第13話:招かれざる襲撃者
オワコンがハンター達を撃退し、ガルムを手厚く葬った翌日、さらなる敵がやってくるのをババアセンサーが感知した。
『おやおや、またこっちに敵が向かってくるよ。思ったより早かったねぇ』
「思ったより早かったって事は……」
『お察しの通りだよ。グランドの奴さ』
せっかく孤児の美少女たちと憩いのひとときを過ごしていたというのに、これだから異世界の孤児院長は楽じゃない。オワコンはゆっくりと椅子から立ち上がり、館の外へ足を向ける。
「いんちょー、また悪いハンターさんが来たんですか?」
「ああ、そんなところだ。お前達は気にせずごはんを食べていなさい」
「はーい!」
孤児達は既にオワコンにすっかり懐いていた。というより、オワコンの圧倒的な力の庇護にというべきか。
いずれにせよ、この孤児院の中ほど安全な場所はこの世界にそうはないだろう。
『もうすぐグランドが来るね。いやいや、三日は掛かると思ったけど、二日とは相当頑張ってるねぇ』
「まったく。いらん苦労を掛ける奴だ」
オワコンはやれやれといった感じで、着崩したスーツ姿のまま館の前で招かれざる客を待った。
そして、ババアの予報通り、五分も経たないうちに傭兵グランドは姿を現した。
「出たな悪魔め! アイリスを返せ!」
「フー、それが孤児院の保護者に言うセリフか? とんだクレーマーもあったもんだ」
オワコンは溜め息を吐きながら、肩を竦めて手の平を上に向けるポーズを取る。
それがグランドの神経をさらに逆なでする。
「黙れ! 人の姪を勝手に誘拐しやがって! アイリスは無事なんだろうな!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえるって。まったく、これだから粗暴な人間は嫌いなんだ。アイリスを預かって正解だったな」
「攫ったの間違いだろう!」
グランドはこめかみに怒筋を浮かべながら、大剣を握った。
先日折れた剣だが、まだ鈍器としては充分破壊力はある。
「また暴力で解決しようとするのか。ひどい人だ。そんなにアイリスに会いたいなら会わせてやるから」
「アイリスは無事なんだな!?」
「無事どころか保護したと言ってもらいたいな。アイリス、出てきなさい」
オワコンが屋敷内に呼び掛けると、アイリスがちょこちょこと姿を現した。
アイリスは随分と身ぎれいになっており、こけていた頬も戻り、年相応の元気な少女の姿に見えた。
グランドはその姿を見て一安心するが、すぐに気を引き締める。
なぜなら、目の前にいる華奢なこの男は、得体のしれない化け物なのだから。
「グランドおじさん? 戻ってきてくれたの?」
「ああ! お前を助けるために来たんだ! もう安心だ!」
グランドはアイリスを怖がらせないよう、笑顔を向ける。
アイリスもきっと不安がっていたに違いないと思ったからだ。
だが、予想に反し、アイリスの反応は、喜びよりも困惑が勝っていた。
「おじさん、わたしのこと邪魔だったんじゃないの?」
「な、何を言ってるんだ!?」
「だって、オワコンいんちょーが、『グランドおじさんは街に依頼をこなすために飛んでいった』って言ってた……」
「違う! それは嘘だ!」
グランドは必死で叫ぶが、アイリスを隠すようにオワコンが前に出る。
「嘘ではないでしょう? だって、依頼をこなすために街へ向かっていたし、飛んでいったじゃないですか!」
「黙れ! 貴様が俺をぶっ飛ばしたんだろうが!」
「俺じゃないさ」
オワコンは苦笑する。確かに、オワコンは嘘を言っていない。
なぜならグランドを街まで吹っ飛ばしたのは、オワコンではなく、オワコンが命令したババアだからだ。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁ! この詐欺師め! アイリス! そんなクズの元にいては駄目だ!」
「クズ!? クズだって!? この俺が!?」
オワコンは目を見開き、よろめきながらアイリスの横に移動し、彼女の目線に合わせるようにしゃがみこむ。
「聞いたかいアイリス。グランドおじさんが、俺の事をクズ呼ばわりしているよ。ひどいと思わないかい? 俺が何かアイリスにひどい事をしたかい?」
「ううん」
アイリスは首を横に振る。アイリスからしてみたら、グランドはオワコンに自分を押し付け一人で旅立ったおじさんだ。さらに、オワコンは疲れていたアイリスを優しく包み込み、食べ物や住居まで与えてくれた。
「そうだろう。俺はアイリスに何一つひどい事をしていないだろう? なのに、おじさんは俺の事をひどい奴呼ばわりするんだ。どっちがひどいと思うかな?」
「……グランドおじさん」
「アイリス! その男の言葉を聞くんじゃない!」
アイリスの中で、今大きな葛藤が生まれている。父が亡くなった後、グランドはアイリスを引き取り、傭兵をしながら彼なりに温かく見守ってきてくれた事は知っている。
だが、この二日でアイリスがオワコンから与えられたものはあまりに大きすぎた。
温かく食べた事も無いほど美味な食事。お姫様でも見た事のないような不思議で美しい部屋。それに、同年代の可愛らしく頭のいいお友達。
「仕方ない。クズの俺の元にいるより、グランドおじさんの元に帰そうじゃないか」
「……何?」
オワコンは溜め息を吐きながら、そんな事を口走った。
いきなり態度を変えたオワコンに、グランドは逆に警戒心をさらに高める。
「アイリス、帰りたかったらグランドおじさんのところに帰りなさい。俺はしがない孤児院長。孤児を拘束して虐待じみた真似をするのは最も嫌いなんだ」
「わたし、おじさんの所に帰るの?」
「ああ、アイリスが望むなら俺は歓迎しよう」
そういった後、オワコンは「ただし」と付け加える。
「そうだな。ここにいて友達と美味しいごはんやお菓子を食べながら、勉強やスポーツをしたりする生活より、恐ろしい魔物に怯えながら、おじさんと一緒に荒野を歩くのも幸せの一つかもしれないな。昨日のガルムみたいになるかもしれないけれど、人間の幸せは人それぞれだからね」
「きのうの……ガルムさんみたいに?」
その途端、アイリスの顔が青ざめる。昨日、傷だらけ血まみれで死に絶えたガルムの死骸の姿が脳裏をよぎっているのだろう。
「貴様ぁぁぁぁああああ!! どこまで卑劣な手を使うんだ!」
「卑劣? 事実を述べただけだが? 俺はアイリスを誰よりも守ってやれる。あんたはどうなんだ?」
「くっ……!」
グランドの大剣を持つ手が、怒りのあまりぶるぶると震えている。
だが、がむしゃらに突っ込んで勝てる相手ではない事は既に体験済みだ。
「ああ、そうだ。もう一つ言い忘れていた事があった。でもなあ、グランドおじさんの所に戻るアイリスに言っても意味が無いしなぁ」
「オワコンいんちょー! もう一つって何!? おしえて!」
アイリスがしゃがんだオワコンの背広を掴む。こんな言い回しをされたら、大人だって気になるだろう。
オワコンは少しもったいぶったように無言でいたが、やがて口を開く。
「アイリスが、パパともう一度会えるかもしれないって事なんだけど」
「パパに……会える!?」
アイリスは目を丸くし、オワコンの背広をさらに強く掴む。
だが、オワコンは首を横に振る
「でもほら、アイリスはグランドおじさんの所に帰るんだろう? だったら無理だね。アイリスのパパなんだから、アイリスがいないと意味が無いだろう? 残念だ。ああ、実に残念だな」
オワコンは、本当に残念そうにそう呟いた。




