97話 ハロー獣人族
国の外に出て、まずやるのは足跡を探すこと。
人間の靴の跡に紛れて、動物の足跡があるから、それをひたすら追いかける。
街中で獣の匂いがうっすらと残っていた。おそらく、国から出て一週間ちょいしか経っていない。
種族同士の対立で、まさか同じ国にいるはずもない。人間の代表が国に残っていたのなら、獣人族はどこか別の場所に、陣地を形成しているはず。
大規模な移動の足跡を見つけたら、それを辿って行けば会えるだろう。
私は匂いを消す特殊な粉を体に振りかける。
そして、見つけた足跡を追って、北東の山に向かう。足跡の中には、人間と思しき足跡も混ざっている。
協力者がいるのか? それとも捕虜か?
「獣人族って、一括りにしても種族やタイプが変わるから、予測が難しいんだよなあ」
──獣人族とは、その名の通り、獣と人間が組み合わさった姿の種族で、元の成り立ちは、ナディアキスタのはなしであれば、魔女の弟子の失敗から生まれた種族だったはず。
ベターな狼や猫、ライオンに鷲、フクロウやジャガー、クマやゴリラなど多種多様だ。
さらに、見た目も、
『人間型』──人間とほぼ相違ない。
『中立型』──人間に近しいが、耳や獣特有のしっぽなど、一部見た目が違う。
『自然型』──人の言葉を話し、二本足で立つが、獣の姿である。
といった、三つのタイプに分けられる。
獣人族だからこうでしょ! といった決まりなんてない。獣人族は未だに解明出来ていない謎が多いのだ。遺伝子構造も身体能力も、何もかもが。
だから安物の剣と数本の眠り針だけでは、心許ないのだ。
今私はきちんと──と言ったらおかしいのだが──騎士の格好をしている。人間側についた騎士が、獣人族側に来たとなれば、すぐに襲われても致し方ない。
色々と考えているうちに、山の近くにまで来てしまった。
私はため息をつき、気合いを入れ直す。
「さて、お話出来るかな〜っと」
山を分け入り、私はあちら側に気配を感じられぬよう、細心の注意を払って近づいていく。
本当はこんな風に隙を狙うような歩き方は嫌だ。かといって『やぁやぁ騎士が来ましたよ!』と言わんばかりに山を進むのも嫌だ。
(悩みどころだな)
──────ガサッ!
「人間が山に入ってきたぞ! かかれ!」
ちょっと物音を立てただけで、彼らは私に気がついた。さすがは獣人族、五感は人間以上だ!
私は石を数個拾い、別方向に投げてわざと音を立てる。
「音がした! あっちからもだ!」
「別れて追え!」
草むらから獣人族を確認する。
中立型の狼が一人、自然型の狐と、リカオンが一人ずつ。リカオンが左へ。狐が右へ。狼は鼻をスンスンと動かして私を探す。
「くそっ、匂いがしねぇ!」
悔しそうに言う彼は、鼻を擦って草をかき分ける。
私は枝を拾って、右へ投げた。狼がそちらに注目し、その方向に進む。
後頭部を私に向けた瞬間を狙って、私は警備を突破する。
「しまっ······! 人間が入り込んだ!」
彼の遠吠えを遠くに聞きながら、私は山を駆け上がる。だが、いきなり背中に重いものがのしかかり、私は地面に押さえつけられた。
「うぐっ!」
「はっはぁ! 人間め! 獣人族を出し抜けると思ったか!」
私を見下ろす獣人。人間とほぼ相違ない見た目だが、目が人と少し違う。
「······くっ、ハヤブサの獣人か」
「まだ元気があるようだな。何しに来たか、吐いてもらうぜぇ。おい! 人間を捕まえたぞ!」
ハヤブサの獣人が仲間を集める。
私を見下ろす彼らは、飢えた獣と同じ目をしていた。
***
「くっそ! まだ抵抗する力があるのか!」
狼の獣人が頬を押さえてそう言った。口の端から垂れた血を、仲間が優しく拭う。
他の獣人が私を取り押さえるが、皆蹴り飛ばされて壁にぶち当たる。
私は後ろ手に縛られたまま、キャミソールにボクサーパンツなんて、貴族とは到底思えない格好で抵抗する。獣人が私の肩を押さえようと、足払いをかけて、体を捻って立ち上がる。そのまま顔を蹴り飛ばしてやれば、相手の戦意も削ぎ落とせる。
だが人間と獣人。先に体力の限界が訪れるのは人間の方だ。
出来る限り体力を温存し、奴らが動けなくなったところを逃げ出すしかない。
だが奴らの顔を蹴り飛ばしてそろそろ五十回にもなる。私も足が疲れてきた。縄を解こうにも、手の甲側に結び目を持ってきているし、すり抜け出来ないように手首をキツく巻いている。獣の国の住民なだけに賢い。
私に散々蹴飛ばされ、獣人たちは集まってコソコソと話をする。
「人間って、もっと弱いはずじゃなかったのか」
「しかも相手は女だ。もっともっと弱いはず」
「でも獣人族の男と同じくらいの体力があるぞ」
私が大人しく降参すると思ったのか。
たとえ腕を引きちぎられても、残った体で倍返しにしてやる。
獣人たちは私をちら、と見ると首を傾げた。
「やっぱりおかしい。あの女は騎士だろう?」
「手を縛ったし、武装も解除した」
「でも抵抗するぞ?」
さっきから何なんだろう。まるで私がおかしいと言いたげにして。
彼らはうーん、と唸ると同じことを口にする。
「ど〜〜〜しても『くっ殺女騎士』にならない」
「なんかくだらない事で悩んでいるのだけは分かった。顔の形が変わるまで殴ってやろうか!」
その為だけにこんな目に遭わされたのかと思うと、怒りで縄も引きちぎれるものだ。
驚く獣人たちに反撃しようとしたところで、「やめろ!」と仲裁が入る。
「お前たちは本っ当に話を聞かないな! 人間の方がまだマシだぞ! 聞いた上で論点をすり替えたり解釈をねじ曲げてくるがな! 俺様は騎士を見つけたら、まず俺様の所に連れてこいと言ったんだ! お前たちで方をつけろなんてひとっっっことも言ってない!」
獣人の頭をぺしっとはたき、ナディアキスタが顔を出す。
彼は私を見て「うぉあっ!?」と素っ頓狂な声を出した。
「ケイト! お前だったのか!」
「やぁナディアキスタ。獣人の躾も出来ないようじゃ、魔女の品位も知れるぞ」
「お前だと思ってなかったんでな。仲間以外は捕縛して、俺様の所に連れて来いと言ってたんだが」
「そう言ったのにこのザマか?」
「······そう怒るな。人間は全員警戒しろとも言ってたんだ」
ナディアキスタは目を逸らした。申し訳なく思ってはいるが、謝る理由もないのだろう。
「まぁ、そもそも隠れて敵陣に突っ込んだ私が悪い。それよりナディアキスタが何でここにいる」
「それに関しては優しいこの俺様が直々に説明してやる。そして、お前に協力を仰ぎたい」
ナディアキスタは私の前にしゃがむと、声を潜めて、これまた驚いた事を言った。
「獣人族が、人間に襲われたんだ」