4 敵か味方か?
第1部「マントラ・ウォーズ ~超常のレジスタンス~ 能力覚醒編」
第2部「マントラ・ウォーズ 伝説の剣を手に入れろ編」
も是非お読みください。
王都アデリー
近衛兵団中央基地の会議室
バシット卿は師団長を招集して緊急の幹部会を開いていた。
「まさか、バラジが倒されるとは……
第2師団がチャンドラの小隊に負けるとは……
夢にも思わなかった。」
バシット卿は苦虫を噛み潰したように苦々しく歯ぎしりした。
「確かに……
予想だにしませんでした。」
第1師団師団長のハンスは首を左右に振りながら応じた。
「バラジとは、顔を合わせれば、いがみ合っていたけど……
あいつ、戦闘力は高かったし……」
第4師団師団長のセシルが懐かしそうに呟いた。
「あいつの鉾、発見されていないらしいわね?」
「ああ、『羅刹黒鯨』。バラジの亡き骸の側には見当たらなかったらしい……
戦場の何処にもない。行方知れずだ。」
ハンスが応じた。
「GDはチャンドラ小隊に遭遇したんだよな?」
ハンスは会議室の端のイスに座っていたGDに訊いた。
話を振られたGDは、すっくと立ち上がった。
「はい。ただ、その時は、ラーマの麒麟を倒すことに必死で、チャンドラ小隊だとは知らないで戦っていました。
戦っていた相手がチャンドラ小隊だったことや第2師団が負けたことは後になって知りました。」
「その時、チャンドラ小隊はバラジの『羅刹黒鯨』を持っていなかったか?」
ハンスが再び訊ねた。
「断言は出来ませんが、大きな鉾を手にしたレジスタンスはいませんでした。」
「そうか。」
「はい。槍を持ったレジスタンスはいましたけど。リーダーっぽい……」
「恐らく、隊長のチャンドラだ。」
「隊長……
では、マントラを使うことが出来たんですね。」
「ああ、そうだ。マントラで攻撃してこなかったのか?」
「あの時、マントラの攻撃はありませんでした。」
「使わせなかったんじゃろう?」
バシット卿が当然のように言った。
「GDがチャンドラに使う隙を与えずに圧倒したということですか?」
ハンスがバシット卿に訊いた。
「じゃろう、GD?」
「圧倒したのか、自分では分かりませんが、マントラは使ってこなかったです。」
「いきなり隊長を倒すとは、今後が楽しみじゃな。」
バシット卿は満足そうにGDを見た。
「GDがチャンドラ小隊に遭遇した時、他の隊長級のレジスタンスはいなかった?」
セシルがGDに訊いた。
「他の隊長級のレジスタンスですか?」
「そう。マントラを使う隊長級のレジスタンス。マナサとアシュウィンの2人。
生き残った第2師団の兵士が、2人らしきレジスタンスが小隊の中にいたと証言していたわ。」
「多分、私が遭遇したチャンドラ小隊の中にはいなかったと思います。
ただ、翌日、第5師団の兵舎の敷地内に侵入した男女の2人組がいたんですけど、マントラを使ったので、恐らくその2人がそうだと思います。」
「間違いないわね。何を嗅ぎ回っているのかしら?」
セシルが右手の人差し指でアゴを軽くトントンと叩いた。
「その男性……アシュウィンという名前なんですか?」
GDはセシルに確認した。
「ええ、そうよ。知らなかった?」
「えっ?はい……
インジゴという名前ではないんですか?」
「インジゴも念動力を使うけど違うわ。アシュウィンという名前よ。
インジゴはハンスに殺されかけた奴よ。」
「殺されかけた?」
GDは、頭の中で別のことを考えていたために、無感情のままでセシルの言葉をオウム返しした。
「そうよ。とどめを刺せなかった。
ね?ハ・ン・ス?」
セシルは意地悪そうな表情を作ってハンスに問いかけた。
「あの時は邪魔が入ったからな。」
ハンスは憮然として言った。
GDにはハンスの憮然とした表情も目に入ってこなかった。
「アシュウィン……
やっぱり……」
GDは周りに聞こえない位の声でつぶやいた。
「えっ?」
セシルが聞き返してきた。
「いえ、何でもありません。」
GDは我に返った。
「そう。
でも、小隊の中にマナサとアシュウィンがいるなんて、事前の説明がなかったわよね?」
セシルはバシット卿に批判めいた口調で言った。
「うん?まあ、そうじゃな……」
バシット卿は歯切れが悪かった。
その時、会議室の扉がゆっくりと開いて、1人の男が何も言わずに入ってきた。
その細身で長身の男は、グレイの長髪で顔の半分近くを覆っていた。
髪の間から覗く眼光は鋭く、見た相手を射抜くような眼つきだった。
その男は、素早く室内を見回すと、窓際に進んで、立ったまま、壁にもたれかかった。
「想定外だった……」
開口一番、誰に言うともなく、ボソッと呟いた。
「ガザン……何か言ったか?」
ハンスが第3師団長のガザンに訊いた。
「バラジは残念だった。
居るはずのない2人があの場にいた。偶然なのかは分からんが、その結果第2師団が敗れたということだ。」
「分かったようなことを……」
ハンスが吐き捨てるように言った。
「小隊規模のチャンドラを上手くおびき出したのにな。チャンスをものに出来なかった。
亡くなった人間の悪口を言いたくはないが、隊長級が2人増えたからと言って、一個師団が小隊に負けるとは、信じられん。」
ガザンはバシット卿の方に首をめぐらせた。
バシット卿は、数秒間口をつぐんだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……このGDが、すぐにチャンドラを倒してバラジの仇を討った。
我らは近衛兵団だ。やられたままにはしておかぬ。」
バシット卿がGDを見ながら言った。
「ガザン、GDに会うのは初めてじゃろ?」
「はい、初めて会いました。バシット卿のお孫さんでしたね?」
「初めまして、GDといいます。訳があってマスクを付けていますが、よろしくお願いいたします。」
「マスクなんて、気にしないよ。
君がチャンドラを倒したんだって?」
「はい、そうらしいです。」
「そうらしい?」
「相手の顔をよく知らなかったので……」
「これから覚えればいいだけだ。」
「はい、努力します。」
「真面目だな。
マントラの能力は何だい?」
「衝撃波を使えます。」
「そうか。ラーマの麒麟にも衝撃波を使える女性の士官がいる。」
「そうらしいですね。
ガザンさんのマントラの能力は何ですか?」
「俺かい?念動力だ。」
「念動力を使える方が多いですね。」
「そうだな。理由は分からんが……」
「ガザンッ!話の腰を追って済まんが、責任を感じていないのか?
貴様の不正確な情報のせいでバラジが倒されたんだぞっ!死んだんだっ!
分かっているのかっ?」
ハンスは、ガザンの態度に怒りがこみ上げてきて、我慢が出来なくなった。
ガザンはハンスの言葉に一切反論しなかった。
「師団長なのに何とか言えないのかっ?」
ハンスはガザンを煽った。
「結果は覆せん。」
「結果は覆せんだと?」
「そうだ。
これでも、俺の情報が不十分だったことは、必要以上に肝に銘じている。
俺にとって、過ちを繰り返さないことが何より重要だ。」
「ガザンの言う通り。
善後策を講じることが何よりも肝要じゃ。
ひいては、それが兵団の利益にも繋がる。」
バシット卿はハンスを諭した。
ハンスはバシット卿の言葉にも納得してはいなかった。
「ガザン、本当に小隊の中に隊長級が3人もいることを知らなかったんだな?」
「言うに及ばん。
俺がバラジをハメた、とでも言いたいのか?」
「ふん……」
ハンスはそれっきり口を開かなかった。
ハンスが飲み込んだ言葉をセシルが引き継いだ。
「私もハンスもレジスタンスの隊長級とはギリギリのところで戦っているんだ。
諜報活動のあんたとは訳が違う。
情報が誤っていれば、最悪、バラジのように命を落とす結果になる。
私たちの信頼を崩さないでくれ。
私はレジスタンスのマナサとアシュウィンを必ず倒す。
それしか考えていない。
そのためにはガザンの力が必要だ。私だってそれ位は分かっているつもりだ。」
「ああ、承知している。
今後のためにも、確認しておかなければならないことがある。」
ガザンは、そう言い残すと、会議室を後にした。
◇
王都アデリーのはずれにある林の中
月明かりを頼りに、けもの道のように細い林道を歩いていると、時折、落ちている小枝を踏み折り、ポキポキと高い音が響いた。
予定通りに来るのか?
一抹の不安を抱えながら林の中を歩いていると、歩く速度は自然と早くなった。
林道を15分程歩くと横に逸れる脇道が現れた。
その脇道に入って、200メートル進んだところで歩みを止めた。
そこは小さな空き地で、背の高い木立に囲まれた中庭のようになっていた。
空き地の奥に横たわっている巨大な岩石の傍らに立つと、何かを探すように辺りを見回した。
どうしたんだ、来ていないのか?
……まさか、何かあったのか?
おもむろに岩の裏側に回ると、岩と地面の隙間にある窪みに手を差し入れた。
そして、差し入れた手を窪みから引き抜くと、その手には一片の紙切れが握られていた。
紙切れには短い文章が綴られていた。
『今回、サイと落ち合うことは出来ない。サイは私たちが拘束している。
落ち合うことが出来ない場合、この方法で連絡を取ることは把握済みだ。
唯一の腹心の部下の身を案じるのなら、単独でサイの無事を確認しに来ることを望む。
師団長として、その覚悟と勇気をサイに示すべきじゃないか?
私たちとサイは、明日の朝、日の出と共にこの場所から5キロメートル南下した谷間の草原にて待つ。』
それは、ラーマの麒麟から近衛兵団第3師団師団長のガザンに宛てた通信文だった。
「クソッ……」
ガザンは、吐き捨てるようにつぶやくと、怒りで震える右手でその紙切れをクシャクシャに丸めた。
◇
王都アデリー郊外の谷間の草原
昇り始めた朝日が、ちょうど谷間の草原の西側一面に差し込み始めていた。
空には雲一つなく、晴天が広がっていた。
アシュウィンとマナサ、そしてインジゴの3人は、手かせを付けたサイを伴って、谷間の草原を見渡せる岩山の中腹辺りにいた。
「いい天気だなぁ。」
アシュウィンが空を見上げながら言った。
「何、のんきなことを言っているんだ。」
インジゴは、アシュウィンを横目で見ると、サイの方に振り向いた。
「お前の本当の上官は、はたして来るのかな?」
「…………」
サイは答えなかった。
「子供だって罠だと分かる。
俺だったら行かない。仮に行くとしても、1人じゃ行かないな。
……いや、やっぱり1人で乗り込むかな。」
アシュウィンがサイの代わりに答えた。
「それにしても、幽霊師団とはよく言ったものだな。
師団長に部下1人。本来の師団じゃないんだから、捕捉できないはずだ。」
「本当……ほとんど個人行動だから見つからない訳ね。」
マナサが応じた。
「サイ、お前はバシット卿が支配しているこの国の現状に満足しているのか?
近衛兵団の在り方に疑問を持ったことはないのか?」
インジゴはサイを問いただした。
「ふん。バシット卿が王を支えているからこそ、この国は滅ぶことなく繁栄を謳歌して、他国の侵攻も許さないのだっ!
そして、我ら近衛兵団こそがバシット卿の理想を現実のものとする正義だっ!」
サイは、自分の言葉に興奮して、まくし立てた。
「現実をよく見ろ。人民が今の王政の現状を手放しで喜んでいるとでも思っているのか?」
「不満を唱える者はいつの世にもいるもの。それは些細なことだ、インジゴ隊長。
多くの民はバシット卿の恩寵を受けて有難く思っている。」
「欺瞞も甚だしい。
お前がそんな浅はかで身勝手な人間だったとはな……見損なった。」
インジゴは首を左右に振った。
「何とでも言うがいい。
私は自分がやって来たことに、少しも後悔はしていない。」
サイはインジゴを睨みつけた。
「貴様っ!言うに事欠いてっ!」
インジゴがサイに殴りかかろうとしたのをアシュウィンが止めた。
「やめるんだ、インジゴ。」
アシュウィンがインジゴの腕を取って止めた。
「アシュウィン、止めるなっ!一発殴らんと気が済まんっ!」
「感情に任せて暴力を振るったら、近衛兵と同類。それでは私たちの負けよ。」
マナサもインジゴを止めた。
「分かっている。分かってはいるが、マナサやアシュウィンに、信頼していた部下に裏切られた怒りや悲しみが理解できるのか?」
インジゴは、様々な感情が複雑に入り混じっているせいで、呼吸が荒くなっていた。
その時、山陰から1騎の騎馬が現れた。
「マナサ、インジゴ、あれを見ろっ!」
アシュウィンが草原の端の方を指さした。
マナサとインジゴがアシュウィンの指さした方向を見ると、騎馬に乗った男が草原の中を疾走していた。
「師団長っ!」
サイが思わず叫んだ。
「アイツがガザン?」
「あの人がガザン?」
「あれがガザン?」
インジゴ、マナサ、そしてアシュウィンの3人も同時に叫んだ。
「本当に単身で乗り込んできたのか?」
インジゴが信じられないといった表情でつぶやいた。
「ああ、底抜けのバカだな。」
アシュウィンは楽しそうに微笑んだ。
◇
ここが通信文に書いてある草原か……
サイは無事なのか?
ラーマの麒麟が罠を張っているのかも知れんが、俺とサイはこれまで文字通り二人三脚で諜報活動を行ってきた。
援軍を引き連れてここに来るのは、俺もサイも本意ではない。
成り行きに任せよう……
ガザンは、草原の中ほどで馬を止めて、乱れたグレイの長髪を無造作にかき上げると、馬から飛び降りた。
そして、大きく息を吸い込むと、周囲に向けて叫んだ。
「私はガザンだっ!!
お前たちの望み通りにやって来たっ!
サイの姿を確認させろっ!
サイッ!近くにいるのかっ?」
「ここにいますっ!」
インジゴに連れられたサイがガザンの背後から声をかけた。
「サイッ!」
ガザンは声のする方に振り返った。
「無事か?」
「はい、何ともありません。
こんなことになってしまって、申し訳ありません。」
「無事ならそれでいい。
潜入活動もそろそろ潮時だ。」
「そうですか。」
「ああ、そうだ。
という訳だから、サイを解放してくれ。」
ガザンはインジゴに言った。
「貴様っ!ふざけているのか?」
インジゴはサイの手かせを握り直した。
「ふざけてなんかいない。俺がサイの代わりになる。ごらんの通り丸腰だ。
俺を捕らえたいんだろ?」
「お前もサイもだ。」
「サイを捕らえておくことにあまり意味がないだろう?
サイが収集した情報はすべて兵団の幹部の間で共有されている。新たな情報は持ち合わせていない。
さ、私とサイを交換だ。」
「貴様が決めるな。
サイが情報をお前たちに流したせいで、数多くの犠牲者が出た。
取り返しのつかない罪だ。死を以って償っても余りある。」
インジゴはガザンとサイの顔を交互に睨みつけた。
「だからといって、サイの命を奪えば、それで事が解決するのか?
自分で言うのもなんだが、師団長の私を捕らえた方が何かと使い道があると思うぞ。」
ガザンは両腕を広げてインジゴを説得した。
「インジゴ、確かにこの状況でサイの命を奪うことが必要だとは、とても思えないわ。
言い方は悪いけど、それではただの人殺しになってしまう。
無責任な近衛兵と大差がない。」
マナサがインジゴを諭した。
「マナサは甘いんだ。君だって、カダクの支部で殺されかけたんだぞっ!それを忘れたのか?」
「忘れる訳がないでしょう?服を脱いで裸になった時、受けた傷あとを目にする度に思い出すわ。
だからこそ理知的に行動することが大切なの。
そうでなければ、私たちはこの国の人民に背を向けられてしまう。」
マナサは唇を震わせて言った。
「インジゴ。ガザンとサイを交換だ。」
アシュウィンもインジゴを促した。
「……分かった。
ガザン、両手を頭の上にあげたまま、ゆっくりと歩いてこい。」
「サイを解放するほうが先だ。
まず、その手かせをはずせ。」
「それでは、これからサイの手かせを外す。
そして、お前に手かせを付ける。マントラを使えないようにな。
その後にサイを解放する。」
インジゴは、サイの手かせを外すと、それをアシュウィンに渡した。
「アシュウィン、アイツに手かせを付けてくれ。」
「了解だ。」
アシュウィンは手かせを受け取ると、ガザンの方に歩き始めた。
ガザンはアシュウィンが近づいて来るのを大人しく待っていた。
アシュウィンは、手を伸ばせばガザンに触れることが出来る距離まで近づくと、その顔をしげしげと眺めた。
「俺の顔に何かついているのか?」
ガザンもアシュウィンの顔を見つめた。
「俺と似て、目や鼻が付いているな。」
アシュウィンは真顔で答えた。
「……そうだな。」
ガザンも真顔で言った。
「ガザン、両手を出せ。」
アシュウィンは手かせをガザンの両手首に付けようとした。
「インジゴッ!約束通り、サイを解放しろっ!」
ガザンはインジゴに叫んだ。
そして、サイに小さく目配せをした。
インジゴから解放されたサイは、急いでその場を離れた。
瞬間、そよ風に揺れる草花が擦れ合う心地よい音しか聞こえなかった草原に、突然、大きな爆裂音が「ズウォォォン」と轟き渡り、雷光が走り回った。
その雷光の中から、熱風を伴ってまばゆい光の球体が現れた。
ガザンに手かせを掛けそびれたアシュウィンは、現れた球体に弾かれるように飛ばされた。
宙に高く舞い上がったアシュウィンは、放物線を描いて地面に叩きつけられた。
「ぐっ!」
球体の中心にいるガザンは間髪を入れずに「バキラヤソバカ!」とマントラを唱えた。
すると、その球体は爆発的に膨れ上がり、「ゴゴゴゴゴゥゥゥ」と地響きをたてて、球体が接するもの全てを吹き飛ばしながら、あっという間にインジゴとマナサに襲いかかった。
球体の表面部分が2人に触れた途端、2人は紙でできた人形のように軽々と後方に飛ばされた。
マナサは、結界を作る余裕が全く無く、草むらに背中を叩きつけられた。
「うっ!」
インジゴは、マナサよりも遠くに飛ばされて、太い幹の立ち木に胸を強打した。
「ごっ!」
「こ、こいつ!球体を操れるのかっ?」
吹き飛ばされた2人の姿を目撃したアシュウィンは、『毘羯羅麒麟』を鞘から引き抜くと、空に突き立てるように頭上に掲げた。
「ん?まさか、その剣……」
ガザンは『毘羯羅麒麟』に目が釘付けになっていた。
ガザンの周りの光の球体は元の大きさに戻っていた。
「許さんぞっ!幽霊野郎っ!」
アシュウィンはガザンめがけて『毘羯羅麒麟』を振り下ろした。
振り下ろされた『毘羯羅麒麟』の切っ先からは、耳をつんざくような雷鳴が「バリバリ」と鳴って、直視できない程のまばゆい雷光がほとばしった。
その雷光は球体の中のガザンに向かって一直線に突き進んだ。
が、雷光の先端がガザンの球体の表面に突き刺さった瞬間、爆発音とも炸裂音ともつかない轟音が「ズゥワァァァァン」と鳴り響いて草原を揺らし、白光が辺りの草木をフラッシュのように照らしたかと思うと、灼熱の突風が、同心円状にその草木を焦がしながら、なぎ倒していった。
瞬く間の出来事だった。
『毘羯羅麒麟』の一撃を受けたガザンの球体は泡が弾けるように消え失せてしまった。
ただ、球体に守られていたガザンは無傷のままだった。
「球体が消えただけか……幽霊野郎には効いていない。
もう一度っ!」
アシュウィンは再びガザンめがけて『毘羯羅麒麟』を振り下ろした。
切っ先からほとばしった雷光が生身のガザンに容赦なく襲いかかった。
「くそっ!」
ガザンは咄嗟に真横に飛びのいた。
スレスレのところで、鋭い刃物のような雷光をかわしたと思ったが、脇腹をかすめていた。
肉が焦げるような臭いがガザンの鼻をついた。高熱で裂けた傷口は瞬時に血が固まって、僅かに出血しただけだった。
「ぐおっ!」
激痛に顔を歪めたガザンは、転がりながらアシュウィンと距離を取った。
そして、すぐさま起き上がるとマントラを唱えた。
「バキラヤソバカ!」
ガザンの放ったマントラは、見事にアシュウィンの動作を奪った。
「えっ?ちくしょう!」
アシュウィンは身じろぎ一つ出来なくなった。
再び球体を身にまとったガザンは戦闘態勢をとった。
「アシュウィン!
オンキリキリバサラバサリ!」
マナサが、慌ててアシュウィンの下に走ってくると、マントラを唱えて結界を張った。
2人は緑色に輝いている結界に包まれた。
「マナサ、ありがとう。」
アシュウィンはガザンのマントラから解放された。
インジゴはアシュウィンとマナサの後ろから叫んだ。
「マナサ!
アイツの球体が結界に接触すると、さっきのように凄まじい衝撃を受けるかも知れないっ!
気を付けろっ!」
「そんなこと言ったって……どうしようもないでしょ?」
マナサには次の一手が無かった。
「よしっ!俺に任せろっ!」
アシュウィンは『毘羯羅麒麟』を頭上に掲げた。
それを見たマナサが、残念そうにアシュウィンに告げた。
「アシュウィン、結界の中では、『毘羯羅麒麟』のマントラの能力も効かないわ。」
「そうか……クソっ!
結界の外で闘うしかないか。」
「待って、相手の能力を見極めないと。」
マナサがアシュウィンを制した。
「俺の問題だっ!俺に任せてくれっ!」
インジゴは、愛剣の『波夷羅黄龍』を握り締めると、結界に包まれたアシュウィンとマナサを迂回して、ガザンに向かって突き進んだ。
「インジゴ!お前一人の問題じゃないだろっ!」
アシュウィンは結界から飛び出した。
「アシュウィン!待って!」
マナサが叫んだ。
さすがに3人同時に相手をするのはキツイな……
ガザンは次にどう動くべきか逡巡していた。
この状態では、逃げ切るのは至難の業か。
攻撃あるのみだ。
ガザンが捨て身に近い攻撃を始めようとした時、離れたところから、聞き慣れた声が響いてきた。
「待てっ!!みんな、やめるんだっ!!攻撃を止めろっ!!」
見ると、騎馬の男が右手で手網を握り、左手を大きく左右に振りながら走ってきた。
その騎馬の後ろには、20騎の騎馬隊が砂埃を巻き上げながら続いていた。
ガザンやアシュウィンたちは、攻撃や防御の手を止めて、一斉に声の主の方に振り向いた。
戦闘を必死で止めようとしているその男の顔を見て、ガザンとアシュウィンは同時に叫んだ。
「親父っ?」
「親父っ?」
「そうだっ!
ガザンもアシュウィンも手を出すなっ!」
アジットがガザンとアシュウィンたちの間に割って入った。
「この人が、伯父貴……?」
インジゴも目を丸くして驚いた。
インジゴがアジットに会うのは、これが初めてだった
アシュウィンは、ガザンが吐いた言葉に衝撃を受けた。
驚きで口を開いたまま、ガザンの方に首を巡らせた。
「……何っ?今、なんて言った?確か、親父って言ったよな?」
「ああ、親父って言った。」
「何で貴様の親父なんだよっ!」
「???
親父だから、親父と言っただけだ。」
ガザンは当然のように言った。
「どういうことだよ?」
アシュウィンは理解に苦しんだ。
「えっ?まさか、知らないのか?」
「何を?」
「お前は俺の弟だ。」
ガザンは表情一つ変えなかった。
「…………
何言ってんだっ!訳の分からんことをっ!」
「そうか……
親父っ!説明していないのか?」
ガザンはアジットに叫んだ。
「何を?」
アジットはキョトンとした。
「何をって……」
ガザンは呆れた。
「一体どうなっているんだよっ?」
アシュウィンはイラッとした。
「それは、親父の口から直接聞いた方がいい。」
ガザンは、アジットに話を振った。
「俺から聞くって?」
アジットは眉間にしわを寄せた。
「親父、俺に話していないことがあるみたいだな?」
アシュウィンはアジットに詰め寄った。
「話していないこと?何が?」
アジットには思い当たる節が無いようだった。
「何が、じゃねぇよっ!
俺がガザンの弟だって、本当か?」
「なんだ、そのことか。
そうだ。アシュウィンとガザンは兄弟だ。」
「そ、そんな重要なことをサラッと言いやがって……
じゃあ、ガザンはどこにいたんだ?
母さんが生きている時、一度も会ったことがないぞ。」
「そりゃそうだ。アシュウィンはガザンと会ったことがないだろう。
お前の母さんはガザンの母さんじゃない。
お前たちは異母兄弟だ。」
「異母……兄弟?」
「そうだ。母さんはそれぞれ別の人だ。
父親は俺だがな。」
「何を威張っているんだ。
分かるように説明しろよっ!」
「うーん、そうだな。分かった。
取り敢えず、この戦闘は終了だ。何も生み出さない。
これ以上戦うことは許さんっ!」
アジットの言葉には有無を言わせない圧力があった。
アジットは、馬から飛び降りると、何かを思い出すような表情になって、アシュウィンに向かって語り出した。
励みになりますので、応援コメントなどをお待ちしています。
よろしくお願いします。