マリンとレオン
「マリンー! この木の実は食べられるのー?」
レオンが樹上から幾つかの硬い実を落とした。マリンは拳大のそれを拾って観察する。
「これは殻と皮が染料になります~。実は茹でてアク抜きすると、ホックリして美味しいですよ~」
「っしゃ。じゃあ集めるね!」
マリンとレオンは森の中で採取に励んでいた。
歳は倍も離れているが、レオンは見た目が幼いマリンに対して気さくに接していた。マリンはそれを不快に思う事も無く、むしろ元気な弟が出来たようによく面倒を見ている。
身軽なレオンは、いとも簡単にスルスルと木に登る。それを見て木登りが苦手なマリンはたいそう喜んだ。樹上の実や果実はレオンに任せて、自分は山菜や薬草、キノコ類の採取に専念する。
しばらく採取に励み、各自の背負籠がそれぞれ半分くらい満たされると二人は近くの川に向かった。レオンが川辺で手を洗っていると、目の前の浅瀬で魚が大きく跳ねる。
「あ、今の魚、結構大きかった!」
「この川は水がとても綺麗です~。深い方に行くともっと大きな魚も獲れるけど、危ないので一人で潜ったらダメですよ~」
「大丈夫。僕は潜らないで、銛で突いて獲る方が得意なんだ。」
ちょっと目をそらして言うレオンを見て、マリンはくすりと笑った。
「ああ、にゃんこさんですもんね~お水は嫌ですよね~」
「うっ、うるさい! 泳げないわけじゃないんだからなっ!」
「はいはい~うっふふ~」
やっぱりマリンは年上だ。どうにも口では敵わない気がする。レオンは理不尽を感じつつ、目についた手頃な真っ直ぐの棒を一本拾った。
「あ、これいいな」
「男子は本当に棒が好きですよね~うふふ~」
「そ、そういうんじゃないよ! これ、矢にするのに丁度いいと思ったんだ」
『黒い翼のヤツ』に襲われた時、父が作ってくれた自分専用の弓矢はバラバラに壊されてしまった。その時にベルトも切れたせいで、腰に付けていたはずの父から貰ったナイフも無くしたままだ。
早く狩りに使う道具を作って、ここのみんなの役に立ちたいのに。
「そういえば、グレンダとマリンは何か武器を使うの?」
「なんでですか~?」
「んー、女の人が二人きりで暮らしていたら、物騒な事が起きたりしないのかと思って」
マリンはちょっと考えたが、すぐにレオンの疑問の意味を理解した。
「普段はお師匠さまと妖精との契約による結界があるので、部外者は屋敷にたどり着くことすらできないんです~。あとお師匠様は、クロスボウを使う事がありますよ~。矢に魔法を込めて使うので、おっかないです~……」
マリンはふるふると首を横に振る。
「クロスボウって、力がなくてもすごい勢いで矢を放てる武器だよね? すごいなーカッコいいなーー」
レオンの目がいつにも増してキラキラしている。やっぱり男の子だなと思いながら、マリンは頭をかいた。
「私も普通の弓を習いましたが~……ちょっと苦手ですね~」
「力の問題? 引くのが苦手とか?」
いやいや、とマリンは手を振る。
「いえ、単純に狙った所に当たらないんです~。でも私、力はあるんですよ、ドワーフ族ですから~」
えっへん、と腰に手を当てて胸を張る。一見小柄な少女にしか見えないマリンには、意外な特技があるようだ。
「腕相撲なら、きっとレオンにも負けませんよぉ~」
いくら年上とはいえ、自分より小柄な女の子にクスクスと笑いながらそんな事を言われたら、男子たるもの引き下がるわけにはいかない。
レオンはマリンに一本勝負を申し込み、あっさりと返り討ちにあった。最終的にレオンが拝み倒して3回まで勝負をしたが、全く歯が立たなかった。まさに驚異の腕力だ。
「くっそーー悔しい!!!」
河原でうつ伏せになってジタバタしているレオンが、ふと動きを留めて仰向けになる。
「……そうか。それだけ腕力があるなら、弓じゃなくてウィップを使ってみたらどうかな」
「ウィップ……鞭ですか?」
「そうそう!」
レオンはガバっと上体を起こした。
「力が強いやつは大きな斧とか大金槌なんかを武器に選ぶらしいけど、マリンは身体が小さいから、そういうのは厳しいと思うんだ」
「そうですねぇ~。持ち上げるだけなら出来そうなんですが、取り回すのは難しそうです~」
マリンはうんうんと頷いている。
「ウィップなら非力な女性でも上手に使う人はいるし、基礎腕力が強ければ威力もそれだけ増す。ただちょっと癖があるから練習は必要だと思うけど、上手になったら高いところや離れたところに渡ったり、ものを取ることもできるよ」
「そうなんですか~」
目と口をまん丸にしていたマリンだったが、レオンが少しだけ目を逸したことに気づいた。
「その……母さんが得意だったんだ」
「あ……」
襲撃を受けた村にいたレオンの家族は、全員が消息不明だ。今の自分では危険すぎて安否確認にも行けず、今となってはもう諦めているとレオンは言っていた。
自分の発言のせいで微妙な雰囲気になったのを察したのか、レオンは慌てて明るい声を出した。
「だ、だから僕も多少なら使えるんだ。ちょっと待ってて!」
レオンは周囲を見渡すと、少し離れた場所にある木に登った。ガサガサと音がした後、二メートル程度の蔓を二本採って戻ってくる。マリンが持ってみると程々の太さがあり、しなやかさも申し分なさそうだ。
「これで練習してみよう」
レオンは大股で三歩歩くとそこに大きめの石を置き、更にその上に河原の小さな石を少し積んで的を作る。それを五個ほど、等間隔に並べた。
「じゃあまず、僕からやってみるね。この蔓、初めて使うけど、かなりしなやかだね」
ヒュンヒュンと風切り音を立てながら素振りをし、改めて構える。
「構え方は自由でいいと思う。肘から先をしなやかに使って、手首のひねりで方向を定めるんだ。そして当てたい場所に蔓が届くタイミングを狙って引き叩く」
――ピシャッ
五つ並んだ的の左端、上に積まれていた小石だけが、綺麗に向こう側に飛び散った。
「すごいです~!」
「残りは連続で当ててみるね」
マリンの感嘆の声に少し照れながら、続けて打つ。ヒュンという音の後に、左側から残りの4つの的がピシャ! ピシャ! と規則的に乾いた音を鳴らして弾けた。
「すご~い! とってもカッコいいです~!!」
「いやーそれほどでも……」
へへっと頭をかくレオンだったが、マリンが自分ではなく蔓の鞭に対して熱い視線を注いでいる事に気づいた。
「……コホン」
咳払いをしつつ、崩れた的を積み直した。
「じゃあマリンも練習してみて」
「よぉ~し!」
「きゃっ!」
一発目は的とは程遠い、あらぬ方向に飛んで当たった。
「いたっ!」
二発目は自分の足に掠ってしまったらしい。
「うーん、しなりをもっと制御してみて。あと、引き叩くタイミングの手首はもっと早く、しなやかに動かすんだ」
「わかった~」
マリンは深呼吸を一つして構え直す。
――ヒュン ビシッ
格段に動きが良くなった――が、的である積まれた小石には当たっていない。
蔓の先端は、すぐ下の大きい石に当たったようだ。石の表面には真新しい緑色の跡が付いている。
「やっぱパワーが違うな」
レオンはちょっと引き気味に呟いた。
(この勢いで叩き続けられたら、蔓の方が先にダメになりそうだな……)
「もう一回やるね~、小石を弾き飛ばすの~!」
マリンが目を爛々と輝かせて的を狙っている。そして放った次の瞬間、ピシャッといい音を立てて、見事に一番右端の的を叩き落とした。
「やったぁ~! 当たった~!」
「うわーすごい! 飲み込み早いな!」
「忘れないうちに練習するの~!」
ヒュンッという風切り音のあと、ピシャッと乾いた音を立てて二発目も綺麗に当たった。
「このまま連続で~!」
「あ、マリンちょっと待って!?」
再びヒュンという音の後、マリンの焦りのせいか、しなりのリズムが一瞬狂った。
力と速度の乗り切った蔓は的の小石を巻き取って、戻る勢いでこちらに散弾を飛ばした。
「いってぇ!」
「きゃ~痛いっ!!」
二人は盛大に小石弾を食らい、揃って痛みにもだえている。
「レオン、ごめんなさい~」
「いや、もう大丈夫。それにしてもマリンは、本当にすごいパワーだな。無茶苦茶痛かった……」
レオンは小石がクリーンヒットした腕にフーフーと息を吹きかけ、マリンも自分の肩の辺りをしきりに擦っている。
「まあ、こんな感じさ。もう少しゆっくり落ち着いて練習すれば、いろんな事ができるようになると思う」
「うん、ありがとう~これ楽しい! これからも続けて練習してみるね~!」
マリンのパワーだと最初の蔓はすぐにダメになりそうだったので、レオンは自分の分を渡した。
「帰るまでにまた良さそうな蔓があったら採っておくよ」
「じゃあもう少しだけ森の様子を見てから帰ろうか~」
「うん、そうしよう」
帰り道、レオンはウィップの使い方やコツについて、マリンから質問攻めを受けることになった。ウィップという武器は、彼女にとってかなり楽しかったらしい。そしてマリンの飲み込みの早さは素直にすごいと思った。……が唯一、あの圧倒的パワーは恐ろしい。
「マリンがウィップを持ってる時は、怒らせちゃダメだな……」
歩きながら、微かに耳をふるりと伏せ、短めのしっぽをお尻の横にぴたりと付けるレオンだった。