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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第四章 地上編

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嘆きの竪琴

 その日の夜半すぎ。日課であるサンディからの就寝の挨拶があまりに遅いので、ウルスリードは水晶玉(クリスタル)を通じてエドアルドに声をかけた。


 真面目なエドアルドはいつもならすぐに反応するのだが、今晩は妙に反応が鈍い。なかなか応答が来ない事にやや苛立ちながらも、今まで無かった嫌な予感がして……そしてそれは見事に当たってしまった。


 そこで初めて、サンディが重傷との報告を受けた。


 ようやく応えたエドアルドはひどく顔色が悪い。おおよその話をした後、申し訳無さそうに頭を下げた。


「ご報告が遅くなりまして本当に申し訳ございません。実は今の今まで、仕上げの()()を施しておりまして……」

「――うむ、本当にご苦労だった。ゆっくり休め」


 水晶玉(クリスタル)越しに見えたサンディの顔色は、思った以上に悪かった。一刻も早くこの手で抱きしめたいが、あの様子では転移させることも難しいだろう。


 しかし……サンディが()()()()で済んだのは幸運だったと思う。


 魔女の屋敷ではエドアルドだけでなく、レオンや新しい魔女(マリン)も、()()を使えるようになっていたことが幸いした。エドアルド自身、『一人ではとても対処しきれなかった』と言っていた程だ。

 ――そういう意味でもサンディは、やはり幸運を持っているのだろう。


 しかし心配なのは、サンディの身に何が起きたのか誰も詳細はわからないという事だ。その上『白い翼を持つギベオリードに会った』という報告には、流石に我が耳を疑った。


 証拠にと見せられた指輪とローブは、確かに自分の隣でギベオリードが精霊王から賜ったものと同じだった。そしてその指輪は今、サンディの左手に収まっている。

 ――これは書庫で出会ったギベオリードの言葉に従って、エドアルドが嵌めたそうだ。


(ギベオンの記憶と知識が納められた書庫、か……)


 『アレクサンドラと、その許しを得た者』にのみ扉を開くという記憶の書庫。――個人的に非常に興味深いが……すべてはサンディが回復してからの話だろう。



 それにしても王として、そして父として……全く無力な自分が嫌になる。守るどころか側にいてやることすら出来ないとは、つくづく情けない限りだ。


 自室からバルコニーへ出て空を見上げると、水晶の細石(さざれ)を盛大に撒いたような星空が広がっている。しかしそれはいつもと変わらない光景で……。


(……当たり前だな)


 思わず自嘲した。


 何を思い上がっているのか。()()()()()がどんなに辛く苦しかろうが、()には全く関係のないことだ。


(だが、しかし……)


 ウルスリードは自身の左手にある深紅のバングルに触れた。一見金属のような輝きを放っていたそれは、淡く紅色に光りながら形を変える。


 それは流麗で繊細な細工の施された深紅の竪琴(ライアー)……ただし()のみへと変化した。慣れた手付きでそれを構え、力を通せば白金に輝く弦が現れる。


 それはわざわざ(はじ)かずとも、触れるだけで振動の伴わない()が鳴る。最初はゆっくり……そして徐々に繋がり紡がれていくその旋律は城内だけでなく、場外で警備している者たちの耳にまで届いていく。


「おお、この音色は……」

「ずいぶん久しぶりね……」

「なんと美しい音色でしょう……」

「陛下のライアーを再び聴けるとは、なんという幸甚……」


 場内外に勤める騎士や侍従、侍女達は、久しぶりに聞こえたその音色に聴き入っていた。




 ウルスリードの無骨な指がそっと触れるだけで、弦は勝手に()()を響かせる。その深く優しい音色は意外なほど力強く、遠くへ遠くへと伝わっていく。


 ウルスリードは精霊達に、サンディの回復を手伝うよう願った。


(数多の精霊達よ。これは天界王としての命令ではなく……一人の父親として、心からの()()だ)



 最初は長調の優しい旋律だったそれは、徐々にテンポが速まっていく。そのまま流れるように短調に変わると、いつしか美しくも物悲しい旋律へと変わった。


「……おいお前、何故泣いてるんだ?」

「いやおまえこそ……あれ、何でだろう?」


 王の自室近辺でそれを聴いていた警備の騎士が、自身の意思と関係なくぼろぼろと溢れだす涙に戸惑っている。


 音に込められた強い願いだけでなく、自身に対する無力感や嘆き。それらがすべて精霊力によって紡がれる音に乗り、周囲に強い影響を与えているのだ。


 それに気づかぬまま無心に弦を鳴らしていると、ウルスリードの耳へ軽やかな笛の音が聞こえてきた。嘆きを乗せて奏でられるライアーの音色に合わせ、懸命に寄り添うように付いてくる高い笛の音……。


(これは……レニーか)


 こんな遅い時間にいつまで起きているのかと思ったが、眠れないのは自身の鳴らすライアーのせいだろうと思い直す。


(――すまない。心配を掛けてしまったようだな)


 長調に戻してテンポを緩めると、しばらくして安心したように笛の音は途切れた。最後は愛息(レニー)に子守唄を歌うような気持ちで旋律を紡ぎ、そして演奏を終える。


 再びシンと静まり返った星空を見つめ、ウルスリードは小さく呟いた。


「親愛なる精霊王よ。どうかサンディを……()()()()()を護り給え……」


 天界王の祈りと願いは、満天の星空に吸い込まれていった。

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