第16話:新たなる森の支配者
「ふぅ……確かにこの森、前と比べて何かヘンね」
魔女の森に足を踏み入れたレニは、少しだけ緊張した口調でそう呟いた。
以前は魔物の住まうちょっと深い森という認識だったのだが、何かが違う。
「さっきのオークも様子がおかしかったし、ガルム以上の魔物が住み着いたのかもしれないわね」
レニは多少高飛車ではあるが、その態度にふさわしい実力も持っている。
街の冒険者パーティーが出くわしたら必死で逃げるか、全滅覚悟で戦うガルムですらソロで軽々倒す事が出来る。
なので、先ほど襲い掛かってきたオークの子供も簡単に撃退する事が出来た。
「でも、なんかヘンだったのよね。こう……人間に対する殺意が凄まじいっていうか……」
レニは口元に指を当てながら、先ほどの戦闘を思い出していた。
森に入ってしばらくすると、オークの子供が突然襲い掛かってきたのだ。
オーク自体はそれなりに凶暴なので敵対する事は珍しくないが、子供一体で襲い掛かってくるのは珍しい。
なにより、あのオークの子供は人間に対する殺意が尋常では無かった。
まるで人間に親でも殺されたかのような勢いで襲い掛かってきたので、レニですら少しだけ気押されたほどだ。
だが、実力自体は子供のオーク。難なく片付けた。
その際、オークの子供は不思議と安らかな表情を浮かべていたのが、逆に不思議だった。
憎悪という鎖から解放されたような、そんな感じだったのだ。
「……っと、怪しい魔力はっけーん」
レニは回想から現実に戻り、ほんのわずかな違和感を捕えた。
一見なんの変哲もないただの森に見えるが、少しだけ魔力の残滓を感じ取れる。
近くの木に手を触れると、それがより鮮明に感じ取れた。
「なるほどね。どうやらここに新しく住み着いた化け物、森自体に干渉できるみたいね。でも残念、私はグランドと違って魔術の天才だから」
レニはふふんと鼻を鳴らす。
バレないように細工してあるが、明らかに木々を魔力で操った跡がある。
戦士のグランドはもちろん、並大抵の魔術師では気付けないレベルだ。
だが、レニは並大抵の魔術師ではない。
むしろこの魔力を辿っていけば、アイリスをさらった元凶にぶつかる事が出来る。
「間抜けね。探すのに苦労するかと思ったけど、これは思いのほか簡単に片付くかな?」
レニは鼻歌を歌いながら、魔力の後をどんどん辿る。
森のボスクラスであるガルムが何者かに倒され、別の怪物が支配した。
そして、その怪物はそれなりに魔術が使えるらしい。
「その程度なら楽勝ね」
はっきり言ってレニからすれば雑魚である。
レニは近接戦闘こそ得意ではないが、遠距離ならばドラゴンですらソロで撃ち落とせる。
そして、ドラゴンという種族は滅多に存在しない。
となると、ガルム以上ドラゴン未満であると考えるべきだろう。
油断は出来ないが、苦戦するほどでもない。それがレニの認識だった。
だが、その認識は予想外の展開に打ち砕かれた。
「……何これ? 建物?」
魔力を辿っていくと、レニは異様な空間に辿り着いた。
森の最奥部だというのに、色とりどりの花畑の真ん中に、こじゃれた洋館が建っていたのだ。
「これ……明らかに普通じゃない!」
レニは警戒レベルを最大まではね上げた。
少なくとも、まともな生命体がこんな環境を作り出せるはずがない。
「えっ!? あれ、もしかして……アイリスちゃん!?」
レニが近くの巨木に身を隠しながら様子を窺っていると、花畑には一人の少女が座り込んでいた。
髪の色や体格などを記憶と照らし合わせると、間違いなくアイリスだ。
幸い、アイリスは花畑で一人で本を読んでいた。怪物らしき存在は見当たらない。
「アイリスちゃん!」
「えっ、おねえちゃん、だれ?」
周囲を警戒しつつ、レニはゆっくりとアイリスに近付いた。
幻覚や罠かと思っていたが、アイリスは間違いなくアイリス本人だった。
レニはあまりにもあっさり行った事に拍子抜けしそうになるが、最後まで油断は出来ない。
「私はレニよ。グランドが心配してるから、私が助けに来てあげたのよ」
レニはアイリスの近くに屈みこんでそう言うが、アイリスの表情は曇る。
「グランドおじさん? おじさん、わたしの事をまた連れていこうとしてるの? パパともうすぐ会えるのに」
「えっ……どういう事?」
レニは首を傾げる。子連れ狼グランドは、兄の忘れ形見であるアイリスをとても大事にしている。
つまり、パパはとっくに死んでいるはずなのだ。
「と、とにかく、ここは危ないから帰るわよ!」
理由は分からないが、とにかくアイリスをこのままにしてはおけない。
レニはアイリスの腕を引っ張るが、アイリスは頑なに抵抗する。
「いや! パパを生き返らせてくれるっていんちょーが言ってたもん! わたしはここに残るの!」
「無理よ! 死んだものを生き返らせるなんて出来るわけないじゃない!」
「出来るもん! いんちょーが出来るって言ったもん!」
「その通りだよ」
急に割って入ってきた男の声を聞いた直後、レニは身構えた。
そして、目を疑った。
その男は、黒髪黒眼という珍しい外見をしていたが、いたって普通の男性に見えた。
だが、普通の男性はガルムの骨にまたがって登場はしない。
巨大な魔犬ガルムは、スケルトンと化し、そして、その男の乗り物と化していた。
骨だけになったガルムから、男がさっと飛び降りる。
「ほら、見てごらんアイリス。ガルムもこうして生き返ったよ。まだ肉は付いてないけどね」
「ボゥッ! ボゥッ!」
声帯が無くなっているので、骨の隙間から空気を漏らすような声でガルムが鳴く。
なんというおぞましい光景だろう。レニは背中に冷や汗をかいた。
「な、な、なんなのよあんた!? それ、死霊術じゃない!?」
「フー、なんなのよあんたはこっちのセリフだよ。人さらいは歓迎しないな。嫌がる人間を無理矢理連れていくなんて最低の行為は許せないな」
その男――孤児院長にして地上最強の生命体。
尾綿紺鉄はレニに対し、溜め息を吐いて答えた。




