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96話 割れる意見

 全ての始まりは、三ヶ月前の夜の出来事だったという。

 新月の夜、工事の関係で街灯が点かなかった真っ暗な夜に、一人の女性が歩いていた。

 何やら声らしき音が聞こえ、振り向いた瞬間に、襲われた。夜が明けて、新聞配達の青年が見つけた時、その女性は腹を食い破られて息絶えていたという。




「監視カメラの映像も残っています。写真も残して、獣人族の方々に『どうか自白を』とお願いしたのですが、誰も名乗り出てはくれませんで」

「そうでしたか」


 エリオットは真摯に話を聞くが、私は気になった点がいくつかあった。


「あのぉ、その監視カメラの映像と、女性の遺体の写真はまだ残ってます? 少し見せていただけませんか?」


 私がそう言うと、ウィリアムは驚いた顔をして「女性にショッキングなものを見せる訳には」と、やんわり断る。私は笑顔で「ご心配なく」とウィリアムを説得した。




「仲間の兵士が目の前で魔物に食われるのを見たら、他のものなんてヘッチャラですわ」




 ──説得するための材料を、間違えてしまった。


 ***


 青ざめた顔のエリオットとウィリアムに挟まれて、私は映像と写真を確認する。

 写真の女性は恐怖におののいた顔で死んでいる。腹は食い破られて、内蔵が飛び出していた。血の量からして死因は失血死。皮膚の状態や、致命傷以外の傷を確認しても、毒や薬の類は使われていないだろう。


 カメラの映像は、真っ暗でほとんど何も映っていない。

 人が動いたようなものと、何かが追いかけたような動きしか分からなかった。だが、どうしてこれで獣人族を疑ったのだろう。

 腹の傷なんて、本当に食われてついたものか、分からない程ぐちゃぐちゃだ。遺体から出た血液の足跡もあるが、全部犬の足だ。獣人族にしては小さすぎる気もする。

 子供がやった? だとしても、女性の腹を食い破れるほど歯が硬いとは思えない。


「女性はどうして夜中に出歩いていたんでしょう? ほら、日付が変わる頃に事件が起きてましてよ」

「彼女は図書館に本を返しに言ったようで」

「この国では、図書館の入口に返却口があるんでしたね。でも、夜中に返しに行くものなのか?」

「私も思ったのです、エリオット団長。昼でも良かったのでは?」


 私がそう言うと、ウィリアムは言いにくそうに口をキュッと結ぶ。

 私はもう一度写真を見直した。適当に結わえたような髪型。胸が大胆に露出する安物のドレス。白粉(おしろい)と真っ赤な口紅だけの、素朴で品がない化粧。アクセサリーの類はなく、靴も簡単に着脱出来るようなものだ。


 金があったようには見えない。どこかに勤めているようでもない。それでいて夜中に出歩く必要がある、女性······──なるほど。



「あぁ、娼婦(しょうふ)だったのですね」



 私が言うと、ウィリアムは更に口を結んでしまう。

 学問に秀でた国で、どこの国でも重宝されるような人達の多い国で、まさか娼婦がいるなんて思われたくないのだろう。

 だが、どこの国にも必ず貧困はある。どんなに富んだ国だと言われようと、賢い国だと言われようと、日陰に追いやられた人間たちというのは必ずいる。

 恥じる必要は無いのだ。それを救済出来るかどうかが、国力の試しどころなわけで。


「別に軽蔑(けいべつ)なんて致しませんわ。そのようにしなければ、生きられない方とていらっしゃるでしょうし。それよりも、この映像と写真でどうして獣人族がやったと断言したか、お聞きしたいのですが?」


 私が尋ねると、ウィリアムはそっと、音声レコーダーをテーブルに出した。上から貼られたシールに、事件が起きた時の日付が書いてあった。


「監視カメラの傍には、必ず付けているのです。映像だけでは判断に苦しむいざこざや犯罪も、音声があればより分かりやすくなりますから」

「なるほど。でもこのサイズでは、全ての音声を録音するのは難しくなくて?」

「いいえ、これは記録保存媒介から抜き出した分でございます。保存用のコンピュータには、ここに収められているよりも膨大な数の音声データがあります」

「便利ですね」


 早速、ウィリアムに音声を再生してもらう。

 風の音と、足音がした。ガサガサとノイズがうるさいが、何とか聞き取れる。


 ──ガガッ! ······ザー······──


『ん、何の音?』


 ──ザー···プツッ、ざー······ザザー──


 ──グルル······ウゥー、グルルル······──


『ひっ! い、狼!?』


 ──グルル、バウバウ! グワァウ!──


『っぎゃああああ!』


 ──この後しばらく、肉が食いちぎられたり骨が砕けたりする音が続く──



 ウィリアムが音声を切ると、エリオットがふぅとため息をつく。


「······きっと、暴走した獣人がいるんですが、獣人族は結束力が強いですから、誰も犯人だと名乗ってくれないのです」

「これだけ証拠が、残っていてもか」

「ええ、人間側は怖がってしまい、獣人族を遠ざける店が増えたり、子供たちの遊びも制限したり。そのうち獣人族側も同じようなことを」

「お互いに壁を隔てたんですか」

「······犯人を、捕まえたかっただけなんですがね。この三ヶ月で同じ被害が七人も出ました。お陰様で国が割れて、この有り様です」


 獣人族と、人間。

 種族間でのいざこざも、度が過ぎれば戦争に発展する。

 エリオットは私にちらと目配せをした。私がこくりと頷く。考えていることは一緒のようで安心した。

 私とエリオットは、同じタイミングで口を開く。



「武力行使しよう」

「獣人族に話を聞きましょう」



 今なら『ピシッ!』と音が鳴っただろう。

 私は笑顔でウィリアムに「すみません、ちょっと席を外していただけます?」とドアを指さした。ウィリアムに音声データと写真を借りて、「すみません」と謝った上で、彼を外に追い出す。

 ──私はゆっくり、深く、息を吸い込んだ。




「何を言い出すんだケイティ!」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞエルゥ!」




 やっぱり同じタイミングで声を荒らげる。

 エリオットは「見ただろう!」とテーブルを叩いた。


「さっきの写真! 音声データ! 証拠はあるのに、頑なに逮捕協力を拒む! いっそ獣人族全体を取り押さえて聞き出した方がいい!」

「写真も音声も、獣人族が犯人と決めつけるには弱すぎる! 傷も足跡も、なんなら声も! 獣人族かどうかすら怪しいのに武力で押さえつけられるか!」

「君は獣人族の危険性を知らないだろう! 彼らは理性が人間よりも弱い! 衝動に駆られたら、それを自力で抑えることが出来ないんだ!」

「だから人を殺すのは当たり前か!? ふざけんじゃねぇよ! 仮にそうだったとしても、あっち側の話聞かないことには武力行使は許さない!」



「そうやってホイホイ近づいて殺されたらどうするんだ!」

「片一方の話だけで真実を知った気になってるお花畑の脳みそをお持ちの団長が、犯人じゃない獣人族をうっかり殺しましたなんてお笑い草だぞ!」



 エリオットは「気は確かか!?」と私に言うが、おかしい事を『おかしい』と言って何が悪いのか。彼は「考え直せ」とまで言ってくる。だが、私はどうしても、獣人族が犯人とは思えなかった。


「なら、私が一人で聞いてくる。偵察って言えば、お前も許可出せるだろ」

「いいや! 許可しない! 一人で行くなんて、危なすぎる!」

「ならついてくるか? お前が言う、危なーい獣人族の元まで」

「行かないし、行かせない!」


 エリオットの頑として譲らない姿勢に、私はため息をついた。どうしてこうも意固地なのだろうか。めんどくさい。


「エル、分かってくれよ。これはもしかしたら、避けられる戦いかもしれないんだぞ」


 私はエリオットを懐柔する作戦に切りかえた。

 もしこれで犯人の特定に繋がり、双方に和解の席を設けることが出来たら、戦争なんて無くなる。騎士の国の兵士たちも、死ななくて済む。

 仲間の血が、誰かの涙が、糸のからまりのような出来事のために流されなくても良いのだ。


 それをエリオットに伝えたが、エリオットは「ダメだ」の一点張りだった。だんだん苛立ってくる。


「ケイティ、頼む。聞き分けてくれないか。君を危険に晒すことなんて、俺個人としても、団長としても、出来ないんだ」

「······そうか」


 私は諦めた。エリオットはホッとした表情を浮かべる。

 許可が降りないなら、仕方がない。




「なら、私は一人で行動させてもらおう」




 独断行動に踏み切る他ない。あんぐりと口を開けるエリオットに、退団願を叩きつけて私は事務室を出る。ウィリアムに「お待たせしました」と会釈をし、「エリオットからお話がありますわ」と言って、さらっとエリオットにぜんぶ押し付ける。


「待てっ! ケイティ!」


 エリオットが呼び止める声がしたが、知らんぷりして私は廊下を走る。エリオットの怒号は、議事堂を飛び出しても聞こえてきた。

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