昼食とロムス
「おかえりなさい!」
「お帰り、お疲れさん」
マリンとレオンが採集を終えて帰ると、グレンダとサンディが庭で出迎えてくれた。グレンダ達のいる木陰にはクロスの掛けられたテーブルが置かれ、大きめの籠が4つほど乗っているのが見える。
「今日は私達で昼食を作ってみたんだよ」
ニヤニヤしているグレンダをみて、何を企んでいるんだろうとレオンは思った。
「お師匠さまに用意して頂くなんて恐れ多いです~~」
マリンは恐縮しているが、グレンダは笑顔だ。
「なに、サンディに畑で育ててる野菜と、台所の使い勝手を教えたついでだよ」
「あの、サンドパンを作ってみたんです」
サンドパン……いわゆるサンドイッチだが、作ってみたらグレンダがサンドパンと呼んだので、それにならったのだ。
「え~! サンディのお手製~?」
「うん。お口に合えばいいんだけど……」
サンディはややはにかんだ様子で笑っている。
「まあまあ、二人ともまずは手を洗っておいで。サンディが素晴らしいソースを作ったんだよ」
「わ~い、とっても楽しみです~ってあ! 抜け駆けはずるい~!」
黙って先に水場へ走り出したレオンを見て、マリンは慌てて追いかけていった。
「まったく、どっちが子供なんだかわかったもんじゃないね」
グレンダは笑いながら、椅子に腰掛けるのだった。
***
食事前の祈りの後、私が籠の蓋を開けた。たっぷりと盛り付けられたサンドパンは種類は多くないものの、彩りよく見えるようにしたつもりだ。
「こっちの籠は野菜サンドで、こっちはワイルドベリーのサンドです」
「え? ベリーをジャムにしないで、そのままパンに挟むの??」
ワイルドベリーはそのまま食べるとひどく酸っぱいので、レオンは驚いていた。
「クリームみたいなのが挟まってますね~」
「それはミルクを――」
「――いいからお前達、まずは食べてごらん。話はそれからだよ」
私が説明しようとするのを遮ったグレンダは、既に野菜サンドを手に持っている。マリンは野菜サンドを、レオンはベリーサンドを手に取った。
「うわ~このソースは一体何ですか~?! お野菜がとっても美味しいです~!」
マリンは声を上げて喜び、あっという間に一つ食べきってしまった。
「それは、卵黄とお酢とオイルと塩を混ぜて作ったソースなの」
それはいわゆるマヨネーズだけど、この世界でどう呼んだらいいのかわからない。とりあえず、原料と作り方をそのまま答えた。
「え、サンディが考えたの~? 本当に美味しい~! 後でレシピ教えてね~!」
マリンは明るい青緑色の瞳をキラキラさせながら、手には既に2つ目のサンドパンを取っている。
さっきからベリーサンドを食べているはずのレオンが静かだ。見れば目を瞑ったまま、咀嚼に専念している。やがて飲み込み終わると、目を潤ませて呟いた。
「何これ……本当に美味しい……」
レオンはもしかしたら甘党なのかもしれない。とりあえず口に合ってよかった。
「これはミルクと砂糖を混ぜて煮詰めたソースよ。酸っぱめの果物にとてもよく合うの」
「天国だ……これはきっと天国の味だ……」
いや、それは練乳というもので……と思ったが、目を瞑って恍惚としながらもちゃっかり3つ目を手に持っているレオンが面白かったので黙っていた。
「ちょっと~そっちも食べたいから、残しておいてよ~!」
「あの、まだ沢山あるから、ゆっくり食べてね」
「サンディ、そっちのベリーサンドを取っておくれ」
「はい、どうぞ」
庭での昼食会は、とても賑やかに時間が過ぎていった。
***
「この『レンニュウ』というソースは、赤茶にもよく合うねえ」
グレンダは満足そうに茶を飲んでいる。赤茶は飲んでみたら前世の紅茶とそっくりだったので、試しにと勧めてみたらグレンダの好みに合ったらしい。
今回作ってみたマヨネーズと練乳は大好評だ。
前世で入院していた頃は一日中本を読んでいたけど、そのうち病院に置いてある図書は読み尽くしてしまった。そこで母親に頼んで地域の図書館からランダムに借りてきて貰い、手当り次第読み漁ったのだ。
その中には手作り調味料の本もあった。前世では実践こそ出来なかったものの、記憶には残っている。
その記憶を活かして屋敷にあるもので作ってみたけど、これは大成功かもしれない。あの後マリンからは熱心にレシピを聞かれた。今後マヨネーズと練乳は、屋敷のレギュラーメニューに仲間入りするだろう。自分がやっと少し、ここの人たちの役に立てたようで本当に嬉しい。
あれからマリンは台所に籠もり、採取してきた食料の洗浄や保存の下ごしらえをしている。
レオンは採取してきた長い蔓を、庭で洗ったり割いたりしている……これは何をしているか全くわからないけど、必要な仕事なんだろう……たぶん。
「サンディ、さっきのサンドパンは残してあるね?」
グレンダに聞かれて思い出したけど、これから来る人の為にサンドパンを一人分残して置くよう言われていたのだ。
「はい、ここに」
隣の椅子に乗せておいた、小さめの籠をテーブルに乗せた。
「到着したようだよ」
しかし門の方を見ても誰も居ない。キョロキョロする私を見てグレンダが笑っている。
「『結界』を越えたという意味さ。もうあと1時間もすればここに着くだろうよ」
グレンダは精霊と契約し、この森一帯を囲む結界を張っているという。グレンダがよしとした者でないと出入りは不可能で、普通の人間はこの屋敷にたどり着くことすら出来ないそうだ。
しばらくすると馬車の音が聞こえてきた。グレーの馬二頭に引かれる、大きな荷馬車が見える。御者席には鳶色の髪を持つ長身の青年が座っており、私達の姿に気づくと大きく手を振った。
「おう! 婆さん元気か!」
グレンダは返事をせず、ツンとすまして囁いた。
「あんな事言ってるけどね、あいつだって200をとうに越えてる『爺』だからね.
騙されるんじゃないよ」
思わず口が丸く開く。見た目はとても若いのに。
青年がヒラリと身軽に御者台から飛び降りて馬を留めていると、マリンが屋敷から出てきた。
「ロムス様~、おかえりなさい~!」
「おうマリン、元気そうだな! ちょっと荷物降ろすの手伝ってくれ」
「は~い!」
賑やかな声を聞いて、レオンが裏庭から戻ってきた。青年は荷降ろしをマリンに任せると、グレンダ達の方へやってくる。
「お、その子達が例の?」
「ああ、紹介するよ。彼女がサンディ。そして大山猫族のレオンだ」
「初めまして」「よろしくおねがいします」
「俺はロムス。商人だ。欲しいものがあったら、何でも俺に言いな。次来る時に持ってきてやる」
ロムスはすごく背が高くて、鳶色の髪は短く整えられている。人懐っこそうなその優しい笑顔に、思わず私も自然と笑顔になった。
ロムスに席について貰うと、籠入りのサンドパンを出した。
「あの、どうぞ召し上がって下さい」
「おお、ちょうど腹減ってたんだよ、ありがとな!……って何だこれ! 無茶苦茶美味ぇな!?」
ああよかった、口に合ったみたいだ。グレンダはニヤニヤと笑っている。ロムスの子供のように雑、かつ勢いのある食べっぷりに、レオンも少し呆れたように笑っていた。
その時ふと違和感を覚えて、ロムスをよく見た。彼の瞳はすごく綺麗なオリーブグリーンだけど、木漏れ日が当たるとチラッと赤い光が見える。
そうこうしている内に、ロムスはサンドパンをあっという間に食べ終えてしまう。
「あー美味かった! こんな美味いサンドパンは初めて食べたぜ……って、どうした嬢ちゃん。俺の顔に何か付いて――」
そこまで言ってロムスが突然真顔になり、私の目をじっと見たまま固まってしまった。どうしたらよいかわからずに自分も固まっていると、グレンダが口を開く。
「そういう事なんだが、ロムス。お前さん、どう思うね?」
「いや、よくわからねえけど……たぶん、本物だ」
一体何のことだろう? レオンも私とロムスの顔を不思議そうに見比べている。
「よし。じゃあこの件は皆が揃ってから話そう。まずはサンディ、レオン。二人はマリンを手伝ってやっておくれ」
「「はい」」
「ロムス、今回の分はいつもの場所に置いてあるから積み込むといい。あと、次回お願いしたい物も一覧にして置いてあるよ」
「はいよ」
レオンと荷馬車に向かう……が、ふと視線を感じて振り返ると、ロムスがじっと私を見ていた。あまり目をジロジロと見て失礼な娘だと思われただろうか? すぐに視線を逸らして前を向いた。
「サンディ、大丈夫? なんかあの人、ちょっと怖い顔して君を見てたけど……」
二人で歩きながら、レオンが小声で心配そうに尋ねてくれた。
「きっと私があの人をじろじろ見てしまったから、ちょっと怒らせてしまったのかも。後でちゃんと謝るわ」
「そっか」
「あ、手伝ってくれるの~? あっちの重いのは私が運ぶから、こっちの木箱を裏庭の倉庫にに運んでくれるかな~」
荷馬車の脇には、四~五十個はあろうかという木箱が積まれている。これはちょっと大変そうだ。
その後私達はしばらく、荷運びに専念した。
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