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隠された翼  作者: 月岡ユウキ
第五章 王都編

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満月の王城

 たれみみ亭での食事を終え、ロムスと別れた一行が王城へ戻ってきたのはかなり遅い時間だった。


 神殿に居た時と同じくレオンとエドアルドは同室で、その位置はサンディの部屋の隣だ。

 先に入浴を終えていたレオンは、バルコニーに出て剣の手入れをしていた。入浴で火照った身体に夜風が心地いい。見上げれば明るく輝く満月が、薄らと被る雲に虹彩を映している。


 抜き身の刀身を丁寧に拭き上げていると、その端に一瞬、柔らかな白金色の光が写り込んだ。それが隣室のバルコニーから飛び立つサンディの翼だとわかったのは、彼女が既に空高く舞い上がった後だった。


 今晩は寝間着(ネグリジェ)ではなく、簡素な普段着の上に上着を羽織っていた。その手に大きめの敷布を携えているところを見ると、今日は城の屋根か屋上で笛を吹くつもりだろうか。


(別にここで吹いても大丈夫なのに……)


 サンディは以前からレオン達に、笛の音がうるさくないかと訊ねることがあった。

 確かに静まり返った夜中に鳴らされる笛の音はよく響く。でもサンディの奏でる笛の音は、()()()()()()()()()()


 あの笛の音は空気を振わせるというより、力が直接伝わってくるようだ。その力が自分の顔や頬、そして心にそっと優しく触れるような()()()がする。


 サンディの奏でるあの音に触られるのはとても心地よくて、でも時にものすごく重く感じる時もあって。


 でも重く感じる時はいつも自分の方に問題があるときだけだし、聞き手の辛さを増幅させるような事をするわけじゃない。ただ素直に自分の心を映し出し、突きつけられる……そんな感じだ。


 聞く側の心情によって受け止め方は色々あるけども。それでもあの優しい()()()()そのものを嫌う人なんていないんじゃないかな……レオンはそう思っていた。


 しばらくすると、上の方から高く澄んだ音色が聞こえてきた。空気がふわりと温かくなって、ひゅるりと優しい風が流れる。きっと周囲の精霊たちも聴き入ってるんだろう。



 レオンは磨き終えた剣を鞘にしまい、そっとテーブルに置いた。そして傍にある魔弓を手に取り磨き始めるその表情は穏やかで、でも少しだけ困ったように微笑んでいる。


(サンディはもっと自信持っていいと思うけどな)


 今のサンディは、レオンはもちろん、エドアルドよりもずっと強いはずだ。

 さすがに腕力依存の高い剣技については男として譲るわけにはいかないけれど、魔法や幻術の力はとっくに頭ひとつ……いや下手したら五つくらいはずば抜けているんじゃないかと思う。


 それなのにサンディはまだまだ足りないと言ってきかず、今でも毎晩()()に通って学んでいるらしい。


 サンディとエドアルド、そしてヴィオラしか行ったことのないその書庫にはたくさんの知識が詰まってて、それを学ぶことによって強くなれると言っていた。

 しかもそこにはギベオリード……サンディの母を拐った()()がいるという。でもその人はなぜかサンディに幻術を教えていて、彼女が強くなるのを手伝っているそうだ。


(僕もいつか行ってみたいなあ。サンディ、僕も連れてってくれないかな)


 サンディの笛は、短い曲を奏でるとしばらく止む。そしてまた思い出したように音が鳴ると、違うメロディが奏でられはじめる。


 レオンはきっといつかサンディに恩返しすると心に決めていた。なのに今では……いや最初からサンディの方が自分よりずっと強い力を持っていて、全く追いつける気がしない。


『もっと早く強くなりたい』


 以前からサンディはまるで口癖のようにそう言っている。でも恩返しをしたいレオンからすれば、サンディの焦りはそのまま自分の焦りである。


 そんな事を考えていたら優しいはずの笛の音がひどく重く、そして遠くに聞こえ始めた。


(ああもう、ダメだダメだ! 僕は僕のできる事を積み上げるしかできないんだぞ)


 そう自分に言い聞かせると、再び笛の音が軽くなる。落ち込む感情に引きずられそうになるのを防いでホッとしていると、入浴を終えたエドアルドが部屋に戻ってきたのが見えた。


 エドアルドは素肌にガウン一枚を纏っただけの姿で、まだ濡れたままの頭を雑に拭きながらコップへ水を注ぐ。その水を一気に飲み切るとバルコニーへ出てきた。


「おや。今晩は()ですかね」

「うん、さっき飛んで行ったよ。敷き布を持ってたから、屋上かどっかの屋根かな」

「そうですか」


 エドアルドはレオンから少し離れた場所に立つと、腰に手を当てて少しだけ俯いた。いつもどおり翼を大きく広げながら暖かい風を巻き起こし、自身の髪と翼を一気に乾燥させる。


 ふと気がつくと、再び笛の音が止まっている。サンディが白妖精と何か話をしているのだろう。


「レオン、さっきのは何曲目でしたか?」

「えっと……たぶん四曲目かな」

「ふむ。じゃあ()()()()ですね」


 その時によって違うけど、サンディが白黒妖精へ捧げる曲はだいたい五~六曲くらいだ。振り向けばエドアルドは部屋に戻って着替えはじめている。でもそれは寝巻きではない。


「エドアルド、どっか行くの?」

「ええ、ちょっとサンディ様を迎えに行って来ます」


 さすがに過保護じゃないかと思ったレオンだったが、その次のセリフに背筋が冷えた。


「ここは王城とはいえ、王妃殿下の寝所に直接毒矢が射込まれるほどの()()()()ですからね。白妖精様と別れた直後が一番危険でしょう」


 そうだ。すっかり忘れていたけれど、一国の王妃の寝所が騒がされるなど、本来ならあってはならない大失態のはずだ。


「僕も行こうか?」

「いや、レオンはここにいてもらった方が良いです。()()()の確率はなるべく下げておきたい」


 共倒れ……確かにあの羊女みたいな()()()を使われたら、男が二人揃ってたところで何の役にも立たないどころか足手まといにしかならないだろう。それならこちらに待機しておき、いざとなったら別の手段で動けた方がいい。


「わかった、いつでも出られるようにしておく。エドアルドも気をつけてね」

「ああ、こっちは頼んだ」


 五曲目が奏でられ始めるとエドアルドは水晶玉クリスタルを手に取って懐にしまった。そのままバルコニーへ出て翼を広げると、あっという間に天高く舞い上がってその姿が小さくなる。


 エドアルドを見送ってすぐ、レオンは部屋に戻った。さっと普段着へ着替えると、先程まで磨いていた剣を手元に引き寄せる。


 その間レオンはずっと耳を澄ませているが、今の所異常は無い。正直、エドアルドの心配はきっと杞憂に終わるだろうと予想していた。


(まあ何も無いとは思うけど、用心するに越したことはないよね)


 レオンはソファに深く腰掛けて目を瞑り、改めて笛の音に聞き入るのだった。



 ***



 高く澄んだ音色に誘われるように、フェルディナント王子は一人で城の屋上へと向かっていた。


 こっそり窓から抜け出して警備を撒くのは初めてのことじゃない。まだ飛ぶことはできないが、サンディやエドアルドから魔力の扱いを丁寧に教えてもらって以降、体を軽くする程度ならできるようになっていた。おかげで以前より楽に柵を乗り越えることができる。


 フェルディナントは先日、サンディが父ユーリウス王に対し、満月と新月の晩に笛を奏でる許可を貰っているのを見た。その笛はサンディに加護を与えている特別な妖精に対して捧げられるものだという。


 それにしても、夜中に笛を要求するなんて迷惑な妖精だなと思った。でも先程から聴こえはじめたそれは、とても不思議な音……いや、音のふりをした()だと理解する。


 そして笛の音が聞こえると同時に、空気が変わるのを感じた。風がふわりと暖かくなり、ランプに灯された炎が一瞬大きくなる。


(これが精霊の力なのか……)


 その時、自分には無い()()()を、初めて明確に感じた気がした。


 元々好奇心の強いフェルディナントは、唐突にその力の根源を知りたくなった。ベッドから抜け出して靴を履き、寝間着のまま上着だけを羽織って短剣を佩く。バルコニーの柵をよじ登ると、蔦を手繰りつつ城の外壁を器用に登っていく。


(集中、集中……)


 サンディに教えられた通りに体内に巡る力を集中し、自分の身体をできるだけ浮かしつつ屋上に上がった。そして音のする方に目を向けると、屋上の一角にある東屋の、丸い屋根の上にサンディの姿を見つけた。

 フェルディナントは気軽に声をかけようとしたのだが、なぜか喉から音が出せない。そこで初めて、この場の雰囲気に気圧されている事を自覚する。


 満月の下で白く細長い笛を奏でているサンディは、昼とはまるで違う雰囲気だった。


 腰まである銀髪は優しく風になびき、満月の光を透かして輝いている。伏せた目は長いまつ毛をさらに強調していて、息を吹き込む口元はまるで薄い花弁のようだ。

 そして何より、白金色に淡く輝く翼を背負ったその神々しい姿に、サンディが地上の者ではない事……自分とは全く違う存在である現実を、改めて意識した。


 壁に隠れたまま息を呑んで見守っていると、暗さに目が慣れてくる。するとサンディの傍に何か小さな光が見えた。月光とは別の、でも月光とよく似た白金色の光だ。

 サンディが笛を下ろすと、()()はふわりと浮き上がった。白い光と何やら小さな声で会話をしているサンディは、時折クスクスと楽しそうに笑んでいる。


 しばらくすると、再びサンディは笛を奏で始めた。すると再び周囲の空気が暖かくなり、下方からぶわりと風が吹き上がる。フェルディナントはたまらずぎゅっと目をつむった。


 風が穏やかになったのを感じてゆっくり目を開くと、サンディの周囲に小さな紙吹雪のようなものが舞っている。


(これは……アルメアの花びら?)


 自分の手元にふわりと降りてきたそれを見ると、濃い桃色の小さな花びらだった。アルメアは野生のばらをルーツに、王国内で品種改良されたものだ。この花はとても香りが強く、香油の原料になる。アルメアの香油はザーシカイム王国の特産品でもあり、領内はもちろん王城内にも多く植えられている。


 その桃色の花びらか、まるで花吹雪のようにサンディの周囲を舞っている。甘くやさしいアルメアの香りに包まれながら、フェルディナントはサンディの()()を眺め続けるのだった。

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