃない。

 無礼が過ぎると、俺も怒るよ。」

 アジットは酔いの醒めた酔っ払いを静かに睨みつけた。


 酔っ払いは、無言のまま、すごすごと自分の席に戻って行った。

「マスター、会計だ。」

 そして、急いで会計を済ませると、アジットと目を合わせることなく、そそくさと出て行った。


 アジットが席に戻ってビールを喉に流し込んでいると、カウンターの中にいたマスターがアジットのテーブルのところにやって来た。

「すまなかったな。これは店のおごりだ。」

 アジットにそう言うと、ワインが注がれたグラスをテーブルに置いた。


「いいのかい?」

 アジットはマスターを見上げた。


「ああ。

 アイツ、根は良い奴なんだが、アルコールが入ると気が大きくなって、人に絡む癖があるんだ。」

 マスターは、酔っ払いが出て行った扉の方をアゴで指しながら、アジットに説明した。

「始めて来たのに、嫌な思いをさせちまったな。」


「気にしてないよ。」


「すまん……

 それにしても、このジョッキ。

 あんたには不思議な能力があるのかい?マントラって言うんだろ?」

 マスターは、アジットが受け止めたジョッキを眺めながら、興味津々の表情で訊いてきた。


「気のせいじゃないか?」

 アジットは、はぐらかした。


「そんな訳無いだろ。初めて見た。」


「まあ、いいじゃないか。ゆっくり飲ませてくれ。」


「そうだな。ゆっくりしていってくれ。」

 マスターはアジットの肩を軽く叩くとカウンターの方に戻って行った。


 アジットは店のおごりのワインを一気に飲み干した。

「ふぅーっ。ただ酒ほど旨いものは無いな。」


 その後、小一時間ほど飲んでいたアジットは、ほろ酔い気分になって店を出た。

 店の外には行き交う人の波が相変わらず続いていて、まだまだ宵の口の街中は活気に満ちていた。


 さてと……まだまだ、飲み足りないな。別の店を探すとするかな。

 アジットが人の波の中に潜り込もうとした時、背中に声をかけられた。

「もう帰っちゃうんですか?」


「うん?」

 アジットは若い女性の声に振り返った。

 そこにいたのは、ウェイトレスのバーニだった。


「ちょっと待ってください!」


「何?お金は払ったよ。」


「そんなことじゃなくて……

 私、聞きたいことがあるんです。」


「聞きたいこと?」


「はい。時間ありますか?」


「うん、あるよ。もう一軒、飲みに行こうと思っていただけだから。」


「よかった。ちょっとこっちに!」

 バーニは、アジットの手を引いて、店の横の脇道に誘い込んだ。


 ちょっと、なんだか大胆だなぁ……

「何?どうしたの?」

 アジットは、バーニが何をしようとしているのか、期待でワクワクしてきた。


「あなたは兵士の人?」


「は?兵士?」


「近衛兵……ですか?」


「いや、違うよ。近衛兵なんかじゃない。」


「本当?近衛兵の中にはマントラを使う兵士がいるでしょう?」


「ああ、そういうことか……さっきの酔っ払いの件?」


「そう。あなたがマントラを使ったから。」


「俺、マントラ使ったっけ?」


「ごまかさないで。

 これでも、マントラのこと、少しは知っているの。」


「そうか……

 残念ながら、俺は近衛兵じゃないよ。」


「本当?」


「本当だ。君に嘘はつかないよ、バーニ。」


「えっ?名前知っていたんだ。」


「そりゃそうだ。みんなそう呼んでいた。

 看板娘のバーニ。」


「あなたは……近衛兵じゃないとすると、レジスタンス?」


「レジスタンスでもないな。」


「そんなことってある?」


「マントラ使い全員が、近衛兵団かレジスタンスに所属している訳じゃない。

 俺みたいなヤツもいるよ。」


「ふーん。そうなの……

 でも……確かあの時、あなたはマントラを唱えなかった……

 と言うことは、あれはマントラじゃなかったの?」


「あれもマントラだ。マントラにも色々な種類がある。」


「そうなんだ。参考になったわ。

 それで、あなたはどこに所属しているの?」


「どこにも。」


「どこにも?」


「ああ、どこにも。」


「それじゃあ、何のためのマントラなの?」


「何のためって……何かのために身に付けた能力じゃないし……」


「折角の能力なのに。それを活かして何かをしようとは考えないの?」


「酔っ払いに絡まれたり、やばい時には使うよ。」


「まあ、そうね……

 あなたって、理想や野心とは無縁な人なのね。」


「理想や野心?

 ……そうかもな。俺は毎日を楽しく生きたい。しがらみとかはご免だ。

 俺、馬鹿みたいかな?」


「ううん。

 あなたは、私とは真逆の性格なのね、きっと。ちょっと羨ましいな。

 それで、あなたの名前、聞いてもいい?」


「名前?アジットだ。」


「アジット、いい名前ね……」

 その後、バーニは、数秒間逡巡した後、覚悟を決めたように口を開いた。

「…………アジット、私とデートしてくれませんか?」


 ◇


 アジットがバーニと出会って数週間

 街はずれのホテル


 朝の強い日射しがアジットの顔に容赦なく降り注いで、アジットは深い眠りから引き戻された。

「う、うーーん。」

 アジットは、上半身を起こすと、ベッドの上で大きく伸びをした。

 ふと隣を見ると、バーニが小さな寝息を立てて眠っていた。

「朝からいい天気だ。」

 アジットは、バーニに言うともなく、独り言のようにつぶやいた。


「……もう、起きる時間?」

 バーニは目をつぶったまま訊いてきた。


「いや、まだ早い。」


「そう……」

 バーニはもう一度眠りについた。


 アジットはバーニの寝顔を眺めていた。

 ……しかし、世の中は狭いというか、縁は廻るというか、こんなかわいい顔して、反王政のレジスタンス活動をしているって……


「ん?なぁに?」

 アジットが気付かないうちに、目覚めたバーニが見上げていた。


「……何でもないよ。」


「昨日のこと、気にしてる?気にしていたらゴメン。」


「気にするっていうか、俺には無理な話だ。

 マントラを使えるからって、レジスタンス活動には何の興味もないから。」


「うん。私が言ったことは忘れてちょうだい。

 私、マントラの能力を始めて目にして、舞い上がっていたみたい。

 でも……信じて。

 私がマントラに興味があることは事実だけど、それ以上にあなたのことが好き。

 だから、私が言ったことは忘れて。」

 一糸まとわぬバーニは、両腕で胸を隠しながら起き上がった。


「マントラじゃなくて、俺に興味を持ってくれて嬉しいよ。

 ありがとう。」


「こちらこそ。」


 2人は向き合うと額を合わせて笑った。


 …………


「なあ、バーニ。

 話は変わるけど、君は死ぬことが怖くないのかい?」


「死ぬこと?……怖いわ。とても怖い。死ぬとどうなるのか分からないから、とても怖い。」


「じゃあ、何故、危険なレジスタンスをしているんだ?

 場合によっちゃあ、命を落とす可能性だってある。

 君とこうして会うことも出来なくなる。そうだろ?」


「そうね。だから、私はいつも覚悟しながら生きているわ。」


「でもそれは、自分勝手じゃないか?」


「自分勝手?」


「バーニは覚悟が出来ているかも知れないけど、俺は覚悟なんか出来ていない。

 いつも、君が無事でいるのか心配しながら、付き合うことになる。」


「そんなのは嫌?耐えられない?」


「耐えられるとか耐えられないとかの問題じゃない。」


「……レジスタンスをしている私が、そうじゃないアジットと付き合うことが所詮無理なのかな。」


「無理なんて思わないし思いたくもない。

 君を変わらずに愛する。」


「私もあなたを愛している。

 でも、この状況、一体どうすればいいの?」


「……分からない。分からないよ……

 バーニは、今のこの国のどこが許せない?

 肩の力を抜いて気楽に生きていけば、そう悪くもないと思わないか?」


「アジット、私とあなたでは物事の捉え方が違うの。それはそれでしょうがない。

 私は命を賭してこの国を人民のために取り戻すように母親から教えを受けて育ったから。

 だからと言って、アジットの考えを否定したりする気は毛頭ないわ。

 そうでなければ、こうして一緒にはいないもの。」


「……そうだよね。

 俺は、親父への反動でこうなっちまったのかな。」


「お父さんのせい?」


「えっ?いや、まあ、うん。」


「そういえば、お父さんもマントラを使えるの?」


「うん。使えるんじゃないかな。」


「やっぱり、遺伝したりするんだ。

 お父さんって、何をしている人?」


「……ごめん。あまり親父の事って話したくないんだ。

 袂を分かっているから。」


「そうなの。分かった……」


「ゴメン。」


「もうこんな時間。……そろそろ戻らなきゃ。」


「真っ直ぐ組織に戻るのかい?」


「うん。母が待っているし……」


「頼むから、無理はしないでくれ。

 マントラの能力、俺じゃなくて、バーニが使うことが出来ればよかったのに。」


「ありがとう。その気持ちだけで充分よ。

 また、会えるよね?」


「ああ、いつでも待っている。」


「じゃあ、行ってきます。」

 身支度を整えたバーニは、アジットに笑顔で手を振ると、ホテルを後にした。


 ◇


 アジットがバーニと出会って数か月


 アジットは街角の古びたカフェにいた。

 薄暗い店内は、豆を焙煎している香ばしい薫りとタバコの煙の匂いが混ざり合った、独特のにおいが充満していた。

 カウンターの席に着いていたアジットは、カップの底に残っていた冷めたコーヒーを飲み干すと、空のカップをカウンターに置いて、入り口の方を振り返った。


 その時、入り口の扉が静かに開いて、バーニが入ってきた。バーニは入り口付近に立ち止まって、店内をキョロキョロと見回した。

 そして、カウンターにいるアジットを見つけると、微笑みながら手を振って、近づいてきた。

「ゴメンね。待った?」


「いや、俺も来たばかりだから。」


 バーニは、そう言うアジットの前に置かれている、中身が空になったカップを目に留めた。

「……そう。よかった。

 なかなか時間が無くて……会うの、久しぶりね。」


「そうだな。

 でも、バーニが無事で元気そうだから、何よりだよ。」

 アジットはそう言いながら、隣のイスを引いて、バーニを座らせた。


「アジットも変わりない?」

 バーニはアジットの隣に座りながら訊いた。


「うん、ないよ。」


 2人が会うのは、ひと月ぶりだった。

 バーニは、レジスタンス活動に費やす時間が増えてきて、ウェイトレスのバイトも出来なくなって辞めていた。

 そのため、アジットとバーニの2人が時間を共有することがなかなか出来ないでいた。


「今日はアジットと一緒にいられる。」


「ああ、一緒だ。」


「楽しみ。」


「今日は一所懸命楽しもう。

 それで、何をしたい?」


「ここに来るまでに考えていたんだけど、海に行きたい。」


「海?泳ぎたいってこと?」


「ううん。海を一緒に眺めたい……」


「了解、了解。

 じゃあ、遅くなるから、早速行こう。」


「うん。」


 2人は、馬を走らせて、王都アデリーの外れにある海岸に向かった。

 海岸の近くまで馬を走らせると、木陰に馬をとめて、そこから海岸の砂浜に向かって歩き出した。

 並んで歩いていると、潮風に運ばれて、潮の香りがしてきた。


「海に来たって感じっ!」

 バーニはそっとアジットの腕に自分の腕を回した。


「ホントだ。」


 2人が海岸の砂浜にたどり着くと人影は無かった。


「潮風が心地いいね!」

 バーニは、パンツの裾を膝までまくると靴を脱ぎ捨てて、子供のように波打ち際まで砂浜を駆け出した。

 ふくらはぎの高さまで波が打ち寄せるところまで海に入ると、アジットの方に振り返って両手を大きく振った。

「アジット!冷たくていい気持ちよ。」


「そうかい。」

 アジットも裸足になると、小走りにバーニの元に駆け出した。


「ねっ?気持ちいいでしょ?」


「気持ちいいな。海に入るのって、何年ぶりかな……」


「私も久しぶり。」


「何か、こうして水平線を眺めていると、人の営みなんて、ちっぽけに感じるなぁ。」


 水面は、陽射しを受けて、波のうねりに合わせてキラキラと輝いていた。


「……そうね。私たちがしていることは、この自然から見れば、取るに足らないことかも知れない。」


「うん?」


 バーニは、アジットに答えずに砂浜の方に視線を移すと、砂浜に立っている大きな木を指さしながら言った。

「あの木の所に行って、木陰で休憩しない?」


「あ、いいね。休もう。」


 2人は、海から上がると、脱ぎ捨てた靴を拾い上げて、木陰に向かった。

 アジットが木陰の下に落ちている小枝や石を取り除くとバーニを座らせた。そして、アジットも並んで腰を下ろした。


 バーニは隣に座ったアジットに寄り添った。

「幸せ……」

 自分の頭を預けるようにアジットの右肩に乗せると、ぽつりと言った。


「ん?俺も。」


「いつまでも一緒にこうしていたい……」


「ああ、そうしよう。」


「アジット。」


「うん?何?」


「アジット……」


「何だい?」


「……アジット。」


「どうしたんだい?」

 アジットがバーニの顔を覗き込んだ。

 すると、バーニは一粒の涙をこぼした。


「どうしたんだ?バーニ、大丈夫か?」

 アジットは、バーニに向き直り、バーニの両肩に両手を置いた。


「ごめんなさい。何でもない。なんか感情が高ぶったみたい。」


「おいで。」

 アジットはバーニを優しく抱きしめた。


「アジット……愛しているわ……ずっと……」


「俺も愛しているよ、バーニ。」


 2人は、暫くの間、寄り添ったまま、口を開かずに海を眺めて、繰り返す波音を聞いていた。


 その後、バーニは、大きく深呼吸をすると、意を決したようにアジットに言った。

「アジット……

 今日はね、私、あなたにお別れを言うために会いに来たの。」


「……?」

 アジットはバーニの言ったことが理解できなかった。


「アジット、私は他の誰よりもあなたを愛している。だから、今のままでは心苦しいの。」


「心苦しい?」


「私のわがままで、あなたとなかなか会えない……

 それに、私がレジスタンスとして生きていくだけであなたを苦しめる。

 そう思うだけで、胸が張り裂けそう。」


「だったら、背負っているものを下ろして、普通の生活に戻ればいい。戻れないのかい?」


「それは無理。無理なの。

 私には、命を賭してやらなければならないことがある。

 それが私の宿命なの。分かってもらえないと思うけど……」

 バーニは目を細めて遠くの水平線の彼方に視線を移した。

「それから、もう一つ……」


「何?」


「……ううん、いいの。ごめんなさい。

 なんでもないの。ちょっと勘違い。」


「気になるな。」


「大したことじゃないから……忘れて。」


「とにかく、俺はバーニと別れる気はないからな。」


「アジット、困らせないで。

 私が自分勝手で無責任だということは分かっている。

 だから、私たちの関係が手遅れになる前に別れましょう。」


「何だよ?手遅れって?

 別に俺たちの関係を断ち切る必要なんて無いだろ?

 俺は今のままの関係でも充分だっ!」


「私も今は楽しくて幸せ。この幸せな思い出を壊さないでいたいの。いつまでも大切に。

 私は、レジスタンスとして少しずつ重要な任務に就くようになっていくから、今までのようにアジットと居られない……

 本当にごめんね。」


「バーニ……君が思い悩んだ末の結論なんだろうから、君の考えを尊重するよ。」


「ありがとう。

 ……私のこと、嫌いになる?」


「そんなこと、ある訳ないだろ。

 バーニと一緒にいた時間、とても楽しかったよ。」


 気が付けば、赤銅色の大きな太陽が水平線の向こう側に沈みかけていた。


「なんか、肌寒くなってきたな。」


「うん。」


「そろそろ戻ろうか。」


「……このまま、ずっといたい。」

 バーニは再び涙をこぼした。


「俺も一緒にいたいよ。」


 2人は強く抱きしめ合った。


励みになりますので、応援コメントなどをお待ちしています。


よろしくお願いします。

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