この世の理(ことわり)
グレンダは自室で幾つかの用事を済ませ、ダイニングに向かっていた。
廊下の向こうから、パタパタと音を立ててサンディがやってくる。朝食の準備ができたと知らせに来てくれたらしい。
ダイニングに入ると、既に人数分の食事が並んでいる。マリンの手作りパンにサラダ、スープに果物。目玉焼きにはベーコンが添えられていた。いつも通りの光景だが、今日はその数が倍である。
マリンはミルクを注ぎながら、子供たちに呼びかけた。
「みなさーん、席についてくださーい」
子供二人はそれぞれにあてがわれた席に付く。マリンは全員のコップにミルクを注ぎ終わると、最後にグレンダの隣の席に付いた。
「みんな手を組んで、目を瞑って下さい~」
マリンの優しく明るい声に、子供二人は素直に従う。
「最後はみんな一緒に『いただきます』って言いますよ~。ではお師匠様、お願いします~」
そう告げるとマリンも手を組み、目を瞑った。
「数多の精霊様と彼らを統べる精霊王様、どうか今日も正しく我々をお導き下さい。全ての恵みに感謝してこの食事を、いただきます」
「「「いただきます」」ます」
――最後の唱和がちょっと遅れた者もいたが、初回としてはまあ上出来だろう。
グレンダが最初にパンを手にとって声をかける。
「さあみんな、たーんとお食べ」
サンディはパンをちぎってスープに浸けながら、レオンはパンを目玉焼きの黄身に付けて、それぞれ美味しそうに食べている。
マリンとグレンダはその様子を見て目を合わせ、嬉しそうに微笑むと自分たちも食事を開始した。
***
全員が食事を終え、マリンが食器を洗い、その横でレオンが拭いている。サンディはテーブルを拭いていた。
グレンダは茶を飲みながら、三人の様子を観察している。子供ら二人はよく食べた──あの調子なら体調も問題ないだろう。
「サンディ、一息ついたら裏庭へおいで。午前中はこの屋敷の周りを案内してやろう。あとマリン。今日の採取にレオンを連れて行ってやっておくれ」
「わかりました~」
「レオン、今後の狩りの参考に、辺りの様子をよく憶えてくるといい」
「はい!」
「ああそうだ。マリン、午後にはアレが来る予定だから、それまでには戻っておいで」
「は~い、ロムス様ですね~」
「ああ。色々と物入りになりそうだからね。来たら二人にも紹介するよ。……じゃあ、サンディ。先に裏庭で待っているからね」
そう言うとグレンダは、ダイニングから出ていった。
***
サンディは食後の片付けを終えた後、すぐに裏庭へ向かった。
裏庭には二人住まいにしてはかなり広い畑があり、少しずついろんな種類の野菜が育てられている。
畑の片隅には、小ぢんまりとした家畜小屋があった。中を覗くとヤギが三頭繋がれており、隣のエリアでは鶏達が元気に跳ね回っている。朝使っていたミルクや卵は、彼らのおかげだという。
「グレンダは、ずっとここで生活しているの?」
「ああ、そうだよ。代々『森の魔女』は、この森と精霊力の調和を守るために、ここで毎日祈りを捧げながら生きてきたんだ」
「『森の魔女』……」
グレンダは微笑みながら頷いた。
「私には二つ名があってね。街の連中は私の事を、『北の森の魔女』と呼んでいるのさ……その名を聞いたことは無いかい?」
私は首を横に振った。
それにしても、魔女というと、自分の中ではあまりいいイメージが無い。だけどグレンダを見ていると、とても悪い人には見えない……。それをそのまま素直に伝えると、グレンダの目が少し大きくなった後にケラケラと笑われた。
「サンディは面白い事を言うねえ。魔法を使う女なら、みんな魔女じゃないか」
(そういうものなんだ……)
やはりこの世界の事は、まだよくわからない。いい機会だから、色々聞いてみよう……。
「あの、『精霊力の調和を守る』ってどういう事ですか?」
そう聞くと、グレンダはちょっと困ったように笑った。
「そこからか……ちょっと長くなるけどいいかい?」
この世界の全ては、食事前の祈りの言葉に出てきた『精霊王』によって統治されているという。
四大――火・水・風・土――精霊たちが自然の調和を保っているのだけど、この調和が崩れると、地上界は自然災害や天変地異が起きて破壊され、その被害は天界・精霊界にも巡り巡って影響が及んでしまうという。
「天界っていう所もあるんですか?」
「天界は、背中に翼を背負う人たち……天界人が住まう場所だよ」
グレンダは私の拙い質問に、いちいち丁寧に答えてくれる。それに甘えて、私はもう一つ尋ねてみた。
「ええと……レオンの村を襲ったのは、天界人なの?」
ふむという顔をして、グレンダは顎に手をやる。
「これは予測でしかないが……恐らく天界人だった者だと私は思っている」
「だった者……?」
「天界人……私達地上人は、親しみを込めて『翼人』とも呼んでいるがね。彼らが何か大きな罪──精霊の理を破ったり、精霊王の意思に背くような事をすると、罰として地底に墜とされる事がある。その時彼らの白く美しい翼は黒く染まり、鉄のように重くなると言われているのさ」
グレンダは、更に言葉を選んで続ける。
「黒い翼と強い魔力……。レオンの村を襲ったのは地底界に落ちた翼人……『咎人』ではないかと思う。まあ、これは私の推測でしかないがね」
世界の全てを統べるのは精霊王だけど、下界に行くにつれてその影響力は弱くなるそうだ。そのため地底界では精霊王の影響力を避けたい者達……魔に属する者や、罪を犯して堕ちた者が住まう場所と言われているらしい。
「でもね、一旦地の底に落とされても、もともと『精霊に愛されし種族』である翼人には救済があるんだよ」
「救済ですか?」
グレンダは頷いた。
「隠すことの許されない黒く重い翼を背負いながら『善行』を積むのさ。ただただひたすらに、気が遠くなるような長い時間をかけ、世界の調和を保つために真摯に働き続ける事……」
「……」
「その償いの結果が翼に現れるそうだ。黒く重い羽は徐々に灰色になって軽くなり、最終的には元に戻って飛ぶことすらも可能になるという。ただ、それは本当に長い長い年月が必要だとか……」
「それは……つらくて重い『償い』なのですね」
「そうだね」
しばらく目を瞑っていたグレンダが、私を見つめた。
「レオンの村を襲った者についての情報だけどね、これはまだ確実な話ではないからレオンには言っていないんだ。だからサンディも黙っていておくれ」
「わかりました」
「いつか伝手を使って調べて貰おうとは思っている。もしそこで確実なことがわかったら、レオンにはちゃんと私から話そうと思う」
レオンには真実を知る権利があると思う。でも今すぐ村に戻るのは、とてもじゃないけど危険すぎるだろう。
それでもグレンダが調べてくれるなら安心だ。彼女に任せて待っていよう……私はそう思った。





