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93話 焦りと危機感

 目を覚ますと、目覚めの紅茶をモーリスが淹れてくれる。

 リーリアが用意してくれた湯桶で顔を洗い、着替えを済ませて朝食をとる。


 いつもなら、きつね色のトーストにベーコンエッグとトマトサラダ。リンゴ入りのヨーグルトが出てくるのだが、今日は違うらしい。

 いつもより多めのサラダに小皿程度のリゾット、少し厚めのベーコンをカリッと焼き、うずらの茹で卵が二つちょこんと並ぶ。


 朝はタンパク質メインで、とモーリスが作ってくれるのだが、野菜が多い。もしかしたら買い出しを忘れてしまったのかもしれない。休暇前に色々と仕事を任せてしまったから、買いに行けなかったのだろうか。


(ちょっと、申し訳ないな)


 私が少し反省しながら朝食に手をつけると、追加のサラダを持ってモーリスが部屋に入ってくる。

 ナディアキスタ波に不機嫌そうな顔をして、テーブルにサラダを置いた。


「聞きましたよ、侯爵様。どうして仰ってくれなかったんですか?」

「へ? なんの事だ?」


 モーリスは怒りながら笑っていた。努めて笑顔でいようとしているのだろうが、怒りで血管が浮いている。モーリスが怒るような言は最近していないはず。なおかつ私が隠していること? 何があるというのか。




「魔物、食べてらっしゃったんですってね?」

「··················あっ」




 唯一、ナディアキスタ以外は知らない私の悪食癖。それがよりによってモーリスにバレたのか。

 モーリスの前では魔物を食べないようにしていたし、外で食べたら匂いにはかなり気をつかっていた。お陰で今の今までバレなかったのに。


「いつから食べ始めたんです?」

「え、えぇと。さ、最近······?」

「なるほど。騎士団に入隊されてからですね。頻度としては?」

「いや、三ヶ月に一回、程度?」

「なるほど。戦場に赴く度にですか。でもオークやゴブリンは食べてないようですね」

「待て待て待て。私は全く違うこと言ってるんだが?」


 モーリスは「私が分からないとでも?」と笑顔で威圧する。


「侯爵様、私を獣人族のクウォーターだと知らない時期からずぅっと隠すことが出来たように、私も侯爵様が今までしてきたことを一から調べることが出来るんですよ。それこそ『持てる力全てを使って』。侯爵様は常々女性としての嗜みや振る舞いが崩れているとは思っておりましたが」



「魔物を食べるのは言語道断です! 今までお腹壊さなかったのが不思議なくらいですよ! 今日から野菜増やしますからね! そして食べる頻度を減らしてください!」

「ご、ごめん。モーリス、本当にごめん」



 モーリスにこっぴどく怒られて、私はようやく反省する。だが、一度覚えた魔物の味をどうしても忘れることが出来ない。


「そういえば、どうしてモーリスにバレたんだ? 私は細心の注意を払っていたはずだが」

「魔女様から、侯爵様の薬物耐性に関する分析結果が、私宛に送られまして」

「あの野郎······」

「いいえ。魔女様が正しいです。侯爵様が魔物を食すようになってから、体質が変化しているようです。『このままだと、いずれ魔物になってしまうかもしれない。魔女の森で育てた野菜を食べさせて、体質の変化を様子見なければ』と書いてありました」


 だからサラダが出てきたのか。確かに、言われてみると普段の野菜とはほのかに香りが異なり、味も少し薬品っぽい。


「モーリス。これ、何で味付けしたんだ?」

「······魔女様の仰る通りだ。甘く見ていました」

「モーリス?」

「何も味をつけていません。魔女様の森で育てている野菜は、害獣避けの他に、魔物避けの農薬を使っています。『もし変な味を感じるようなら気をつけろ』とも、書いていました」


 ──予想していたよりも、私は酷い状態らしい。

 体質が魔物に変わりつつあるなら、人間用の惚れ薬も何も効かないのは当たり前だ。


 何よりモーリスを不安にさせるのは、私としても不本意だ。

 私はサラダを平らげて、追加のサラダにも手をつける。少しばかり吐き気がするが、魔物にならない為なら我慢しよう。


「モーリス、暫くは野菜をメインに食事を用意してくれ。魔女の森の野菜を中心に買い出しを。自分のことは自分で把握しているが、お前の目は信用出来る。もし必要だと思ったなら、ナディアキスタに薬を作って貰うなりなんなりしてくれ」

「はい。かしこまりました。では、本日の予定ですが」


 モーリスはいつものように手帳を開き、今日の予定を確認する。

 今日は非番だ。やる事といったら、領地の視察と書類作成、あとは稽古と武器の手入れくらいか。

 だが、モーリスは「今日の予定は全てズラした方がよろしいかと」と提案してくる。


「お前が予定変更を言うとは珍しいな。どうしてだ?」

「騎士団の方が騒がしく、エリオット様が侯爵様を大至急呼ぶよう、部下の方にお伝えしているのが見えます」


 モーリスは窓の外を眺めながら言った。

 私はそうか、と返事をしてサラダだけ空にして上着を羽織る。


「ナディアキスタには『今日は行けないかも』と伝えてくれ」

「かしこまりました」


 私は屋敷を飛び出し、城へと走る。

 モーリスは窓から私を見送った。



「······──だ、そうですよ。魔女様」

「ふん、あいつはいつも忙しないな」



 ナディアキスタは、ドアに背を預けて腕を組む。


「モーリス、屋敷は空けられるか?」

「ええ、そのように指示を出しておりますので」


 モーリスは笑ってナディアキスタの後ろをついて行く。


 ***


「ケイティはまだか!」

「団長! 今、馬を出すところです!」

「遅い! 早く呼んでこい!」



「悪いな。呼ばれる前に来ちゃった」



 私が会議室に顔を出すと、エリオットの汗ばんだ顔に安堵の色が見える。エリオットは私の前まで来ると「すぐに支度をしてくれ」と、焦った様子で言った。


「何があった? 反乱(クーデター)か? 襲撃か?」

「いや、もっと酷い」


 エリオットは部下に手紙を持ってこさせる。

 私はそれを受け取ると、シールの絵と封筒の紙質を確認して黄色の手紙を出した。


「獅子のシールと厚めの紙。ビーブルベル······獣の国か? 随分遠いところから」

「ああ、俺も思った。今から行かないと、きっと間に合わない」


 私は手紙の内容に目を通し、背筋が凍りついた。

 エリオットは「よく聞いてくれ」と、真剣な声色で告げる。



「──戦争が始まるぞ」



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