第17話:4人目の孤児を保護(暫定)
「何が人さらいよ! 人さらいはあんたの方でしょ!」
スケルトンガルムから降りたオワコンに対し、レニが怒鳴る。
ただ、その大声は虚勢でもあった。
死霊術が禁忌の術式である事もそうだが、通常、強力な魂を使役する場合、それ以上の力で魂を呼び戻す必要がある。
つまり、この黒髪の男はガルムを簡単に従えるくらいの実力はあるという事だ。
「人聞きの悪い事を言わないでほしいな。俺はただ『保護』しただけだよ。アイリスにも、他の孤児にも何もひどい事はしていない」
「うるさいわね! いいからさっさとグランドから奪ったその子を返しなさいよ! 痛い目見るわよ!」
そう叫んだ直後、レニは既に術式を完成させていた。
今までのセリフはいわば囮。レニは強力な術式を無詠唱で放つ事が出来る。
ただ、詠唱が無い場合は魔力のチャージが必要だ。
なので、オワコンの会話に乗るふりをして時間を稼いでいた。
レニが放ったのは真空の刃。大気を魔力で凝縮し、そのまま鎌のように相手を斬り飛ばす術式だ。
レニは様々な属性の魔法を使う事が出来る。もちろん派手な炎や氷、雷を出すことだってできる。
でも、レニが本当に獲物を狩るときはいつもこの真空刃だ。
理由は簡単。高速かつ不可視だからだ。
魔力のシールドを最初から張られてでもいない限り、相手が気付いた頃には首が飛んでいる。
レニは目の前の人の形をした化け物を人間と見なしていない。
魔獣を狩るのと同じ威力で、容赦ない不可視の刃を叩きこんだ。
「おっと、危ない」
だが、オワコンはその真空刃を、あろうことか手のひらで受けた。
ばちん、と大きな音がして、魔力の刃はただの空気となる。
「えっ……」
レニは固まった。おかしい。ありえない。あってはならない。
見た感じ魔力の防壁で防いだ形跡はない。あったら即座に気付いている。
だとしたら、この男は純粋に手で受け止めたという事だ。
もちろんそんな事をしたら手ごと体が真っ二つだ。
「ちょっとパチッとしたぞ。駄目じゃないか。人に向かって殺人行為なんかしちゃ」
オワコンはやれやれと首を振り、肩をすくめる。
「な、なんなのよ! 一体どんなトリックを使ったのよ!?」
「失礼な。俺はトリックなんて卑怯な真似はしないぞ。俺は孤児院を経営して世界を救う苦行の道を選んだ男だぞ。真正面から受け止めただけだ」
「真正面からって……こ、このっ!」
嘘だ。ありえない。レニはもう一度術式を展開し、オワコンに再び放つ。
もちろん効くとは思っていない。オワコンのトリックを暴くためだ。
魔力を妨害するなんらかの手段をきっと持っているはずだ。
「あらよっと」
「ちょっ!?」
だが、今度はあろうことかオワコンは軽く身を捻って真空刃を避けた。
受け流すならまだしも、見えない音速の刃をだ。
「な、ななな……!?」
「何を驚いてるんだ? 見えないから避けられないとでも思ってるのか? 風を切る音を聞けば大体の位置は分かるじゃないか」
「……はぁ!?」
レニは今度こそ驚愕に目を見開いた。
レニが発する高速の刃がオワコンに届くまで1秒も掛からない。
だというのに、この男は、発射された後に『音を見て』回避可能だという。
「フー、音速の刃、見てから回避余裕でした」
オワコンは何でも無さそうにそう言うが、レニは顔面蒼白だ。
不可視の刃、それはレニにとって最強にして最高の狩りの魔法だ。
威力だけならもっと高い術式もあるが、これが回避されたなら他も全て避けられるだろう。
「くっ……!」
レニの決断は早かった。即座に身を翻し、元来た道を全速力で逃げていく。
プライドの高いレニにとっては屈辱極まりないが、レニとて一流の魔法使い。
相手をしてはならない敵くらい判断出来る。
「なんなの……なんなのよあの化け物!」
レニは後ろを振り返らず……いや、振り返るのが恐ろしくて全力で森の中を駆ける。
正直な所、多少強敵が現れただけであれほどまでに心折れてしまうグランドを小馬鹿にしていた。
だが、今なら彼の気持ちが分かる。あれは決して相手にしてはならない類の生き物だ。
「森を出る前に何か言う事があるんじゃないかな? 人さらいのお嬢さん」
「ひっ!?」
全力で走るレニの目の前に、オワコンがにこやかな表情ですっと姿を現した。
レニは小さく悲鳴を上げた。この男、息一つ切らさず先回りしている。
「人の家に土足で踏み込んで、あろうことかかわいそうな孤児を連れさっていくなんてあんまりじゃないか。謝罪が必要なんじゃないかな?」
「な、なんで私が謝罪しなきゃならないのよ! そもそも、あんたがアイリスちゃんをさらったんでしょうが! 私は取り戻しに来ただけよ!」
「フー、お嬢さん。俺は世界を救うために行動している。そんな行き当たりばったりな行動と、俺の大目的を一緒にしないで欲しいな」
「何が世界を救うよ! 頭おかしいんじゃないの!?」
レニは怒りと恐怖がないまぜになった叫び声をあげる。
この男、控えめに言って狂っている。
「なんだか分かんないけど! 私は絶対にあんたみたいなのを許さないわよ! 私が殺されたって、あんたには別のハンターが送られてくるんだから!」
無論、レニは死ぬ気などない。
だが、少しでも脅してオワコンの気を引き、その隙に撤退するしか手立てが無い。
レニの脅迫めいた口調に対し、オワコンは苦笑した。
「何がおかしいのよ!」
「いや、この世界の人間は殺す殺すって物騒だなと思ってね。よし、決めた。君を我が孤児院に迎え入れよう。そしてその汚れきった思想を綺麗にしてあげよう」
「ふっざけんじゃないわよっ!」
傲岸不遜な物言いに激怒したレニは、なりふり構わず真空刃を放つ。
だが、オワコンは避けもしなかった。ただ、前髪が少したなびいただけだった。
「この化け物! 死ねっ!」
「まったく。とんだじゃじゃ馬お嬢さんだ。少し黙っていて貰うしかないな。暴力は嫌いなんだがな」
「やれるもんならやってみ……ぐはっ!?」
やってみろ、と言い終わる前に、オワコンの手刀がレニの首元に叩きこまれた。
恐らくレニは視認すら出来なかっただろう。
レニは一瞬で昏倒し、地面に倒れ伏した。
倒れ込んだレニを、まるで通学バックでも持ち上げるみたいに、オワコンが軽々と回収する。
『おやおや、四人目の孤児院の仲間入りだね。イッヒッヒ』
しばらく沈黙していたスマホババアが笑いだした。
『でもいいのかい? この子が孤児か分からないよ?』
「フー、分かってないなババア。人はみな魂の迷い子、人生という荒波を一人で生きていくものだ。だから人はみな、孤児みたいなものだよ」
『ま、院長はあんただ。孤児の定義を決めるのもあんただからね。で、どうするんだいその子を?』
「当然、再教育する。このままじゃ他の孤児にも危害が及びかねないからな」
『なるほどねぇ。洗脳するんだね』
「人聞きの悪い事を言うな」
ババアの下種な考えに対し、オワコンは心底嫌そうにそう呟いた。
「洗脳するんだよ。世俗で汚れた考えは俺の孤児院では不要だからな」
洗脳ではなく、洗脳を行う。
そう、オワコンは都合のいいお人形さんが欲しい訳ではない。
この人さらいの少女の荒んだ考えを洗い流し、清らかな心を持たせなくてはらない。
『でも、まだ孤児として認められたわけじゃないよ。心からこの孤児院に入りたいと思わない限り、四人目の孤児扱いにはならないからねぇ』
「しばらくは空き部屋に拘束しておくしかないな。でもまあ、すぐに孤児院が大好きになるさ」
そう言いながら、オワコンはレニを軽々と孤児院内に入り込み、扉を閉めた。
気絶しているレニは、二度と逃げ出せない運命に囚われてしまった事に、まだ気づいていなかった。




