かつて蒼かったこの星で
夢を叶えるお話です。
これを読む貴方に、大きな勇気を与えんことを。
この世界は、
漫画のように、たった一コマで、人生が変わったりなんかしない。
アニメのように、たった一話で、ヒーローになったりなんかしない。
小説のように、たった1章で涙する、感動物語なんかじゃない。
でも、そうなろうと願う。そう在ろうと闘う。
夢を捕らえんとし、同時に夢に囚われていることも知らず。
有り得た現実の、色鮮やかなお話。
――――――――――――――――――――
「似てる、いや、まんまだな。」
叶太は、洗面台の鏡の奥の自分とにらめっこをしていた。最近できた目元の笑いじわが、母さんそっくりだったことに気づいた。母さんとはしばらく会ってなかったので、それで思い出した。
身支度をしてから、まだ新しい教科書の詰まったカバンを背負って、玄関を出る。
「いってきまあす。」
「ひってらー」
トーストをくわえたままの妹が力の抜ける返事をした。お前は俺より学校遠いのにそんな悠長で間に合うのかと案じるが、妹のことだ。いつものようにどうにかするのだろう。
6月6日。早めの梅雨が開けて、この上ないいい天気だった。本日は快晴なり、と、こういう日なら時代遅れな表現もどんぴしゃなのかもしれない。
「でー毎度気になっちゃってたんだけど、なんで‘いい天気’が快晴なわけ?いい天気が雨じゃ曇りじゃだめなのかよ。俺は雨の方が好きだぜ。」
こんな調子でお早うございますすをっ飛ばし、朝からへりくつを垂れ流しているのは同じクラスで同じ通学路の爽来。こいつはいつも朝から絶妙に頭を使う題材を挙げてはディベートバトルをしようとする。生徒会ってこんなやつばかりなのだろうかと叶太は少し心配になる。
「そりゃだって晴れの方がみんな好きに決まってるだろ。少数派の意見だそれは。」
「いやいやいやイヤイヤイヤ論点はそこじゃないんだよ、どっちが多いかじゃなくてなぜ良いか、だ。」
「晴れだとがお天道様拝めるからじゃねえの?」
「ムショ帰りかお前は。」
「じゃかあしいわ。第一お前は雨派の方が圧倒的不利なのわかってその話題もちかけただろうが。いっつもお前は天邪鬼なんだよ。この逆張り雨男が。」
「な!途中までは認めるが雨男は関係ないだろ!」
今日も叶太が勝ったようだ。もっとも、ただのディスり合いだった気がしないでもないが。
いつも学校に一緒に行くクラスメイトは爽来だけではない。こんなやつと2人きりで登校して、こんな話ばかりしていたら、こんな調子がうつってめんどくさいやつになってしまうだろう。汚い通学路は浄化が必要だ。そう、途中で合流する、我らが公立光鋼高等学校のマドンナと言っても過言ではないその眩いお姿が角からお見えに―――
「おっは!」
「「おはよう心亜ちゃん!」」
ちっ。今日もハモってしまった。
髪は茶髪のロングヘアにお団子が2つ。
まばゆい眉、人並みでない瞳、美しき華のある鼻、未来永劫朽ちぬ口、優雅な香りたちこめる顔立ち、なんとも光栄な声、花びら降る毎高貴な振る舞い(さすがに無理が出てきた)、100人中120人が絶対に3度見する絶世の美少女、
試田心亜その人である。
「じめじめ明けて良かったねー!最高の天気じゃん!晴れが1番だよやっぱり。」
「全くその通りだよ。晴れこそ人類の最も理想とする天候。神様からの恩恵だね。」
こいつ調子のいいことばっかり言いやがって。手のひらクルクル風力発電でもしたいのか?
まあしかし、そんなことはどうだって良くなるくらい、晴れの日のお天道様も霞んでしまうくらい、心亜ちゃんの笑顔はまぶしかった。いやー眩しい。ほんとに眩しい。眩しすぎる。ん、これ、ほんとに心亜ちゃんの輝きか?やけにギラギラして―――
ずどん。
突如として、ずしりと重い音と共に、軽く地面が揺れた。甲高い悲鳴と、低い驚きの声。それらがステレオで両耳から聞こえてきた。もちろん叶太も驚いたが、他2人ほどではなかった。
周りの登校中の学生やスーツ姿の人々も慌てふためく。その中の数人は、何か決定的瞬間がカメラにおさえられるのではないかと、野次馬根性で携帯を音の方向に向ける。
「な、何が起こった?心亜ちゃんの聖なる力で奇跡でも起こしちゃった?」
冗談を言っている場合ではないのはわかっているが、いや、冗談ではなく本当にそうかもしれないとか思ったのだが、そういう頭が回るくらいには、叶太は意外にも冷静だった。危機感が欠落しているのだろうか。叶太は自分の両側から怪訝な視線を感じていた。
「す、すげえ、音だったな、隕石かなんかか?」
「いや、すげえ大きかったぞ?落ちてるの、はっきり見えたんだ。あんなもんが重力に身を任せて近くに落下しようもんなら、俺らはとっくに衝撃波で吹き飛ばされてる。」
文脈を気にしないまま拙い言葉にして、言葉にしたことで初めてわかった。墜落、というよりむしろ、「着陸」に近いような、眩しくて見えなかったが、大きさ的にはそれが妥当な表現だと思えた。
「え!なんかカラフルで大きな多面体なんだって!目の前で見た人が言ってる!パソコン屋の前の歩車分離信号の交差点の真ん中に、なにも下敷きにしないで落ちてきたみたい。」
SNSで素早く情報を手に入れた心亜ちゃんがことを鮮明に説明してくれた。写真をあげている人もいたようで、3人は狭い画面の中を食い入るように覗き込んだ。
見た目はなんとも機械的で、重厚感のある作りだった。‘2001年宇宙の旅’に出てくるモノリスに近かった。写真の中の交差点に面している3階立てのアパートをゆうに越す大きさ。10mないくらいであろうか。
なんとか推測する。どっかの軍の新兵器の実験?宇宙からの来訪者?世界の終末?もしくはそんなに大袈裟ではなく、飛行機から落下した現代アート?はたまたもっとしょうもない町ぐるみのドッキリ?
だめだ、どれもしっくりくる。
ただ単に情報が少ないし、なんだかどちらかと言うとそれが何かと言うより、これのおかげで今日休校にならないかなーというの呑気なことを考えてしまっていた。どうでもよかった。
だって、何が起きようと俺は主人公ではない。
傍観者。一モブとして人生を終えるだけであって、こんなので人生が変わったりなんかしない。今まで何度か非日常が目の前で起こったことがあった。でも何も変わらなかった。それが何よりの証拠。主人公なら、それを見逃してはいないはずだ。
そもそも多分みんなそうだ。俺に限った話ではない。みんなが生きてるのはノンフィクションの世界だし、だからこそみんなフィクションを好むのだ。現実に、そんなものは存在しないから。
異世界に転生したらどんなに面白かっただろう。超能力を手に入れたらどんなにワクワクしただろう。誰もが考えて、誰もが夢を見て、その不可能をだんだん忘れていく。
だから、期待はしていなかった。せめて、絶望だけはさせないでくれとだけ思っていた。
しかし、それは叶わなかった。
どぉん。
!?
音速は空を渡って、雲に反射して、幾重もの波が耳に届く。何かが破裂して、中身が放出されたような音だった。空になにか――
「あれ、さっき見たやつじゃないか?」
爽来が指さす先には、さっき写真で見たのとほとんど同じようなものが、空を飛んでいた。だが、先程のと比べると幾分も、小さい。そして、多い。
「いくつあるんだ?すげえ数だ。そもそもあれなんなんだよ。ドッキリかなにかか?成金配信者が一般人の反応動画でも撮りたいのか?」
爽来も同じようなことを考えていたらしい。俺の考えていたものよりもっと低俗だったが。でもそうとしか思えない光景だった。空を征服せんとばかりに、謎の多面体は四方八方に飛んでいく。
しばらく眺めていると、50mほど先にいた、開けっ放しランドセルを背負った小学生が謎の多面体を待て〜と言いながら追いかけ始めた。そんなスピードじゃ追いつけないのではないか。と見ていると、
ピッ
空から謎の電子音。見上げると、多面体のひとつが動きを止めて、少年の方を向いている。いや、正確には、正面がどこかなんて分からないので、推測でしかないが、その小学生に反応したことに間違いはなかった。
そして、その多面体は小学生の方へと方向をかえ、目の前まで来たところで、
ずわん。
爆発した。爆弾が爆発するところなんて、直接見たことは今までなかったが、その爆音と、熱波と、爆風と、同時に直径数十mの円形に消し飛んだいつもの通学路を見れば、それが爆弾もしくは同等の威力の破壊兵器であることは理解出来た。
周囲の人々がパニックになってその場から逃げ出す。叶太含む3人はその場でへたりこんでいた。頭が真っ白になっていた。もう少し先を歩いていたら、自分も消し飛んでいたのではないかと思うと、死が自分のこめかみをかすめたんだと思うと、手の震えが止まらなかった。
だが、恐怖は終わりではない。
多面体は、逃げている人間を、正確に、まるで吸い付くようにとらえ、目の前で爆発していく。なんとか首だけ動かし、あたりを見回すと、もうそこに日常はなかった。球体状に削られた道路。爆音と同時に消える悲鳴。目も当てられなかった。
早く、こいつらの目の届かない、建物の中に隠れなければ。震える両手をつかい、なんとか立ち上がろうとすると、
それを爽来がとめた。
「だめだ!無理にでも体を動かして、どこかに隠れないと!」
「違う!よく見ろ!隠れないと、だと?じゃあなぜ民家の2階までやられてるんだ!きっとどこにいるかは問題じゃない。何かが違う。そんなに簡単なセンサーみたいなものじゃないはずだ。少し待て。」
そう言って、自分たちと同じように地面に座り込んでいる小学生を指さす。
「あの子、そして俺ら、なぜやられていない?おかしいんだ。って、おい!やめろ!動くな!」
爽来は、聞いたことも無いような大声で小学生を動かないよう言った。しかし、パニック状態で聞こえるはずもない。走り出した小学生は、背後からの爆風に消されてしまった。
「…くっそ!…しかしわかった。あれはもののスピードに反応している。一定のスピードを超えたものめがけて飛んできている。それも、」
爽来は喋りながら、学生カバンを前方に投げる。
カバンは何事もなく、地面にばすっと落ちた。
「ものじゃない。人間だけに反応している。俺のカバンが爆発しなかったのはそういうことだ。」
なるほど。いや、今のは大きな賭けだったぞ。もしカバンに反応したら巻き添えをくらっていた。大胆というか、後先考えないというか。
ただ、今回はそれに救われた。
「歩いている人間には多分反応しない。それは反応に足るスピードではないからだろう。ゆっくり立とう。ゆっくり歩こう。ゆっくり解決策を探そう。」
「え…無理だよぅ。怖いよぅ。怖いよぅ。」
心亜ちゃんは、足がすくんで動けなくなっていた。今、行動が必要なのは十二分に承知してるはず。しかし、爽来の話したその理屈が本当に通用するとは限らない。限りなく絶対に近くとも、100%ではない。だからこそ、現状維持を、本能が望んでいる。
仕方の無い事だった。しかし、
「必ず。君を生かしてみせるさ。」
爽来は彼女の本能をはねのけようと試みた。一刻を争う状況で、自分の命すら危ない状況で、彼は他人の命を救おうとしている。
まだ、遠くから爆音が聴こえている。
心亜は、涙目になりながら、爽来の手をつかんだ。
あれ、こいつ、主人公?
「叶太!いくぞ!」
最早クエスチョンマークはいらないかもしれない。
こいつ、主人公。
うん、これだ。
まあ、脇役として頑張りましょうか、と諦めムードで意気込む。
「うわ!イヌのウ〇コ!」
突然、爽来は左足で踏みかけていたその茶色く光る物体をややオーバーに避けた。あんなかっこいいセリフを吐いたあとでだいぶダサいと思ったが、違う、そこではない。そんなに素早く移動するんじゃあない。
いや、そのスピード、アウトなのでは?
ピッ
頭上で鳴る音。
死の近づく音。
眩い光と轟音に、3人は包まれた。
死因は犬の糞であった。
アアアアアアアアアアアア!!!!
は!さっき俺は犬の糞に、じゃなかった、爆風に包まれて死んだはずでばばばばばば
上手く呼吸出来ない。寒い。顔が痛い。
それもそのはずと、周りを見回すとよくわかった。
俺は今、空から落ちている。
原理は分からない。さっきの爆弾でさえわからなかったのだから、もう考えるだけ無駄というものだろう。
ただただ、さながらスカイダイビングのように、重力に身を任せ、体は自由落下している。そしておそらく、先程までいた地上の位置の真上にいる。光鋼高校名物の正方形のグラウンドが見えるので間違いない。
そう、スカイダイビングと違うところと言えば、パラシュートなんてものは背負って無さそうだということだ。このままでは地面にたたきつけられるのは自明の理。っと、右横から人の声が。
「なんだ!なんだ!なんだ!なんだ!ってんだよー!!!犬の!ウ〇コ!避けただけ!だろうが!」
逆張りウ〇コ野郎の爽来が自分の運命を呪っていた。体の横を通り過ぎる風の音を超える声量で言うことではない気がする。やめて欲しい。そして、嘆いたあと、主人公(笑)くんは少しまともなことを言い始めた。
「周りにも!俺らと同じような人が!結構いるみたいだけど!なんか!突然消えてる人が!いる気がするんだよ!」
「うん!そうみたい!」
自分より少し高い位置にいた心亜ちゃんが、今まで聞いたことの無いような大きな声で返事をした。さっきの泣きそうだったあなたは何処?まあ元気そうでよかった。
「それもだけど!その消えた人って!そこらじゅうに見える!ロープみたいなのに!捕まって!そのまま!ロープと一緒に消えてるんだ!助かるには!あのロープに掴まらなきゃいけないのかも!」
続けて大声の心亜ちゃん。確かに、おかしいことばっかりで、どうでもいいような気がして気にしていなかったが、ロープのようなものがそこらじゅうにある。浮いてる。無作為に。長さもそれぞれ。周りを見ると、叶太達3人組意外にも人がいた。パニクって叫んでる人。助けを求める人。その中で、ほんの何人かが、冷静を保って、それが正解だと信じて、ロープに触れようと試みる。
霞む視界で1人だけ、成功しているのを見た。さっきの小学生だ。爽来が助けられなかった小学生。なんとかロープにタイミングよく触れると、彼はロープと共にどこかへ消えていった。これだ。
助かる方法が、ある。
下を見た。見たところ、手に届きそうなところにあるのは、1本だけ。これしか生き残る、助かるチャンスはないように思えた。
「仕組まれたみたいに!見た感じ!1人1回しかチャンスはないみたいだな!方向的に!心亜ちゃんの!ロープは!案外楽に手が届きそうだ!俺と叶太は!ちょっと!厳しいかも!しれない!」
風に阻まれながら、爽来は必死に伝える。
「そこで考えた!心亜ちゃんは!現状維持!俺と叶太は!足の裏を!お互いに!くっつけて!タイミングよく!バネみたく!のばす!すると!空中でも!少しだけ!進める!はずだ!それで!ロープを!つかもう!」
満場一致。それしかない。迷ってる時間はない。
何もかも分からないが、だからこそ、すがる。
早くもその時はきた。タイミングを見計らって、5秒のカウントダウンを爽来がした。
「5!4!3!2!1!」
GO!
心亜ちゃんがロープに触れる。タイミングよくタッチする。すると、キラキラと消えていく彼女が一瞬みえ、遠のいて言った。きっと、成功した。
さあ、次は、俺らだ。
「やるぞ!5!4!3!2!1!」
GO!
息ぴったりで、空を推進する。
手ごたえ改め、足ごたえはあった。十分に思えた。しかし、
届かなかった。
あとほんの数センチ。
それだけなのに。
たった数センチで。俺は死んでしまうのだ。
数センチに殺されるのだ。
見えないし音もしないが、爽来は上手くいったのだろうか。それならいいんだ。
俺はモブだって。
俺の死を糧にして、俺の分まで生きるとか、そういう事をほざいて、今度は立派に主人公してくれよ、と、考えた。
――随分と、諦めがいいのだな。――
だってモブだもん。
――言い訳か?――
言い訳で良いだろ。やれることはやったんだ。
遠のく意識の中で、誰かが、何かが、喋っていた。
――お前にはやることがあるんじゃないか?――
なんのことだ。
――お前には大事な約束があるはずだ。――
は?
――お前、ではないな。そう、俺には。
死んではならない理由がある。
「」
「」
「」
「」
「!」
何かが、体内で燃え上がった。本当に燃えているような感覚だった。あつい。焦げる匂いがしそうだ。
死んではいけない理由があるのか。
なにかはわからない。でも、深い深い深い心の海底に、忘れているけど、忘れてはダメなものがあった。なんなんだ。
無性に、生きたくなった。諦めムードはどこかへいってしまった。なさなければ、やらなければ、生きなければ
生きたい生きたい生きたい生きたい
「ああああああああああああああ!!!」
熱情に任せた。ただひたすらに生を望んだ。その理由すらわからないのに。何を望んでいるかすら、わからないのに、生きたい。
届け届け届けえ!!
瞬間、
ロープが、俺のところへ伸びてきた。んでもって、指にまとわりついた。そのまま、体中が、その何色かわからない色に包まれ…
………あおいひかりだった。
いつか見た空をスポイトでとったような、いつか眺めた海を編んだ編み物のような、見たことも無いラピスラズリの弾丸のような、そんな色が満遍なく塗りたくられた、そんな光景だった。さっきとは違い、どこかなんてわからない。なんの音もしない。
体が思うように動かない。でも不自由だとは感じない。あらゆる感覚がつま先とつむじから抜けていく。でも不自由だとは感じない。
すると、ひとつの声。
「生きたいか。」
叶太は頷く。
「本当に生きたいか。」
叶太は本当に頷く。
「そこまでして叶えたい何かがあるか。」
頷く。頷いているかどうかも認識しがたいが、ずっと頷く。
「そこまでして成したい願いがあるか。」
頷く。誰も見ていないかもしれないのに、したたかに頷く。
「…………………あっそ。」
突然、テイストが変わった。
「わーったわーった。お前で14?15だっけ?人目なんだよあんたが。強い強い願望はたった今、お前のいる世界の壁をこえた。だから、やるよ。あんたに。おもしろーい力を。」
ゆっくり頷く。
「誰もが大きな願いを持ったりするよな。しかしそれは大抵が叶わない。力不足が原因でな。金がない、権力がない。名前が無い。時間が無い。速さがない。なんにもない。そうやって願いはゴミみたいにゴミ箱に捨てられていく。」
ゆったり頷く。
「でもそれを叶えるだけの力があるとしたら?突然そんなものを手に入れたら?きっとそれはそれは必死で悪用したり善用したりするんだろうなあ。」
ゆるりと頷く。
「簡単に言うと、神様の気まぐれなわけ。深い理由は、ないでもないけどさ。だから、その色で、君が今欲しがってたその「あお」で、世界を塗りたくって欲しい。塗りたくって、君の色に変えて欲しい。かつて蒼かった、かつては本当に蒼だったこの星を。」
緩やかに頷く。
「躊躇うことはない。君は芸術家。思う存分好き勝手してくれて構わない。この地球という大きな大きなキャンバスで。」
悠然と頷く。
「それじゃ、機会があれば、また会おう。」
頷きはしなかった。そんなことする必要はないと、今知ったから。どうも、全部わかってるらしい。
そのまま、叶太はあおに沈んで行った。溺れ死ぬってこんな感じなのかな、とか思いながら、目を閉じる。――――
――気がつくと、先程の通学路で、叶太は倒れていた。周りを見ると、同じように倒れている爽来と心亜ちゃん。どうもないらしい。
「は?」
気持ちの良い寝覚めにそぐわない反応だったかもしれないが無理はない。なぜなら、あんなに爆弾で破壊され尽くしたはずの通学路が、元に戻っていたからだ。
最初にやられたはずの開けっ放しランドセルの小学生の方を見ても、何事も無かったかのように起き上がり、ぽかんと口を開けてぼーっとしている。
「ひ?」
何も発音練習をしている訳では無い。もうひとつ驚くことがあったからだ。
この両手、いや、全身か。
あおい。かすかに感じるあお。
こんなもの、さっきまではなかった。
これが、神様とやらが言ってた、色なのか?
一体何ができるって言うんだ?
分からないことだらけだが、今までにない変化があったような気がした。
変わるのか?
ま、今は深くは考えられない。
貰えるもんは貰っとこうではないか。
言う通りにしてやろう。
塗りたくってやる。このでかいキャンバスを。
空を見上げてニヤついた。この空の遥か彼方に居そうな、神様とやらにむかって。
…その日は休校となった。当然ちゃ当然かもしれない。どうやら、みんな、同じ体験をしたらしい。不思議なのは、日本に住んでいる人だけが、その体験をしたこと。
パニックになってみんながSNSにその事を投稿したが、海外では全くそのようなことは起こっておらず、写真をとった者もいたが、何故かそれ関連の写真は消えてなくなってしまっていた。
「突如集団幻覚を見た日本人」
「日本人は多角形爆弾の夢を見るか?」
などと海外では報道され、全く信じては貰えなかった。しかし、調査は続けられている。
「ふふ。頑張りな。主人公になるための第1歩は、主人公になろうとすることだ。」
どこかの誰かが、微笑んだ。