95話 到着! 獣の国
獣の国──ビーブルベル
七つの国の中でも最大の種族多様国と言われる国。
魔法や馬など、昔ながらの生き方が主流な国々に比べ、革新的で且つ、科学に特化したこの国は、私からすると、かなり異端に見える。
更に獣の国は、学問にも力を入れており、獣の国出身の科学者や専門家は他国でもかなり重宝されている。騎士の国にも、そこの出身者が十人ほどいたはずだ。城によく出入りしていたのを、覚えている。
獣の国の門で、エリオットがタッチパネルに手をかざす。
浮いて出てきた文字盤に、パスワードを打ち込み、生体認証をする。そして、本人確認の項目をいくつか打ち込んで、重い鉄の門が開いた。
馬車が順番に、ゆっくりと国の中に入っていく。
私は馬車を降りて、自分の足で国の中に入った。
***
(前に来た時は、獣人族や人間が行き交う、面白い所だったんだけどなぁ)
私は街中を見回しながら、ため息をついた。
レンガ調の、厳格だが懐かしい雰囲気に、監視カメラや電気式の街灯など、最新式の機械が配置されている面妖な街だ。
学問の国でもあるから本屋が多く、獣人用の美容室や食品専門店など、自国では見ない店も多かった。
獣人族と人間が、仲良く手を取り合って生活する様は、羨ましく思っていたものだ。
しかし、道は誰もおらず、ガランとして静かだった。
あちこちの店のドアには、『獣人族お断り!』や『人間入店拒否!』など、差別的な張り紙が多かった。
更には民家にも、『獣は出ていけ!』や『人間は滅びろ!』など、対立の跡が分かりやすく残っていた。
道端にゴミが転がり、店もほとんど閉まっている。
前に見た賑やかで楽しそうな景色とはまるっきり違う。お互いにお互いを排除しようとし、朽ちてしまった国はあまりにも痛々しい。
馬車は国の真ん中にある民主議事堂の前で停まる。
兵士たちを馬車から下ろし、エリオットは指示を出す。
「これより六部隊に別れ、それぞれ仕事を始める。まず、第一部隊と第二部隊は二手に別れ、国の巡回警備を始めてくれ。第三部隊は見張り台に交代で立ち、二十四時間門の外を監視。第四部隊は食糧物資や武器の流通の確保を。第五部隊は国の外に陣地の設営。獣の国から、宿泊施設の提供を受けている。第六部隊はそこに向かって、部屋割りと借り受けの規定確認。あと宿の人に滞在予定期間分の支払いを済ませてくれ」
テキパキと指示を済ませると、兵士たちはそれぞれ仕事に向かう。これを見ると、本当に騎士団長の権限の強さとエリオットへの信頼の厚さを痛感する。
いちいち怒鳴って怖がらせないと話を聞いて貰えないような私では、生涯かけても無理だ。
「ケイティ、君は俺と来て」
「はぁい、団長」
私はエリオットの後ろをついて行く。
「この度は、弊国の救援依頼を受けていただき、誠にありがとうございます」
議事堂の広い廊下を歩いた先の、小さめの事務室で、私はエリオットと一人の男に挨拶をする。
モノクルをつけ、高そうなシャツとスラックスを着た、五十代前半くらいの紳士的な男は、私たちと握手を交わした。
「民主議会の種族外交担当大臣の、ウィリアム・ハルモネットです。気軽に『ウィル』と」
「騎士団長のエリオット・カーネリアムです。こちらは副団長の」
「······ケイト・オルスロットですわ」
私はウィリアムと握手をする。ウィリアムは私を興味深そうにじっと見つめていた。私が手を離そうとしても、彼は離す様子がない。それどころか、顔の距離を縮めてくる。
「ウィリアム様? 私の顔に何かついてるのかしら?」
「······」
「ウィリアム様?」
「······」
会ったばかりの相手に「いい加減にしろ」なんて言えなくて、私はエリオットに助けを求める。
エリオットがウィリアムを優しく押しのけ、ようやく彼はハッと我に返る。
「申し訳ございません。女性に大変失敬なことを。弊国でもオルスロット様のお噂は聞いておりましたが、噂よりも可愛らしい方でしたので」
「ははぁ、やはりどの国でも私の噂は知られているようですね」
「ええ、まぁ。親も、国母である妹さえ殺したと聞けば、国内外で大騒ぎになりますゆえ」
──知っているとも。どうせ、どの国でも私が悪いと言われているのだから。
私はウィリアムから目を逸らした。ウィリアムは顎に手を添え、「ふーむ?」と首を傾げる。
「噂では『オークのような顔でゴリラの如く筋肉質。ライオンのような声で叫び、ケツァルコアトルを背負って戦う』と聞いていたのですが、どこからどう見ても華奢な女性だ」
「お待ちになって? どう尾びれがつけばそのような噂が流れるのです?」
俄然噂が気になってきた。
ウィリアムは「噂は当てになりませんな」と微笑むが、噂の内容が内容だっただけに、腹筋だけで笑いを堪える私とエリオットにはそこそこ苦痛だった。
「ケイトは、噂通りの女性じゃありません。国を問わず、あらゆる危機から民を救い、仲間思いで心の深い人です」
「そうですか。·······そうですね。こんなにも細い体で、剣を下げて貴方の隣に立っているのです。きっと噂が独り歩きしてしまったのでしょうね。きっと事情があるのでしょう。私は尋ねませんので、ご心配なく」
「ウィリアム様のお気遣い、感謝致しますわ」
軽い立ち話も済ませたところで、本題に入る。
席に着き、エリオットが「依頼の内容ですが」とウィリアムに尋ねた。
「戦争の応援、とはどういうことでしょうか? 出来ることなら、今回このような状況になった経緯をお聞きしたいのですが」
ウィリアムは深くため息をつきながら、頭を振る。
「なんと言えばいいか」ともったいぶって、話すまでにちょっと時間を置いた。
私ははウィリアムの様子と態度、そして街中の様子から何となく察する。だが、ウィリアムの口から聞くまで、黙って待った。
「実は、獣人族が我々人間を襲ったことから始まったのです」
それは、予想していたよりも重い話だった。