第1話:異世界にて最強院長が誕生した日
前に途中まで書いて別サイトで完結させたものを若干修正してあります。
完結まで一気に投稿しましたが、内容がアレなので注意して下さい。
気が付くと、尾綿紺鉄……略してオワコンは見知らぬ森の中に突っ立っていた。
辺りは濃厚な緑の匂いが充満し、夢ではなく現実である事を物語っている。
「俺は電車で立っていたはずなんだが……」
オワコンは一人そう呟いた。
仕事帰り、電車に揺られ吊り革に掴まっているとき、眠気に勝てずほんの一瞬意識を失った。
それから目を開くと、まるで手品のように空間が入れ替わっていた。
服装は背広のままなのだが、かばんなどは一切持っていない。
「ここは一体どこなんだ?」
状況に理解が追いつかず、彼はただ狼狽した。彼はいたって普通の現代人。少なくとも電車から森にワープする魔法は使えない。なにより、いきなり森の中に放置されて生き延びる術など知らない。
上を見ると樹木に覆われていてあまりはっきりとは見えないが、一応夜ではない事に安心した。こんな深い森で夜中だったら怖くて泣いてしまう。
「とりあえず、開けてる方向に歩くか」
森の中でうかつに動いてはいけないとか聞いた事があるが、そもそもここがどこなのか分からない。
じっとしているよりは状況確認をしたほうがマシと判断した。
ポケットに突っこんでいたスマホはあるのだが、完全に圏外になっている。
慣れない土の道を革靴で歩くのはなかなか大変だが、少しも行かないうちに、彼は不思議なものを見つけた。
「洋館?」
それは、森の中に忽然と現れた。
辺りは巨木だらけなのに、その部分だけまるで英国の庭士が手入れしたように綺麗に草が刈り取られ、色とりどりの花まで植えられている。その中心に、白いレンガで造られた屋敷があった。
そして何より彼を安堵させたのは、小さな女の子がその花畑に水をやっている姿を見られた事だ。遠目からみても輝いて見える銀髪ショートで、透き通るような白い肌の可愛らしい女の子だ。
どう見ても日本人じゃないのだが、とにかく人間に出会えた事が嬉しい。
とはいえ、急に背広姿の男が近付いたら事案になったりしないだろうか。
オワコンがそんな事を考えていると、その女の子と目が合った。
年齢は二桁いくか行かないかくらいの小さな女の子は、翡翠色の大きな瞳をさらに見開いて俺の方を見た。
「いんちょー! あなたが新しいいんちょーですね!?」
「い、いんちょー?」
インチョーってなんやねんと思ったが、女の子はぱっと表情を輝かせ、彼のほうに駆け寄ってきた。それほど距離があるわけではないが、急いだせいか、はぁはぁと荒い息をしている。
「お待ちしておりました。私、この家に住んでるシャルロットと言います。これからよろしくお願いしますね。いんちょー」
「そう言われましても」
屈託なく笑う少女に対し、彼はただ困惑する。彼が困った表情になっているのに気付いたのか、シャルロットはぺこりと頭を下げた。
「すみません。いきなり呼び出されて困っちゃいますよね。お話はおばあちゃんから聞いて下さい」
どうぞどうぞと言い、シャルロットはオワコンの手をぐいぐい引っ張っていく。
どうやらあの屋敷の中に「おばあちゃん」なる者が存在するらしく、そいつがこんな状況に追い込んだ元凶である可能性が高い。
正直入りたくないが、かといって避けるわけにもいかない。仕方なく彼はシャルロットの誘いに乗り、その綺麗な館に足を踏み入れた。
「……すごいな」
罠かもしれないと身構えていたが、一瞬それすら忘れた。
比較的こじんまりとした屋敷なのだが、彼の少ない語彙では言い表せないくらい整っていた。ふかふかの絨毯にはシミ一つ無いし、床もぴかぴかに磨かれている。
調度品などはあまり無いのだが、むしろそれが館自身のシンプルな豪勢さを強調している。
「こっちです。おばあちゃん、あなたが来るのを待ち望んでいたんですよ」
「俺、そのおばあちゃんって人と面識ないんだけど」
「大丈夫です。これから会えばもう知り合いですから」
そう言って、シャルロットは廊下を進み、奥まった部屋にある扉をノックした。
「お入り。なんとか期限内に間に合ったようだね」
ドアの向こうからくぐもった声が聞こえてくるが、その声は弱々しい。
シャルロットがドアを開け、オワコンは少し緊張しながら部屋に入る。
木製の簡素なベッドがあり、その上に動くミイラみたいな人間がいた。
黒いガウンのような物を羽織っていて、全身の水分が干からびたんじゃないかというくらいしわくちゃな婆さんだ。童話に出てくる魔女みたいな出で立ちだった。
「よっこらせっ、と」
「おばあちゃん! 無理しちゃ駄目だよ!」
「いいんだよ。あたしの最後の仕事なんだ」
ボロ雑巾みたいな婆さんは、かなり苦労して半身だけ身を起こす。そして、彼女はオワコンの方を見た。
「あんたがこの孤児院の次の院長だね? なんとか間に合ってよかったよ」
「ちょっと待った。俺、普通のサラリーマンなんですけど……」
「さらりーまん? ああ、あんたの元の世界の職業かい? そんなものはもういいんだよ。勝手な話で申し訳ないが、あんたには私の代わりに孤児院をやって欲しいのさ」
本当に勝手な話だった。
しかし、婆さんの瞳には有無を言わさぬ迫力があり、彼はとりあえず話を聞く事にした。
というか、この状況を知っているのが婆さんしかいないっぽいので。
「私はね、あんたとは違う世界に住む魔女なのさ。本当は魔女なんて不名誉な呼ばれ方は嫌なんだけどねぇ」
「おばあちゃんは魔女じゃありません! 立派な方なんです!」
どう見ても魔女だろと突っ込みたい外見だが、シャルロットは叫ぶように否定した。
「いや魔女さ。異端者は魔女の烙印を押されるものさ。悲しい事だけど仕方ないのさ」
婆さんは溜め息を吐きながらそう呟いた。
オワコンにもなんとなく事情は分かった。
この婆さん、きっと元々は優れた魔法使いか何かだったのだろう。
それを嫉妬か何かで追放され、異端者として森に追いやられたのだ。
みんな大好き追放美少女ジャンヌダルクを思い浮かべ同情したが、かといってどうなるものでもない。
「まあ聞いておくれ。年寄りの最後のわがままさ。私も生まれて300年。いい加減寿命も限界なのさ。ただ、どうしてもやりたい事があってねぇ」
「やりたい事?」
「そうさ。シャルロットはね、この森の奥に捨てられていた孤児の一人。世の中にはこんなに悲惨な子がたくさんいるって気付いたのさ。それまで私は研究一筋で、他人の事なんかどうでもよかったからねぇ」
婆さんは懺悔するような口調でそう呟いた。そして、シャルロットの頭を節くれだった手で撫でた。
「それで私は、自分の魔力を世の中の役に立てようと思ったんだよ。シャルロットのような孤児を少しでも救ってやれればいいと思ってね」
そこまで言って、婆さんは咳こんだ。
「でも、私にはもう寿命が残っていない。そして私は魔女――異端者さ。この世界の人間は誰も私を信用しないし、私も信用していない」
「だから、異界から俺を呼んだっていうのか?」
「察しがいいね。その通りさ。異界から知恵ある存在を呼ぶのは禁忌なんだけどね」
婆さんはそう言うと、一息おいてさらに言葉を続ける。
「というわけで、あんたには私の意思を継いで欲しいんだよ。どうか私の代わりに、この私の魔力で育てた館で、かわいそうな孤児たちを助けてやっておくれ」
「……なんで俺なんだ? 俺は別に特別な知識とか体力とか無いぞ?」
「私の魔力の適合者をついカッとなって召喚したら、たまたまあんただったんだよ。巻き込んで悪かったと今は反省してるよ」
犯罪者のテンプレートみたいな台詞を言いながら、婆さんはベッドに横になった。




