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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第三章 天界編

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壊れた心

弟ギベオリード、兄ウルスリード――そしてマリエラの過去話です。

 先代の天界王は、生涯に二人の王子を授かった。


 兄ウルスリードは武芸に秀で、武術に関する魔術――特に重力制御の術は、随一の腕前を誇った。

 がしかし精霊力という面では歴代の王と比較しても目立つ程ではなく、王族の中では平凡な方であった。


 一方弟のギベオリードは、その精霊力の強力さにおいて天界では右に出る者がいなかった。それは自身の精神との融合――『アヤナの試練』の結果がそれを如実に表していた。弟は歴代トップの九日で卒業したが、兄は中の下……三十日もかかった程だ。


 兄を軽く凌駕するギベオリードの高い資質は、幼い頃から次期王候補として期待されていたのだ。


 天界の王は長子、あるいは男子が継ぐといった決まりは無い。候補となる子どもたちが一定の年齢に達した時、精霊王の判断によってそれは決定される。

 しかし長子に対しては、どうしても期待が大きくなる。その分()()()とみなされた兄に対する風当たりはとても厳しかった。


 兄からすればこれはひどい逆風のはずだが――ウルスリードは特に焦る様子もなく、いつも飄然(ひょうぜん)とした態度で笑っていた。


「ギベオン。お前が王になってくれたら、俺は世界を旅してまわりたいと思っているんだ。――だから後は頼んだぞ」

「は? 何言ってるんだウルス。……自分ばっかりずるいじゃないか」

「俺は王なんて向いてない。それにギベオンみたいに強い奴が王になれば天界は安泰だ。俺はしばらく地上を旅したら、いずれお前の下で騎士にでもなろうと思っている。魔法よりも剣を振るっている方が性に合うからな」



 普段から仲が良く、そんな戯言(たわごと)まで言い合っていた兄弟だったが――精霊王の宮殿で、その立場が一変した。 


 精霊王の御前、二人は揃って清められたナイフを使って髪の毛を一房切り落とす。ナイフを置き、各自の前に置かれた聖炎に髪を投入すると、それぞれの進むべき道に相応しい道具が現れるのだが――ギベオリードの前には暗褐色のローブと明るい琥珀色の玉をあしらった華奢な指輪が現れた。


(これは……魔道を極めよという意味か?)


 そして隣。兄ウルスリードの前には紅玉の嵌められた王冠と、同じく紅玉を削り出した印が現れていた。


 精霊王の御前で、あからさまに個人的な反応を表す事は許されない。が、それでもウルスリードは目を瞑り、一瞬だが眉間にシワを寄せたのをギベオリードは見逃さなかった。


 こうして次の王位は兄、ウルスリードのものと決まった。


 そこからの先代王の行動は早かった。

 兄のウルスリードは、帝王学を含めた本格的な次王教育を受けることになる。――が、その詰め込み教育の厳しさに嫌気が差したウルスは、王城を度々抜け出しては地上を放浪するなどして逃げ回ったのだ。


 追手を放って何とか連れ帰しても、また隙を見て逃げ出すウルスとのイタチごっこ。その繰り返しに先代王はとうとうしびれを切らし、ウルス本人の同意を得ないまま彼を精霊国へ留学に出す事を決めた。


 ――こうなってはもう逃げられない。精霊国は一旦入ると精霊王の許可無しに出ることは不可能だからだ。これはもはや、留学という名目の()()()()である。


 ギベオリードは当時(これは――(ウルス)は相当()()()()を強いられそうだな)と思った。しかし流石に、それから百年近くも帰ってこなかったのは想定外だったが。


 一方ギベオリードは、天界の大学院を卒業後も引き続き魔道の研究を続けていた。そのかたわら騎士団に赴いて魔術の指導も行っていたが、当時の騎士団は剣技や武術がメインであり、魔術はその次という扱いだった。

 そのため卓越した魔術の技術は殆ど活かされる事がなく、ギベオリードは常に退屈さを感じていた。



 そんなある日、ギベオリードは久しぶりにマリエレッティに会う。


 マリエレッティ――マリエラの生家であるオークランス家は、セラフィニウス王家の分家筋であり代々王家に忠誠を誓っている。その関係でマリエラは、小さな頃から祖父や父と共に王城へ出入りしていた。


 そして王城に住んでいる唯一の子供達――王子二名は当時、()()という存在に飢えていた。そこに突然やってきた深窓のご令嬢らしからぬややお転婆な少女は、二人と打ち解けるまでに長い時間は必要なかった。

 以降王子二人とマリエラの三人は、幼馴染として一緒に過ごす事が多くなったのだ。


 そしてギベオリードが高等部を卒業する前日。

 彼は一つ年下のマリエラに告白して、見事に振られてしまう。その日以降、表面上は()()()として当たり障りのない会話はしていた。がしかし、彼女がどこかよそよそしい気がして……心の距離がぐんと離れてしまった気がしてしまい、告白したことを長く後悔し続けた。


 以来、久々に顔を見たその日。

 真っ直ぐに伸びる銀髪と深い青紫の瞳を久しぶりに目にした時、昔のほろ苦い思い出と、今も細く続く後悔を思い出す……。


 しかしマリエラはとても明るく、喜びに浮き立つような表情で声をかけてきた。


「私、精霊国へ留学することにしたの」


 聞けば精霊力による魔術の平和活用について、新しい方法を研究しに行くのだという。主に治癒や蘇生の他、精神的な安定や抗うつに関する魔術を開発・習得したいそうだ。


「身体の治癒についての術は、既にある程度確立していると思う。でも精神の健康については、まだまだ研究の余地があると思うのよね」


 そう語るマリエラは、既に立派な研究者の顔だ


 一方当時の自分は軍事関係に役立てるため、他人を傷つける魔術ばかりを研究していた。攻撃は勿論、幻術や毒……。身体を癒すことなど、マリエラの話を聞くまですっかり忘れていた程だ。


 此処だけの話という約束で。

 ――敵が使うかも知れないという想定で禁術についても自主的に学んでいる事を話すと、マリエラは目を丸くして驚いていた。流石に禁術(そこ)まで研究しているとは思わなかったのだろう。


 どうかくれぐれも気をつけてと気遣った上で、マリエラはまっすぐにギベオリードの目を見た。


「国を守るための強き魔術は、()()()()――貴方に任せておけば安心ですね。私は私なりの方法で、天界の為に尽くしたいと思います。これからも共に頑張って参りましょう」



 貴族のご令嬢といえば、自身の進路も結婚も全て家の命じるままという者は少なくない。

 ――しかしマリエラは昔から違っていた。


 子供の頃に遊びを選択する時も学生の頃の選択授業も、進路も、そして結婚相手を選ぶのも……誰かに任せきりにするような事は無い。


 マリエラが見合いを申し込まれた――噂話でそれを聞いた時、チクリと胸が痛んだ。しかしその話には続きがあって……相手の姿絵も見ずに、マリエラはこう言ったそうだ。


「私は私の伴侶と選んだ方の力になれるような実力を、未だ持ち合わせておりません。私にはまだまだ、学ぶべきことがたくさん残っております」


 通常であれば見合いは申し込まれる事自体が()()だとして、一旦受けるだけは受けるものだ。断るのであればその後に、やんわりと当り障りの無い理由を添えて伝えるのが()()である。

 実際噂話をしていた者の一部は、マリエラに対して失礼な物言いをしていた。


 しかしオークランス家当主――マリエラの父は娘の言葉をよしとし、その意志を受け入れたという。相手の貴族家に対してはオークランス家当主の名においてきっちりと謝罪し、それなりの対価も送って事なきを得たそうだ。


 マリエラはやはり素晴らしい女性だ――改めてそう思うと、再び心に炎が灯るような気がした。しかし、再度の告白をする程の勇気は無く……。

 結局その日は、お互いの健闘を祈る言葉を交わし合って別れた。



 それから約百年の間、ウルスもマリエラも天界へ帰ってこなかった。二人はあちらでどう過ごしているのだろうか……それを考えると些か胸が苦しくなったが、それでも堪えきれぬほどでは無かった。

 なぜならウルスリードは恋愛事に疎い上、女性からの好意に対して極端に鈍感な事をよく知っていたからだ。



 そして、その平和な日常が変わったきっかけ……それは先代王の急な崩御だった。


 ウルスリードは急遽帰城させられると、その日から執務漬けになった。

 彼はもともと実務能力のある男だが、先代からはろくに引き継ぎも無いままであった。おまけに『ギベオリードが王になるべきだ』と思っている側近も、当時はまだ少なくなかったのだ。


 若い新王に対し、執務上での小さな嫌がらせや妨害が重なると新王ウルスは次第に痩せていった。ギベオリードは影から度々助け舟を出すものの、直接執務室で手伝うようなことはできない。

 ――もしそんな事をすれば王弟派はますますつけあがり、ウルスの執務能力を疑うような噂が流れるだけだろう。


 そんな時、マリエラが動いた。

 ウルスからわずかに遅れて天界へ戻ってきたマリエラが、ウルスのフォロー――執務室付きの秘書官になったのだ。


 マリエラは王の執務を妨害する姑息な罠を、ことごとく看破し潰していった。そしてギベオリードはそんなマリエラに対して不穏な考えを持つ貴族や官僚たちを影から牽制し、時には実力行使すらも厭わなかった。


 ウルスリードは二人のフォローを受けながら、先代の国葬を無事に済ませた。喪が開けたら戴冠式となるが、その準備も滞りなく進んでいる。そして危機的な執務状況も一段落した頃のある晩、ギベオリードは王城の中庭に人の気配を感じた。


 この時間はちょうど警備の交代時間で、何かと手薄になりがちだ……。念の為にと自室で飼育している(フクロウ)の身体を借りると、窓から飛び降りて中庭の木の枝に止まる。


 中庭の噴水から少し離れた木の陰……ちょうど建物から死角になる位置に、二人の人影を見た。それはウルスとマリエラであった。


 夜目にも解るほど顔を紅潮させたウルスが、マリエラの前で跪いて手を伸ばす。その掌には濃い琥珀色の石が付いた指輪が光っていた。マリエラはそれを見て――自分が今まで見たことのない、大輪の花がほころぶような笑顔を見せた。潤んだ青紫色の瞳はウルスだけを映しており、ウルスの濃い琥珀色の瞳もまた、マリエラしか映していない……。


 そのまま二人が口づけを交すのを見たあの晩――自分の中で何かが確実に、()()()



 ***



 ゴツゴツとした岩山の上。仰向けに寝て足を組むギベオリードは、鈍い朱色の月に深い青紫色の石を透かした。


「マリエラよ……ここはひどく退屈で……気が狂いそうだ……」


 そう言った直後、男はフンと自嘲して石を握ると、その甲を額に当てる。


(いや、もう……とうの昔に()()()()()か……)


 魔世界(ここ)は、只々退屈だ。咎人が徘徊し、魔物の類が闊歩するこの世界は、力だけが正義である。


 堕ちた当初は、身の程知らずの咎人や魔物が頻繁に()()()()()を出してきた。しかし、その都度圧倒的な攻撃力で切り刻んでいたら、何時しか自分に逆らうものは居なくなった。


 かといって、この世界で覇を唱えるつもりは毛頭無い。自分はこの――美しい青紫色の()()さえあればいい。


 マリエラの愛する者、未練の残りそうな存在はことごとく消してしまおう。そして全てが済んだらゆっくりと封印を解いてやるのだ。そうすればきっと、再び天界に帰るなどと言わないだろう。


 しかし万が一マリエラが自分を拒んだら……今度はその美しい姿のまま、再び水晶(クリスタル)に封印して観賞品にすればいい……。


「ククク……」

 薄らと笑うギベオリードの掌の中、青紫色の石はゆらりと悲しげに光った。

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