畑仕事と雷雲
マリンと私は、朝から屋敷の裏にある広々とした畑に来ていた。
今使われているのは全体の1/3程だけど、人数が増えたので作付面積を増やすという。野菜のほか、昨日河原で採取してきたカラシナの種も蒔く予定だ。
「ここの畑は地脈がとてもいいんです~。普通の二倍くらいの速さで作物が育つから、収穫時は大変なんですよ~」
魔女の畑……すごい。
「サンディ、耕す時は土魔法を使いますよ~」
マリンはしゃがんで、両手でポンと地面を叩いた。すると土が五十センチ程めくれ上がり、波打ちながらドドドドドと連続回転しつつ畑の先まで届いて止まった。それをもう一度繰り返すと、幅二メートル程度が完全にフカフカに耕される。
――土のカーペットをめくっていくようで、見ていてとても気持ちがいい。
「本当は一発で全部フカフカにしたいんですけど、まだちょっと修行不足ですね~」
マリンはテヘヘと笑っている。
「では、サンディもやってみて下さい~。……あの、サンディなりのやり方でいいですよ~」
――そう。これは精霊力行使の練習でもあるのだ。
朝食の時、昨晩黒妖精から教えられた『力の使い方』を皆に話した。マリンとレオンは「ずるい……」とドン引きしてたけど……まあ無理もないと思う。自分でもこの力はひどく荷が重いと思った。
しかしグレンダは特に驚く事もなく、冷静にアドバイスをくれた。
「力の行使に伴う責任のほうが重大だねぇ。まあ、精霊力の行使……魔法の基本はいつも同じだよ。まずはどんな現象を起こせるのかを知る事。力加減を覚えること。そしてサンディは、ブレスレットを付けてもその力が使えるかどうかを把握しておくこと。まずはこの辺りから試してごらん」
魔女の二つ名は伊達ではない。こんなチート能力を知っても全く動じず、きちんと教え導いてくれる……流石である。
ただ『力加減』と言われても、自分は命令するだけなのでどうも不安だ。でも試してみない事には始まらない。意を決し、右手を畑に向けた。
「では……『耕せ!』」
……思わず我が目を疑った。ドンとしか形容しようのない音とともに地面全体が一瞬五十センチ程持ち上がり、粉砕されてバフッと落ちると見事に全部フカフカだ。
――ただし、畑の面積を遥かに越え『見える範囲全ての平地』が耕されてしまった。
その後少し遅れて、大量の土埃が私たち二人を襲う。不幸にも揃って風下にいたため、もろに被ってしまった。
「……ケホッ……ごめん、マリン……ケホッ」
「これは酷い~……ケホケホッ……」
これは真剣かつ早急に『力加減』を覚えないと……。このままではうっかり森林を開墾してしまいかねない。ワザとでは無くても、結果的にそうなったらグレンダに大目玉をくらいそうだ……。
土埃が落ち着くのを待って、マリンが口を開いた。
「今度は畝を作って、種を蒔いたら水を撒きたいんだけど~……」
顔を見合わせて、二人で同じことを考えている事を確認した。うん……私も嫌な予感しかない。
「畝は私が作りますね~。でも私はまだ水妖精さまのご加護を頂いてないので、畑に撒くような水は出せないんです~。ですから今度は……ブレスレットを付けて試してみませんか~?」
……なるほど。ブレスレットを付けたら力が使えなくなるかも知れないけど、上手くいけば加減できるかもしれない。
首から下げた小さな革袋を開き、銀のブレスレットを取り出して装着した。肩に触れる髪がみるみる黒くなるのが視界の端に映る。これだけは何度見ても慣れない、不思議な『変身』だ。
私がブレスレットを付けている横で、マリンは今度は片手を地面に付けた。
「ほ~いっ」
軽快な掛け声の後、柔らかく耕された地面の上にはスルスルと美しい畝が伸びていく。一列終わると大股で一歩分横に移動して同じことを繰り返す。
「ついでにちょっと広くしちゃいましょう~」
私がうっかり広範囲を耕してしまったけど、マリンはちゃっかりそのまま畑を広げる魂胆のようだ。
全ての畝を作り終えると、以前の畑全体の面積から三割程度拡大していた。そこへ二人で協力して野菜の種を蒔いていく。そして端の一角にカラシナの種も蒔いた。
「じゃあサンディ~、お水お願い~」
「あの……ものすごく嫌な予感しかないんだけど。畑ごと全部流れちゃったりしないかな……」
思わず弱音を吐くと、マリンはうーんと考えている。
「『耕せ』とか『水を撒け』だと説明が足りないのかしら~」
「そっか……もうちょっと具体的に言ってみればいいのかしら」
「ええ、それでやってみましょ~!」
左手にブレスレットを付けたまま、右手を畑に向けた。
『畑にだけ、土を湿らせるくらいの雨を降らせよ』
すると畑の上一メートル程の高さでみるみる灰色の雲が湧いてきた。サアッと雨が振り始めて土が湿っていく。
「きゃぁ~!」
「やったぁ!」
マリンと二人、ハイタッチポーズのまま手を組んで成功を喜んだ。
力加減がわからない以上、今は具体的に指示を出すことが重要らしい。あとブレスレットを付けていても『精霊王の祝福』は機能するという事がわかった――これはなかなかの収穫だ。
「それにしても、私ももっともっと頑張らなくちゃですね~。サンディにあっという間に追い越されてしまいました~……」
「え……ちょっと待ってマリン」
ちょっとうつむいたマリンの手を両手でとり、しっかりとその明るい青緑色の瞳を見つめた。
「これは私が頑張って獲得した力じゃないよ。こんなのただのラッキーでしかないし、自分でも正直ずるいと思ってる。……だけど力を持ってしまった以上は、使いこなす責任があると思うのよね。……私はこれから力を使いこなせるように頑張るから、マリン先輩、これからも色々教えてね!」
マリンはちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに笑顔になる。
「ええと、ごめんなさいね~。力の差にちょっと焦っちゃったかも~……私も頑張るわ~」
……よかった。ちょっとは元気出たみたいだ。
そういえばグレンダの宿題の中でもう一つ、『どんな現象を起こせるのかを知る』というのがあったのを思い出した。
雨雲を作れたということは、気象に関する事は出来るという事かもしれない。確かに地上の自然現象はまさに四大精霊の相互作用だ。つまり彼らの力があれば、そういった事も可能なのかもしれない。
……というわけで、仮定が出来たら実験である。
「あのねマリン。お師匠様の宿題がもう一つあるから、試したいことがあるの」
「え、何ですか~?」
マリンに答えないまま、右手を雨雲に向けて命じた。
「ええと……『雷よ、光れ!』」
「ええ~っ!? ちょっとそれ、大丈夫なんですか~?」
マリンが慌てて畑から離れていく。雨雲は一階の天井くらいまで高くなり、コンパクトな積乱雲になった。
雲の下を覗き込むと、パチパチと微かな音を立てながら畑に細かな雷が連続して落ちており、雲の中では紫色の雷光が渦巻いて光っている……成功だ!
この力で、気象現象を作り出せるという事がわかった。
「やった! マリン、出来たよー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいると、一瞬身体がピリッとしたような気がした……。
「サンディ! 早くそれ止めて! っていうか逃げて~!」
振り返ると、マリンが離れた場所の木の陰に隠れて手招きしている。
改めて雲を見ると、放電の範囲が畑をゆうにはみ出しつつある。そして黒雲の横から飛び出した細い電撃が、ピシリと私の手を撃った。
「……あつっ!!」
手の甲に鞭で打たれたような痛みが走る。
「くっ、『雲よ、消えろ!』」
慌てて命じると、雷は雲とともに霧散した…。畑の水撒きは十分みたいだけど、所々に焦げ跡が付いている。幸い雲がミニチュアサイズだったおかげで、手の方も軽い火傷で済んだみたいだ。
「も~サンディ! 危ないじゃないですか~!」
「ご、ごめんなさい……ちょっと思いつきで試してみたくなって……」
「ほら、早く手を冷やしに行きますよ~!」
マリンに半ば引きずられるように屋敷へ戻り手当を受けた後、マリンの報告を受けたグレンダからこってり絞られた。
――ちなみに今回種を蒔いた畑の作物は、二倍どころか三倍以上の早さで成長することになる。
ある種のキノコは落雷を受けると収穫量が上がるという研究を前世で読んだ気がするけど、それと同じ効果なのかはわからない。
面積三割増しの畑で、三倍以上の速度で成長する作物……。
来週以降全員総出で収穫に追われる羽目になることを、まだ誰も知らないのだった。





