魔樹退治と代償
魔樹の外側でのお話です。
サンディとレオンが一緒に魔樹に呑まれた。
これであの魔樹を『今すぐ地底に投げ込んで片付ける』という選択肢は消えてしまった。
その上サンディは魔樹に飲まれる直前に負傷している。魔樹の枝に貫かれたという事は、おそらく黒い力の影響を受けているはずだ。そのまま放置すれば命が危ない。
「おい、これじゃ埒があかねえぞ!!」
「わかってる! なんとかあいつの口をこじ開けるんだ!!」
エドアルドは嫌な考えを振り払うように、ロムスと共に魔樹の枝葉を盛大に切り払いながら燃やしていく。幹をバッサリとやってしまいたいところだが、中にサンディらがいる事とテレシアへの影響を考えると今は手が出せない。
エドアルドとロムスは魔樹の放つ精神を抉るような悲鳴に顔をしかめていた。しかしグレンダは全く表情を変えることなく、無言でその枝葉を刻み続けている。
そんな中黒妖精は、手持ちぶさたのまま枯れた大樹の枝の上であぐらをかいていた。
「おい白いの。愛し子が中にいたんじゃ我の出番はないぞ。早く出してやらんか」
「はぁ? そんなの私ができるわけないでしょ! 全部まとめて消せっていうなら消してみせるけどっ」
そう言いつつも白妖精は魔樹を囲むように結界を張り、黒い粉が周囲に飛散するのをできる限り防いでいた。ただしそれ以上は中にサンディ達がいる以上、力を行使する事ができないでいる。
黒白妖精はお互い大変に乱暴な力しか持ち合わせていない事を改めて確認し、揃ってため息を吐いた。
「――ん!?」
「どうしたの黒いの――あっ!?」
二人の妖精は、魔樹の中でサンディが力を使ったのを察知した。
「サンディは無事に足掻いておるな。今我の力を使って傷を塞いだか?」
「今私の力を使おうとしたけど……ああ、ダメね。集中が保たないみたいだわ」
とりあえずサンディが中で生存していることは確認が取れた。しかし膠着状態である事に変わりはない。
そしてこの膠着が長引けば長引く程、敵に有利になっていく。
「お二方! あの魔樹の口をこじ開ける方法はありませんか?!」
エドアルドが魔樹の周りを飛び回りつつ、襲いかかる枝葉を切り裂きながら思念で尋ねる。
「幹をぶち壊せば良いのよ」
「いや、それではテレシア殿が……」
幹を割ればいいというのは、承知の上で尋ねたエドアルドだった。しかし種床になっているテレシアの身体を気遣って出来ずにいるのに……白妖精はそれを百も承知の上で平気で言う。
確かにそれが最適解ではあるのだが。
今自らに余裕がないと自覚してしているエドアルドではあったが、軽く苛立ちを感じてしまう。
(この程度で苛立つとは、私もまだまだだな)
自身の未熟さを自覚しつつ、エドアルドがそのまま幹に限りなく近い場所、太い枝の根元を狙って刻み続けていると、グレンダが声をあげた。
「みんな、あれをご覧!」
皆がグレンダの指差す先に注目すると、魔樹の幹に浮かび上がっていたテレシアの顔が徐々に薄くなり、ついには消え失せる所であった。
「あいつら、やったな!」
ロムスが小さくガッツポーズをしている。中にいる二人が、テレシアの本体を確保したのだろう。これはチャンスだ。
「ロムス、やりましょう!」
「応!」
ロムスとエドアルドは、揃って幹に向かって魔法を叩き込んだ。しかし幹は全く傷つかない。
「なんだよ、全然効かねえぞ!」
「ダメだ、全部養分にされてます!」
「幹に対する四大精霊の魔法は全部飲まれるぞ。かといって我々の力はサンディが中にいては使えぬ」
「それを早く言え!」
黒妖精の残念なタイミングのアドバイスに、ロムスが本気で抗議する。
するとその横で、マリンが青く輝くウィップを腰のホルダーから外しながら一歩前に出た。
「では、物理的に壊しちゃえばいいですよね~?」
マリンがウィップを一振りし、パシンと乾いた音を立てて地面を抉りながら不敵に笑う。次の瞬間、猛ダッシュで魔樹に向かって走りだした。
「うふふっ! 竜の鞭と魔樹、どちらが強いんでしょうか〜?」
魔樹に駆けるマリンに向け、黒い枝葉が容赦なく襲いかかる。しかしそれはウィップと共に繰り出される氷の刃に切り刻まれ、全て地面に落ちていく。
「──うらああああああっ!」
美しく舞うようなアクションで青い鞭が魔樹の幹に連打されると、冷たい風が舞い上がり、蒼い霜のような輝きがきらめく。マリンはそのままウィップの連打のみで魔樹の幹を大きく打ち抜くと、大きく乾いた破裂音が周囲に響いた。
――ギャアアオオオオウウウ!
魔樹は咆哮すると、苦しげに枝葉を捩らせる。
「ほう、あれは良い鞭だの」
「あれは氷竜の腹皮かしら? マリンったらいい得物持ってるじゃなーい♪」
黒白妖精は、目を細めてマリンの勇姿を眺めている。
その他の皆も大して驚く様子も無くマリンを見ているが、エドアルドだけは目を見開いたまま固まっていた。
(鞭で魔樹を叩き割るだと? 一体どんな馬鹿力なんだ?)
魔樹の幹に大穴の内側には、目的の三人の姿があった。
「やだサンディ、大丈夫~!? レオン……あっ、テレシアさんもいる〜!? ――ひゃぁ~っ!!」
魔樹の幹に風穴を開けたまではよかった。しかし次の瞬間、レオンとテレシアが突然吹っ飛ばされてきてマリンも巻き添えを喰らうはめになった。三人は揃って三十メートル程飛ばされると、外庭外郭の植え込みに突っ込んで止まった。
「レオン~、テレシアさん~! 大丈夫ですか~?!」
「僕は大丈夫!」
「私も全く問題ありません! それよりサンディさんは!?」
しっかりと目を見て受け答えをするテレシアにマリンは驚いたが、そうだ、今はサンディが気になる。
マリンが魔樹に目をやると、エドアルドがサンディを抱きあげている所だ。
「サンディ様! お気をしっかり!!」
幹に風穴を開けられた魔樹は咆哮しながら、怒りに任せて更に激しく攻撃を加えてくる。魔樹の枝葉から放たれる黒い粉はますます濃さを増し、辺りは薄暗くなりつつあった。
ロムスが魔樹を切り刻み、グレンダが風を制御して黒い粉を集める。それでも魔樹は周囲の精霊力を吸い込むと、刻まれた部分が即時に再生する。これではイタチごっこだ。
エドアルドがサンディの元にいる為、ロムスとグレンダがその援護に回っているのだが……。
「エドアルド、早くそこを退け! こっちも限界だ! さっさとまとめて焼くぞ!」
ロムス達が魔樹を燃やし尽くそうと構える中、エドアルドは気を失っているサンディを抱えてゆっくり立ち上がった。サンディを抱えたまま飛びたつと、魔樹の上空……白妖精による結界の外側で止まる。
「おのれ魔樹め。我らの王女殿下をこのような目にあわすなど……断じて許さん」
低く呟きながら青灰の瞳が一瞬揺らぐと、鋭く冷たい氷青に変化して輝く。
魔樹の周囲に青い炎を纏った竜巻が立ち上がり、屋敷より高く立ち登る壮大な火柱になる。ごうごうと燃え盛る火柱の中では更に濃い青炎を纏った風刃が容赦なく乱れ飛び、幹枝構わず、徹底的に魔樹を刻み続けた。
魔樹が苦しげに上げるその悲鳴は、先程までのテレシアの声ではない。野太いそれはもうただの魔物の叫びだ。
「流石というか何というか……」
「凄まじくも美しい力だねえ」
ロムスとグレンダはエドアルドのキレた攻撃に割り込む事はせず、ただ感心しながら見守っている。
「――そろそろ頃合いかの」
「ええ、そうね」
黒妖精が立ち上がると白妖精もそれに続く。二人は揃って飛び立ち魔樹の前で止まると、エドアルドは攻撃の手を止めた。
「このまま膨大な精霊力を預けたまま、地底に送るわけにはいかぬな」
黒妖精の手から巨大な黒い球体が生み出され、エドアルドによってズタボロにされた魔樹へと投げられた。魔樹は悲鳴をあげることすらできないまま、その巨体から精霊力を無理矢理もぎ取られていく。
この森林地帯で一番大きかった大樹をすら超えていた魔樹が、あっという間に普通の樹木サイズまで小さくなる。それを見計らって白妖精はすかさず白い泡のような球体をいくつも投げ、魔樹を包み込んだ。
「少しでも返して貰わないとね♪」
白妖精が指を鳴らすと泡のような球体は魔樹を包んだまま、パンという音と共に連続して爆ぜていく。爆ぜた泡の雫は花火のように煌めき、枯れ果てた草むらに落ちると僅かにその緑が復活していく。
その身に取り込んだ精霊力を根こそぎ奪われた――いや、取り返された魔樹は、すっかり枯れ果て倒れてしまった。
黒妖精は魔樹から精霊力を奪い取った黒い球体を小さく絞り、上空に投げる。
「白いの」
「はーい、それー!」
白妖精が黒妖精の合図で白く輝くレーザー状の鋭い光を放つと、穿たれた黒い球体は宙で大きく爆ぜた。
花火の様にキラキラと落ちる光の欠片が地上に落ち、黒い粉を浴びて枯れた草花をみるみる生き返らせていく。流石に完全復活とまではいかないが、おおよその再生はできたようだ。
エドアルドが血の気の失せたサンディを抱いたまま黒、白妖精の前に降りてきた。
白妖精が即座に力を使って精霊力の流出を止めるが、その意識は戻らない。エドアルドが無言で治癒をかけ始めたが、まもなく息を切らして中断した。
「だめだ、なんだこれは? 無限に持っていかれる。治癒を入れても入れてもキリがない」
「マリン、ありがとう。でも今は意味がないわ」
ポーションを持ってきたマリンに、白妖精が告げる。
「じゃあこれはどうだい」
グレンダがいつもと違う、ポーションより一回り大きいボトルを三本ほど持ってきた。
「お師匠様、それはまだ~……」
「まだこれは試作品だが、今使ってもらう方がいいだろう」
そう言いながらグレンダはボトルの蓋を開け、エドアルドに差し出した。
「これは術者の力を回復……いや増幅させる薬だね。精霊との対話を続けると、時に自分の集中力や体力が保たなくなる。それを補助する為のものだよ」
「グレンダ殿はそんな物までお造りになられているのですか」
「最近はさすがに歳を感じることが多くなってね。私のためのものさ」
グレンダはフンと笑うと、改めて「ほら」とボトルを差し出す。
エドアルドはどす黒く濁った液体が入っているボトルを受け取ると、恐る恐る匂いを嗅ぐ。ほんのりと甘ったるい香りがするのを確認してから、一気に喉に流し込んだ。
「うぐっ、ウエェ、甘っ……」
最後に思わず本音が漏れると、グレンダは口の端だけ上げた。
「味の改良はまだこれからだ。我慢おし」
エドアルドは気を取り直すと、全力でサンディへの治癒を続けた。途中休憩を挟みながら続けていくと、僅かではあったがサンディの頬に仄かな赤みがさしてくる。
三本目の『グレンダ特性エナジードリンク』を飲み干し、治癒を続けて数分経ったところでサンディの瞼が薄らと開いた。
「サンディ様!」
エドアルドの声を聞きつけ、周囲で片付けをしていた皆がどっと集まってきた。
「おお、気が付いたか!」
「よかったです~!!」
サンディは囁くような声でエドアルドに尋ねる。
「エド、魔樹は……?」
「もう大丈夫です。皆で片付けました。サンディ様のおかげですよ」
「よかった……」
サンディの安心しきったその笑顔。それはずいぶん昔、一度だけ拝謁が叶った彼女の母 マリエレッティ妃殿下の面影が確かにあった。エドアルドは一瞬、呼吸を忘れて見入ってしまう。
「こっちの片付けは大体終わった。エドアルド、悪いがサンディを屋敷に運んでやってくれ」
「――あ、ああわかった。任せてくれ」
ロムスの声で我に返ったエドアルドは、サンディを抱き上げてふわりと飛んだ。
「マリン、サンディを頼んだよ」
「はい、お師匠様~!」
マリンはエドアルドとサンディの後を追って駆けて行く。
「レオン、テレシアさんと一緒に先に屋敷へ戻っておいで。私らはもう少し片付けてから行くから」
「はい、わかりました……」
「……」
レオンが躊躇った様子で返事をすると、テレシアも思い詰めたような表情のままレオンと一緒に屋敷の方へ向かっていった。
「ロムス、魔樹の枯れ木は適当に刻んで、地下の室に置いておくれ」
「はぁ? あれを取っておくのかよ?」
「ああ、あれはあれで、何かに使えるだろうからね」
グレンダは呆れるロムスのすぐ横を通り、完全に枯れ果てた大樹の元へ歩む。しばし無言で大樹を見やった後、目を瞑ってその幹を風刃で切断した。
大樹は倒れる間もなくグレンダの風刃によって刻まれ、あっという間に柱状に揃えられた。山のように積まれた『大樹の遺物』を見ながら、グレンダは深いため息を吐く。
「婆さん、あれ見ろよ」
いつの間にかすぐ側にいるロムスが、グレンダの背中をポンと叩いた。ロムスの目線の先を追うと、大樹の大きな大きな切り株の根元にいくつもの若葉が芽吹いている。
「あれは……」
今にも泣きそうな顔をして笑うグレンダ。
「大丈夫。死んじゃいないさ」
「ああ、そうだね」
グレンダは両手で顔を覆う。
ロムスはグレンダの肩をそっと抱いた。昔一度だけ自分が同じようにした時は、もっとしっかりとしていた気がするが、今の魔女の肩は、意外な程細く感じる。
咽び泣くグレンダの肩を、ロムスは黙って抱き続けるのだった。
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