顕現(挿絵有)
「さあ、次は嬢ちゃんだ。……まずは俺が謝らないといけないな」
「えっ?」
「昼間はおっかない思いをさせて悪かった。その……ちょっと驚いちまってな」
ロムスはバツが悪そうに、人差し指で頬を掻いている。私も慌てて謝った。
「えっと、私こそジロジロ見てしまってごめんなさい。あの……ロムスさんの瞳があんまり綺麗な色をしていたから、つい……」
「そう、その瞳の色の話だけどね」
グレンダが割って入ってきた。
「サンディ、お前は自分の瞳の色に気づいているかい?」
今朝、顔を洗う時に鏡を見たら、私は地味な黒髪に黒い目だった。特に変わった色では無いはずだけど……。
「黒い……ですね?」
何に気づくのかさっぱりわからず、返答が疑問形になってしまう。
「サンディの瞳は黒っぽいけど、奥に青緑っぽい光が見えます~」
マリンがキッチンに身体を向けたまま、振り返りながら言った──そうなんだ、知らなかった。
「昼間はそうだ。そして今は……」
グレンダはランプを私の目の前にかざした。
「瞳の奥に、ランプの光とは違う赤紫の光が見えるだろう」
「ホントだ……」
「綺麗です~!」
――それも全然知らなかった。それにしても、皆がすぐ近くに集まって私の瞳を見つめるこの状況は、ちょっと気恥ずかしい。
「あと髪もだよ。一見黒いが、陽の光に当たっている時は光の加減で淡く紫色に光って見える事がある」
「あ、それ僕も思ってた」
――レオンまで気づいていたらしいけど、これも全く自覚がなかった。
「つまりこれがどういう事か、ってーとな。それは恐らく、俺の瞳の色と似た理由だと思ったから驚いたんだ」
ロムスは椅子から立ち上がると、テーブルから少し離れた所に立った。目を瞑るとすぐ身体全体が白い淡い光に包まれ、数秒後に光が収まると……そこには艷やかなエメラルドグリーンの鱗を持つ大蛇が現れた。
「「……!!」」
思わず息を呑んだ。レオンも目をまん丸にして口を開けている。でもグレンダとマリンは何の反応も無いところを見ると、既に知っている事らしい。
「瞳の色に光や色が複数現れるというのは、実体を持つ精霊……いわゆる『妖精』によく見られる現象だ。俺の場合はそれに当たる。人間や他の何に化けてても、瞳の色をごまかすのは苦労する。そして精霊力を強く持つヤツには、どんなにごまかしてても簡単にバレちまう。といっても相手が一般人なら『綺麗な色ね~』と言われる程度だがな」
大蛇は一見チロチロと舌を出しているだけに見えるけど、不思議と声はちゃんと聞こえてくる。グレンダが続いた。
「精霊に特に愛される素質を持つ天界人――つまり『翼人』の一部にも、そういう素質を持つ者がいるんだよ。翼人は通常翼が見えるし、それを隠すことは出来ない。しかし高位の者は普段翼を出しておらず、使う時にだけ顕現するそうだ」
ロムスはまた光に包まれ、人の姿に戻る。
「その顕現した翼も、精霊力の強い者しか見えないそうだぜ」
文字通り雲の上の話に、私はまだ頭が追いついていかないでいた。
「つまり、サンディはもしかしたら妖精かもしれない、ってこと?」
「いや妖精だったら俺がすぐ気づける」
「ということは〜……まさか、翼人~?」
「サンディ。その左手にあるブレスレットを、取ってみる事は出来るかい?」
真剣な顔でグレンダが私に尋ねた。
「そのブレスレットから、強い隠蔽の力を感じる。何が目的かまではわからないが、お前さんの持つ『本来の力』を隠すために付けているのだと思う」
「はい、私は別にかまいませんけど」
早速袖をまくり、留め具に指をかけたところで慌てた様子のマリンに止められた。
「ちょっとまって、サンディ~! えっとお師匠さま、ここでやって大丈夫でしょうか~……」
「ふむ。そうだね、何が飛び出すかわからないし、万が一にでも折角の夕食が吹き飛んだら残念だ。先に夕食をすませた後に、皆で中庭に行こうか」
なるほど。強い力で隠蔽されていると言っていたし、うっかり開放しても自分で制御できる力ではないかもしれない……そうだったらとても危険だ。
「では早速準備しますね~。サンディ、手伝って下さい~」
私はマリンが用意した食事をテーブルに並べていく。
グレンダは考え事をしているようで、顎に手をやって目を瞑ってる。ロムスは、先程渡した弓の手入れ方法をレオンに教えているようだ。
「サンディ、中庭に行くときは例の笛も持っておいで。あとマリンは杖も持ってくるように」
「はい」「わかりました~」
夕食は今までと殆ど変わらないメニューだったけど、スープには今日採取してきたばかりのキノコ類がふんだんに使われていた。サラダにはたっぷりとマヨネーズが添えられ、デザートのベリーには練乳が掛けられている。
祈りの後の夕食は誰も殆ど喋らず、皆せっせと食事を口に運ぶ事に専念していた。各自の皿が空になるのはいつにも増して早い。
そして「もう! 片付けが終わらないです~!」とマリンに強制的に皿を取り上げられるまで、レオンは未練がましく練乳の筋をすくい続けていた。
***
皆で屋敷の中庭に移動してきた。
中庭はかなり広く、学校の体育館くらいの面積はありそうだ。
グレンダは長杖を、そしてマリンは短杖を持つ。そのとなりに立つロムスは手ぶらだ。この三人が少し離れたところで、私を大きく囲むように立っている。
ちなみにレオンは、貰ったばかりの弓矢を装備して、三人のやや後方で待機中である。
「では……外します」
「ああ、準備はいいよ」
「大丈夫、俺たち三人なら大抵のもんは防げるぜ」
「しっかり守るから、安心してね~」
小さく繊細な留め金は、とても外しづらくて苦労した……が、ふとした力加減であっさりと外れる。何かコツがあるのかもしれない。
シャラ……と微かな音を残して、ブレスレットは右手に落ちる。──でも自分の中に変化は感じない。
「……」
「……何も起きませんね~」
「……いや、ちょっとあれ見ろ」
風を感じて足元を見ると、キラキラと淡く輝く風が私を囲むように渦巻いている。それはどんどん早く、そして高くなり、私の身体を包み巻き上げていく。
「サンディ!」
レオンの呼ぶ声が聞こえるけど、細かく光る風の壁に阻まれてその姿がよく見えない。気づくと足は地面から離れ、屋敷の屋根が見える所まで高く昇っている。
次の瞬間、輝く風がふいと消えた。落ちる事を覚悟してギュッと目を瞑る……が、何も変化がない。
(……あれ?)
下を見るとマリンとロムス、そしてレオンが私を指差し、大声で何か言っているようだ。その少し後ろで、グレンダが心配そうに手招きをしているのが見える。
(グレンダの所に行かなきゃ……)
そう思ったら、身体がふわりと勝手に動いた。後ろを振り返ると、肩の辺りに淡く白金色に輝く翼が見える。振り返った時に顔にかかった髪の毛は、月光のような銀色だ。
一体自分の身に何が起きているのだろう? 全く理解出来ないまま地上にふわりと降り立った。
「サンディ! その姿、とっても綺麗でカッコいいわ~!」
マリンが私に飛びついてハグしてきた。
「その銀色の髪、とても綺麗~! あとその瞳も! こんな綺麗な色、私初めて見たわ~!」
「えっと、どんな色してるの?」
「んーっと……綺麗な深い赤紫なんだけど、奥に濃い青緑がキラッキラ光ってる~!」
「高位の翼人か」
「そのようだね……」
見ればロムスは額に手をやり、グレンダは顎に手をやってそれぞれ難しい顔をしている。
「サンディ、もしかしてそれ……翼? が生えてる?」
「え?──レオン。お前、その翼が見えるのか?」
「ううん、ハッキリとは見えない。でも何か……モヤッと光った翼っぽいものが背中に見えるから……」
レオンが素直に答えると、ロムスはニヤリと笑ってグレンダを見た。
「……素質のある、将来有望ないい生徒が集まってるじゃねえか」
「まったくあんたは……人の気苦労も知らないでよく言うよ」
そう言い返すと、グレンダは小さくため息をついた。
***
さっきからグレンダとロムスは少し離れた場所で、二人だけで何か話をしている。
レオンとマリンは興味深げに、私の姿をしげしげと見つめつつ、
「僕、天界人って絵本の中でしか見たことない……」
「私だって、街で精霊師様を一度見たきりだよ~」
……と、こんな会話をするばかりだ。
そんな状況の中、私はといえば手持ち無沙汰で突っ立っているだけなのでどうも落ち着かない。
「あの、もうちょっと飛んでみるね」
そう告げて返事を待たず、私はトンと地面を蹴った。
──重力が完全に仕事を放棄したようだった。
涼しい夜風が頬を撫でる。最初はゆっくり、時に速く……くるりと宙に円を描いてみたり、身体を捻って回りながら飛んでみた。
(──すごく楽しいっ)
前世では空といえば、病院の窓から眺めるだけの存在だった。でも今、自由にその空を飛ぶ事が出来ている。本当に夢の様だし、もしも夢なら覚めたくない……。
自由な浮遊感を満喫したあと、屋敷の屋根に降り立った。上空の明るい月が、私のシルエットを屋根に落としている。しかしそこに、翼の影がない事に気づいた。──これが実体がないという事なのか。
ふわりと涼しい夜風が吹き、木々が揺れて葉がサラサラと鳴っている。
(……ん?)
風の音に混ざって、周囲で何かが囁く声が聞こえることに気づいた。それも一つや二つではなく、沢山の声だ。
(アソボウヨ)(タノシイネ)(キレイ)(マワッテ)(モットトボウ)
鈴のように高く澄んだ声。綺麗だけど、それでいて無邪気な声ばかりで。しかしその中に、二オクターブほど低く力強い声が混ざっているようだ。
(スグニ)(ハヤク)(カクレロ)(イソイデ)(カクレロ)(デルナ)
何かを警告しているようで、ふと不安にかられる。よくわからないけど、一旦地上の皆のところに戻ろう……そう思って地上を見ると、ロムスが室内で見た時よりもずっと大きな、蛇の姿になっているではないか。
(何が起きて……あっ!)
月光に照らされた中庭の一角に、不自然に暗い影になっている場所がある。その地面からぬるりと現れたのは、黒い翼を持つ人間だった。
今回の挿絵は、顕現した姿のサンディです。
霖しのぐ様(@shinogu_nagame)より頂きました。
本当にありがとうございました!





