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94話 出発! 獣の国

 ガタガタと揺れる、馬車の中。

 神妙な面持ちで背筋を伸ばす同士たち。

 歯を食いしばり恐怖を飲み込む者、手を結び神に祈る者、国に残した家族に手紙を書く者と、各々(おのおの)が死を受け入れようとする。


 馬車の車輪が一つ回ると、命の歯車も死へ一つ回る。

 その度に、泣きそうになる新兵や、お互いに励ます中堅の顔が、目の奥にじっくりと焼き付いてしまう。

 私は、一番後ろの馬車で、足を投げ出すように座って、遠く遠く消えていく騎士の国を、ぼうっと見つめていた。


 ***



「戦争だと!? 何で獣の国でそんなことが! あの国は平和主義で、戦争なんて野蛮なことはしない!」



 私はエリオットに声を荒らげる。もちろん、彼にそんなことをしたところで、戦争なんて終わらない。

 エリオットも、困ったように頭を搔く。


「俺もおかしいと思ったさ。だって、あの国が他国と喧嘩なんてするわけが無い」

「なら、騎士の国が応援に駆けつける必要は」

「ケイティ、君はきっと俺より魔物を退治しているだろう。なら分かるはずだよ」


 エリオットは私の肩に手を置いた。

 その真剣で、曇りのない眼はよく覚えている。



「獣人族の危険性を」



 ──魔女を理解しなかった人間と、同じ目をしていた。


 ***


 ガラガラと鳴る車輪の音に、とうとう泣き出す兵士が出た。

 すすり泣く新兵に、二年上の兵士が「うるさい!」と怒鳴る。隣に座っていた奴らが止めるが、怒鳴る兵士は新兵の髪を掴みあげた。



「泣きたいのはお前だけじゃないんだよ!」

「す、すみませっ······ひぐっ、でもぉ······」

「泣くな! 男なら戦場で散ってこそだ! 死ぬ気で行けば、何とかなるんだよ!」

「で、ですが、俺っ······ぐす、まだばぁちゃんに······恩返ししてな······してなくて。ぐずっ、騎士の給料で、あっ、新しい······服、買ってあげたくてっ! でも俺、まだ入団してから、ばぁちゃんになんにもしてやれなかったんです! それで今、死ぬのは嫌だ!」

「情けねぇこと言ってんじゃ······」



「私の前で喧嘩か? 随分と余裕がなあるな」



 収まりそうなら黙っていようかと思ったが、根性論になるなら止めるべきだろう。私は髪を掴みあげる手首を握り、新兵から兵士を引き剥がす。

 新兵とその兵士をそれぞれ座らせて、「馬鹿者」とデコピンをした。


「不安な新兵を慰めるのは結構。だが怒り任せにやるのも、根性論も逆効果だ」

「ですが、副団長! 死ぬのは嫌だなんてそんなこと······」



「死ぬのは嫌だ? 当たり前だろうが。男なら戦場で散れとか理想語ってる方がおかしいんだよ」



 私は馬車に詰められた兵士たちに向けて話した。


「あのなぁ、今戦争って言葉がよく耳に入るだろ? 不安だろうが、私たちが向かっているのは最悪の事態に備えて、だ」


 別に士気を高めよう〜なんて思っていない。それをするのはエリオットの仕事だ。私は団長ではない。副団長なのだ。だから、彼らを奮い立たせるのでは無く、彼らに寄り添うのが仕事だ。


「場合によっては収拾可能なケースもある。もちろん、このまま武力衝突〜なんてことも考えられる。だが、あっちに着いてからでも稽古の時間は取れるし、私にも団長にも、あちらの土地勘はある。不慣れな奴がいても、きちんとサポートするから安心していい」




「私たちは死にに行くんじゃない。弱者を守り、被害を最小限に抑える為に行くんだ。エリオット団長は頼りになるぞ。なんたって、剣の腕もピカイチで、経験も豊富だからな」




 ──兵士を元気づけるには、団長を持ち出すこと。

 父の教えであり、裏切り者の私よりよっぽど効果があるもの。

 兵士達は少し安心した顔で、「すまなかった」「いえ、自分も泣いてすみません」なんて、少し穏やかな話が出来るようになった。


 私はまた馬車から足を投げ出して、車輪の跡が続く道を眺める。


(······私が、彼らを安心させられるような、そんな何かだったら良かったんだろうがな)


 なんて、考えたところで遅すぎた。

 私に貼られたレッテルは、もう、挽回できるような位置にない。



「前方に不審な影あり! 総員、警戒体制に入れ!」



 前の馬車から号令がかかる。

 全員、何時でも剣を抜けるように待機する。私も立ち上がって剣に左手をかけた。


「前方に魔物の群れ! あれは······」



「オーク! オークの群れです!」



 ──何だ。オークか。

 警戒していた私はついうっかり、ため息をついてしまう。その姿を見た兵士たちは驚いた顔で私に注目した。

 私は「つまんねぇ〜」と聞こえないように呟き、兵士たちに命令を出す。



「総員、馬車の中で待機! 突破口は私が切り開く!」



 更に驚き、戸惑う兵士たちを置いて、私は馬車の上に立った。

 一番後ろからでもよく見える、オークの軍勢はせいぜい六十~七十程度。持っている武器も、砕いてつけただけの斧や錆び付いた剣ばかり。

 私一人で十分事足りる。


「馬車を止めるな! そのまま突っ込んでいけ!」


 私は御者の兵士に命令し、馬車の上を跳ねて前に出る。

 一番前の馬車の上、厚手の布を強く踏んで体を空へ投げ出した。


 ほんの少しゆっくりになる体感時間に、いつも心が躍る。

 オーク達が私に気づく前に、私は隠し持っていた無数のナイフを彼らに投げつけた。


 矢の如く降り注ぐナイフの雨に、オーク達は次々に倒れていく。

 私は馬車の屋根にとん、と着地し、なぎ倒されていくオークの群れを見下ろす。

 馬に蹴り飛ばされ、車輪に引かれ、オークは悲鳴をあげながら馬車に彩りを添えていく。

 馬車に登るオークを切り落とし、中に入ろうとしたオークにそっと毒針を刺す。オークのものか兵士のものか分からない悲鳴を聞きながら、私は残りのオークを数えた。


「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ······」


 髪ゴムと折れた馬車の骨組みを組み合わせた即席パチンコで、ナイフを打ち込んでいく。

 全部打ち落とした後で、私は一匹足りない気がしていた。馬車の横にくっついたオークは全部斬った。中に入り込んだのも、毒で殺した。

 なのにまだいるような気がする。


「気のせい······?」



 ふと、聞こえた奇声。振り返ろうとした時に感じた殺気。

 多分このまま、振り返ったら私は斬られてしまうだろう。そこまで分かったのに、遅かった。

 体は後ろを向こうとしている。地面に映る影は、細長い何かを持っていた。

 ああ、剣か。


 私は振り返った。肩の辺りに触れようとしている、ガタガタに刃こぼれした剣。私は剣に手をかけた。

 オークの後ろに、焦った顔のエリオットが······。



「ケイティ!!」



 エリオットが叫ぶと同時に、オークは上半身を後方に飛ばして死んだ。

 私は引き抜いた剣を鞘に戻し、ケロッとしてエリオットに尋ねた。


「どうかしたか?」

「············いや、何でもない」


 エリオットは「心配して損した」と言わんばかりの、不満げな表情だった。

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