成長と新しい出会い
少女期編、開始です。
カーテンの隙間から漏れる朝日が瞼に刺さり、サンディは目が覚めた。
「んんっ……ふわぁ……」
ベッドから降りてカーテンを開けると部屋いっぱいに朝日が差し込む。そのまま窓を全開にして深呼吸し、胸いっぱいに朝の空気を吸い込んだ。
いつも通り洗面器を持ってベランダに出る。魔法で水を出して顔を洗っていると、となりの部屋のレオンもベランダに出てきた。
「おはよう、レオン」
「あ、おはようサンディ!」
サンディとレオンが魔女に拾われてから、五年の歳月が経った。
レオンは十五歳になり、身長が相当伸びた。今ではだいたい百七十センチ程度はあるだろう。森で日々鍛えられた体躯は筋肉質だがとてもしなやかで、見事な紅色の毛並みは相変わらず美しい。顔立ちからは子猫っぽい可愛さやあどけなさは無くなり、すっかり青年らしくなった。
それでも顔を洗うときは昔のまま……ちょっぴり濡らした手の甲で、一生懸命顔をこする仕草は変わらない。
(にゃんこ……可愛い……)
サンディの個人的な眼福タイムである。
サンディは部屋に戻って着替えると、鏡台の椅子に腰掛けた。肩甲骨を過ぎる辺りまで伸びたストレートの銀髪を櫛で梳かし、紐で簡単にまとめる。首に下げた革袋から銀色のブレスレットを丁寧に取り出すと、揺れる琥珀と青紫の石を朝日に透かした。
「お父さん、お母さん、おはようございます」
石は応えるかのように、朝日を反射してキラリと光る。
今世の両親にはまだ会ったことが……いや、会ってはいたはずだけど、今のサンディは全く憶えていない。そしてブレスレットに挨拶をした所で、特に返事が返ってくるわけでもない。
それでも五年前の新月の晩に黒妖精から請われて以降、起床時と就寝時の挨拶は毎日欠かさず続けている。
元々毎日同じことを続けるのは苦ではない。前世の入院生活ではルーティンが当たり前。毎日同じ時間に検温し、食事して服薬し、決まった時間に点滴して回診を受ける……それが日常だったから。
以前白妖精から聞いた話によれば、今世での母――天界王妃は幼いサンディを危険な状況から逃し、今は囚われの身だという。そして天界王である父は王妃不在の中、一人で世界の調和を守りつつサンディへの守護を与えてくれている。
もし自分の毎日の挨拶程度で父が、そしてもし聴こえているなら母も……彼らが少しでも喜んでくれるのであればそれに応えたいとサンディは思っていた。
前世の両親は今では顔も思い出せない。
もしかしたら『両親より先に逝ってしまった』という無自覚な負い目が、私の中に残っているのかもしれない。
でもそれならそれで前世の両親へ親孝行できなかった分、今世の両親の心を少しでも助けられたら良いなと思うのだった。
***
屋敷の外に出て冷蔵用の室に降りる。卵とベーコン、鹿のハムを籠に入れて出てくると、畑から戻ってきたマリンと鉢合わせた。
「あ、おはよう、マリン!」
「おはよう、サンディ~!」
マリンの明るい茶色の癖っ毛が陽に当たってキラキラと光る。明るい青緑の瞳は、人懐っこく笑みながら私を見つめている。
手に持つ大きな籠には、とれたて野菜がこれでもかと溢れんばかりに盛られていた。レタスにケール、にんじん、きゅうり、オレンジトマトに玉ネギ、グリーンラディッシュ……どれも新鮮そのもので、こちらも朝露を浴びてキラキラと光っている。
そして、マリンの広めに開いたシャツの襟ぐりからのぞくたわわな双丘と深い谷間。同性の視線すら惹き寄せる、この破壊力。
ふと自分のまな板を思い出し、サンディは内心で小さなため息を吐いた。
サンディとマリンは、ほぼ同じ背丈になった。だいたい150センチ位だろうか。しかしマリンは以前のような少女っぽさからあっさり脱却し、たった五年で『ボン・キュッ・ボン』なお姉さんである。
グレンダ曰く『ドワーフ族の女性はみんなああだよ』だそうだ。
子供な今世はともかく、ガリヒョロで終わった前世を考えるとサンディはマリンがちょっと……いや、かなり羨ましい。
野菜の向こうの胸ばかり見ているサンディを気にもとめず、マリンは台所に向かって歩き始める。
「ホント、うちの畑は収穫までが早くて本当に大変よね~。毎日採っても採り切れないわ~」
「あはは、ホントにねー……」
以前サンディが畑の上で雷雲を造った時以来、この畑では作物の育成がとんでもなく早くなったままだ。でもどんな原理かはもちろん元に戻す方法もわからないので、サンディはこの件についてはずっと沈黙を守っている。
二人は一緒に台所に行き、朝食の準備を始めた。サンディはスープストックを温め直す横で、ベーコンエッグを人数分作る係。マリンは最近加護を頂いたばかりの水精霊との対話を兼ね、野菜をざぶざぶ洗った後に刻んでいる。
サラダ野菜は大きなサラダボウル二つに分けられて、上には薄く切った鹿ハムを飾りながら乗せる。余った野菜は全て刻み、スープの具にした。
ダイニングにいい香りが立ち込める頃、レオンがやって来た。
「レオン、おはよう~」
「おはよう、マリン、サンディ。遅くなってごめん、いまお皿並べるね」
「うん、お願い」
レオンはテーブルに人数分のランチョンマットを敷き、ベーコンエッグの乗るお皿をテーブルに並べていく。マリンの前にあったサラダボウルも並べると、取り皿とトングを用意した。
サンディが簡単に洗い物を済ませていると、マリンは温めなおしたパンをオーブンから取り出して籠に盛る。最後にレオンが人数分のカトラリーを並べていると、グレンダがいちばん最後にやって来た。
「皆、おはようさん」
「「おはよう、グレンダ」」
「おはようございます、お師匠様~」
もちろんグレンダも五年の歳を重ねたが、見た目はあまり変わらない。相変わらず厳しい指導と手厚いフォローで、私達を導いてくれている。
マリンが玉ネギドレッシングとまよソース、マスタードを出してきて並べている。レオンはちゃっかり自分用に練乳を並べたが……これを個々で好きにアレンジして食べるのが、もう当たり前の光景になった。
皆で祈りを済ませてからの、
「「「「頂きます(~)」」」」
こうして今日も、いつも通りの一日が始まった。
***
朝食後、グレンダはマリンと共に作業場に居る。
今まではポーションなどの回復薬調合は、グレンダが中心となってやってきた。回復関連薬品の調合には、基材の関係で水精霊の加護がどうしても必要だ。しかし今までマリンはそれが無かったせいで、単独で調合することが出来なかったのだ。
しかし今年に入ってから、マリンは水の精霊の加護を受ける事に成功した。それ以来グレンダは、薬品の調合をマリンに全て任せるようにしている。
マリンの調合の腕前は、品質の安定度についてはまだ微妙だ。しかし効果の下限基準を超えるという意味では安定している。
今後、品質のばらつきを抑えていくためには、本数をたくさん作って慣れていくしかない。しかしマリンはグレンダに任せて貰えたのが嬉しくて、毎日張り切って作業に取り組んでいた。
そのおかげで空き瓶が足りなくなりつつあり、低品質のものから順に身内で消費する事が増えている。多少荒っぽい訓練をしても安心、という意味では良いのだが。
次回以降、ロムスに空き瓶を多めに持って来させておこう、とグレンダは考えるのだった。
***
一方レオンは珍しく、サンディと一緒に森にいた。普段サンディが狩りに参加することは無い。でも今回は少し試したいことがあると言われ、一緒に川へとやってきた。
「で、サンディ。どうやって魚を獲るの?」
レオンが疑問に思うのも無理はない。なぜならサンディは手ぶらだったから。
「えーとね、水の中で魔法を使えるかどうかを試してみたいの」
サンディは川の深みにほど近い、大岩の上に腰掛けた。
右手の親指、人差し指、中指でつまむような形を作り、左手の平へ付ける。ふぅーと長く息を吐いて呼吸を整えると、手の平から何かを引き出すように引いていく。すると、細長い渦――いや、水竜巻がすうっと現れて伸びていった。
それをそのまま肩幅まで伸ばすと、右手だけを上げて目を瞑る。非常に細い40センチ程の水竜巻は、鋭く渦巻く回転をキープしたまま、水面に向かって垂直に保たれている。
(――そこっ)
サンディが手首を翻すと水竜巻は殆ど水音を立てる事なく、水面に対し垂直に吸い込まれた。その数秒後、プカリと水面に浮かんで来たのは、脳天を突かれた70センチ位はあろうかという魚だった。
鮭のような姿をしているが、色が全体的に緑色である。それを風魔法で岸に引き寄せると、レオンが早速締めて血抜きをする。
「すごいな、サンディ! 狙いもバッチリだ!」
「えっと、狙いは水精霊の目を借りたの。だから私はタイミングよく放っただけなんだ」
それでも試みが上手くいって嬉しいのか、心なしかサンディの頬が紅潮している。
「あと、もう一つやってみるね」
先程と同じように、手のひらから細い水竜巻を作り出す。
しかし今回は、20センチ程のものを五本出した。同じように上段に構え、目を瞑って集中してから一斉に水面に放つ。
すると今度は五匹の小さな川魚が浮いてきた。鮮やかな空色の鱗が美しい。
「やったー!」
「すごいよ、サンディ!!」
サンディは先程と同じように、獲物を岸に寄せるため風を呼んだその時。
緑色の大きな鷺が水面スレスレに飛んできて、嘴で一匹の魚を攫った。
「あっ、盗られた!」
すると鷺はすぐ近くの岩に止まり、レオンの方へ振り向くと目の前で魚を丸呑みしてみせた。
「盗られたとは人聞き悪いわね。アタシ達だってさっきから手伝ってるんだから、このくらい分けてくれたっていいでしょ?」
その緑鷺は普通の鷺よりも二回り程大きい。頭には金色の冠羽が生えており、瞳は深い青緑色だ。豪奢なレースのような美しく長い飾り羽を尾にたっぷりと纏い、地面に引きずる程のボリュームである。
声の主は、明らかにこの鷺だ。思念での会話――大蛇になっているロムスと同じだからすぐにわかる。
「あなた、妖精さんね。初めまして、私はサンディよ」
「初めまして。僕はレオン」
緑鷺はフフンと鼻を鳴らした。
「私は風の妖精 シルフィア。さっきから私の精霊達の力を使って魚を獲っているんだもの。このくらい分けてくれても良いんじゃなくて?」
要するに『風の力を使って獲ったのだから分け前をよこせ』という事らしい。
レオンは自分の知る数の少なさを棚に上げつつ(つくづく妖精って、俗っぽいよなぁ……)と思うのだった。





