契約付きの加護
マリンとレオンは恐る恐る、年長者二人の側に近付いた。
「まだ動いてる……」
「これ、どうするんですか~?」
黒い翼人は、溶岩に閉じ込められて立ち上がる事すら出来ずにいる。しかし今だにミシミシと動いているので、死んだわけではなさそうだ。
「このままにしておいたら死なないかな……」
「何百年、何千年とこのままにしておけば、もしかしたら土に還るかもしれないが……まあ確実に、私の寿命のほうが先にくるだろうね」
レオンの願うような提案を、グレンダはあっさりとへし折った。
「もっとしっかり焼いたらどうだろうね」
「そもそも地面から出てきたんだからまた埋めちまえば」
「ではもっと刻んでからの方が~」
物騒な意見は山程出る。しかしどれも決定打に欠けていた。
そもそも、サンディを狙う黒い翼人はこの一体だけとは限らない。ブレスレットを外す度に黒い翼人を呼び寄せてしまうなら、彼女は生涯本来の能力を隠して生きていかなければならないだろう。グレンダはサンディにそんな想いはさせたくなかったし、それは皆も同じ気持ちだった。
しかしだからと言って、具体的な対応策があるわけではないのがなんとも歯痒い。
成す術無くミシミシと動き続ける溶岩の山を皆で眺めていると、サンディの笛の音が聴こえた。
皆揃って屋根を見上げれば、白金に輝く翼を持つ少女が月光に透ける銀髪を風に揺らしている。横笛は柔らかな白い光を放ち、周囲の精霊たちが集まってその音色に聞き惚れているようだった。
「とっても綺麗です~」
「……」
マリンとレオンは、うっとりとサンディを見上げている。
「なんつーかこう、堪らなく懐かしいような、そんな気持ちになる音だな……」
ロムスは大蛇の姿のままとぐろを巻き、顎を胴に預け聴き入っていた。
グレンダは周囲の精霊たちがうっとりとしているのを感じながらも、サンディの笛が何を起こすのか気にしていた。
すると急に笛の根が止まる。サンディは誰かと話しているようだが、地上にいる皆には何も見えない。暫くしてまた笛の音が鳴りはじめると、グレンダの目前を白と紫の光が走った。
(――!?)
グレンダは人間の身としては相当長く生きてきた方だと思っているし、それは間違っていない。しかしその光は、今まで一度も感じた事のない『色』だった。しかもその速さが尋常では無い。
グレンダが黒白の光を感じた次の瞬間、溶岩の山に異変が起きた。今までミシミシと動いていた溶岩の山が急に動きを止め、平たく潰れてしまったのだ。
「あれ? 動かなくなったよ!」
「潰れちゃいました~??」
年少組二人が声を上げたその後すぐ、グレンダは森を囲む結界に異変を感じて空を見上げた。
「婆さん、何した?」
ロムスが頭を上げて問う。彼も気づいたようだ。
「私じゃないよ。たぶん、サンディだ」
***
溶岩に埋まる黒い翼人は全身の骨が折れ、皮膚を焼け爛れさせながらもまだ動こうと呻き足掻いていた。黒妖精は、それを呆れた顔で見下ろしている。
「愚かにも、咎人がさらに罪を重ねたか。それほどまで真の闇に堕ちたいのなら、手伝ってやらんでもないぞ」
黒妖精は翼人の片方の足首を掴んだ。
「お主の在るべき場所へ、帰れ」
その小さな身体からは想像できない力で、黒い翼人を地中に向けて振り投げた。翼人は遥か地中の闇に消え、中身を失った溶岩の山はぺたりと潰れる。
「バイバーイ♪ もう入ってきちゃダメよ~」
黒い翼人が地中深くに飛ばされたのを確認すると、白妖精はくるりと宙を一回転して両手を挙げた。その掌から一瞬金粉が舞ったように見えたが、それ以外特に目に見える変化はない。しかし彼女は屋根の上のサンディに向かってウインクしてみせる。
「もう大丈夫よ♪」
(よかった! あの二人、すごい!)
サンディは嬉しさのあまりその場でピョンピョンと跳ね、その勢いで屋根を蹴ってグレンダの元に舞い降りた。
「あの! 黒妖精さんが、黒い翼人を「居るべき場所」に連れて行ってくれました! あと白妖精さんがグレンダの結界を手伝ってくれたそうです!」
「黒妖精に、白妖精……。どちらも古い書物での知識程度しか持ち合わせが無いのだが……」
額に手を当て、信じられないという体でグレンダが呟くと、感心したようなロムスの声が聞こえた。
「その両肩の二人、だな。精霊の噂話で聞いた事はあったが、俺も実際に会うのは初めてだ」
マリンが懸命にサンディの両肩を凝視すると、仄かに白と紫の光が見えた気がした。そしてレオンも頑張って凝視してみたが、残念ながら何も見えない。
「そこの女、お主がこの屋敷の主人か」
「左様でございます。グレンダと申します」
サンディの右肩に乗ったまま問う黒妖精に、グレンダは丁寧に応えた。
「咎人はもうここに登る事は二度と叶わぬゆえ、安心するがいい」
「有難うございます。心より感謝申し上げます」
深々と頭を下げるグレンダに、サンディの左肩に腰掛けている白妖精は笑顔で話しかける。
「グレンダ、貴女の結界にちょっと手を加えさせて貰ったわ。私達の愛し子を守るためにね♪」
「はい、承知しております。重ね重ね有難うございます。深く感謝申し上げます」
このやりとりを全て目視できているのは、年長者二名とサンディだけだった。マリンには声が聞こえるが、白黒妖精の姿は見えずぼんやりとした光しか視認できていない。レオンに至っては、光どころか声すら聞こえていない。
三人から少し離れた後方で、マリンがレオンに彼らの会話を小声で教え続けていた。
「我らはこの愛し子に、契約を通じて加護を与えると決めた」
黒妖精の言葉に、サンディ以外の聴こえている面々は息を呑んだ。彼らは四大精霊とは全く別の存在である事は間違いない。そんな存在の「加護」とは、いったいどんな力なのか。
「あの、加護を頂くと何が起きるんでしょうか?」
この空気の中、サンディが小首をかしげてそう訊ねるとロムスが少しずっこけた。マリンも後ろでかなりずっこけていたが、サンディは気づいていない。
それでもグレンダは優しく微笑んでいる。
「サンディにはまだ教えてあげてなかったね。妖精から加護を頂くと、私達はその属性の魔法が使えるようになる。その威力や効果は加護を授けてくださった妖精によって違うんだよ」
「そうなんですね、全然知りませんでした……」
二人の妖精は肩から離れて宙に浮き、サンディの目の高さで止まった。
「愛し子よ。約束は憶えておるな?」
「はい。新月と満月の晩に、笛を奏でる約束ですね」
「これ絶対守ってね! 約束だからね!」
「はい、決して忘れません」
「よろしい。ではこの契約をもって、お主に加護を与える」
「愛してるわ、私の可愛い愛し子♪」
二人の妖精はそれぞれ白と濃紫の光に包まれると、片方は白い衣を纏い腰まで伸びる長いウェーブがかった金髪を持つ女に。もう片方は漆黒の髪を緩く一つに結い、暗い紫色の衣を纏った男の姿になった。
二人は軽く屈むと、サンディの左右の頬にそれぞれ軽く口づけをする。サンディは目を丸くした後、僅かに頬を紅く染めた。
「闇に連なる者を完全に目の前から消したい時は、遠慮なく我を呼ぶがよい」
「いわれなき誹謗中傷や悪意、呪詛や罠を払い清めたければ、すぐに妾を呼ぶのじゃ」
そして二人はすぐまた小さな妖精の姿に戻ると、黒妖精がふと思い出したように言った。
「ああ、お主の持つ、その腕に巻く装飾具だがな。それはその身から決して離してはならぬ」
「それ、できれば普段も身につけていた方がいいと思うわよ~」
白妖精も同意している。
でもこのブレスレットを付けていると飛べないじゃないか。それはちょっと、いやかなり残念に思ってサンディは尋ねた。
「それは何故? 理由を教えて?」
「あのね、そのブレスレットは強い隠蔽効果が付与されてるの」
「はい、それはグレンダに教えてもらいました」
白妖精は頷きながら続ける。
「その『隠蔽』ってね、ただ能力を隠すだけじゃなくて、貴女に対して害意を持つ者からも隠し護ってくれるのよ」
「例えばだ。今ここにいる誰かが、急にお主を恨み憎んだとする。すると其奴は、お主を認識すら出来なくなる。その位強い『隠蔽』が付与されておる」
つまりこれはサンディを過保護なほど徹底的に、害意や悪意から守るアイテムのようだ。
「あとその青紫の石だけどね。そこには貴女に対してのものすご~く深い『愛』が込められているわ」
「うむ。その石を肌身離さず持っていれば、いつかその『愛を込めた主』と再会できるだろう。それはその為に付与されている」
サンディは改めてブレスレットを見つめた。繊細で美しい造形に、こんな強い想いが込められていたとは。
「とりあえず、グレンダと私の結界内だったらほぼ危険は無いわ。この中なら外していても大丈夫。――でも必ず常に持ち歩く事。そして結界の外に出る時は必ず、必ず! 身につけるのよ」
「はい、約束します」
二人の妖精は満足そうに笑んだ。
「では、次の新月の晩を楽しみにしておるぞ」
そう告げると黒妖精はふいと闇に消える。
「私も次の満月の晩を楽しみにしているわ♪ でも、困ったらいつでも呼んでね。サンディ、愛してるわ~」
白妖精も細い光となって消えていった。
***
妖精達の気配が消えると、サンディ以外の面々は揃って深いため息をついた。
「え? どうしたの? みんな、大丈夫?」
「僕、全然、何も見えないし、聴こえなかったよ……」
「明日から頑張ればいいのよ~。一緒に修行、頑張ろう~?」
妖精の気配を全く察知できなかったレオンが落ち込んでおり、声しか聞こえなかったマリンが慰めている。
「まったくとんでもねえ規格外な弟子を拾ったもんだな、婆さん」
ロムスは既に人間の姿に戻って呆れ顔だ。
「『生まれて初めて』なんて出来事は、まったく何百年ぶりだろうねえ」
グレンダは苦笑いするばかりだ。
(とにかく、よく分からないけど、黒い翼人は追い払えたじゃない。めでたしめでたし!)
サンディが呑気にそう考えていると、グレンダが真面目な顔になった。
「サンディ、明日は朝から精霊力についての基礎講義。レオンは身体訓練と狩り。午後からはマリンも含めて全員、力の使い方についての講義と実習に合流しなさい」
「「「はい」」」
「あー、俺は明日早朝に立とうかと思ったんだがな。仕方ねえ、午前中はレオンに付くか」
ロムスが腕組みをして呟いた。
「そうだね。そうして貰えると助かるよ」
「よ、よろしくお願いします!」
レオンは嬉しそうに、短い尻尾をふるりと振った。
これから学ばねばならない事は、山程有りそうだ。しかしサンディはワクワクしていた。
「グレンダ先生! 明日からどうぞ宜しくお願いします!』
深々とお辞儀をすると、グレンダの声が後頭部に降ってくる。
「これじゃどっちが教えて貰う立場なのか判らないがね。私の知っている限りのことは教えよう。しっかり付いておいで」
ハッとしてサンディが見上げると、グレンダは諦めたように、しかしとても優しく笑んでいた。
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