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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第四章 地上編

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報酬

 荷下ろしを終えてやや遅めの朝食の後、私とレオン、エドアルド、そしてロムスがリビングに集まっている。

 部屋の片隅、空いている椅子の背にはヴィオラが止まっているけど……今は眠っているみたいだ。


「ロムス、あのね……」


 私は黒妖精から伝えられた『王弟ギベオリードが魔界の王になりつつある』という情報をロムスに説明した。そしてそれを阻止する為に、精霊王がヴィオラを預けてくれた事も。


「ふーん。その王弟陛下サマってのは、()()になれるなら何処でもいいのか?」

「ギベオリード陛下は人格者で通っていた方です。決してそのような……」

()()()ねぇ。その割には、やってる事がえげつねえな」

「……」


 エドアルドは言い返す事ができず黙ってしまった。


「ねえエド。王弟陛下……叔父様は一体どういう人だったの?」

「うーん……。僕は何度か学院ですれ違った程度で、授業を受けたこともないのでよく知りません。ただ伝え聞くところによれば、()()()といった所でしょうか」


 エドアルドが生まれた頃には既に魔道研究の第一人者となっていて、天界大学院で教鞭を取っていたというギベオリード。その卓越した魔術の技能と知識は、騎士団からも指導を請われる程だったという。


 しかしエドアルドがアヤナの試練を終えた頃に、その求道熱がやや度を越していると噂になった事があるそうだ。


「僕が中等学院生だった頃の話です。女子生徒に乱暴な言葉を使ったり喧嘩沙汰を起こしたり備品や設備に損害を与えたりと、悪ふざけの過ぎる連中がいたんですよ。ある日()()()王弟陛下が彼らを直接呼び出して、地下の反省室に閉じ込めた事があったんです。翌日には解放されましたが、その悪ガキ連中全員がまるで人が変わったように大人しくなってました。完全に毒気を抜かれたようなその変わりように『あれは王弟陛下によって精神的な改変、あるいは洗脳がされたのでは』なんて噂になったんです」


「子供相手に()()か。それのどこら辺が()()()なんだよ」


 舌打ちをするロムスに、思わず(うなず)く。


「あくまでも噂ですよ。それに精神攻撃は大人でも大変に危険なのですが、アヤナの試練を終えて間もない子供に使用すると致命傷になる事がままあります。だからそれは絶対に禁じられているんです」


「それは禁術ということ?」

「いいえ、禁止項目と禁術とは全く別物です。禁術はもっとこう、倫理的に許されない術というか……」

「それってあの、人の脳を取って使ったりとかするやつ?」


 レオンの言葉に、ロムスはあからさまに顔をしかめた。


「なんだ、その気色悪い話は」


 エドアルドが天界王の執務室付き侍女が殺害された事件を説明すると、ロムスの表情がますます曇る。


「エドアルド。お前、本気でそんな()()のところにサンディを連れて行くつもりか?」

「ちょっと待って! エドアルドが行かせるんじゃないわ。私が決めたことなの」


 慌てて遮ると、ロムスは困った顔をする。


「いくら()()()()の為とはいえ、相手がそんな変態じゃ……」

「だからって待ってても状況は悪くなる一方でしょ? それなら一刻も早く叩く方がいいに決まってる。それに、今は私以外に、それをできる人はいない」


 ロムスが私の事を心配してくれるのは本当に嬉しい。でも、これはいつか誰かがやらないといけない事。それなら私がやると決めた事だし、譲る気はない。


 ロムスが腕組みをしたまま黙り込んでいるとノックの音が響いた。レオンが返事をすると、テレシアが大きなトレイを持って部屋に入ってくる。


「お話中にごめんなさいね。お茶が入ったわよ」


 トレイには人数分のカップの他に、籠に山盛りにされた色とりどりのフルーツが乗っていた。

「これ、ロムス様が持ってきて下さったんですよ」


「わあ、美味しそう!」

「いただきまーす!」


 やや硬くなった空気を和らげる為、あえて元気よく声を上げる。レオンもすぐに続いてオレンジを掴んだ。


 私がブドウの房を手に取ると、寝てたはずのヴィオラが肩に舞い降りてきた。クルッとひと声、耳元で囁くように鳴く。


「あら、ヴィオラはブドウを食べるのかしら?」


 試しに一粒与えてみると、喜んで皮ごと食べてしまった。


「ねえ、ミミズクって肉食じゃないの?」


 レオンがオレンジを剥きながら不思議そうに尋ねる。うん、私もそう思ってた。


「でもヴィオラ(こいつ)は妖精だからなぁ。俺だって今更ネズミを丸呑みしたいとは思わねえぞ」


 ロムスの言葉にエドアルドがちょっとむせたけど、すぐに落ち着いたみたいだ。


 お茶の配膳を済ますとテレシアはすぐに部屋を出て行った。雑談が弾み、少し空気が和らぐのを見計らって尋ねる。


「ねえエド。地底へはどうやったら行けるのかしら。天界に行くように転移するの?」

「…………」


 一瞬、エドアルドとロムスの動きが止まる。ああ、やっぱりそうだ。私が地底界へ向かうこと自体が歓迎されていない事を感じる。


「地底への行き方ですが、少なくとも僕はその手段を持っていません。転移は過去に自分が訪れた事があるという事と、転移先に大きな精霊力が在る事が条件ですから」

「だから屋敷に戻る時は、大樹の切り株を使っているのね?」


 エドアルドは(うなず)いた。


「大樹は切られてもなお精霊力との親和性が高いようで、転移・転送がしやすいですね。あと地底への出入り口は地底の民――咎人(とがびと)や魔物が出現した場所に強く残ると聞いています」


「それなら、僕のいた村に残ってるかもしれない?」


 レオンの問いに、エドアルドは首を横に振った。


「ああいった()()()()()は、我々精霊師が早々に浄化するので、もう無いでしょうね。出入り口が残っている確率はむしろ通常の場所よりも少ないかもしれません」

「だとすると、咎人や魔物が出現した場所に精霊師より早く駆けつける必要があるって事ね」


 これはなかなか難しそうだ。


「それなら王都で情報を集めるってのはどうだ?」

「王都で?」


 ロムスは相変わらず不機嫌そうに腕組みしてるけど、それでも提案はしてくれるみたいだ。


「王都に行けば()()()()()情報だけはいくらでも集まる。そん中から()を見つけ出して待ち受けるしか無いだろ」


 レオン、そしてエドアルドを見ると、二人とも頷いた。


「ありがとうロムス。それがいい……というか、それしかないみたいね」

「まあどっちにしろ、いつかこれをサンディに渡さなきゃと思ってたからな」


 ロムスは胸ポケットから革製の薄い包みを出した。ぺらりと蓋を開くと、中から銀色のカードを出して私に手渡す。

 受け取ったカードをよく見ると薄い金属製だ。縁には美しく繊細な彫金細工が施されている。


「『ザーシカイム王国 商業ギルド、身分証明証。サンディ、肩書、北の森の魔女【弟子】』――ロムス、これは?」


 何やら格調高そうなカードには、私の名前が刻まれている。そして肩書きが『魔女の弟子』?


「昔、サンディからレシピをいくつか預かっただろう。憶えてるか?」

「あ、『まよソース』とか」

「そうだ。あと『ますたあど』『ミルクソース』とかな。サンディは、あれで俺に()()()()()って言ったよな」


 確かにそんなこともあったけど、今まですっかり忘れていた。


「ああ、うん。でもあれは、マリンにいい武器を買ってあげて欲しかっただけで……」

「今マリンが持っている氷竜の(ウィップ)はグレンダからの注文で、代金もグレンダが払ってる。俺はサンディの金には一切手をつけてないぜ」


 ロムスはニヤリと笑いながら、両手を上げてひらひらしてみせた。


「そのカードを王都のギルドに行って見せれば、サンディ名義の金が自由に下ろせる。最初だけはギルド長に面通しする必要はあるが、それさえ済ませれば王都内の別の都市でも金を下ろせるぜ。店によってはツケ払いも可能だ。絶対無くさないように気をつけろよ」


 確かに旅をするならばお金は必要不可欠だ。そしてこれは、前世のクレジットカード的な使い方もできるらしい。それでもまさかロムスに渡したあのレシピが、こんな形で返ってくるとは思ってもいなかった。


「ありがとう、ロムス。本当に助かるわ」

「なあに、サンディが考えたレシピに対する正当な報酬だ。俺は何もしてねえよ」


 やや素直さに欠けるロムスの照れ隠しめいた言い方に、一瞬目を見合わせたレオンとエドアルドはクスリと笑うのだった。

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