99話 すれ違う話 2
頬を押さえて私を睨むナディアキスタと、頭にたんこぶを作って正座するモーリス。そして、私の頬をつねって見下ろすメイヴィス。私はいたたまれない思いでメイヴィの話を聞く。
「ケイト様、あんた自分の性別がどっちか言ってごらんよぉ」
「女でひゅ」
「肌着で男の前に立つなんて、無防備にも程があると思わないかい?」
「全くほの通りでひゅ」
「ならまず兄さんについて行く前に、体を隠す物をもらっとくれよぉ」
「メイヴィス、ケイトは裸一貫でも勝てるぞ。多分な」
「兄さんは黙っとくれ!!」
「はい······」
ナディアキスタが怒られたところを見て、私はふっと笑ってしまう。ナディアキスタがギロりと私を睨んだ。メイヴィスはパッと私から手を離すと、薄い毛布を私の体に巻きつける。
「ったく。ケイト様が強いのは知ってるけどさぁ、あたしゃ心配なんだよ。ケイト様に万が一があったらって思うと······」
「悪かった。もう少し気を配ろう」
「モーリスと兄さんを止めるのはあたしだろぉ? 一人じゃあ止められっこないじゃないか。街一つ壊れても知らないからねぇ」
「おっと、私の心配じゃなかったか。信頼が厚い分ちょっと寂しいな」
「だって軽い怪我で済みそうだし」
メイヴィスが洋服を取りに行くと、モーリスが「っふぅ〜」と息を吐きながら頭を擦る。ナディアキスタはいそいそと氷のうを作り、頬に当てた。
「久々にメイヴィスの鉄拳受けましたよ」
「あいつ、あんなにビンタ強かったか?」
「なんか、ごめんな? 私がいらないことを口走ったから」
「本っ当にな! この俺様が悪いみたい言い方しやがって! モーリスを引き離してやろうと思っただけなのになっ!!」
「なんか文句でもあんのかい?」
「いや、何も······」
ナディアキスタがいつもの調子を取り戻した途端に、メイヴィスが帰ってきた。私とモーリスがたまらず吹き出すと、ナディアキスタが口パクで暴言を吐いてくる。
メイヴィスはモーリスとナディアキスタを立たせると、「男どもは外だよ!」と無理やりテントから追い出した。
メイヴィスは私に奪われた服を返し、着替えの手伝いをしてくれた。私よりも手早く着替えを手伝う彼女の手は、少し震えていた。あの場では堪えていたんだろうが、私が思っている以上に、彼女は私のことを案じてくれていたのだと思うと、薄着のままうろついたことが本当に申し訳なくなってきた。
「メイヴィス」
「何だい?」
「······心配かけて、すまなかった。もうこんな事がないようにするから、不安にならないで欲しい」
「······それならいいよぉ。ケイト様にもっと女の子っぽい下着、作ってやろうかねぇ。機能性とデザインが両立したやつ。今着てるのはちょっと、機能性ばかりで可愛くないからさ」
「ふふ、それを着たら男には絶対見せられないなぁ」
剣を腰に提げて、支度は全て終わった。私に親指を立てるメイヴィスの手の震えは止まっていた。
***
「これが、さっき言った音声データだ」
私はそう言って、レコーダーの再生ボタンを押す。
女の人の声と、犯人らしき唸り声。捕食の生々しい音を流し、音が止まる。
ナディアキスタは顎に手を当てて首を傾げるし、モーリスやメイヴィスも悩ましげに唸る。
「声だけ聞けば、イヌ科の獣人っぽいな」
「ええ、ですがなんと言うか。その、うーん?」
「狼より弱い、犬かい? でも、断言出来るような声じゃあないねぇ」
「やっぱりそうか」
私は写真も見せて、「これはどうだ?」と確認してもらう。三人とも反応は鈍かった。
「獣の歯型ではある。が、自然型の獣人にしては荒すぎるな」
「一人で噛みちぎるには、到底不可能な形をしてます」
「複数人で襲ったんならまだ分かるんだけど、声は一人分しか無かったし」
私が「そうか」と呟くと、ナディアキスタは別の方向に目を向ける。
「なぁ、オルカはどう思う?」
彼が目を向ける先には、青い毛並みが綺麗な自然型の狼の獣人がいた。オルカと呼ばれた男は、怒ったような表情で、「俺たちじゃない」と低く唸った。
「人間ってのは何も学ばないナ。同じことヲ何度も聞き直して、俺たちの判断力を鈍らせようとスル。兄さんの知り合いだかラと来てみたが、無駄足だったナ」
「待て、オルカ」
「兄さん、俺ハ警備の交代に行くゾ」
オルカはさっさと立ち上がると、テントを出ていこうとする。
私が出口を塞ぐとオルカは歯を見せて唸った。獣人族の体格は、人間と違ってかなり大きい。二メートルもある彼の身長は、たとえ男でもすくんでしまうほど威圧感があった。それでも私は彼の行く手を阻む。
「すまない。余計な時間を取らせているのは重々承知だ」
「なラ、どけ」
「断る」
「喉を噛みちぎってやろうカ」
「私は職業上、魔物にはそこそこ詳しい方だ。だが、今回の事件には行き詰まっている」
似たような歯型を残せる魔物を、私なりに照らし合わせたが、どれも当てはまらなかった。けれど、この傷跡を獣人族が残せるとも思えない。
オルカは何度も疑われ、何度も同じことを言われている。だから怒っても仕方ないだろう。私は彼に頭を下げて、「協力して欲しい」とお願いする。
「君たち獣人族に直接、詳しく説明して欲しい。私は獣人族には詳しくない。だから、君たちの口から、どういった傷で、どういう点が異なるかを聞きたい」
オルカは唸るのをやめると、私の首を掴んで無理やり上を向かせる。
モーリスが「やめろ!」と声を荒らげるが、ナディアキスタが止めた。メイヴィスはハラハラしながら手を握る。
「人間が、わざわざ俺たちに頭を下げルとは思えナイ。なンのためダ?」
「······戦争を避ける方法を探っている」
私は自分の考えを素直に伝えた。
もし戦争なんてことになれば、獣人族も人間も死に絶えて、国は滅びてしまうだろう。騎士の国の兵士たちだって、戦場で命を落とす。
子供も女も、老人だって関係なく戦争に参加させられて、殺される。
仲間割れで命を落とすくらいなら、お互いによく話し合って、本当の意味で解決する方法を探りたい。
「騎士の国は、戦場を駆け回ってナンボだがな。たかが犯人探しのために血が流れるのは私が嫌だ。獣人族が犯人じゃない理由を持って帰れば、話し合いの席を設けることも出来るはず」
「そこまですル必要が、お前にあるのカ?」
「実を言うと、無い」
「なラ黙って──」
「でも無実の命が、くだらん争いで失われるのは騎士の信念に反する」
私がそう言うと、オルカは私から手を離す。
モーリスは安心して座り直した。メイヴィスが「びっくりさせて、もぉ」と小声で言った。
オルカはどかっ、と元の位置に座ると、手招きをして私を近くに座らせた。
「いいカ? この歯型カラ予想するト、獣人族のイヌ科の奴ラに似ていると思ウ。けれど、この歯の並びヲ見れバ、歯の間がスゴく狭い」
オルカはそう言うと、自分の口をガバッと開けて、歯を見せてくれた。鋭く太い歯が並んでいるが、歯と歯の間隔はそれなりに広い。写真の歯型は狭く、オルカの見せてくれた牙では、つけられるような跡ではなかった。
「あト、この傷口ハ、複数の動物につけられたものダ」
「複数? だが、声は一つしかなかった」
「同じタイミングで鳴いたり、同じ動物が順番に鳴けバ、声は一つダろう?」
「あ、なるほど。そうか。つまり被害者は、一人に襲われたのではなく、複数に襲われたのか!」
「ケイトは賢いナ。そういう事ダ」
オルカはフッと笑うと、私の頭をワシワシと撫でた。突然のことに、私は身を固まらせる。モーリスが「おい!」とオルカの手を掴んだ。
「侯爵様になんてことを!」
「知ルカ。この国に貴族制度はナイ」
「モーリス、構わん。久しぶりに頭を撫でられて驚いただけだ」
モーリスは不満そうにオルカから手を離す。私は彼に尋ねた。
「被害者の傷から獣人族が犯人である可能性の低さは分かった。だが、君たちが違う断言する理由は?」
「その事件ガ起きたのハ、新月の夜だロウ?」
オルカがそう言うと、メイヴィスが気づいた。
「『魔女信仰』か!!」
モーリスもナディアキスタも納得する。私だけが、キョトンとしていた。