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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第一章 幼年期編

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この世の理(ことわり)

 グレンダは自室で幾つかの用事を済ませ、ダイニングに向かっていた。

 廊下の向こうから、パタパタと音を立ててサンディがやってくる。朝食の準備ができたと知らせに来てくれたらしい。


 ダイニングに入ると、既に人数分の食事が並んでいる。マリンの手作りパンにサラダ、スープに果物。目玉焼きにはベーコンが添えられていた。いつも通りの光景だが、今日はその数が倍である。


 マリンはミルクを注ぎながら、子供たちに呼びかけた。

「みなさーん、席についてくださーい」


 子供二人はそれぞれにあてがわれた席に付く。マリンは全員のコップにミルクを注ぎ終わると、最後にグレンダの隣の席に付いた。


「みんな手を組んで、目を瞑って下さい~」

 マリンの優しく明るい声に、子供二人は素直に従う。


「最後はみんな一緒に『いただきます』って言いますよ~。ではお師匠様、お願いします~」

 そう告げるとマリンも手を組み、目を瞑った。


数多(あまた)の精霊様と彼らを統べる精霊王様、どうか今日も正しく我々をお導き下さい。全ての恵みに感謝してこの食事を、いただきます」

「「「いただきます」」ます」


 ――最後の唱和がちょっと遅れた者もいたが、初回としてはまあ上出来だろう。

 グレンダが最初にパンを手にとって声をかける。


「さあみんな、たーんとお食べ」


 サンディはパンをちぎってスープに浸けながら、レオンはパンを目玉焼きの黄身に付けて、それぞれ美味しそうに食べている。

 マリンとグレンダはその様子を見て目を合わせ、嬉しそうに微笑むと自分たちも食事を開始した。



 ***



 全員が食事を終え、マリンが食器を洗い、その横でレオンが拭いている。サンディはテーブルを拭いていた。


 グレンダは茶を飲みながら、三人の様子を観察している。子供ら二人はよく食べた──あの調子なら体調も問題ないだろう。


「サンディ、一息ついたら裏庭へおいで。午前中はこの屋敷の周りを案内してやろう。あとマリン。今日の採取にレオンを連れて行ってやっておくれ」

「わかりました~」

「レオン、今後の狩りの参考に、辺りの様子をよく憶えてくるといい」

「はい!」


「ああそうだ。マリン、午後には()()が来る予定だから、それまでには戻っておいで」

「は~い、ロムス様ですね~」

「ああ。色々と物入りになりそうだからね。来たら二人にも紹介するよ。……じゃあ、サンディ。先に裏庭で待っているからね」


 そう言うとグレンダは、ダイニングから出ていった。



 ***



 サンディ(わたし)は食後の片付けを終えた後、すぐに裏庭へ向かった。

 裏庭には二人住まいにしてはかなり広い畑があり、少しずついろんな種類の野菜が育てられている。


 畑の片隅には、小ぢんまりとした家畜小屋があった。中を覗くとヤギが三頭繋がれており、隣のエリアでは鶏達が元気に跳ね回っている。朝使っていたミルクや卵は、彼らのおかげだという。


「グレンダは、ずっとここで生活しているの?」

「ああ、そうだよ。代々『森の魔女』は、この森と精霊力の調和を守るために、ここで毎日祈りを捧げながら生きてきたんだ」

「『森の魔女』……」


 グレンダは微笑みながら頷いた。


「私には()()()があってね。街の連中は私の事を、『北の森の魔女』と呼んでいるのさ……その名を聞いたことは無いかい?」


 私は首を横に振った。

 それにしても、()()というと、自分の中ではあまりいいイメージが無い。だけどグレンダを見ていると、とても悪い人には見えない……。それをそのまま素直に伝えると、グレンダの目が少し大きくなった後にケラケラと笑われた。


「サンディは面白い事を言うねえ。魔法を使う女なら、みんな()()じゃないか」

(そういうものなんだ……)


 やはりこの世界の事は、まだよくわからない。いい機会だから、色々聞いてみよう……。


「あの、『精霊力の調和を守る』ってどういう事ですか?」


 そう聞くと、グレンダはちょっと困ったように笑った。


「そこからか……ちょっと長くなるけどいいかい?」


 この世界の全ては、食事前の祈りの言葉に出てきた『精霊王』によって統治されているという。

 四大――火・水・風・土――精霊たちが自然の調和(バランス)を保っているのだけど、この調和が崩れると、地上界は自然災害や天変地異が起きて破壊され、その被害は天界・精霊界にも巡り巡って影響が及んでしまうという。


()()っていう所もあるんですか?」

「天界は、背中に翼を背負う人たち……天界人が住まう場所だよ」


 グレンダは私の拙い質問に、いちいち丁寧に答えてくれる。それに甘えて、私はもう一つ尋ねてみた。


「ええと……レオンの村を襲ったのは、天界人なの?」

 ふむという顔をして、グレンダは顎に手をやる。


「これは予測でしかないが……恐らく天界人()()()者だと私は思っている」

()()()者……?」


「天界人……私達地上人は、親しみを込めて『翼人(つばさびと)』とも呼んでいるがね。彼らが何か大きな罪──精霊の理を破ったり、精霊王の意思に背くような事をすると、罰として地底に墜とされる事がある。その時彼らの白く美しい翼は黒く染まり、鉄のように重くなると言われているのさ」


 グレンダは、更に言葉を選んで続ける。


「黒い翼と強い魔力……。レオンの村を襲ったのは地底界に落ちた翼人……『咎人(とがびと)』ではないかと思う。まあ、これは私の推測でしかないがね」


 世界の全てを統べるのは精霊王だけど、下界に行くにつれてその影響力は弱くなるそうだ。そのため地底界では精霊王の影響力を避けたい者達……魔に属する者や、罪を犯して堕ちた者が住まう場所と言われているらしい。


「でもね、一旦地の底に落とされても、もともと『精霊に愛されし種族』である翼人には()()があるんだよ」

「救済ですか?」


 グレンダは(うなず)いた。


「隠すことの許されない黒く重い翼を背負いながら『善行』を積むのさ。ただただひたすらに、気が遠くなるような長い時間をかけ、世界の調和を保つために真摯に働き続ける事……」

「……」


「その償いの結果が翼に現れるそうだ。黒く重い羽は徐々に灰色になって軽くなり、最終的には元に戻って飛ぶことすらも可能になるという。ただ、それは本当に長い長い年月が必要だとか……」

「それは……つらくて重い『償い』なのですね」

「そうだね」


 しばらく目を瞑っていたグレンダが、私を見つめた。


「レオンの村を襲った者についての情報だけどね、これはまだ確実な話ではないからレオンには言っていないんだ。だからサンディも黙っていておくれ」

「わかりました」

「いつか伝手を使って調べて貰おうとは思っている。もしそこで確実なことがわかったら、レオン(あのこ)にはちゃんと私から話そうと思う」


 レオンには真実を知る権利があると思う。でも今すぐ村に戻るのは、とてもじゃないけど危険すぎるだろう。

 それでもグレンダが調べてくれるなら安心だ。彼女に任せて待っていよう……私はそう思った。

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